頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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五十話 トゥインクル☆

 砕け散った夢の名残が、胸の内で淡く光り続けている。──大丈夫だよ。ずっとずっと……忘れない。

 

「──驚いたわねぇ。まさか、あの結界を破って出てくる子がいるとは」

「……ユイ様! みんなも!」

「フフフ……眠ってるだけよ。死んじゃいないの。でもねぇ、もう起きないのよ」

 

 目を覚ましたヒイナは、まず仲間達の無事を確認した。

 ──みんな床に伏せって泥のように眠っている。

 上座から見下ろしている龍首領主を、ヒイナはまっすぐに睨みつけた。

 

「──起こしてください」

「無理よ。だってこれ、一番目覚め難い夢を見せる結界なのよ。……起きてきた貴女が変なの」

「……返して」

「持っていきたければ好きにすればいいわ。どうせ起きやしないけれどね」

 

 押し黙ったヒイナへ、勝利を確信したか、あるいは愉悦だろうか。粘つくように笑いながら、龍首領主はさらに追い打ちをかけてくる。

 

「フフ。救えない、救えない。抱いて許すだけじゃあ、なぁーんにも救えないのよ。全部、全部取りこぼしちゃう」

「……っ」

「どうするの? 戦う? 私を殺す? それとも、小綺麗な理想を抱いたまま、お友達を腐り殺しちゃうのかしら?」

 

 蒼く光を放つ瞳が、ヒイナのオッドアイを、ゆっくりと覗き込んだ。

 形の良い唇がなまめかしくうごめいて、ひたすらに毒を吐き出していく。

 

「幸せな夢に溺れて、そのまま朽ちてしまえば良かったのに。なぜ抗うの? なぁんにも良いことないのに。痛いばっかでしょう?」

「……それでも、アタシはみんなの希望だから」

「フフ! 馬鹿みたい! お馬鹿さんが言うことなのよ、ソレは!

 ……教えてあげる、とっても素敵な真実を。人を救うのはね、いつだって自分自身なの。他人が他人に施せるものなんて、なぁんにもないのよ」

 

 それは、正論だった。

 耳の穴を塞いで喚き散らしたくなるほど、正しい理屈だった。

 ──けれど、それでも。揺れる気はなかった。

 だってヒイナは、救いになりたいわけじゃない。施しをしたいわけでもないのだ。

 

「──諦めないよ。太陽になれなくっていい。月になれなくったって」

 

 今でも目蓋を閉じれば鮮明に蘇る。満天の夜空でいっそう煌めきを放つ一等星。

 ……そして、あの子(51番)の笑顔。

 

「だけど……だけどね。いつか見た一等星みたいに──強く光を放てなくったって、誰かを導ける……そんな光になるんだ!」

 

 おこがましいけれど、希望を歌う自分の声に、姿に、背中を押されてくれる人がいたらいい。暗闇の中で、小さくても光を放つ──そうなれたらいい。

 それだけだった。

 

「不可能なのよ! 特に、貴女にはね!」

 

 ヒイナはもう、答えなかった。

 代わりに煌子纏鎧を展開して、返答にする。

 嘲る龍首領主の歪んだ口元が、頬が、鱗を生やすように結晶化していく。白目が黒く染まり、青ざめた長髪は意思を得てうぞうぞと動き出す。

 ──人外だ。いや、結晶人だ。

 

(──これ、水精教のあの人と同じ……?)

 

 胸にチクリと痛みが走る。

 だとしても、やることは変わらない。結晶人は敵だ。例外なく。……気絶させる予定から、粉砕する予定に変わったというだけ。

 意識のスイッチを切り替える。

 

「天体爆発──」

 

 人の形をしているというのに、やり辛さを感じる。人の言葉を話すというのもよくない。これを計算でやっているとしたら、やはりヤモリ共は悪趣味だ。

 けれど、ためらいはなかった。迷いもない。

 アイツはみんなを眠らせた。アイツをやっつけないとみんなが戻ってこない。

 ──ヒイナはためらうべきではなかった。

 

「ヘッドバッド!」

 

 床を踏み抜きながら、勢いよく飛び出したヒイナの頭突きが、龍首領主の頭部へと炸裂する。

 轟く打撃音。衝撃波が円環状に広がった。

 キョウカの頭部はめり込み、肌に張り付いていた結晶は砕け散る。彼女自身も紙切れのように吹き飛んで、宝石細工の壁に叩きつけられた。

 ズルズルと崩折れて、キョウカは動かなくなる。

 それから十秒、二十秒。間を置いても、立ち上がってくる気配はない。

 

(……やってしまったの?)

