BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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仲間たちの家を巡る中で、それぞれの優しさに触れていく凛馬。
今回はコハクの家へ――鋭い観察眼が、凛馬の心に踏み込む。


27話 ドラマ

「さあ!今日は私の家よ!凛馬くん、楽しみにしててね!」

コハクが凛馬の腕を掴む。その笑顔は、いつも通り明るくて、少しずる賢そうだった。

「にゃ……今度はコハクに取られるにゃ……」

「コハクちゃん……凛馬くんをよろしくね……」

「コハクさん……凛馬くんを困らせないでくださいね」

「……明日は俺のところだからな。」

四人がそれぞれの温度で見送る。同じ言葉でも、込められた想いは少しずつ違っていた。

コハクは満足そうに笑い、凛馬の手を引いた。

「ふふ、やっと二人きりね。さあ、行きましょう」

振り返らない。誰かに譲るつもりのない歩き方だった。

夕日が道を照らし、二人の影が長く伸びていた。

特別な出来事が起きるわけじゃない。ただの放課後。

それでも――今日という一日が、少しだけ物語のページを進めている気がした。

 

到着したのは、白い壁と大きな窓が印象的な洋風の豪邸だった。手入れされた庭、花壇、中央の噴水。まるでドラマのセットのようだ。

「どう?すごいでしょ?」

コハクが得意げに胸を張る。

「うちは商売しててね。まあ、お金には困ってないってわけ。ふふん」

誇らしげに言いながら、横目で凛馬の反応を確かめる。

見てほしいのは家じゃない。――自分だった。

 

玄関を開けると、吹き抜けの広いエントランスが広がった。非日常のようでいて、ここではこれが“日常”なのだと分かる。

「ただいまー!お母さん、凛馬くんを連れてきたわよ!」

奥から現れたのは、コハクに似た金髪の女性。狐族特有の優雅さと、落ち着いた気品を纏っている。

「ようこそ。私は金城サクラよ。ゆっくりしていってね」

笑顔が柔らかい。コハクよりも少し穏やかで、大人の余裕があった。

「さあ、私の部屋へ案内するわ!」

手を引かれ、螺旋階段を上がる。廊下の先、ピンク色のドアが開いた。

「じゃじゃーん!私の部屋よ!」

部屋はピンクと白を基調としたメルヘン空間だった。ぬいぐるみ、本、飾り、小物。可愛いが詰まっている。

「どう?可愛いでしょ?」

その時、コハクの金色の尻尾が、凛馬の虹色の尻尾に絡みついた。偶然のようで、どこか意図的な距離。

「ねえ……昼間の話。本当に何もないの?」

距離が近く、視線が真っ直ぐで、逃げ場がなかった。

「まだ気にしてたのか?ほんとに何でもないよ」

笑って誤魔化す。

――でも本心は違った。まだ、この気持ちは言う訳には行かなかった。

「ふうん……そう言うけどねぇ…」

コハクがにやりと笑う。

「凛馬くんの耳、また動いたわよ?」

指先がそっと触れる。柔らかいのに、どこか計算された距離感。心の奥を探るような、軽やかな駆け引き。

「無理に聞き出そうとは思わないわ。でもね――」

肩に手を置き、顔を近づける。

「私、人の秘密を見抜くのって得意なの。だから、話したくなったら教えて?ふふ」

意味深な笑みを残し、離れる。空気が少しだけ揺れた気がした。

「それより!夕食まで時間あるし、遊びましょ。私の宝物、見る?」

小箱の中には宝石、手紙、古い写真。

「これ、ミケと私。幼稚園の頃」

写真の中で二人は手を繋いで笑っていた。今と変わらない笑顔。けれど、時間だけが確かに進んでいる。

「ミケはね、分かりやすいのよ。最近、特に」

一瞬だけ、寂しさが滲む。凛馬は首を傾げた。

「分かりやすいって……何が?」

本気で分かっていない顔だった。コハクの視線の意味も、その言葉の重さも、まだ理解していない。

「でもね――私も負けないわよ?」

すぐにいつもの笑顔に戻った。

「……何に?」

凛馬は素直にそう聞き返す。コハクは一瞬だけ目を細めて、くすっと笑った。

「さあ? 何かしらね?」

それ以上は言わない。言えば壊れることを、コハクは知っている。

けれど凛馬は――

まだ、自分が“選ばれる側”に立っていることすら理解していなかった。

その時、下からサクラの声が届いた。

「コハク、凛馬くん。夕食の準備ができたわよ」

「はーい!行きましょ」

手を引かれて部屋を出る。

今日という一日は、確かに誰かの心の中では――もう物語が動き始めていた。

 

