頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

42 / 68
四十話 一等星(きぼう)・後編

 ──17番の脳裏には、この研究所で過ごした日々が再生されていた。

 いいことは、なかったように思う。

 悪いことは──どうだろう。17番にはわからない。

 

 黒い器具。

 針。

 石ころみたいな瞳。

 

 “ポイッ”とされていく仲間達。

 

 ──そして、桜色の少女(51番)が笑い返してくれたこと。

 

 ──正気を取り戻す。

 

 17番は管に構わず、指先で頬を吊り上げた。引きつった、へたくそな笑みを浮かべて、床を強く、強く、踏みつけた。

 

 少女は無我夢中で管を引っ張った。

 結晶トカゲは宙へと舞い上がり、引き寄せられる。逆さまになって落ちてくる、透き通った石ころ頭に──頭突きを食らわせた。

 

 鈍く伝わる衝撃。視界が赤く染まる。

 管から流れ込む蒼い色と、思考を揺らす赤い色が混ざり合って溶け合う。

 

 ──大丈夫。こんなの痛くない。

 気持ち悪くなんかない。

 

 流れ込む浸食が、意思の赤色によって圧し潰されていく。震える膝で、それでも揺らぐことなく床を踏みしめる。

 

 戦い方なんてわからない。

 都合のいい必殺技なんて持ってない。

 

 ──でも、痛さに負けたことは一度だってないんだ。

 

 ──だから、前に進むだけ。

 

 

 キリキリとトカゲが鳴く。

 その黒い眼差しは、17番を個として捉えていた。

 

 ──けれどもう、そんなのはどうだっていい。

 ──あの笑顔を護る……それだけなんだ。

 

 ──けれど。

 

 トカゲは確かに17番を見ていた。

 無機物のように冷ややかで、狩人のように酷薄な視線──。

 だからこそ──。

 

 

「──ァ」

 

 

 ──51番が狙われた。

 愛玩具もどきは、きわめて冷酷に、合理的に、17番の拠り所をへし折りに来た。

 

 

 白髪の少女は止めようとした。

 真紅の瞳を焦りと怒りで燃やし、自分に突き立てられた管を使って引き寄せようとする。51番がやられるより先に、結晶人をやっつけようとした。

 

 間に合え……。

 ──いや、間に合わせてみせる。

 

 ──けれど……

 

「ァアッ!」

 

 間に合わなかった。管が桜色の少女に突き刺さる。

 51番は小さく悲鳴を上げると、痙攣した。

 

 ──まだだ。

 ──まだ間に合う。

 

 17番にだって管が刺さっている。けれども、身体は動かせた。意識だってはっきりしている。なら、自分が平気な内は、51番だって平気なはずだ。

 

 願うようにそう結論して、釣り上げたトカゲへ、もう一度頭突きを叩き込んだ。

 

 軋む頭蓋。

 廻る視界。

 こみ上げる吐き気。

 

 ぜんぶ──全部、無視をして、拳を握り込む。

 

 そして、一撃。二撃。

 結晶の頭でっかちへ何度も何度も拳を叩きつける。皮が破け、肉が露出し、拳が砕けても止まらない。止まることなどできるわけがない。

 

「────ッ!!」

 

 そして。

 ついに全身全霊の一撃が、乾いた音と共に、石ころ頭を叩き割った。

 

 

 

 ──17番は気を失ってしまいたかった。

 このまま倒れ込んで、深い眠りへ落ちてしまいたかった。けれどもなんとか身体を動かして、51番の元へ向かう。

 

 「……ゥ、ァ──」

 

 桜色の少女は──手遅れだった。

 

 生きてはいる。

 息はあった。

 抱き起こした身体は、ちゃんと温かかった。

 

 ──けれど。

 けれども、浸食だけが止まらなかった。

 

 少女の白い肌が少しづつ、ゆっくりと結晶へと変貌していく。どうにかせき止めようと手のひらを押し付けて防壁にするが──まったく意味はない。

 どうしてか、頬に熱いものが伝っている。なにか、よく分からないものが流れていた。

 

 それは涙だった。

 笑顔しか持たなかった17番が、生まれて初めて初めて流した、感情の雫だった。

 

 51番は、必死に結晶化をせき止めようとしている白髪を見て、しばらく戸惑っていたが、やがて。仕方なさそうな笑みを浮かべた。──それは、17番を安心させるような微笑みだった。

 自分の方が痛いのに。ずっと怖いのに。

 

 そして、かすれた声で、

 

「──ねぇ。……笑って、いてね……」

 

 優しく、

 

「あなたの笑顔って……」

 

 願うように言った。

 

「みんなに元気をあげられるから──」

 

 17番は頷く。頷くしかなかった。

 噛み締めるみたいにして、その言葉を、願いを、心に刻み込んで、鍵をした。──忘れてしまわないように、失くしてしまわないように。

 

「──これ……。持ってってほしいの……。私が……私って子がいたんだって……忘れないでほしいの……」

 

 震える指先が、そっと黒いリボンを差し出す。

 蒼い瞳には恐怖が揺れていた。

 

 それでも、17番に見せまいとする優しい気遣いがあった。17番はリボンを受け取ると、結晶化の進む彼女へ、なんとか言葉を贈ろうとした。

 

 きっと言いたかったのは、忘れないよ、とか。

 ありがとう、とか。

 助ける、とか。

 

 そんな陳腐な言葉の羅列だった。

 けれども、そんな言葉さえ、今の17番は知らなかった。

 

 ──何も言えないまま、時だけが過ぎ去った。

 

 見るも無残な数分間だった。後にも先にも二度とない、最低の時間。

 

 やがて、51番は完全に繭となった。

 それを見届けると、白髪の少女は静かに立ち上がる。その真紅の瞳には、悲壮にすぎる決意が宿っている。

 

 ──大丈夫。

 忘れないよ。

 

 17番を侵していた青い光が、紫ともピンクともつかない色へと変わる。少女は身悶えするように蹲ると、自らの内を満たす強い光を、強く掻き抱いた。

 

 ──そして。

 光が収まった時、17番の白髪には侵食するような桜色がまじり、左目が蒼へと変わっていた。

 

 ──私が、持ってく。

 貴女がいたんだ、って痕跡を。どこまでも。

 

 

 ──17番は、笑顔を作った。

 指先で頬を吊り上げて、涙にまみれた一番下手くそな笑顔を必死で作った。

 

 

 

 ───

 

 

 17番は研究所を脱出した。

 

 気が付けば、一人きりだった。

 どうにか部屋の鍵をこじ開け、踏み出した研究所の中はまるで結晶の森。あの残酷な青い繭でびっしりだった。

 

 17番は近くに潜んでいるかもしれない結晶人を警戒しながら、出口を目指した。

 

 

 

 ──初めて歩く外は薄暗かった。

 

 17番は(しるべ)を求めて周囲を見渡し──空を見た。

 

 ──そこにあったのは、満天の夜空。小さく光りを放つ星という名の宝石だった。

 

 その中でいっそう煌めく一等星に、17番は目を奪われた。何故だろう。そんなわけないのに、救われたような気さえした。

 

 遠くて──。

 静かで──。

 けれど確かにある。

 そんな輝きが網膜に焼き付いた。

 

 ──私も、あんな風になりたいな

 

 ソレは何もかも持たない少女の内に、一欠片の星が生まれた瞬間だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。