 

 ……けれど、ユイ達も起き上がらない。

 ──どういうことなのだろう? もしかして、術を解除させてから倒さなくてはいけなかったのだろうか? 血の気が引いた。

 自責の念に支配されそうになるところを、腕をつねって冷静さを取り戻す。

 

(……落ち着いて……落ち着いて考えなきゃ。ヒイナちゃんは賢い子だもん。

 原因をやっつけたのに、みんなは目覚めてない。これって、どういうことなのか。

 普通、術者を倒したら、煌子の通り道が塞がれるから、現象は霧散するはず…………なのに)

 

 無い知恵を必死に絞って考える。そして、もう少しで答えにたどり着くというところで、不意にフォトン臭を嗅ぎ取った。

 

 地を這う毒蛇の牙が、ヒイナのふくらはぎに突き立てられた。

 視界が白く弾ける。

 間もなく強制的に脳へと流し込まれる“何か”。

 

 ──絶望。

 幾重にもフラッシュバックする、喪失の光景。

 青白く光る繭。結晶に閉じ込められた街。血液すら、いずれ水晶片に変わってしまう世界。

  それはヒイナが実際に見てきた絶望。

 炎に巻かれ焼け落ちる鹿目。刃に貫かれ、打ち捨てられるユイ達。大切な人達の断末魔が耳にこびりつくようにリフレインする。

 あり得ざる、あり得てはいけない偽りの光景。

 護りたいもの。護らなきゃいけないもの。護れない未来。

 ──そして、二度とは故郷へ戻れないという恐怖。

 無性に喚き散らしたくなった。髪を搔きむしって、泣いてしまいたくなった。

 

 ──けれど。

 だからこそ。ヒイナは目を閉じた。

 毒はいっそう酷く絶望を見せてきたが、ヒイナは拒まなかった。だって、それ以外の在り方を知らなかった。──そういう時代に生きてきた。

 とうの昔に滅んだ世界。手を伸ばしたって届かない命。たくさん見てきた。けれどでも、負ける気はなかった。何故なら、そう。

 

「──こんなの。……どうってことないよ。だって……アタシは、ヒイナちゃんは──」

 

 ずっとずっと希望を選んできたから。希望でありたかったから。

 

 目を開き、龍首領主を見やる。

 結晶に取り込まれ、半人半蛇となっている。結晶の蛇体に、鱗めいた結晶が張り付いた人体。縦に裂けた蒼い瞳は、毒々しい光を放ち続けていた。

 

 蛇人から──その身体の至る場所から無数の小蛇が管のように伸ばされる。

 腕、首筋、足。ヒイナを狙ったそれらが食らいつく度、走る激痛。ほとばしるフラッシュバック。

 故郷で見た絶望。此処で知った現実。嘘偽りの悲劇の未来。……でも、それでも。

 

「……ね、知ってる?」

 

 絡みついた蛇を振り払うことさえしないまま、引きつる頬を指でつり上げて。

 

「ヒイナちゃんは知ってるよ。希望はね──」

「■■■■■!!」

「にっこり笑顔、なんだよ☆」

 

 その全てを抱いたまま、痛みを、絶望を抱きしめたまま、少女はとびっきりの笑顔で希望を歌う。

 

 巨大剣を生成し、願うように魂を励起する。

 莫大な力がヒイナを伝って剣へ注ぎ込まれていく。弱く淡い(かが)やきが、ゆっくりと広がる。

 

 ──まだだ。まだ足りない。

 

 才能という器をも超えて、力を降ろす。魂が軋み、ドロドロにほどけてしまいそうな激痛。噛み潰した苦しみが、吐息として漏れ出ていく。

 ふと、小蛇を見る。小さく脈を打っている。これはヒイナから栄養を吸っているのか、毒を流し込んでいるだけなのか……少しだけ気になった。

 

「■■■■■!!」

 

 喉を掻きむしるような結晶と人体の軋む音が響き、縦に裂けた蛇眼が憎悪に歪む。

 更に更に小蛇を送って、ヒイナに食らいつかせてくる。ほんのちょっぴり集中が乱れたが、問題はなかった。

 もう少し、もう少しだ。

 

 ──瞬間、巨大剣が眩い光を放つ。紫めいたピンク色の極光が氾濫する。

 

「一等星──」

 

 力をため込みすぎ、暴発寸前のソレを持ち上げて突きの構え。

 

「トゥインクル、ノヴァ!!」

 

 踏み込み、半結晶人へと突き出す。

 抵抗はあった。けれど、巨大剣が発する力がその全てを塵に返し、消し飛ばしていく。

 

 そして、ヒイナの身の丈よりも巨大な刃が、かつての龍首領主だった結晶の塊の胸へと突き刺さる。

 その瞬間、キョウカの醜悪な結晶体が光の粒子となって崩壊していく。

 

 ──解放。

 

 地響きと共に、巨大な光の柱が天井を吹き飛ばし、悪趣味を極めた天守閣を、優しく、しかし圧倒的な希望の光で満たした。

 少女は手を合わせて静かに祈った。

 

 ──どうか。

 この光が、誰かの夜を、導きますように。

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