頭のおかしい全肯定娘が、事故で過去に飛ばされて自分の時代を救うまで   作:土縁屋

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六話 喪失

 

 最低の逃避行だった。

 

 行く先々に卵にされてしまった人々がおり、その度に介錯を余儀なくされた。

 ヒイナは結晶を砕く感触が、掌にこびりついて離れないような気がした。罪のない人の命を絶ち切った感触。

 

 ヒイナは目に見えて落ち込んでいた。

 そもそも、あなたに向いている役目ではないのだからと、セイラやスイが何度も代わろうかと申し出てくれたが、ヒイナは「でもヒイナちゃんは希望だから」と言って頑として譲らない。

 

 

 しばらくすると、都市部を抜けて開けた地形に出る。かつては田園地帯だったのだろうが、見る影もない。今は黄金の稲穂ではなく、色とりどりの結晶ばかり生えているのが物悲しい。

 

「二人とも、これからのことなんだけど」

 

 セイラが切り出した。

 

「ここから北東の方に行くと、かなり大規模なシェルター都市があるって聞いたことあるわ。……まずはソコを目指してみない?」

「シェルタ〜? このご時世にですかぁ?」

 

 スイは呆れ返ったように、ため息をついてみせた。

 

「無駄ですよぉ。とうの昔に結晶まみれにされちゃってますってぇ」

「まぁ、でしょうね。……望みが薄い提案だって思うわよ。自分でもね。でも、他にやりようがないもの」

「むむぅ……。ヒイナちゃんは何か考えありますかぁ?」

 

 スイの声に答えはない。

 普段のヒイナだったなら、うるさいくらいに答えを返したのだろうが……今は無理もないのかもしれない。

 

「ヒイナ?」

「……っ。聞いてたよ! モチのロンロン☆ 決してヒイナちゃんが話を理解できなくて呆けてたってわけじゃないんだからね☆彡」

 

 それは明らかに空元気だったが、2人は指摘しなかった。

 

 

「……コホン。とにかく、北東に向かう。それで異論はない?」

 

 はぁーいと、ヒイナとスイからゆるい返事が返ってくる。

 

 

 

 ──

 

 北東へ進むと、やがて沿岸部が見えてくる。

 結晶化した砂浜へ波打つのはピンクめいた紫の波。結晶人によって汚染された、毒々しい海だ。

 

 

「……何度見ても、気味が悪い光景ですねぇ」

「昔の海は青く澄んでいたって言うけど、本当なのかしら? コレを見てると、なんだかちょっと想像できないわね」

「ヒイナちゃん達は見慣れたはずのあの海を見て、気持ち悪いって思ってる。これって、元は海が青かったってことだと思うの☆彡」

「ふふっ。なにそれ。相変わらずヒイナはメチャクチャ言うわね」

「心外!」

 

 この頃になると、ヒイナの気分もだいぶ持ち直してきたようだった。掌をグッパッとしきりに開閉して、落ち着かせてはなかったが。

 

「今日のところはこの辺で休みましょう。目的地はまだ先なんだし」

「はぁーやれやれ。私疲れちゃいましたよぉ」

「ヒイナちゃん、抱き枕ないと寝れないんだけど……ん?」

 

 ふと、ヒイナは耳鳴りを聞いた。

 不可思議な耳鳴りだ。砂が流れるような、時計が針を刻むような、風が渦を巻くような。ひどく積み重なって気味の悪い耳鳴り。

 

「ねぇ、二人とも。何か聞こえない?」

「え? ……何これ」

「待ってください。なんか、徐々に大きくなってませんか?」

 

 そう、スイの言う通り、耳鳴りは徐々に音量を大きくしていた。

 耳を塞ぎたくなるような音量まで届いた一瞬、音が止まった。

 

 

 ──刹那、空間がヒビ割れた。

 

「なに!? 何が起きてるの?!」

 

 セイラの声に応える余裕はヒイナにもスイにもない。ヒビ割れた空間を油断なく見据えるだけで精いっぱいなのだ。

 

 直後、濁流のような歪みが発生し、空間がねじれる。右も左も、上も下も分からなくなる。認識を破壊されるような、空間の暴力。

 

 そしてあまりに大仰な演出のあと、空からゆったりと“ソレ”が降りてくる。

 

 

 ──

 

 

 マントのような結晶体。いびつな頭部を隠すのは黄金の仮面。そこから繋がる天秤の先には、左右それぞれに砂時計がぶら下がっている。その中で脈動する輝きを放つ砂。

 

「──何……? あれ……」

 

 困惑するスイの声。

 結晶人なのは間違いなかったが、彼女達にとって、一瞬符合しなかったのだ。

 まず、トカゲの姿をしていない。

 そして、こいつは今まで出会ったどの結晶人よりも大柄であった。少なくとも三メートルは越えている。

 

「■■■■■■■■」

 

 あの耳鳴りが、より鮮明に鼓膜を突き抜けた。

 アレは、コイツの鳴き声、咆哮だったのだ。

 

 

「来るわよ!」

 

 セイラの注意が飛ぶと同時、雷光をまとった衝撃波が三人へ襲いかかった。

 ヒイナは驚くべき反応速度で前へ躍り出ると、巨大剣を掲げて、ソレを受け止めた。

 

「んぐぅぅうっっ!」

 

 いや、受け止めきれていない。骨がきしみ、血が飛び散った。

 見る間にヒイナは蹂躙されて、傷だらけになっていく。けれど、その余波を後ろに通すことはしていない。彼女自身の乏しい才能を必死に動員してバリアを張り、二人へと衝撃が行かないようにしているのだ。

