頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十三話 黒く、狂い咲く・後編

 カグラは獅子吼シオンが治める地・泰獅(タイシ)城下へと来ていた。

 御用商人として獅子吼氏に取り入っているため、鎮守の兵にも怪しい目では見られなかった。

 

 歩きながら城下を見やる。

 人は、忙しなく動いている。見かける兵の数は思ったよりも多い。道行く人は痩せてはいるが、やつれてはいない。

 露店は少ない。しかし、大衆向けの食堂や販売店などは活気があるように見えた。

 

 街の雰囲気はどうか。

 静かな緊張感を孕んでいるが、大敗を重ねている領の支城下にしては、だいぶ“緩い”ように思えた。

 兵の装備をよく見れば、使い込まれてはいるが、よく磨き込まれている。血色のいい顔もしている。

 

 カグラはここで、もしやと思った。

 

 ──もしかすると……賭けに勝てるかもしれない。

 

 

 ───

 

 

「──お目通り叶いまして光栄ですわ。武具商のカグラと申します」

「……うん。まぁ、楽にしてくれていいよ」

 

 カグラから見て、獅子吼詩恩は、ひどく凡庸なように見えた。

 まるで獅子から生まれた猫のようなひ弱さと、おとなしさ。

 

 これは領主と不和になるわけだとカグラは納得した。あの怪物のような女の肚から生まれたにしては、彼女はあまりに人間だった。

 

「……あー。本日はどんなご用で参ったのかな?」

「ええ。近頃とても珍しい“鼻薬”を手に入れましたので、ご献上に上がりましたの」

 

 彼女が羽織る、着物のほつれがひどく気になった。瞳には覇気がなく、言葉もたどたどしい。

 あまり人と話し慣れてる風ではない。

 

 軽く入れた言葉のジャブにもまるでピンと来ていない。これが演技ならたいしたものだが──ないだろう。あまりに自然体だ。……いや、緊張でガチガチになっているから、正しくは違うが。

 

「珍しい、鼻薬? 鼻水を止めるのに珍しいも何もあるのか?」

「ええ、ありますとも。コレはね、ご嫡子様。飲んだ者の悩みを立ちどころに解決に導く、そんな薬なのですよ」

「……もしかして、騙そうとしているのか?」

「いえいえ、滅相もございません」

 

 カグラはうっそりと笑みを浮かべた。

 凡庸だが、馬鹿ではないらしい。だが察しが悪い。この時、脳裏に白髪に桜色が混じった少女が浮かんだ。

 

 ──いや、あそこまでいくと騙されやすいとかを超越して、狂気の域だ。

 あんなのは他にいないだろう。いたら怖い。

 

「……願いを投げ込む泉、という伝説をご存知でしょうか」

「いや、初耳だが……」

 

 そりゃそうだ。

 これから話すのはすべて口から出任せなのだから。知ってると言われた方が驚く。

 

「説明してもよろしいでしょうか?」

 

 カグラが聞くと、シオンは家来に目配せした。視線の切り方、感情の乗り方を見やるに、悪く取る必要はなさそうだった。

 

「苦しゅうない。

 いま、茶菓子を取りに行かせたから、少し待て」

「承りましたわ」

 

 運ばれてきた茶菓子は、かなり上質なものだった。菓子に刻まれている焼き印は見たことがない銘柄だったので、おそらくは泰獅城下のものなのだろう。

 見た目はよくあるまんじゅうだが、皮の薄さや、餡のなめらかさから丁寧に作られているのがわかった。こういう店が支配下にある──。

 カグラはシオンの評価を一つ上げた。

 

 シオンは茶で唇を湿らせると、語り始めた。

 

「むかしむかし、ある所に貧しい男がいたそうでございます。──その男はね、貧しさに堪えかねるあまり、物盗りに精を出していました」

「……哀しいな」

「ええ、まったく。……問題はですね、町で評判の僧侶がいたのです。豪華絢爛の袈裟を纏い、数珠などは宝石で出来ていたそうですよ。……問題はね、男がこの僧侶から盗みをすることを決めてしまったことなのです」

「……豪華な着物を着ていたということは、それなりに力がある者だったのだろう。ソレから盗みをするというのは無謀ではないか?」

 

 そうですね、と静かに頷いてから、知らず知らずにカグラは紫水晶の瞳に憎悪を踊らせた。

 シオンはそのことに気が付いたが、咎めるつもりはなかった。カグラの背景がよく分からなかったのもあるし、物事に対して決断するにはまだ早いと先延ばしにする癖があったからだ。

 

「知ったことではなかったのです。相手が力を持とうが持たなかろうが、邪魔だと思えば排除にかかる。そういう考えだったのですよ」

「しかし……それは、あまりに愚かだ」

「そうですね。けれど、彼はやりました。こっそりと僧侶の屋敷に忍び込んで、金品を盗みました」

 

 シオンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「フフ……。盗みはね、うまくいきました。けれど、急に羽振りがよくなった彼を怪しんだ村人に、告げ口されてしまうのです」

「なんと……それでどうなるのだ?」

「追っ手がかかりました。ですから、男は盗んだ金品を抱え、夜逃げしました。……そうして何日も逃げていると、次第に金品のことが恨めしくなってきたのです」

「ならば、捨てたのか?」

 

 カグラはそれはですね……。

 と、わざとらしく溜めを作った。

 

「捨てられません。捨ててしまえば、すべて無駄になるからです。……何日も何日も逃げ続けて──寺を見つけました。疲れ切っていた彼は、水を一杯もらおうと尋ねるのです。「どうもすみません、お水を一杯もらえませんか?」」

「自分勝手な男だな。自分は僧侶から宝を盗ったのに」

「そうですね。寺の住職は言いました「何やら大変なご様子。よろしければ、お話を聞かせてはもらえませんか?」。男は洗いざらい話しました」

 

 カグラは言葉を切った。

 結末をどうしようかと視線をさまよわせた。

 

「……住職は大層男を憐れみました。そして、せめて気持ちだけでも楽にしてやろうと言いました。「裏手にある泉に邪魔だと思っているものを投げ込めば願いが叶うのです」。男は喜んで、金品をすべて泉に投げ込みました」

「……男はどうなったのだ?」

「どうにも。捕まって、罪人として引き立てられてしまいましたよ」

「……? ならば願いが叶う鼻薬など嘘ではないか!」

「……嘘ではございませんよ。“邪魔”なものを投げ込めば、願いは叶うのです」

 

 それはどう聞いても屁理屈だった。

 けれども、シオンは間違いだとは言えなかった。

 

「願いは掴むものです。自ら叶えるもので、他人に託すべきではない。……ご嫡子様、あなたにも叶えたい願いがあるのでは?」

「それは……」

「黙って聞いていれば! 無礼だぞ!」

 

 カグラはお許しを、と頭を下げた。

 なおも詰め寄ろうとする家臣を手で制して、シオンは力なくカグラを見た。

 

「結局……そなたは何が言いたいのだ?」

 

 カグラは、黒い百合のように微笑んだ。

 

「ご謀反を」

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