「ほんと!? やったにゃ!
じゃあ決まりだにゃ! 今日から凛馬は私が面倒見るにゃ!」
ミケが嬉しそうに俺の手を握りしめる。
けど俺の震えは止まらなかった。
「あー! 早速独占宣言?
私も興味あるのに!」
コハクがクスクスと笑いながらミケの肩を叩く。
「僕も一緒に遊びたいな!
凛馬くん、明日学校来る?」
アオが無邪気に話しかけた。
その言葉に俺は疑問を持つ。
(この世界には……学校があるのか!?)
「……学校に人間を連れてくるのは問題になる。校長に報告しないと」
またしてもヒョウカが言い放った。
その冷たさには来るものがあった。
「そうですね……でも今日はもう遅いし、明日の朝一番で校長先生に相談しましょうか」
ミナがそう提案した。
今、こいつが一番の希望かもしれない。
「もちろんだにゃ!
あ、そうだ……」
ミケが何か考え込む。
何か嫌な予感がした。
(今度は何言い出すんだ……?)
「明日からちゃんと管理するために、首輪つけないとダメかもにゃ……」
ミケは当たり前のことを言うような口調だった。
だからこそ俺は理解できなかった。
(首輪……?)
その言葉だけで喉が締め付けられる。
“人として扱われていない”。
その事実を、嫌というほど突きつけられた気がした。
(俺、本当にペット扱いなのか……?)
「くっ、首輪!?
まさか俺につける訳じゃないよな!?」
「えっ? だって凛馬は人間だにゃ?」
「そうだけど……」
「ここじゃ獣人以外は——
“保護対象かペットとして扱われる”って決まってるにゃ」
かも当然かの様に言った。
さっきの冗談がまさか本当だなんて信じたくもなかった。
「……嫌だ」
思わず声が漏れた。
「首輪なんて絶っ対嫌だね!」
思わず取り乱してしまった。
首輪をつけるのは、人間としての尊厳がなくなってしまうのと同然な気がした。
「あはは、嫌がってる! 可愛いわね。」
コハクがまたしてもからかってくる。
ただ恐怖が増えるだった。
「でもミケの言う通りよ?
首輪がないと危険生物って思われちゃうわ」
「……そういう決まりだ。
首輪がない生物は、警察に保護される」
ヒョウカがそう説明した。
それだけでこの世界がただものじゃないと確信できた。
「……でも、ミケの首輪なら可愛いデザインのを選んでくれると思いますよ」
ミナが精一杯のフォローをした。
けど俺には何のフォローにもならなかった。
「僕も一緒に選びに行きたいな!
凛馬くんに似合う首輪、探そうよ!」
アオが無邪気に提案する。
その笑顔には、どうも怒る気が失せてしまう。
「決まりだにゃ!
じゃあ明日の朝学校行く前に首輪ショップ寄るにゃ!」
反論しようとして、言葉が喉で止まった。
そして確信する。
この世界で、人間は“選ぶ側”じゃない。
「……分かったよ」
なんだか萎えてしまった。
まぁ、当然だが……
(人間が頂点だったのが、こんなにも有難いことだったなんて……)
元の世界が、今よりも輝いて見えた。
そして、俺の落ち込む様子は、誰が見ても分かった。
「あはは、そんな落ち込まないでにゃ〜。
私、ちゃんと優しい飼い主になるから!」
ミケが俺の頭を撫でた。
頭が真っ白になる。
(今……頭撫でた……!?)
その感覚がなぜか気持ち悪かった。
「でも安心して?
ミケは面倒見いいから」
(……んな事言われても……)
「……まあ、他の獣人に拾われるよりはマシだと思うぞ」
「あはは……そっかぁ〜……」
(なんか……もういいか……)
もう半分諦めてしまった。
流れに身を任せた方がいいんじゃないか?
「それじゃあ、私たちは先に帰りますね」
すると、ミナがぺこりと頭を下げる。
「また明日ね、凛馬くん!」
アオが満面の笑みで手を振った。
「逃げちゃダメよ〜?」
コハクは悪戯っぽく笑う。
「……気をつけろよ」
ヒョウカは短くそれだけ言うと、四人は並んで歩き出した。
賑やかだった空間が、一気に静かになる。
残ったのは俺とミケだけだった。
「じゃあ、帰るにゃ!」
ミケが当然のように俺の手を引く。
「……帰るって、君の家?」
「もちろんにゃ!
今日から凛馬は私が面倒見るんだから!」
断る理由なんて、もう残っていなかった。
俺は小さくため息をつく。
「……はい」
その時だった——
ウゥゥゥゥーーーッ!!
遠くから鋭いサイレンが街中に響き渡る。
「……っ!」
俺は思わず顔を上げた。
それと同時、ミケの耳がピクリと動いた。
その表情から笑顔がどんどん消える。
「……あ〜」
「え?」
「多分……誰かが通報したにゃ」
次の瞬間——
「ちょっ──!?」
俺の体がふわりと身体が浮いた。
気付けば俺はミケに横抱きにされていた。
「ちょ、ちょっと待て! 自分で走れ──!」
「そんな暇ないにゃ!!」
ダンッ!!
地面を蹴った瞬間、景色が一気に流れ始める。
「うわあああああああっ!!」
建物も人影も一瞬で後ろへ消えていく。
風が容赦なく顔へ叩きつけられた。
(はっ……速っ!?)