 

「ヒイナ!」

「代わってください! 私が受けます!」

「……っ。ダメ、だよ。こういうのは、アタシがやるの。二人は、アイツに攻撃して」

 

 セイラは切り替えた。

 直ぐ様狙撃銃を構え、天秤の結晶人へとフォトンレーザーを放つ。

 スイは逡巡した。まったく納得できてない。

 けれども、問答する場合ではないし、そもそも、こういう時のヒイナに話は通じない。

 だからせめてと彼女へ盾の祈りをかけてから、結晶人に風魔法を放った。

 

「■■■■■■■■!!」

 

 あの耳障りな咆哮があがる。

 スイとセイラの攻撃に晒された天秤の結晶人は身をくねらせて、攻撃を中断した。

 

「ここ、からの……。攻撃っ、にはヒイナちゃんも、参加しちゃうよ……☆」

 

 息も絶え絶えのヒイナが星型の魔法弾を放つ。。

 3人分の魔法の集中砲火が殺到して、戦闘は一方的な展開を迎えるかと思われた。

 だが、

 

 

 ──空間が地割れした。

 

 振動と衝撃が発生し、三人を吹き飛ばした。

 

 

 ──

 

 

「ぐぅ……ッ。いったい、何が……?」

 

 スイが周りを見渡すと、セイラとヒイナが倒れ伏していた。特に、打たれ弱いセイラに至っては気を失っている。

 ヒイナはなんとか立ち上がろうともがいていた。無理に決まっている。スイ自身、起き上がれそうにはない。

 いくらヒイナが打たれ強いといっても、限度があるのだ。ただでさえ直前に攻撃を受けて傷を負っている。

 

(年貢の納め時ってやつね……。短い人生だったな)

 

 錯覚だろうか。紫ピンクのモヤ向こうの天秤が、悪辣な笑みを浮かべているようにさえ見えた。

 

 

 

 

 天秤の結晶人へ力が集まっていくのがわかった。大技の構えだ。

 どうやら、たかが死にかけの小娘三人、念入りに消してくださるらしい。

 もしかすると、いまだにもがいてるヒイナが何かの琴線に触れて危険視でもされたのかもしれない。

 

 

 絶望の状況。ソコへ唐突に真紅のマフラーが翻った。

 

「真打ち登場だぞ! とうっ」

 

 力を溜めていた天秤の結晶人の顔面に、飛び蹴りが突き刺さった。

 トレードマークのマフラー。鮮烈な赤い髪。自信満々の笑顔。モミジである。

 

「大丈夫ですか…? 今回復しますね!」

 

 夕焼け色の髪に、控えめな笑顔。シュリだ。

 シュリはまずセイラに癒しの祈りをかけて、次にヒイナを治療し始めた。

 

「くらえっ、必殺! 猛虎紅蓮掌!」

 

 モミジは爆炎を纏った拳で天秤を滅多打ちにしつつ、両掌を重ねた掌底を放った。虎の闘気が咆哮をあげる。

 それは天秤をはじき飛ばし、マントを構成する結晶の一つを確かに砕いた。

 助かったのだろうか? 事態は好転したのか?

 

 

 ──そう甘いものではなかった。

 

 

「■■■■■■■■!!」

 

 三度、あの咆哮が耳をつんざく。

 モミジは反撃を受けなかった。天秤は、もうすでにモミジも、ヒイナも、スイも、セイラも見てはいなかった。ヤツが見つめるもの。

 ソレはシュリだった。

 

 天秤は強く煌子を掻き集め始めた。

 時空が歪むほどのエネルギーが生み出され、ヤツを中心に空間がねじれてヒビ割れる。

 何かを仕出かすつもりだ。

 

 狙われていることがわかったシュリは、恐怖に引きつった表情を浮かべた。モミジはどうにか阻止しようと一層苛烈に攻撃を加える。まるで堪えていない。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 ピンクめいた紫の波動が放たれる。

 ダメだ、間に合わない!

 誰もがシュリの喪失を確信したその時、シュリを突き飛ばしてその波動を受けた者がいた。ヒイナだ。

 

 赤、青、黄、緑、紫、ピンク。

 様々な色を放ちながら、凄まじいフラッシュが発生した。天秤の結晶人も、ヒイナも見えない。

 

「ヒイナちゃん!」

 

 悲痛なスイの叫びが木霊する。

 光が収まった時、ソコには天秤も、ヒイナもいなかった。







 ちょっぴり補足


 “土縁”
 ツチヘリと読む。
 物語の舞台。星の名前。
 

 “煌子”
 コウシと読む。別名フォトン。
 別次元から供給される大いなるエネルギー。
 理論上は無限に引き出せるものだが、実際は受け手の耐性や適性による。
 限界を超えて引き出し続けると魂に負荷がかかり、ドロドロに溶解してしまう。

 “煌子適合者”
 煌子を放出するほどの才能を持った人のこと。
 煌子自体は誰でも使えるものだが、エネルギーとして放出するほどの
 才能を持った人は本当に稀。

 “煌子纏鎧”
 コウシテンガイと読む。
 煌子を編んで纏う戦闘着。
 ヒーロースーツとか魔法少女の衣装みたいなもの。

 “結晶人”
 宇宙の果てからやってくる侵略者。
 煌子に対する適性が高く、耐性も高い。
 人間の魂を改造して、自分達と同じ存在にしようとしてくる。
 
 

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