テーブルにはローストビーフ、シーフードグラタン、サラダ、スープ。まるでレストランのコースのようだった。

「どう?すごいでしょ?うちのシェフが作ったのよ」

「遠慮しないで、たくさん食べてね」

コハクの母が上品に微笑む。コハクは当然のように凛馬の隣に座り、料理を取り分け始めた。まるで最初から、そこが自分の席だと決まっていたかのように。

そうなる未来を、疑いもなく選んでいるようだった。

「はい、あーん」

「いやいや!自分で食べれるって…」

「いいのいいの、こういうのは雰囲気よ」

されるがままに口の中にローストビーフが運ばれた。肉は柔らかく、塩加減も完璧だった。

何も考えなくていいと思えたこの時間が、少しだけ心地よかった。ただ“今”を楽しんでいればいいだけだった。

「すごい……一流って感じだ」

「でしょ?凛馬くんの反応、可愛いわ。耳が正直なのよね」

本当に、虹色の耳がぴくぴく揺れていた。コハクはそれを見て、満足そうに目を細める。

その視線は優しく――でもどこか、逃がさないとでも言うように柔らかかった。

「次はグラタン?それともサラダ?私が決めてあげる」

世話を焼くというより、距離を自然に縮めていくような振る舞いだった。待つのではなく、少しずつ自分の場所を作っていくように。

その様子を、コハクの母は静かに見つめていた。

何も言わず、ただ優雅にワイングラスを傾けながら。その目は、娘の笑顔の奥にあるものを、きっと見抜いている。

凛馬はそれに気づかないまま、ただ差し出された皿を受け取った。

 

夕食後、リビングのソファに2人は座った。

「こっち来て。一緒に見ましょ」

ぴったりと隣に座る。金色の尻尾が、また絡む。

その感触が、妙に意識に残った。

「ねえ、昼間の反応、見た?」

意味深な声でコハクは聞いた。

「またその話か?何回も言うけど――」

凛馬の言葉を遮るようにコハクは続けた。

「特にアオちゃん。あれ、もう隠せてないわよ」

その名前を聞いた瞬間、心臓が小さく跳ねた。

(……なんで今、跳ねた?)

自分で自分に戸惑う。

アオの笑顔が浮かぶ。

(いや、違うだろ)

胸の奥が静まらない。コハクは小さく笑った。

「ほら。今の反応」

頬をつつかれる。

「……俺、そんな分かりやすいか?」

ごまかすように笑うが、耳が勝手に揺れる。

(やめろ。今は考えるな)

考えたら、きっと何かが変わる。だから凛馬は、あえて踏み込まなかった。

「ねえ、凛馬くん」

少しだけ真面目な声だった。

「ただ待ってるだけじゃ、何も始まらないのよ?」

冗談みたいな口調なのに、目だけが真剣だった。

「感じるまま、動いたほうが――ほら、物語って動くじゃない?」

凛馬は言葉を返せなかった。

「……ねえ」

声の温度が変わる。

「私のことは、どう思ってる?」

真正面からの問い。凛馬の喉が鳴る。

さっきまでアオの名前で跳ねていた鼓動が、今度は別の意味で重くなる。コハクの距離は近い。距離も、視線も、体温も。

金色の尻尾が絡むたびに、胸の奥がざわつく。

でもそれは――

恋、とは少し違う気がした。コハクの隣は楽しい。安心する。翻弄される。

でも――胸の奥で“誰かの名前”が浮かびそうになるたび、

凛馬は無意識に思考を止める。

「……まだ整理できない」

一拍の沈黙が流れた。コハクは一瞬だけ目を伏せる。

「……時間、ね」

そして笑う。

「いいわよ。焦っちゃダメだよね」

そう言いながら、止まる気はなかった。待っていれば進む物語じゃないことを、彼女は知っている。

「でもね、私――待ってるだけの役は嫌なの」

その言葉は軽く言ったはずなのに、どこか本音だった。

「この役、譲るつもりないから」

冗談みたいに笑う。その距離は、驚くほど近かった。

凛馬は、その意味を完全には理解できなかった。

でも、心の奥底では分かりきっていた気がする。

 

風呂のあと、間接照明の灯る部屋。

「ひとつ聞いていい?人間の世界にいた時、大切な人はいた?」

手を握る。

「あなた、すごく寂しそうな顔してた」

少し震えている声。

「でも今は違う。私たちがいる」

小指を立てる。

「約束。これから楽しいこと、たくさんしましょ」

少し間を置いて、コハクが小さく呟いた。

「新しいドラマ、始めましょ?」

冗談みたいに笑ったが、目は逸らさなかった。

 

コハクが寝静まった頃。凛馬の心に名前が浮かぶ。

アオ。ミナ。コハク。ヒョウカ。優しさの形が全部違う。

(今はまだ……友情で向き合う。それが答えだ)

そう決めても、胸の奥は静まらない。虹色の尻尾が揺れる。

まるで――追いかけた足跡が、少しずつ道になっていくみたいに。

 

朝。凛馬が先に起きていた。でも、寝た気がしなかった。

「ん……ん〜……」

コハクがゆっくりと目を開ける。寝起きの顔は、いつものずる賢さが抜けて、とても可愛らしかった。

「おはよ、凛馬くん……あれ、もう起きてたの?」

コハクが眠そうに身体を起こし、伸びをする。その仕草は猫のようで、凛馬の心が少しドキッとした。

た。

――けれど、その感覚に、どこか戸惑いも混じっていた。




最後まで読んでいただきありがとうございます。
次の家ではいちばん不器用な優しさが待っています。
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