頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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四十三話 今日のオレは不退転

 ──陣触れが回った。

 

 鹿角領主が戦を決意したという知らせは、またたく間に領内へと伝わった。

 ユイを慕う領民や、故郷を守りたい力自慢。この機に一旗揚げようという食いつめ者達が集まってくる。

 寄せ集めの烏合の衆が、二百そこそこ。それが鹿角軍のすべてだった。

 

(……勝てんな、これは)

 

 ホムラはそう評した。

 兵糧は、無くはない。金も──まぁ、底を尽いちゃいない。だが、人だ。何よりも不足しているのは、明らかに人。

 

 龍首は大国だ。

 獅子吼との戦で大敗し、いくらかは消耗していようが、それでもなお強大。安く見積もったとして、千くらいの兵は出してくるだろう。下手をすれば倍出してくることさえあり得る。

 

 単純に比較して、五倍の兵力差。……それも、こちらの兵は大半が戦を知らない。

 アヤメが獅子吼へと援兵を頼みに行ったが……難しいだろう。なにせ、向こうにとって得がないのだから。

 

 

 ──鹿角領・大鹿(オオシカ)

 国境沿いの集落は、家財を積んだ荷車の軋みと、土を踏む重たい足音が支配している。住民達は、血なまぐさい戦の気配を感じ取って、誰も彼も不安に揺れていた。

 ……無理もない。ここはじきに戦場となる。今回のところは小競り合いで済むだろうとは思うが──。この世に絶対もない。

 

 避難を急ぐ群衆の中で、わけもわからず泣き叫ぶ童。諦念を貼り付けた顔で土間に座り込む老人。一心不乱に数珠を握る若者。──ああ、胸糞が悪い。

 日々を穏やかに過ごしていただけの人々が、どこぞの誰かの号令一つで、踏みつけにされて地獄に落っこちる。

 

(──いや、オレも踏み潰してきた者の一人か)

 

 ホムラは自嘲の笑みを掻き消すと、怒鳴るように避難を促した。

 できることならば、今は小競り合いすらしたくはない。何せ、手勢は三十ほどしか連れて来られてはいないのだから。準備も何もかも足りていない。

 

「急ぐんじゃねぇぞ! お前らの尻はオレ達がきっちり護ってやる! キリキリ逃げろ!」

 

 住民達は肩をすくめながらも、小さく目礼して去っていく。──お人好しどもめ。

 その背中を見やって、舌打ちを一つ。気を張り替えるように頬を張る。

 

 今度の仕事も、どうせ楽には終わらない。

 

 ───

 

 日が落ちようという頃。

 馬蹄が、軍靴が、地ならしをする音が響き渡った。

 ひどく統率された、淀みない地鳴り。

 

 ─その時。

 国境の向こうから、蒼備えの群れが現れた。

 数はおよそ百ほど。斥候か、先鋒か……。鬼気使いが見当たらない辺り、斥候の可能性が高そうだ。

 

 しかし兵らは長短様々な槍を携え、瞳は暴力への渇望で怪しい光を放っている。──練度が高ぇな。ホムラは即座に見抜いた。

 随分と足並みが揃っているし、何よりも規格品の槍を使っていない。

 

 彼らの中央──いっそう蒼く染められた具足を身にまとった男が、短槍をきわめて無造作に振り下ろした。

 

 ──瞬間。凄まじい鬨の声が爆ぜ飛んだ。

 

 手なずけられていたケダモノたちが、獣性を解放した。獣性を保ったまま、統率されている。

 

 その足並みには一切の乱れがない。吐き気がするほど“美しく”、ホムラ達を、大鹿を、鹿角を──。

 一つ残らず喰らい尽くそうと、駆け出した。

 

 領民は──逃げ切れたとは言い難い。

 集落からは離れたが、彼らがいるところは、ここからさほど離れてはいない。──時間稼ぎに徹するか、いっそ追い払うか。できるかどうかは置いておいても、一戦交える必要があった。幸い、敵方に鬼気使いは見当たらない。居たとしたら、すでにこちらは大打撃を受けていただろう。

 

 騎馬武者が土煙を上げて迫っている。その下卑たケモノ面をにらみ据えてやった。

 

 ……一兵たりと、通してやるものかよ。

 

 ホムラは決意を爆発力に変えて、相棒を大きく蹴り上げる。そして、大きく振りかぶると──、

 

「ぎゃぺっ」

「おぐっ」

 

 一番槍を買って出たマヌケに向かって、大斧を全力で振り上げた。飛び散る脳漿。砕け散る具足。肉と鉄を叩き潰す不快感に眉をしかめながら、次の一人へも、大斧を叩き落とす。

 

 戦況は芳しくはなかった。

 ホムラはしのいだが、騎兵の突破力で農兵達はかなり消耗していた。

 

(……チッ。良くねぇな。……オレにも鬼気が使えりゃあな)

 

 所詮は無いものねだりだ。

 ──とにかく今は、騎馬武者を潰さねば。

 あれが動き回るほど、こちらの損耗が増える。勝ちの目も薄れていく。

 

