食後。ヒョウカの部屋。
二人はベッドに座り、静かな時間を過ごしていた。窓の外には夜景が広がり、星が滲んでいる。
この夜は、少しだけ残酷だ。静かすぎて、心の音が大きくなる。
「……凛馬。一つ、聞いていいか?」
ヒョウカが真剣な表情で凛馬を見つめる。
「お前が最近ぼーっとしてる理由……本当は分かってる。お前、誰か好きな奴がいるんだろ?」
逃げ場のない問いだった。
「アオか? ミナか? それとも……コハクか?」
一つ一つ名前を挙げるたび、ヒョウカの声が少しだけ揺れる。
凛馬の胸の奥が、それぞれ違う熱を帯びて反応した。その違いを、まだ自分でも言葉にできない。
「……私は、お前の選択を尊重する。でも……一つだけ言わせてくれ」
ヒョウカが凛馬の手を握る。冷たい。けれど、離さなかった。
「私も……お前のことが……好きだ」
言葉は震えている。それでも、逃げなかった。
「だから……選ばれなくても……お前の隣にいたい。友達として……でもいいから」
その笑顔は、優しすぎた。凛馬の心がキュッと締まる。
「お前は……私が初めて、心を開けた相手だ」
ヒョウカの声が掠れる。
「お前の優しさ、強さ、そして……寂しさも知ってる。全部、私は好きだ」
触れているのに、すがられている気がした。
「でも……私は分かってる。お前には、もっと明るくて、可愛くて、優しい奴らがいる」
ヒョウカが小さく笑う。
「特別なものなんて、私は持ってない」
その一言が、夜に沈む。
「だから……答えは急がなくていい。ただ……私の気持ちだけは、覚えておいてほしかった」
“忘れてもいい”なんて、言えなかった。ヒョウカがゆっくりと手を離す。
「……風呂、入ってこい。その間に、布団を敷いておく」
ヒョウカは背中を向けた。その肩が、小さく震えていた。凛馬は動けなかった。特別な瞬間なのに、世界は静かすぎた。
浴室に湯気が満ちていた。シャワーの音だけが、狭い空間に響く。
熱い水が肩を打つたび、さっきの言葉が何度も蘇る。
――“私も……お前のことが好きだ”
「……はぁ……」
思わず息が漏れた。
手のひらを見る。さっきまでヒョウカが握っていた場所が、まだ少し冷たい気がした。
胸が落ち着かない。嬉しいのか、苦しいのか、自分でも分からない。
目を閉じると――アオの笑顔が浮かぶ。次にミナの優しい声。コハクのからかうような視線。
そして、震えながら笑ったヒョウカの顔。
「……なんだよ、これ」
湯気の中で呟く。
誰か一人を思うたび、別の誰かの顔が浮かぶ。
選びたくない。失いたくない。
でも――胸の奥が、誰かの名前を呼ぼうとしている。
「……やめろ」
シャワーを強くひねる。水音が思考をかき消す。
けれど、静かになった瞬間気づいてしまう。
もう、“以前みたいには戻れない”。ただの“仲間”だった時間には。
凛馬は額を壁に預けた。湯気の向こうで、自分の虹色の耳がぼんやり揺れていた。
風呂から戻ると、ヒョウカは窓際に座っていた。
月明かりが横顔を照らす。
「……上がったか。布団、そこに敷いておいた」
声はいつも通り。でも、どこか遠い。
「……さっきのこと、忘れてくれてもいい。私が勝手に言っただけだから」
膝を抱える。強かったヒョウカが、こんなにも小さく見える。
“世界でひとりぼっちみたいだ”そんな顔だった。
「でも……一つだけ言わせてくれ。お前が誰を選んでも……私は、お前の味方でいる」
凛馬にとってその言葉は優しくて、残酷だった。
「誰かを選べば、誰かは悲しむ。それが恋愛だ」
それは凛馬への言葉であり、自分への宣告でもあった。
「だから……自分の心に正直になれ」
ヒョウカが微笑む。
「……寝よう。明日は能力測定だ」
灯りが消える。月明かりだけが、113号室を照らしている。
「……おやすみ、凛馬」
その声が闇に溶けた。
窓をそっと見る。もう夜が明けそうだ。この時間も、やがて終わる。明日が来る。
それでも。この部屋で交わした言葉だけは、きっと消えない。
凛馬の胸の中で、感情が渦巻く。
アオの笑顔。ミナの優しさ。コハクの軽やかな声。ヒョウカの震える告白。
誰を選ぶのか。それでも、考えるたびになぜか最初に浮かぶ顔がある。
虹色の尻尾が、無意識に揺れた。
明日は土曜日。能力測定。
そして——
この“よくある話”は、少しずつ、特別になり始めていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回――能力測定の日です。凛馬の力が、世界の常識を壊します。