そんな中、凛馬は次の“お泊まり先”へ向かう。
今日はミナの家に泊まりに行く日だ。そして毎度の如くミケが悲しんでいる。
「にゃあ……今度はミナに取られるにゃ……」
ミケがしょんぼりと呟く。アオも少し寂しそうだ。
「ミナちゃんの家、楽しんできてね……」
「あら、明日は私の家よ?楽しみにしててね、凛馬くん」
「……明後日は私のところか。まあ、適当に過ごせばいい」
放課後、凛馬はミナと並んで家へ向かった。
大きな二階建ての家。玄関には三つ編みの優しそうな女性と、小さな兎族の女の子が立っていた。
「ただいま、お母さん。凛馬くんを連れてきました」
「まあ!噂の凛馬くんね!ようこそ!」
小さな女の子が恥ずかしそうに見上げる。
「お、お兄ちゃん……虹色の耳……綺麗……」
「妹のモモです。会いたがっていたんですよ」
家の中には大きな本棚があり、静かで落ち着いた空気だった。
ここは、音が柔らかい。言葉も、足音も、心臓の音さえも。
ミナの部屋は整理整頓され、机には本が綺麗に並んでいる。ベッドは二つあった。
「今日は……ゆっくり過ごしましょう。お茶、いかがですか?」
いつもの学級代表とは違う、柔らかい笑顔だった。
「これは何?」
「小学生の頃の写真アルバムです」
幼い頃の五人の写真。
「みんな、幼稚園からの幼馴染なんです」
ページをめくるたび、思い出が続く。
「凛馬くんも……これから私たちの思い出に加わってくれますよね?」
まっすぐな視線。未来に自分が含まれている、という言い方。その言葉が、思ったより胸に残った。
夕食の時間になり、凛馬とミナはリビングへ行く。テーブルにはシチューと手作りパンが並んだ。
「ミナが凛馬くんのために、デザートも作ったのよ」
「お、お母さん!」
モモが笑う。
「朝からケーキ作ってたんだよ!」
ミナが真っ赤になる。
一口食べる。優しい味だった。甘すぎず、でもちゃんと温かい味だった。
「美味しいです……!」
ミナの表情が一気に緩む。兎耳がぴょこんと跳ねた。
シチューを食べ終えると、ミナがケーキを出してくれた。
「初めて作ったので……」
一口食べると。虹色の尻尾が大きく揺れた。
「わあ!尻尾が喜んでる!」
「気に入ってもらえたみたいね」
ミナがほっと息を吐く。その安堵の顔を見て、胸の奥が少し温かくなった。
誰かのために努力することを、当たり前のようにやる人。その真面目さが、どこか眩しい。
お風呂の後。パジャマ姿でベッドに座る。部屋の明かりは少し落としてあった。
「凛馬くん……スピーチのこと、ずっと考えていました」
真剣な瞳。
「一人だったこと……辛かったこと……聞いていて、胸が苦しくなりました」
目が少し潤んでいる。
「でも、今は私たちがいます。ミケも、アオも、コハクも、ヒョウカも……そして、私も」
“私も”の部分だけ、ほんの少し声が小さくなる。
ミナがそっと手を重ねた。その手は温かい。でも、わずかに震えていた。
「凛馬くんは……もう一人じゃありません。だから……これからも一緒にいさせてくださいね」
一緒にいさせてください。選ぶ、ではなく。選ばれる、でもなく。“いさせてください”。
その慎重さが、胸に残る。
「……手、握ったままでいいですか」
ミナが遠慮がちに聞いた。鼓動が早いのは、ミナ自身が一番分かっている。
凛馬は不思議そうに瞬きをする。
「い、いえ……!なんでもありません……!そろそろ寝ましょう……!」
ミナは慌てて手を離し、ベッドに潜り込む。引いた線を、自分で守るように。
部屋の灯りが消え、月明かりだけが残る。
「おやすみなさい……凛馬くん……」
小さな声が闇に溶けた。凛馬の心臓が、また一拍だけ強く鳴る。理由はまだ分からない。
――ミナの優しさ。真面目で、一生懸命で、まっすぐなところ。
そのあと、なぜかアオの笑顔も思い出す。二人とも、自分を本気で気遣ってくれている。この感情は何なのか。まだ、名前はない。
虹色の尻尾が、無意識に揺れた。
その頃。
ミナは、目を閉じたまま眠れていなかった。胸の奥で、何かがざわつく。
理性的に整理したはずの気持ちが、夜になると勝手に音を立てる。
“恋は、音楽みたい”だと思った。最初は小さな旋律。気づかないふりをすれば、消えると思っていた。
でも違う。机に向かっている時も。ページをめくっている時も。凛馬の声が、頭のどこかで鳴っている。
消えない。何度、線を引いても。何度、これは友情ですと書き直しても。消えなかった。
「……困らせないでください」
小さく、布団の中で呟く。怒っているわけじゃない。恨んでいるわけでもない。
ただ。ミナの頭の中で言葉が並ぶ。
“どうしてそんなに優しいのですか。”
“どうしてそんなに無防備に笑うのですか。”
“どうして私は、その笑顔に救われてしまったのですか。”
「……凛馬くん、あなたのせいですよ」
ほんの少しだけ、笑う。
明日になれば、またきちんとした顔でいられる。優等生でいられる。
でも今夜だけは。この音を、止めない。止められない。それでも、それでもきっと、私は。
あなたの隣にいる資格がある人間でありたい。
月明かりが、静かに部屋を照らしていた。
明日はコハクの家。明後日はヒョウカの家。
そして週末は能力測定実験。
新しい生活は、少しずつ、確実に動き始めている。
心の中の温かい変化は――まだ名前をつけられない。
けれど確かに、消えない音のように、胸の奥で鳴り続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
次のお泊まり先では、何か一波乱ありそうです…