獣界の異邦人   作:ruemtrnmdxxx

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2話 今日から飼います

 「ほんと!? やったにゃ!

  じゃあ決まりだにゃ! 今日から凛馬は私が面倒見るにゃ!」

 

 ミケが嬉しそうに俺の手を握りしめる。

 けど俺の震えは止まらなかった。

 

 「あー! 早速独占宣言?

  私も興味あるのに!」

 

 コハクがクスクスと笑いながらミケの肩を叩く。

 

 「僕も一緒に遊びたいな!

  凛馬くん、明日学校来る?」

 

 アオが無邪気に話しかけた。

 その言葉に俺は疑問を持つ。

 

 (この世界には……学校があるのか!?)

 

 「……学校に人間を連れてくるのは問題になる。校長に報告しないと」

 

 またしてもヒョウカが言い放った。

 その冷たさには来るものがあった。

 

 「そうですね……でも今日はもう遅いし、明日の朝一番で校長先生に相談しましょうか」

 

 ミナがそう提案した。

 今、こいつが一番の希望かもしれない。

 

 「もちろんだにゃ! 

  あ、そうだ……」

 

 ミケが何か考え込む。

 何か嫌な予感がした。

 

(今度は何言い出すんだ……?)

 

 「明日からちゃんと管理するために、首輪つけないとダメかもにゃ……」

 

 ミケは当たり前のことを言うような口調だった。

 だからこそ俺は理解できなかった。

 

 (首輪……?)

 

 その言葉だけで喉が締め付けられる。

 

 “人として扱われていない”。

 その事実を、嫌というほど突きつけられた気がした。

 

 (俺、本当にペット扱いなのか……?)

 

 「くっ、首輪!?

  まさか俺につける訳じゃないよな!?」

 

 「えっ? だって凛馬は人間だにゃ?」

 

 「そうだけど……」

 

 「ここじゃ獣人以外は——

  “保護対象かペットとして扱われる”って決まってるにゃ」

 

 かも当然かの様に言った。

 さっきの冗談がまさか本当だなんて信じたくもなかった。

 

 「……嫌だ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 「首輪なんて絶っ対嫌だね!」

 

 思わず取り乱してしまった。

 首輪をつけるのは、人間としての尊厳がなくなってしまうのと同然な気がした。

 

 「あはは、嫌がってる! 可愛いわね。」

 

 コハクがまたしてもからかってくる。

 ただ恐怖が増えるだった。

 

 「でもミケの言う通りよ?

  首輪がないと危険生物って思われちゃうわ」

 

 「……そういう決まりだ。

  首輪がない生物は、警察に保護される」

 

 ヒョウカがそう説明した。

 それだけでこの世界がただものじゃないと確信できた。

 

 「……でも、ミケの首輪なら可愛いデザインのを選んでくれると思いますよ」

 

 ミナが精一杯のフォローをした。

 けど俺には何のフォローにもならなかった。

 

 「僕も一緒に選びに行きたいな!

  凛馬くんに似合う首輪、探そうよ!」

 

 アオが無邪気に提案する。

 その笑顔には、どうも怒る気が失せてしまう。

 

 「決まりだにゃ!

 じゃあ明日の朝学校行く前に首輪ショップ寄るにゃ!」

 

 反論しようとして、言葉が喉で止まった。

 そして確信する。

 

 この世界で、人間は“選ぶ側”じゃない。

 

 「……分かったよ」

 

 なんだか萎えてしまった。

 まぁ、当然だが……

 

 (人間が頂点だったのが、こんなにも有難いことだったなんて……)

 

 元の世界が、今よりも輝いて見えた。

 

 そして、俺の落ち込む様子は、誰が見ても分かった。

 

 「あはは、そんな落ち込まないでにゃ〜。

  私、ちゃんと優しい飼い主になるから!」

 

 ミケが俺の頭を撫でた。

 頭が真っ白になる。

 

 (今……頭撫でた……!?)

 

 その感覚がなぜか気持ち悪かった。

 

 「でも安心して?

  ミケは面倒見いいから」

 

 (……んな事言われても……)

 

 「……まあ、他の獣人に拾われるよりはマシだと思うぞ」

 

 「あはは……そっかぁ〜……」

 

 (なんか……もういいか……)

 

 もう半分諦めてしまった。

 流れに身を任せた方がいいんじゃないか?

