頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十四話 零落の黒い百合

 カグラの計画は最終段階に入ろうとしていた。

 

 獅子吼領は既にボロボロであった。

 馬喰田に大敗を喫し続け、国人の反乱や寝返りが相次いだ。その上、龍首が参戦して背後を突かれたものだから──もしかするとカグラが直接手を下さずとも獅子吼は滅びてくれるのかも知れなかった。

 

(……いえ、油断は禁物だわ。

 あの獅子吼緋彩という女は、そう甘いものじゃない)

 

 まぶたを閉じれば炎上する城が浮かぶ。ケダモノの笑みを浮かべる隻眼の女。肉の焼けるにおい、炎の熱さ。何もかもが蘇ってくる。

 カグラは深呼吸をした。

 

 終わらせる。すべて。

 

 ──あの子の、カンナの未来に影を落とすもの。

 ──何もかも排除する。

 

 カグラは込み上げてくる吐き気を噛み潰しながら、それでも強がるように口元を笑みの形に歪めてみせた。

 

 

 ──仕込みは済んでいる。

 ──後は、結果を引き寄せるだけだ。

 

 

 

 ───

 

 

 

 シオンは、迷っていた。

 あの胡散臭い御用商人が持ちかけてきた謀反という毒……。叶うならばやりたい気持ちはあったが、成功などするはずがない。

 いかに綿密に組み立てられた策を聞かされたところで、うまくいくとは到底思えなかった。すべて机のうえで考えた絵空事でしかないのだ。

 

(だが……)

 

 成功すればいい、と思う気持ちはあった。

 母は強かった。強くて強くて仕方なかった。

 生まれついての勝者だった。人の形にケダモノの獰猛さを閉じ込めた、暴力という概念の権化であった。

 

 ──それゆえに、弱者がわからない。

 

 わからないから、踏み潰す。

 わからないから、食いちぎる。

 

 獅子吼領の繁栄は、弱者の嘆きと屍の上に築き上げられたものだった。

 もちろん、生きるというのは、踏み潰すということだ。それくらいはシオンにだって理解はできている。

 

 けれども、母の蹂躙は度が過ぎていた。それはいっそ呪いめいて──まるで人の姿をした災害だった。

 ──その母が、前線へ向かったと聞いた。

 馬喰田の快進撃も、後乗りの龍首もこれで終わりだ。滅茶苦茶に千切り潰されて、瓦礫の山に埋まるのだろう。

 恐ろしさに身震いがする。

 

 シオンは、迷う。

 

 弱者の居所を作りたかった。

 温かくて優しい、そういう場所を築いてみたかった。けれど悲しいほどにシオンに才はなかった。武の才も、知の才も。努力はしてみたけれど、何もかもてのひらからこぼれ落ちてしまって、残ってはくれない。

 シオンはそれでも、弱者が笑える場所を作りたかった。弱者の笑顔を見ると、救われた気持ちになるから。

 

 シオンは、迷い続ける。

 答えは未だ出ない。

 

 

 ───

 

 

 馬喰田領・駒白。

 

 相も変わらず攻め手を緩めぬ獅子吼軍に、テッサは「懲りないものだな」と、呆れ混じりの吐息を漏らした。幾度となく打ち破られてなお、攻めの手を緩めぬとは……。

 

 ──愚かなり、獅子吼緋彩。

 

 暴虐の徒、暴君であるともっぱらの噂だったが、これでは暗愚、暗君の肩書の方がよほど相応しかろう。

 

 テッサは軽く拳を握りしめると脱力した。

 そして、

 

 ──次の瞬間、獅子吼兵が消し飛んだ。

 間一髪を救われた馬喰田兵は、何が起こったのかもわからない。もちろん、他の者たちもだ。突如、轟音と共に人間が爆ぜたのだから、それも道理であろうが──。

 

 

 敵味方入り乱れた乱戦が中断され、奇妙な沈黙が降りる。テッサは構わず更に獅子吼兵へ詰め寄ると、おもむろに首根っこを引っ掴んだ。

 右足を軸に、コマのごとく高速回転をする。そして勢いを一切殺さず、地面へと叩きつけた。

 爆撃を受けたような音と衝撃が発生する。それは周囲の兵を敵味方関係なく吹き散らして、哀れな被害者はクレーターの掘削と共に血煙となった。

 

 いつもならば、この辺りで獅子吼兵は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ帰るのだが──今日は違った。腰を引かせ、恐怖に震えながらも、その口端には不敵な笑みが張り付いている。まるで、自分達の勝利を、テッサの敗北を確信しているかのように。