 彼女は奮戦した。

 騎兵をかち割り、投石を叩き落とし、弓兵へ敵の死骸を投げ返す。鬼のような奮戦をした。そしてそれは農兵達に勇気を与え、戦況を五分に引き戻そうとしていた。

 農兵たちの怒号が、戦笛の音をかき消す。

 

「あ、荒鬼さまが騎兵を倒してくださったど! オラ達も続けーッ!」

「オオーッ!」

 

「──ふん。それなりの武者がいるか……」

 

 後方で戦場を睥睨していた男は、ホムラ達の奮戦を鼻で笑った。

 

 二振りの短槍をクルクルと両掌で弄びながら、顎で指図する。

 

「……疲れさせろ」

 

 蒼い群狼が、いっそう勢いを増す。

 

「チィッ! うぞうぞと……ッ」

 

 背後から突き出された槍を引っつかみ、持ち主もろとも振り回す。──そして、味方を狙っていた奴へと叩きつける。

 

 背後から。射程の外から。あるいは農兵を狙って──。

 彼らはホムラを動き回らせた。

 ──特に、味方を庇うために動くと確信してからは、積極的に農兵を狙うようになった。

 

 ホムラは苛立たしげに歯噛みするが、なるほど確かにいい作戦だと感心もした。

 彼女が敵の立場だとして、正面で削りきれない相手には同じような手段を使うだろう。

 

 農兵を救うために地を蹴るたびにホムラは消耗を重ねていく。けれども、ホムラは止まらない。止まるわけがない。

 

 脳裏をかすめるは二つの銀色。

 護れず、死ねず、生き恥ばかりを積み上げてきた。──だからこそ。

 桜色がフラッシュバックした。

 

 ──恩は返す。

 

 ホムラの太ももを槍が貫いた。

 傷口から血が噴き出し、体勢が崩れる。

 しかし、女傑は獰猛な笑みを浮かべると、痛みもろとも地面を踏み抜いて留まった。……お礼とばかり、下手人を脳天から叩き潰してやる。

 

 ──そうだ。今日のオレは……。

 

 傷を負ったことで与し易しと判断した龍首兵が攻勢に出る。しかし、それでも。

 ホムラは崩れなかった。

 

 ──一歩たりと退かねぇぞ……ッ!

 

 

 ───

 

 

 ホムラは肩を怒らせ、荒く息を吐く。

 敵の数は依然としてこちらよりも多い。

 農兵達の数も随分と減って、今や十人といない。

 

 それでもホムラの瞳からは意志の輝きが失われてはいなかった。

 霧が張る視界を頭を振って吹き散らし、よろける足を一層に強く踏みしめる。

 

 

「──悪くない戦いぶりだったな。……褒美に、俺の手柄としてやる」

「……はっ。もう勝ったつもりかよ……。舐められたもんだぜ……」

「ふん。……ハッ!」

 

 短槍が突き出される。

 大したことのない攻撃だ。普段のホムラならば鼻で笑って弾くソレは、けれど今、右腕を抉った。

 

「グッ……。つまらねぇ……太刀筋だ。まるで才を……ッ。感じねぇな……」

「ッ!! ……しかし貴様は今から、その非才に殺されるのだ。どんな気分だ?」

「……はっ、……最高だね。最高にいい気分だよ」

 

 ホムラは歯を見せて笑った。

 その笑みに諦めは一欠片も含まれてはいなかった。

 

 傷ついてるからなんだ? 痛いからなんだ? 疲れてるから?

 どこぞの能天気な突撃娘は、腹に風穴を空けられながら、敵に礼を言ったっていうじゃないか。それはつまり、気合があれば、肉体だって超えられるってことだ。

 血の滴る指で、相棒を強く握りしめる。

 

「──ッッ。……軽いんだよ」

「……? 私の何が軽いと?」

「教えてやる義理はねぇな……。地獄に行って……ゆっくり考えたらいい……」

「……フゥー。いいだろう……。

 ──送ってやるよ! 貴様を地獄になァ!!」

 

 かかった。ホムラは冷徹に判断すると、残りの力を振り絞って大斧を構える。

 傲りと怒りに飲まれ、視野狭窄となったマヌケが放つ穂先が急所を抉らぬよう、身体の位置をずらしながら、横薙ぎで返してやった。

 敵の首はその一撃で断ち切られ、喚き声は濁った水音と変わって大地に吸い込まれていった。

 

「敵将! 荒鬼ホムラが討ち取ったぞ!」

 

 満身創痍の身体に鞭打って、宣言する。

 ──お前らの頭は引き千切ってやったぞ、さぁ帰れ。そんな意味を持たせて。

 蒼備え達はホムラ達の消耗ぶりを見て、追撃をかけるか悩んだようだったが、引き返していった。

 

 その背が土煙の向こう側に消えるまで、ホムラは仁王立ちを続けた。

 視界が白んでいる。けれど、背後の農兵達が流す、安堵の嗚咽はちゃんと聞こえていた。

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