 

 「それじゃあ、私たちは先に帰りますね」

 

 すると、ミナがぺこりと頭を下げる。

 

 「また明日ね、凛馬くん!」

 

 アオが満面の笑みで手を振った。

 

 「逃げちゃダメよ〜?」

 

 コハクは悪戯っぽく笑う。

 

 「……気をつけろよ」

 

 ヒョウカは短くそれだけ言うと、四人は並んで歩き出した。

 賑やかだった空間が、一気に静かになる。

 

 残ったのは俺とミケだけだった。

 

 「じゃあ、帰るにゃ!」

 

 ミケが当然のように俺の手を引く。

 

 「……帰るって、君の家?」

 

 「もちろんにゃ!

  今日から凛馬は私が面倒見るんだから!」

 

 断る理由なんて、もう残っていなかった。

 

 俺は小さくため息をつく。

 

 「……はい」

 

 その時だった——

 

 ウゥゥゥゥーーーッ!!

 

 遠くから鋭いサイレンが街中に響き渡る。

 

 「……っ!」

 

 俺は思わず顔を上げた。

 

 それと同時、ミケの耳がピクリと動いた。

 その表情から笑顔がどんどん消える。

 

 「……あ〜」

 

 「え?」

 

 「多分……誰かが通報したにゃ」

 

 次の瞬間——

 

 「ちょっ──!?」

 

 俺の体がふわりと身体が浮いた。

 気付けば俺はミケに横抱きにされていた。

 

 「ちょ、ちょっと待て! 自分で走れ──!」

 

 「そんな暇ないにゃ!!」

 

 ダンッ!!

 

 地面を蹴った瞬間、景色が一気に流れ始める。

 

 「うわあああああああっ!!」

 

 建物も人影も一瞬で後ろへ消えていく。

 風が容赦なく顔へ叩きつけられた。

 

 (はっ……速っ!?)

 

 人間ではあり得ない速度だった。

 サイレンの音は、少しずつ近付いてくる。

 

 「見つかったら面倒なんだにゃ!」

 

 ミケはそう叫ぶと、さらに速度を上げた。

 俺は振り落とされないよう、必死にミケへしがみつくしかなかった。

 

         ◇◇◇

 

 やがて、2人はミケの家へと辿り着いた。

 

 「はぁ……はぁ……つ、着いたにゃ……」

 

 ミケは肩で大きく息をしながら、その場にしゃがみ込む。

 

 一方の俺は——

 

 「…………っぷ」

 

 足元がふらつく。

 世界がぐるぐる回って見えた。

 

 「お、おぇ……」

 

 胃の中がひっくり返りそうになる。

 

 (速すぎるだろ……!!)

 

 人生で味わったことのない速度だった。

 数秒その場で固まり、ようやく視界が落ち着いてくる。

 

 「……追ってきてないにゃ」

 

 ミケが後ろを何度も振り返って、ようやく安堵の息をつく。

 

 そして前を向くと、目の前には一軒の家が建っていた。

 

 ごく普通の一軒家。

 外観だけ見れば、日本にあっても何も違和感がない。

 

 (あ……家は普通なんだな……)

 

 「よ、よしっ……」

 

 ミケは息を整えると、何事もなかったように玄関へ向き直る。

 

 「ただいまにゃ〜!」

 

 ミケが勢いよく扉を開ける。

 出迎えたのは、ミケの親らしい人だった。

 

  「あら、ミケお帰り……って……」

 

 母親と凛馬の目が合う。

 

 「その子は!?」

 

 母親は思わず大きい声を出した。

 

 「お母さん! 多分人間拾ったにゃ!」

 

 「……はぁ?」

 

 「今日からうちで飼うにゃ!」

 

 「ダメ」

 

 即答だった。

 まぁ当然だった。

 

 (そりゃあ得体のしれない生物を飼うなんて無理な話だよな……)

 

 自分でもそう考えてしまう。

 

 (……なんで自分のこと得体のしれない生物って思ってんだ?)

 

 母親は声を荒げた。

 

 「人間なんてどうするの!

