頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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三十九話 一等星(きぼう)・前編

 ──音はなかった。

 

 気が付いた時にはもう、何もかもが手遅れになっていた。

 

 白く無機質な研究所。

 ソレが今、いびつな結晶に喰い付かれ、飲み干され、透き通るような森林となっていた。

 

 

 

 ──研究所内では、実験体も研究者も関係なく、無差別に卵を寄生させられている。結晶人は床から、壁から、天井から──あらゆる方向から、壁をすり抜けて現れた。

 

 ──最初の被害者は研究員だった。

 結晶人から細く長い管が伸ばされ、ソレが突き刺さると被害者は陸に打ち付けられた魚のように跳ね上がった。半開きの口腔から漏れるのは、喘ぐような吐息ばかり。魂を侵されて、改造されている。

 管の刺さった場所から、侵食するように結晶が広がっていく。やがて──結晶人(ヤモリ)を産み出すだけが存在価値の物体へと成り下がってしまう。

 

 研究所は、無音のまま終わっていった。

 誰も気が付かないうちに、一人ひとりと卵が増えていく。愛玩具めいた結晶トカゲは、周囲に結晶を植え付けながら、きわめて手際よく苗床を増やしていく。

 

 

 ───

 

 

 17番がソレに気がついたのは、単なる偶然だった。

 いつものように指先で頬を吊り上げ、笑顔の練習をしていた時、ふと床の一部が青く透き通るのを見つけた。

 なんとなく不吉な予感がして、反射的に注意の声を上げようとした。けれども、長く声を使っていなかったし、ろくに言葉も教えられてなかったから、かすれた音が尻すぼみになっただけだった。

 

 一拍のあと、ぬるりと生えてきたのは見た目ばかり可愛らしい結晶トカゲ。

 17番は最初、オトナ達が用意した新しいイジメの一つではないかと思って、無意識に安堵した。──まだ、捨てられてはいないのだと。

 

 トカゲはキリキリキリキリと小さく鳴き声を上げた。囁くように、慈しむように。

 

 17番は首を傾げた。

 けれども次の瞬間、結晶ぬいぐるみから伸ばされた管が、相変わらず宙を見つめるばかりのルームメイトへと突き刺さった。

 その子はさしたる抵抗もせず、見る間に青白い結晶の繭へと変わる。

 

 17番の笑顔が凍りつく。

 目の前で起きた光景に、彼女はわからざるを得なかった。こいつは、私達を“ポイッ”しようとしている。ならばやっぱり、オトナ達は17番達全員がいらなくなったのだ。

 

 17番は笑えなくなった。力なくへたり込んだ。

 捨てられてしまった。いらないと突きつけられた。これから、今までポイッされてきた他のみんなと同じようにされて、同じ場所へと行くのだ。

 

 静まり返った室内で、音もなく青い繭が増えていく。

 ──そんな中、ふと、17番の耳が小さくしゃくり上げる音を拾った。

 

 51番。

 それは17番の感覚で、かなり最近に来た子だった。感情表現が特に豊かな子で、はじめの内は本当にうるさかった。

 オカアサンとか、オトオサンとか──よくわからない言葉を繰り返していて、“静かになってしまう”までも、特にはやい子だったように思う。

 

 けれども……。彼女の下手っぴな笑みに、ぎごちなく笑い返してくれた子だった。

 ──特に、何を考えたという訳ではなかった。

 

 17番は衝動的にその子の前に立ち塞がった。立ち塞がって、両手を広げた。困惑する気配が、背後から流れてくる。

 トカゲは17番を見なかった。

 いつでも、どうにでもできる存在として、関心を向けなかった。つぶらな瞳は人を個でなく、群として数えている。

 

 管が伸びる。こちらに伸びたわけではなかったが、17番にはもう、そんなことは関係なかった。

 

 思いっきり突進して体当たりをすると、想像よりもずっと簡単に押し倒すことができた。

 管を掴んで、これ以上繭を増やさせないようにする。トカゲは暴れるが、17番の方が、力が強いようだった。

 

 壮絶なもみ合いが起こった。

 17番は枯れた声を必死に張り上げて、死に物狂いで組み付いた。トカゲはなおも、17番へ焦点が合わない。それでも、うっとうしいモノが張り付いているとは感じているのか、抵抗は激しかった。

 

 ──やがて、17番の小さな身体を、トカゲの尾が叩きつけ、吹き飛ばした。

 白髪の少女は壁にぶつかり、ズルズルと倒れ込む。視界の端で火花が飛び散り、ぶつけた背中がひどい痛みを告げた。──それでも。

 痛みをこらえ、立ち上がる。

 

 ──そうだ。

 51番は笑い返してくれたんだ。

 だから、助けなきゃ。

 

 それは、根源的な衝動だった。 

 

 もう一度、と向かうよりはやく、管が17番に突き刺さる。どうってことない痛みだった。……けれどすぐに、理解の及ばない何かが、流れ込んでくる。自分という存在そのものを書き換えるように、教え導くように。

 

 覚えのある感覚だった。

 あの黒いやつを被った時に感じるものと、同じだった。けれども、こっちの方がずっと気持ちが悪い。 

 ──指先が、白髪が、真紅の瞳が、書き換えられる。青く、蒼く。おぞましく、人でないものへと書き換えられようとしている。

 意識が闇に堕ちる。暗くて、蒼くて、冷たい場所へと堕ちていく。

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