頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十一話 朱が混じる

「獅子吼領主を討て、か。ふぅーん……」

「ええ。盤面はこちらで用意するわ。貴女にはヤツを仕留めてほしい」

 

 カグラは表情の読み取れない笑みを浮かべた。

 白銀の髪に、毛先は黄金。眼前でニコニコと笑みを浮かべる陽気で愛らしい殺し屋に、本能的な恐怖を感じる。けれども決してソレを読み取らせないよう、表情を制御する。

 

 ──左部朱羅。

 

 鹿角を根城にする危険な女は、どこか気が乗らなそうにふぅーと吐息を漏らした。

 

「うーん、どうしようかなぁ……」

「あら、意外ね。貴女はどんな殺しの依頼でも断らないと聞いたけれど」

「ちょーっと最近、アリンコ観察にハマっててねぇ。あんまり必死に生きてるから、仕事に対する情熱が冷め気味なの」

「──では、引き受けてはいただけないのかしら?」

 

 シュラはカグラの計画にとって、かなり重要なファクターだった。なのでどうにか依頼を引き受けてほしかった。ほしかったが──。

 

 代替のプランはあった。

 けれども、ソレはかなり確実性が下がる選択だった。内心の動揺を面に出さないよう、優雅に茶へ口をつける。動揺を孕んだ指先がカップをほんの少しだけ揺らした。

 そんな内心の動揺を覆い隠して、どうにかして、この気まぐれなシリアルキラーを説得しようと考えを張り巡らせる。

 

「フフ♡ なんだか、さっきよりもずっと血の通った顔になったね。商人さん♡」

「……なんの話かしら?」

「トボけちゃうんだ。わかってるくせに♡」

 

 シュラは先程までの退屈さを吹き散らして、腐臭が漂うほどに甘い声で、カグラの神経を逆撫でした。

 

「まるで羽虫みたいだね、商人さん♡

 ──向かって飛んでる先が、自分を焼き尽くさないとは限らないのに」

「……火に誘われているのかどうかくらいは判別できるつもりだわ。余計なお世話」

「そういうお馬鹿さんは嫌いじゃないよ♡」

 

 シュラの声音が、徐々に徐々に熱を籠もらせた。端正な顔立ちに張り付けられていた無機質なニコニコ顔が色を帯びる。

 薄っすらと開かれた金色の瞳は、獲物をなぶり殺しにして遊ぶ捕食者のような光を宿していた。

 

「……殺しの依頼、受けてあげてもいいよ♡」

「こちらとしては願ってもないことだけれど……気が乗らないのではなかったの?」

「商人さんのこと、知りたくなっちゃった♡」

 

 甘く毒々しい声で可愛らしく言い放つと、シュラは唐突に目の前から消えた。

 驚きに目を見張るカグラの背後から、気持ち悪いくらいに繊細な指先が伸ばされ、頬を撫ぜた。

 

「──忘れないでね?」

「──なにを覚えていろと?」

 

 幼さをにじませる含み笑いが背後から漏れてくる。カグラは恐怖に縮こまりたくなる身体を、悲鳴を上げたくなる喉をなんとか制して、無感情に聞き返した。

 

 シュラは答えなかった。

 答えないまま、「報酬はもうもらったからね♡」とだけ甘く囁いた。

 カグラはもう、気を失ってしまいそうだった。シュラに関わることを決めた選択を後悔し始めていた。けれども、愛おしい妹を、その未来を想って、なんとか自分を奮い立たせた。

 

「──いいえ。報酬はまだ渡していないわ。きちんと(きん)で支払う」

「フフ♡ まるでカマキリみたい。勝てっこないのに斧だけ振り上げて♡」

 

 勝てるとか、勝てないとかの問題ではなかった。

 

 カグラは自分の非力さを知っていた。

 頭の回転の速さにはそれなりに自信があったが、そんなものは圧倒的な暴力の前には、風に吹かれるロウソクの火のようなもの。あまりに頼りない。

 

 でも、それでも、カグラは退くわけにはいかなかった。妹の幸せのため、妹の未来のため。

 

 ──そして、妹と共にある未来のため。

 

 カグラはどうしてもこの怪物と対等でありたかった。

 

 カグラは強い眼差しでシュラと目を合わせた。

 シュラは「ふーん」と推し量るような声を上げると、目を見開いた。黄金の瞳には何ひとつ感情の色が見えない。おぞましいほどの虚無。

 

 カグラは目を逸らしたかった。

 泣いて喚いて許しを請い、家に帰って妹と話をしたくなった。けれど、目を逸らさない。

 

 

 これは、矜持の戦いだったからだ。

 

 

 永遠にも感じられる無音の間。

 

 ──やがて、シュラが瞬きをした。

 

「──ま、いいよ。そこまで言うなら、お金もらったげる」

「……はっ、……はっ、……それは……なにより、だわ……」

 

 カグラは息も絶え絶えだった。

 お気に入りの着物が、汗でぐっしょりと濡れていた。けれども確かな達成感と、夢見心地の気分がカグラの頭を鈍らせていた。

 

 自覚できる。

 今のカグラはきっと、とても無様なありさまだろう。それでも、この場の勝者はカグラだった。

 彼女は回らない呂律で、なんとかそれだけの言葉をひねり出すと、ヤケクソの気持ちでシュラを睨みつけた。

 

「フフ……♡ 怖い怖い。じゃ、詳しくお話聞かせて? カマキリさん♡」

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