帰るべき場所と、ここに居たい理由―そして、凛馬の口が開く。
凛馬は、ミケの真っ直ぐすぎる愛情を受け止めながら思った。
―この人になら、過去を話してもいい。
そして、ゆっくりと口を開く。
「…俺さ、元の世界では、ずっと余ってたんだ」
ミケの耳が、ぴくっと揺れた。
「家でも学校でも、俺がいなくても成立する存在っていうか…いなくなっても、誰も困らなかった」
少しだけ間を置いて、続ける。
「兄弟は何しても褒められてた。でも俺は、何も言われなかった。怒られもしない代わりに、期待もされなかった」
笑おうとして、うまくいかなかった。
「学校でも同じだった。グループに入ってても、気づいたら俺だけ置いてかれてて…それでも“平気なフリ”してた」
ミケが何か言いかけたのを感じて、凛馬は小さく首を振る。
「だからさ…誰かに“必要だ”って言われるの、慣れてなかったんだ」
一度、息を吸う。
「"みんなのもの"って言ったのも、独り占めされたかったわけじゃない。ただ……一人に戻るのが、怖かっただけ」
視線を上げる。
「でも、ここでは…誰かが俺の名前を呼んでくれる。触れてくれる。待っててくれる」
ミケを、まっすぐに見る。
「それだけで、俺は十分だった」
そして、少しだけはっきりした声で。
「…だから俺、ここに残りたい。“選ばれる側”でいたいんだ」
言葉が途切れた瞬間、ミケの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「にゃ…そんなの…悲しすぎるにゃ……」
ミケは凛馬にぎゅっと抱きつく。
温かい体温。心臓の音。それが、確かにここにあった。
「凛馬…ずっと一人だったにゃ……」
腕の力が、少しだけ強くなる。
「…でも、もう大丈夫にゃ。凛馬は一人じゃないにゃ。私がいるにゃ。コハクも、アオも、ミナも、ヒョウカも…みんな凛馬のこと、大好きにゃ」
一拍置いて、震える声で続ける。
「…でも、いつかいなくなったらって思うと……怖いにゃ」
その言葉に、凛馬は何も言えなかった。ミケは、凛馬の顔を両手で包み、真っ直ぐに見つめる。
「……だから、言わせてにゃ。凛馬は……私たちに必要な存在にゃ」
そのとき―
「凛馬くん」
リビングの入口で、ミケの母親が静かに二人を見守っていた。柔らかな微笑みを浮かべながら。
「うちの娘は不器用だけど、本当に優しい子なの。あなたのことを、心から大切に思ってるわ」
「お母さん……!」
「凛馬くんが望むなら、あなたはもう私たちの家族よ。でも、すぐに答えを出さなくていい。私たちは、いつでも待ってる」
その言葉に、凛馬の胸の奥が、じんわりと満たされていく。
「…ありがとう、ミケ。俺の過去、聞いてくれて」
小さく、けれど確かな声で続ける。
「本当の家族みたいだ。そう思える場所に、初めて来た気がする」
“本当の家族みたいだ”
そう言えば、この関係に無理に名前を付けなくていい気がした。
「にゃ…凛馬ぁ……」
ミケの涙は止まらなかった。嬉しさと、凛馬の過去への悲しみが、混ざり合って溢れている。
「…うん。私も、凛馬を本当の家族だと思ってるにゃ…」
その夜。
湯気の向こうで、ミケの声が近い。昨日よりも、距離が少しだけ縮まっている気がした。
ベッドに入ると、ミケはそっと凛馬の腕にしがみつく。
「…おやすみにゃ、凛馬。明日も、一緒にいようにゃ」
凛馬は目を閉じながら思う。
"ここなら。ここにいれば、もう"
孤独だった少年は、初めて―
「いなくなってもいい存在」ではない場所に辿り着いたのだった。
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