頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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六十五話 炎めらめらファイター・後

 本来の目的を果たそうとした時、ヒイナの鋭い声が飛んだ。

 彼女はアワキの前に飛び出すと、いつもの巨大剣を作り出して構えた。

 ──え、どうしたの急に。

 周りを見渡してみるが、魔獣なんかいないし、魔族はもっといない。困惑していると、

 

「……よくぞ見抜いた、と言っておこうかな。優秀なお供、連れてるみたいだね、勇者ちゃん」

 

 夏の日差しのようにさわやかで、けれどもどこか肉食獣を思わせる危険な声音。

 人だかりの中から、ゆっくりと歩みだしてくるのは、真紅の武闘着に身を包んだ女性。栗色の髪を肩口に切りそろえ、豹のようにしなやかで危険な光を灰色の瞳に宿らせている。

 アワキは彼女を見た時に炎が人の形を取ったようだ、と思った。

 

「……お姉さん。そのぞわーってなるやつ、やめてほしいです」

「あらまゴメンなすって。殺気が出すぎちゃってたみたいね。……でもやめないよ」

「ちょちょちょっ! これ何! どういう状況!?」

 

 いきなり急展開過ぎる!

 取り乱して詰め寄ろうとする勇者へ、自称魔法使いは硬い声で「今はヒイナちゃんの後ろにいてください」と押し込む。

 村人達は危険の気配を察知して、蜘蛛の子を散らすように帰って行った。

 

「売り込みだよ、勇者様。あたしっていう、戦士の売り込み。……聞けば、ジョウヒじゃあ数百の魔族を消し飛ばしたって言うじゃない。

 あのクソッタレのでくの坊を根絶やしにする手伝いをしようって来たのよ」

「……ヒイナちゃん、それを信じたいです。すんごく信じたい。……でも、今のヒイナちゃんは勇者様のお供です」

「危険は遠ざけなきゃって? かわいいのね。……言ったでしょ、売り込みに来たって」

 

 置いてけぼりのアワキを放って、展開は進む。

 ヒイナは常の能天気さを消し去り、どこまでも頑なな不退転の意思を宿したオッドアイを女戦士に向けている。

 戦士は愉快そうにクツクツと笑うと、軽く地面を踏みしめて見せる。

 すると、足元から小さな火の粉の波紋が広がり、彼女を包む鮮やかな炎となった。

 

「自己紹介するね。サイエン流皆伝……虎走若葉(こばしりわかば)だよ。どうせ長い付き合いになるし、ちゃあんと覚えてね」

「……」

 

 ヒイナは自己紹介を返さない。

 これはかなり珍しいことだった。いつもなら聞かれてもないのに、くどいほど「ヒイナちゃんはヒイナちゃんです☆」と言って回るのに。

 不思議に思ってヒイナに声をかけようとすると、振り返った彼女と目が合う。……相も変わらず希望に満ちた、どこまでも真摯な瞳だ。

 沈黙が場に落ちる。

 挨拶を無視された形となったワカバは、けれども、気を悪くした様子はない。

 

「勇者様」

 

 わからずにいると、ヒイナが静かに言った。

 そして、一つ首肯をする。

 

 ──もしかして、

 

『ヒイナはおぬしに自己紹介しろと言っとるんじゃぞ。察しの悪いヘタレめ』

「あーもう! 今自分で気付けそうだったじゃん! なんでアンタはそういうことすんの!」

「ふっ……愉快な道中になりそうね。さ、お名前聞かせて?」

 

 ──くぅぅ……っ。なんかとんでもない恥をかいた気分!

 やけくそになったアワキはかなり大きな声を出した。

 

「アワキだよ! 向道淡希!」

「自己紹介、立派です☆ ヒイナちゃんは明星緋那ちゃんですよっ。くらえ、ヒイナちゃんスマイル☆」

 

 おどけながらニッコリ笑顔を浮かべるヒイナだが、警戒をまったく解いていない。

 戦士は「ご丁寧にどうも」とアワキに言い、「あらあらかわいい」とヒイナに言いながら、着実に炎を拡大している。

 

「……ヒイナちゃん、ヒトを殴るのは嫌いです」

「ふーん? なら、勇者様と戦った方がいい? あたしとしちゃ、実力を見てさえもらえばいいから、どっちでもいいけど」

「ううん。勇者様は太陽さんさんブレイバーですけど、戦いはヒイナちゃんがやります。……だってヒイナちゃんは、みんなの希望ですから」

「……ちょっとよくわかんない理屈だけど、まあいいわ。じゃ、お手合わせ願うわね」

 

 ヒイナを紫がかったピンクの光が包み、服装が変わる。

 アワキは歯噛みした。──まただ。また、ヒイナに負担を強いている。

 ワカバは身を低くすると、脱力。

 

「う、あ……っ」

 

 小さく悲鳴が上がる。

 そちらへ振り向くと、ヒイナが弾き飛ばされていた。

 慌てて両者へと交互に視線を送る。

 けれども女戦士は最初から今に至るまで、元の位置から一歩も動いていないように見えた。

 白髪の少女は地面に激突する直前で受け身をとる。

 

(う、噓でしょ!? あのヒイナが、あんな容易く吹っ飛ばされるなんて!?)