人間ではあり得ない速度だった。
サイレンの音は、少しずつ近付いてくる。
「見つかったら面倒なんだにゃ!」
ミケはそう叫ぶと、さらに速度を上げた。
俺は振り落とされないよう、必死にミケへしがみつくしかなかった。
◇◇◇
やがて、2人はミケの家へと辿り着いた。
「はぁ……はぁ……つ、着いたにゃ……」
ミケは肩で大きく息をしながら、その場にしゃがみ込む。
一方の俺は——
「…………っぷ」
足元がふらつく。
世界がぐるぐる回って見えた。
「お、おぇ……」
胃の中がひっくり返りそうになる。
(速すぎるだろ……!!)
人生で味わったことのない速度だった。
数秒その場で固まり、ようやく視界が落ち着いてくる。
「……追ってきてないにゃ」
ミケが後ろを何度も振り返って、ようやく安堵の息をつく。
そして前を向くと、目の前には一軒の家が建っていた。
ごく普通の一軒家。
外観だけ見れば、日本にあっても何も違和感がない。
(あ……家は普通なんだな……)
「よ、よしっ……」
ミケは息を整えると、何事もなかったように玄関へ向き直る。
「ただいまにゃ〜!」
ミケが勢いよく扉を開ける。
出迎えたのは、ミケの親らしい人だった。
「あら、ミケお帰り……って……」
母親と凛馬の目が合う。
「その子は!?」
母親は思わず大きい声を出した。
「お母さん! 多分人間拾ったにゃ!」
「……はぁ?」
「今日からうちで飼うにゃ!」
「ダメ」
即答だった。
まぁ当然だった。
(そりゃあ得体のしれない生物を飼うなんて無理な話だよな……)
自分でもそう考えてしまう。
(……なんで自分のこと得体のしれない生物って思ってんだ?)
母親は声を荒げた。
「人間なんてどうするの!
ご飯だって生活だってあるのよ!?」
「でも——!」
「でもじゃない!」
ミケの耳がしゅんと下がる。
だが、次の瞬間にはミケが母親へ詰め寄った。
「でも放っておけないにゃ!」
「ミケ……!」
「だってこの子、一人なんだにゃ!」
ミケは凛馬の腕をぎゅっと掴む。
「知らない場所に飛ばされて、誰も知り合いいなくて、怖いに決まってるにゃ!」
母親は言葉を失った。
「私が世話するにゃ!」
「ミケ……」
「ご飯も分ける!
お小遣いも使う!
部屋も使わせる!」
「それはあんたの部屋でしょうが……」
「それでもいいにゃ!」
母親は驚いた顔をした後——
長い溜息を吐いた。
そして、ゆっくりと俺へ視線を向けた。
「あなた、名前は?」
「……凛馬、です」
「帰る家はあるの?」
その問いに、言葉が詰まる。
「……ありません。元の世界へ帰る方法も……まだ」
母親は俺の表情をじっと見つめた。
震える手と、不安そうな目。
きっと全部伝わってしまったんだろう。
「……責任、持てるの?」
もう一度、今度はミケへ問いかける。
「持つにゃ!」
その答えに迷いはなかった。
そして観念したように肩を落とした。
「……分かったわ」
「本当!?」
(えっ許した!?)
俺は驚きが隠せなかった。
あまりにもあっさりすぎるだろ!
「ただしちゃんとしなさいよ!?」
ミケの顔が一気に明るくなる。
その様子を見ながら唖然としてしまう。
(なんでそこまで……)
まだ出会って1時間も経っていないのに、どうしてだろうか?
その疑問だけは、ずっと頭から離れなかった。
すると——
「ごめんくださーい!」
不意に明るい声が響いた。
(この声……)
「えへへ……サイレン聞こえたから、やっぱり気になって来ちゃった」
振り向くと、先程の四人が玄関に立っていた。
「にゃ! 皆!?」
「……俺は辞めとけって言った」
ヒョウカがそう言った。
だが尻尾は小さく揺れている。
「でもシッポ揺れてるよ〜?」
コハクがからかう。
「うるさい」
ヒョウカはそっぽを向いた。
心なしか耳が赤く見えた。
「……もしかして、警察に見つかりそうになったんですか?」
ミナが心配そうに尋ねる。
「ギリギリだったにゃ……」
ミケが苦笑いを浮かべる。
「えっ……!?」
その言葉に、お母さんの表情が一変した。
「警察に追われたの!?」
「う、うん……」
「もう、無茶しないの!」
お母さんは額に手を当て、大きくため息をつく。
「見つかっていたらどうするつもりだったの?」
「ご、ごめんなさいにゃ……」
ミナが一歩前へ出る。
「今日あったことをお母さんにもお話ししたくて……
少しお時間いただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ……
私もちょうど何があったのか聞きたかったところだもの」
母親は優しく微笑み、玄関の扉を大きく開けた。
「さあ、みんな上がって! 話は中で聞くわ」
「お邪魔しまーす!」
アオが元気よく返事をする。
「その間に夕飯の支度をしちゃうわね。
みんなも食べていくでしょう?」
「えー! いいんですか!?」
コハクが目を輝かせる。
「わぁ! ミケのお母さんのご飯、久しぶりだね!」
アオは短い尻尾をぶんぶん振りながら笑った。
「……お世話になります」
ヒョウカも小さく頭を下げる。
(やっぱ……流れについていけないわ)
こうして俺は、異世界での生活をミケの家でスタートさせることになった。
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