頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十八話 笑顔

 冷ややかな瞳が17番を見下していた。

 

 ガラス張りの、白く無機質な室内に、一つきり据えられた黒い器具。計器のような機械へとコードで接続されたヘルメットのような形状をしている。──白髪の少女が、その器具に頭部を固定されていた。

 

 ガラスの向こう側には、虫けらを観察する子どものような、無邪気で冷酷な視線の群れがうごめいている。彼らにとっての17番は単なる数字でしかなく、いくらでも替えの利くモルモットでしかない。

 

 17番はこの時間が嫌いだった。

 痛いし気持ち悪いし、……やっぱり“痛い”。

 

 何をされているのかは知らない。

 けれどオトナたちが“タマシイ”がどうとか、“ふぉとん”がどうとかって話してるのを聞いたことはあった。……もしかすると、あの黒いやつから流れ込んでくる、気持ち悪いのがソレなのかもしれない。

 

 実験が開始されると、17番はつとめて無感情であるように心がけた。

 怒ったり、悲しんだり、楽しんだりすると、頭の中に入ってくる気持ち悪いやつが喜んでしまう。

 そいつが喜ぶと、いつもよりもずっと痛い思いをすることになるし、ひどい時には“ポイッ”ってされちゃう子までいる。

 自分を守るためには、無感情でいなくちゃいけない。

 

 流れ込んでくるのが止まると、次は吸い出される。この時は、笑ったり、怒ったり、泣いたりしなくちゃいけない。じゃなくちゃ、なんにも考えられなくなって、“ポイッ”とされてしまう。

 オトナたちがやってくるイジメはどれもこれも危ないけれど、17番が見てきた中では、これが一番怖いやつだった。

 

 そして、それが終わると今度は身体に針を突き刺される。黒いコードを繋がれて、電気を流される。でも、これはそんなに危なくない。

 痛いには痛いけれど、耐えられないほどじゃないから。これで帰ってこなかった子もけっこういるけれど──。

 少なくとも、17番は平気だった。

 痛いのは大嫌いだけど、痛いだけならどうってことなかった。それよりも気持ち悪かったり、無視をされる方がずっと、ずっと──心が“痛い”。

 

 オトナたちが17番を見る目は、本当に冷たかった。ただ数値を確認するだけの無機質さと、どうだっていいものを見流す無関心。

 

 ──それが、一番痛かった。

 

 身体の痛みよりも。

 あの流し込まれたり、吸い取られたりする気持ち悪さよりも。

 ずっとずっと鋭く強く、17番の心を傷付けていた。 

 

 ここにいてもいいよ、と言われたかった。

 いなくなったって困らない──お前はそんな存在じゃないよ、と言ってほしかった。

 “生まれてきてくれてありがとう”なんて──。そんな言葉は知らなかったけれど。けれどもきっと、そういうものがほしかった。

 

 17番は強く、強く、求めていた。

 だから、笑った。

 頬をいびつに引きつらせて、下手っぴな笑いを浮かべ続けた。

 ヒナが親鳥へと餌をねだるように。

 暗い闇の中でかすかな光にすがるように。

 

 それはきっと、

 

 ──17番なりの「ここにいるよ」というメッセージだった。

 

 

 

 ───

 

 

 

 イジメが終わると、狭苦しい部屋へと押し込まれる。

 

 ソコにはさまざまな年頃の子供達がぎゅうぎゅうに押し込められていた。

 硬い床には毛布の一枚もなく、窓もない。窓がないから、今が明るいのか、暗いのかもわからなかった。

 

 はじめは1番から20番までがルームメイトだった。同じ年頃の、同じような境遇の仲間達。……けれども、今は17番しか残っていない。

 彼らは、オトナのイジメに耐えられなくなって、“ポイッ”とされてしまったのだ。

 

 そして、一人がポイッとされれば、すぐに新しい番号が一人入ってくる。

 そういう子は、たいてい感情が豊かで、散々に泣きわめくし、暴れまわる。

 ほとんどの子は、17番の下手くそな笑顔を見て怖がるし、嫌うけど──次第になんにも考えなくなっていく。

 

 17番。

 43番。

 51番……。

 

 並び順すら守られなくなってしまった住人の番号は継ぎ接ぎの飛び飛びで、そしてそれは同時に、17番が“生き残ってしまった”という、証拠でもあった。

 

 ……部屋は静寂に包まれている。

 どれだけ感情が豊かであった子達も、17番を怖がる気持ちさえ失っていく。

 誰も泣かないし、話さない。ただ、うつろな瞳を上向けているだけだ。

 そんな静寂の中で、17番は笑顔の練習をし続けた。疲れてまぶたが落ちてしまう、その寸前まで。

 

 

 ───

 

 

 その日のオトナ達はなんだか騒がしかった。

 慌ただしく動き回る足音が行き交っている。いつもよりもずっと足音が多い気がした。なんだか焦ってるみたい。

 

 そのせいか、イジメの予定がなくなった。

 今日はあの、黒いやつを被せられることも、針を突き刺されることもない。

 石ころを見やるような目で見られることも、冷たく無機質な声で吐き捨てられることも──今日はない。

 

 イジメがないのはいいことだった。

 けれども、なんでかいつもよりずっと心が痛かった。まるで本当の本当に捨てられてしまったかのような気持ちになって、ほんの一瞬──。

 本当にほんの一瞬だけだけど、笑顔を忘れてしまった。

 

 17番は慌てて顔を引きつらせると、下手っぴな笑みを浮かべた。

 

 

「──近郊のフォトン濃度が──」「──実験体の整理を──」「──時間がない──」

 

 怯えと苛立ちがない混ぜになったオトナ達の話し声が扉越しに聞こえてくる。

 何を言っているのかは知らない。わからない。

 

 けれども、一つだけ。一つだけ17番にもわかることがあった。

 本能的に直感してしまったことがあった。──もしかすると、扉向こうのオトナたちは、もう二度と自分に……。

 

 ──“痛いこと“さえしてくれない。

 

 そんな考えを必死に否定するように、白髪の童女は、暗闇の中で頬を吊り上げる。

 震える指で、いびつな笑顔を必死に形作った。

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