頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十五話 甘く羽音を打つ毒虫(キャンディハート・フリーダム)・前編

 動乱の時代で、人の住む場所が焼き払われるというのは特に珍しいことではない。

 

 ──ヒトナシ峠。左部朱羅というヒトデナシをこの世に放った此処にも、昔はそれなりの営みがあり、幸せが根付いていた。

 

 かつてあった営みの残り香の前に立ち尽くして、シュラは渋柿を齧った。

 弱者が強者によって踏み潰されるのは、この世のならいだ。悪意という粘性の炎に炙られて、残るのはいつだって、憎しみ、悲しみ、絶望──ドス黒い感情ばかり。

 

 もう一口柿を齧る。──渋い。

 彼女の内側で、郷愁。寂寞。憎悪。悲嘆。愛情。さまざまな色の感情が強く自己主張するように光を放って、ない混ぜになって、結局は(虚無)に還る。

 

 遠くを見やって、愛おしいほどに愚かなアリンコへ思いを馳せた。希望を歌って、絶望を抱いて、身の丈に合わない大荷物を決して降ろさない虫けら。

 

 笑ってしまうほどに弱くて、情けないカマキリへ思いを馳せる。捨て去ってしまえば楽になれるモノを、後生大事に抱え直す虫けら。

 

 シュラがカマキリに協力してやることに決めたのは、あるいはその瞳の奥に、自分と同じモノを見たからかもしれなかった。──炎に巻かれて死に絶えるモノを見た経験に、自らを重ねたからかもしれなかった。

 

 

 感傷に浸っていると、百合が描かれた宝石片が、鬼気の淡い光を放つ。──合図が来た。此度の標的は獅子吼領主。漆黒に燃え上がる戦災の化身である。

 

 ──さぁ、仕事の時間だ。

 

 シュラは唇の端を軽く舌でなぞると、散歩にでも出かけるような軽い足取りで、獅童へと向かった。

 

 

 

 ───

 

 

 温暖にして肥沃な平野。

 獅子吼領きっての酪農地である獅童も、今は平時の長閑さは失われている。

 遮るモノのない景色の向こうにあるのは、吹き抜ける風に揺れる、水晶の龍戴く戦旗。──龍首の大軍勢だ。どうやら、かなりの兵数をここに投じているらしい。

 

 ヒイロは低く鼻を鳴らした。

 

 ──自らを捕食者と気取る家畜どもが、獅子の前に身を差し出しに来ている。

 度し難いほどに愚かで、救いようがないほどに美しい。それは生という行為を肯定するのにもっとも相応しい光景だと、戦災の化身は断じた。

 

 ──合戦が始まる。

 矢が飛び交い、石が降り注ぎ、槍が突き合わされ──戦場は瞬く間に乱戦へともつれ込む。

 その光景は、さながら舞踏会。

 命と命が喰らい合い、引き裂き合い、──愛し合う。ヒイロは口元を獰猛に吊り上げた。

 これこそが至高。これこそが絶頂。己が生を、他者の死で彩る極上の饗宴であった。

 

 ──どれ。一曲ばかり踊ってやるか。

 

 上機嫌のヒイロが舞踏会場へと足を踏み入れようとする。──しかし、ソコへ地を這うような殺気が向けられた。

 同時に、鋭く軽やかな死の刃が降ってくる。あえて受けようかと思ったヒイロだが、

 

 ──しかし。

 それは己を断ち得る刃だと、本能が告げた。ゆえに直感に従って、その死を篭手で弾き飛ばした。

 

「……流石は獅子様♡ 簡単にはチョッキン、ってされてくれないのね♡」

 

 背後から囁き声。

 甘く毒々しい悪意の声がヒイロを嘲笑した。

 

(──気配を感じなかったな。何か使ったか)

 

 しかし、相手が何であろうと関係はない。

 獅子の前に立つもの、それは等しく獲物であるというだけ。羊か、馬か。あるいは、得体の知れぬ毒虫か──。いずれにせよ、喰らうだけだ。

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