 

 テッサは訝しんだ。

 どういう次第なのか。考えを巡らせようとした。

 ──けれども、一瞬後。

 

 ──本能で理解した。

 

 殺気が放たれたわけではない。

 派手に爆発が、人が吹き飛んだわけではない。

 

 ──圧倒的な“個”が放つ覇気が、その場を完全に支配した。

 

 

 たてがみのような黒い長髪。野生と理性が入り混じり合った深紅の隻眼。口元はケダモノめいた獰猛な笑みに彩られている。

 

 ──奴だ。獅子吼領主、三氏の一角にして規格外の“個”──獅子吼緋彩。

 

 

 

 ──全身全霊を乗せた一撃が、獅子吼緋彩の顔面に深々と突き刺さった。空気が爆ぜ、大地が軋みを上げるほどの衝撃が炸裂する。

 

 テッサの本能が叫んでいた。

 思考するよりもずっと速く、肉体の方が弾け飛んでいた。

 

 獅子吼領主を見た瞬間──

 “アレを殺さねば死ぬ”と、本能が理解した。

 ゆえに即座に選択したのは、彼女が使う流派の中でも屈指の威力を誇る最強の太明天開拳。鬼気を極大に高め、凝縮し、インパクトの瞬間に相手の体内から炸裂させる究極の一撃──。

 それがマトモに入った。

 

 ──殺った!

 

 テッサは確信した。

 

 ──しかし……。

 

「……こんなものか?」

「──ッ!?」

「終わりかと聞いている」

 

 ──まるで通じていない。

 テッサの思考が硬直する。──マズい、こいつの前で思考を止めるのは──!

 

 慌てて距離を取ろうとしたテッサの頭部を、万力のような指が鷲掴みにする。

 

「は、離──」

「羊め」

 

 抵抗もむなしく、テッサの頭部はトマトのように容易く握り潰された。

 

「──ふん。次は、龍首だ」

 

 テッサの遺骸を無造作に投げ捨てると、返り血を拭うことすらしないまま、ヒイロは本陣へ歩みを戻していった。

 

 

 ───

 

 

 馬喰田の懐刀が戦死したという知らせは、カグラの耳にもすぐに入ってきた。

 幾度か顔を合わせた程度の関係だが、一応冥福を祈っておく。

 

 ……気の毒なことになったが、これはまだ想定内のことであった。

 むしろ今までがうまく行き過ぎていた。

 

 やはり現実はままならないのだと、カグラは気を引き締める。テッサという戦力の要を失ったことで、これから獅子吼と馬喰田の戦線は膠着し始めるだろう。

 

 ──だが、獅子吼領主が前線に現れたというのはいい情報だった。やはり奴は自らの手で戦場を引き裂かなければおさまりがつかない生き物なのだ。

 ならばこそ。もとより考えていた策が機能する。

 

 獅子吼領主の暗殺。

 

 賭けにはなってしまうが、龍頭軍との戦いで前線に出てきたアイツを暗殺する。

 そのために、それだけのためにシュラという別の怪物と契約を交わしたのだ。──復讐が成功するかどうかは、シュラの強さがどれほどのモノかにかかってしまうが。

 

 ──死ぬかもしれない。

 ふと、凍てついた考えが脳裏をかすめた。

 

 思い返すのは愛しい妹の姿。

 ……カグラが死んでしまったら、彼女は一人になってしまう。

 カンナを一人きりにしてしまうかも知れない──その可能性に身震いをする。ヒステリックにわめき散らし、逃げ出したい気持ちを必死に噛み潰した。

 こんなことなら、もっとあの子に友達を作らせてあげたらよかった。後悔が胸を突き刺す。

 

 けれども、どんなに後悔しようが、カンナを愛しく思おうが、カグラはもう止まれない。戻るための道は、とうの昔に燃やし尽くしてしまった。

 

 カグラは無性にカンナに会いたくなった。

 けれども、会えない。会うわけにはいかない。

 

 ──会えば、きっと抱きしめてしまうから。

 抱きしめてしまえば、もうそこから動けなくなって、腐って朽ちてしまうだけだから。

 

 

 テッサが討死し、その情報がカグラの耳に届くまでのタイムラグを考えると、時間の余裕はない。

 シュラと取り決めていた合図を出すと、カグラは復讐の終着点──獅子吼領・獅童(シドウ)へとその身を投じた。

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