 

 一方、吹き飛ばしたワカバはあまり得心が言っていない顔だ。なんというか、手応えを感じていないというか、歯に物が詰まったような表情。

 攻撃を食らったヒイナは、痛そうにおでこを擦っているがダメージ自体は大きくなさそうだ。

 

「驚いたわ。ノックアウトするくらいの力で殴ったつもりなんだけど……意識は明確そうね?」

「モチのロンロン☆ 希望はニコニコ顔ですからねっ。みんなの希望は、決して倒れないのだっ☆彡」

「うーん。今の一発で気を失ってもらって、あたしの価値をわかってもらおうと思ったんだけど……。──ちょっと痛いよ。ゴメンね」

 

 言うや否や、ズドォッと轟音が炸裂する。

 真紅の焔が集落広場を赤く染め上げて、ワカバの健脚へと集中していく。

 

「行くよ! 奥義──ッ!」

 

 紅蓮の軌跡がヒイナを高空へと蹴り上げ、さらに無数の蹴りが打音を轟かせた。

 その全てを目で追えるわけでなかったが、自称魔法使いが酷い目にあっている。痛い思いをしていることは、アワキにもわかった。

 嗚咽混じりの悲鳴が、唇から零れ落ちる。

 

「やめて! もうやめてよ!!」

 

 けれど、止まらない。

 最後の一蹴りで地面にヒイナを叩き落とし、女戦士は優雅に着地をした。

 

「──紅龍天翔脚。……やっぱり変ね」

 

 見つめる先、土煙の中心から、むくりと立ち上がる影。

 ──ヒイナだ。今度は流石にダメージを受けたようだが、まだまだ余裕そうだ。

 アワキはほっと、胸を撫で下ろす。

 

「ね、君……ヒイナちゃんって言ったっけ。……反撃できる隙、あったでしょ。あたし作ったもん。なんでやり返さなかったのかな?

 もしかして、だけど。──舐められてる? あたし」

「……ヒトを殴るのは嫌いだって、ヒイナちゃん言いました。……勇者様、勇者様!」

 

 殺意にも似たプレッシャーが広がる。

 おそらくワカバはヒイナが本気で戦っていないことを見抜いたのだろう。自分に対し、まったく攻撃をする素振りを見せなかったことに怒りを覚えている。

 それはきっと、彼女が戦いというものに対して真摯であるからだ。

 

 一方のヒイナは、神妙な面持ちを急に崩すと、アワキへと駆け寄ってきた。まるで、子犬が飼い主に向かって尻尾を振るような表情だ。

 

「ワカバさん、とっても強いですよ! こう……ぼこぼこーって! ヒイナちゃんびっくりしましたっ。仲間になってくれたら、すんごく頼もしいですよねっ!」

「ちょ……っ。何言ってんの! アンタあんなにボコスカ殴られて、理不尽に攻撃されたんだよ!

 ……どう考えたって危険人物だ! そんな奴を仲間にするなんて、道理が通らない!」

「えぇ……。でも、ヒイナちゃん、気にしてませんし……。ワカバさんだって、誰彼構わず殴りませんよね?」

「……え? え、ええっ、そうね! その通り! あくまでも、さっきのアレは単なる売り込みであって、まさかまさか、決して熱くなってやり過ぎたとかじゃないからねっ!

 いやー! 参ったなぁー、勘違いされちゃったかー! 普段はかなりお淑やかなレディなんだけどなーっ!」

 

 ……明らかに嘘だった。めっちゃ熱くなっていた。

 ワカバは余裕がありそうな性格に見えて、ヒイナ以上に衝動で動くタイプなのだ、とアワキは理解した。

 

 女戦士は明後日の方向を向き、吹けていない口笛をフスー、と吹いている。──いや、誤魔化し下手かよ。

 疑惑のまなざしで見つめ続けると、今度はワァー! っと大仰に泣き出した。ヒイナが慌ててなだめにかかる。

 女戦士は自分よりもだいぶ身長の低い自称魔法使いに泣きつきながら、ヨヨヨと哀れっぽく言った。

 なんだかものすごく漂ってくるボンコツのにおいに、怒りを持続できなくなってアワキは重い溜息を吐いた。

 けれども、今度は別の理由で加入を拒否したい気持ち。

 

 

「勇者ちゃんのお怒りはもっともよ、うん! でもね聞いて! あたしね、ちょっと勇者パーティに鳴り物入りしたいなって欲を出して、考えなしをやっちゃっただけなの!」

『おぬしのパーティ、変な奴しか集まって来んの』

「お前もその一員だよ、がっかりソード!」

「勇者様……。ヒイナちゃん、ワカバさんと旅したいです……」

 

〈そんな目で見ないでっ。……ただでさえヒイナで手いっぱいだってのに、今はがっかりソードもいるんだよ!? これ以上ボケが増えるのは身が持たないよ!〉

 

 勇者の偽らざる本音である。

 そういう感じの内心を見抜いたのか、それとも単なる天然か……。ヒイナはしおらしくも、期待のこもった瞳で見つめてくる。

 アワキはぐぐぐ、と唸った。彼女はこの目に弱いのだ。

 それでもどうにか断れないものかと思考を巡らせてみたが、結局。

 

「う、うん。……よろしくね、ワカバさん」

 

 受け入れてしまったのであった。

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