  ご飯だって生活だってあるのよ!?」

 

 「でも——!」

 

 「でもじゃない!」

 

 ミケの耳がしゅんと下がる。

 だが、次の瞬間にはミケが母親へ詰め寄った。

 

 「でも放っておけないにゃ!」

 

 「ミケ……!」

 

 「だってこの子、一人なんだにゃ!」

 

ミケは凛馬の腕をぎゅっと掴む。

 

 「知らない場所に飛ばされて、誰も知り合いいなくて、怖いに決まってるにゃ!」

 

 母親は言葉を失った。

 

 「私が世話するにゃ!」

 

 「ミケ……」

 

 「ご飯も分ける!

  お小遣いも使う!

  部屋も使わせる!」

 

 「それはあんたの部屋でしょうが……」

 

 「それでもいいにゃ!」

 

 母親は驚いた顔をした後——

 長い溜息を吐いた。

 

 そして、ゆっくりと俺へ視線を向けた。

 

 「あなた、名前は?」

 

 「……凛馬、です」

 

 「帰る家はあるの?」

 

 その問いに、言葉が詰まる。

 

 「……ありません。元の世界へ帰る方法も……まだ」

 

 母親は俺の表情をじっと見つめた。

 

 震える手と、不安そうな目。

 きっと全部伝わってしまったんだろう。

 

 「……責任、持てるの?」

 

 もう一度、今度はミケへ問いかける。

 

 「持つにゃ!」

 

 その答えに迷いはなかった。

 そして観念したように肩を落とした。

 

 「……分かったわ」

 

 「本当!?」

 

 (えっ許した!?)

 

 俺は驚きが隠せなかった。

 あまりにもあっさりすぎるだろ!

 

 「ただしちゃんとしなさいよ!?」

 

 ミケの顔が一気に明るくなる。

 その様子を見ながら唖然としてしまう。

 

 (なんでそこまで……)

 

 まだ出会って1時間も経っていないのに、どうしてだろうか?

 

 その疑問だけは、ずっと頭から離れなかった。

 

 すると——

 

 「ごめんくださーい!」

 

 不意に明るい声が響いた。

 

 (この声……)

 

 「えへへ……サイレン聞こえたから、やっぱり気になって来ちゃった」

 

 振り向くと、先程の四人が玄関に立っていた。

 

 「にゃ! 皆!?」

 

 「……俺は辞めとけって言った」

 

 ヒョウカがそう言った。

 だが尻尾は小さく揺れている。

 

 「でもシッポ揺れてるよ〜?」

 

 コハクがからかう。

 

 「うるさい」

 

 ヒョウカはそっぽを向いた。

 心なしか耳が赤く見えた。

 

 「……もしかして、警察に見つかりそうになったんですか?」

 

 ミナが心配そうに尋ねる。

 

 「ギリギリだったにゃ……」

 

 ミケが苦笑いを浮かべる。

 

 「えっ……!?」

 

 その言葉に、お母さんの表情が一変した。

 

 「警察に追われたの!?」

 

 「う、うん……」

 

 「もう、無茶しないの!」

 

 お母さんは額に手を当て、大きくため息をつく。

 

 「見つかっていたらどうするつもりだったの?」

 

 「ご、ごめんなさいにゃ……」

 

 ミナが一歩前へ出る。

 

 「今日あったことをお母さんにもお話ししたくて……

  少しお時間いただいてもいいですか?」

 

 「ええ、もちろんよ……

  私もちょうど何があったのか聞きたかったところだもの」

 

 母親は優しく微笑み、玄関の扉を大きく開けた。

 

 「さあ、みんな上がって! 話は中で聞くわ」

 

 「お邪魔しまーす!」

 

 アオが元気よく返事をする。

 

 「その間に夕飯の支度をしちゃうわね。

  みんなも食べていくでしょう?」

 

 「えー! いいんですか!?」

 

 コハクが目を輝かせる。

 

 「わぁ! ミケのお母さんのご飯、久しぶりだね!」

 

 アオは短い尻尾をぶんぶん振りながら笑った。

 

 「……お世話になります」

 

 ヒョウカも小さく頭を下げる。

 

 (やっぱ……流れについていけないわ)

 

 こうして俺は、異世界での生活をミケの家でスタートさせることになった。

 

 




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