五時間目、六時間目と授業が進み、気づけば放課後になっていた。
凛馬は、もうこの学校の空気に自然と溶け込んでいた。クラスメイトとの会話も、笑い声も、特別なものではなくなっている。
―それが、少し怖くもあった。
「凛馬くん、校長室へ行く時間だ。ミケも一緒に来なさい」
担任の言葉に、ミケの耳がぴくりと揺れ、そしてしょんぼりと垂れた。
「にゃ…凛馬が、帰っちゃうかもしれない話…」
けれど、ミケはすぐに顔を上げる。
「でも、凛馬が決めることにゃ。私は、凛馬の選択を応援するにゃ。家族だからにゃ」
「僕たちも一緒に行っていい?」
「…ああ、構わない」
六人で並んで廊下を歩く。ミケは、ぎゅっと凛馬の手を握った。
「にゃ…どんな結果でも、凛馬は私の弟にゃ。それは変わらないにゃ」
校長室には、白いたてがみを持つ老いたライオン族の校長が待っていた。
静寂が、校長室を満たした。紙の擦れる音すら、やけに大きく聞こえる。
「単刀直入に言おう。調査の結果、君を元の世界へ帰す方法が見つかった」
「にゃ…!」
ミケの顔から、血の気が引く。
「ただし条件がある。『門』は年に一度、特定の場所に現れる。次は三日後、郊外の古い神殿跡だ」
地図の一点を、校長が指差す。
「その門を通れば、君は元の世界へ帰れる。しかし―」
校長の低い声が、淡々と告げる。
「一度帰れば、二度とこちらへは来られない」
その言葉が、胸の奥に沈んだ。重く、逃げ場のない石のように。
全員の視線が、凛馬に集まる。答えを、待っている。
―帰れる。でも、戻った先にあるのは、本当に"居場所"なのか。
頭に浮かんだのは、褒められている弟の背中と、その後ろで誰にも見られていなかった自分だった。褒められることも、期待されることもなかった日々。いなくても、世界が回っていた現実。
そして、今。
名前を呼ばれる。待っていてもらえる。触れれば、体温が返ってくる。
―前の世界では、どれも当たり前じゃなかった。
「…」
凛馬は、拳をぎゅっと握りしめた。指先が、わずかに震えている。
「…すぐには、答えられません」
その声は小さかったが、確かだった。ミケの耳が、ぴくりと揺れる。
「三日…ください」
顔を上げ、校長を見る。
「帰れるって聞いて、正直…怖くなりました。でも、同時に…」
一度、言葉を探すように息を吸う。
「ここを失う想像も、同じくらい怖くて。こんな“なんでもない毎日”が、俺には初めで、楽しいんです。」
視線が、仲間たちへ向かう。ミケ、コハク、アオ、ミナ、ヒョウカ。
「だから、ちゃんと考えたいんです。逃げでも、勢いでもなく…自分で選びたい」
校長は、しばらく黙って凛馬を見つめていた。
その瞳は、試すようでもあり、見守るようでもあった。
「……いいだろう。迷う者にしか、“選択”はできない」
静かに、そう言う。
「門が開くのは三日後。その時までに決めなさい。それが君の“選択”だ」
ミケが、凛馬の手をぎゅっと握る。
「にゃ…凛馬」
震える声。それでも、笑おうとしている。
「どんな答えでも……私は、凛馬の味方にゃ」
その言葉が、胸に沁みた。
三日後。その日が、凛馬の人生を分ける。
廊下へ出た瞬間、いつもの学校の音が戻ってくる。けれど、世界はもう同じには見えなかった。
―選ぶ時間が、始まってしまった。
最後まで見てくださりありがとうございます!
今日は二話投稿しました!
あと最近“”の使い方知りました、、、