BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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凛馬の力が正式に測定される日。結果は、誰も予想していなかった領域へ――



30話 それでも君は

二人が学校に向かう途中、いつもの合流地点に差し掛かると――

「凛馬ー!! おっはよー!! にゃー!!」

ミケが凛馬に飛びつく。赤い猫耳がぴょこぴょこと揺れていた。

「おはよう、凛馬!今日は能力測定だね!楽しみだよ!」

アオが笑顔で手を振る。その青緑色の髪が朝日に輝いていた。

――その無邪気な笑顔に、凛馬の胸がわずかに温かくなる。

「おはようございます。凛馬君、ヒョウカさん。今日はしっかり測定に臨みましょう」

ミナが真面目な表情で挨拶する。三つ編みが静かに揺れた。

「あら〜?凛馬、ヒョウカの家、どうだった?ちゃんと楽しめた〜?」

コハクがニヤニヤしながら二人を交互に見る。金色の瞳が悪戯っぽく光っていた。

「……普通だ。別に何もなかった」

ヒョウカが素っ気なく答える。だが頬がわずかに赤い。

「本当に〜?なんか怪しいにゃ〜!」

ミケが疑いの目で二人を見る。

「まあまあ、今日は能力測定だよ!凛馬、どんな結果が出るか楽しみだね!」

アオが話題を変える。その声を聞くだけで、不思議と肩の力が抜けた。

 

凛馬たちが研究施設に到着すると、灰谷リョウと数人の研究員が準備を整えていた。

「おはようございます、凛馬君。そして付き添いの皆さんもようこそ」

研究員達が微笑む。

そして次の瞬間。灰谷が六人の元へ歩み寄ってきた。

「よう来たな……まあ、そんな固ならんでええよ。今日はちょっと体借りるだけや」

柔らかい関西弁が混じった。

「……え?」

ミケ達が思わず目を見開く。

(クセ強!?)

研究者らしい雰囲気とのギャップに、一瞬思考が止まった。

「なんかこの感じ、ちょっと前も見たなぁ…」

灰谷は気にした様子もなく続ける。

「ほな、さっそく始めよか。まずは基礎体力測定や。握力、ジャンプ力、走力あたりから見ていくで」

「へぇ〜、数値で見れるんだ〜。楽しみ〜♫」

コハクが腕を組んで笑う。

「凛馬君、無理はしないでくださいね」

ミナが心配そうに言う。

「凛馬なら大丈夫にゃ!! 頑張れ〜!!」

ミケが全力で手を振る。

――その声援だけで、力が湧く気がした。

 

凛馬は体育の時間と同じように、圧倒的な身体能力を見せた。そして結果が出る。

「……なんやこれ。ほんまに初測定か?」

灰谷が結果を見て目を見開く。

「握力は熊族の2倍、ジャンプ力は兎族の2.5倍、走力は豹族の2倍……持久力は猫族の3倍て……」

研究員たちがざわめいた。

「ちょっと待って!? 全部上回ってるってこと!?」

コハクが驚く。

「すごいにゃ凛馬!!」

ミケが抱きつく。

「凛馬、本当にすごい……!」

アオの目が輝く。

「歴史的記録です……」

ミナが涙ぐむ。

「……やっぱり規格外だな」

ヒョウカが小さく笑った。

「次は感覚測定や。視力、聴力、嗅覚な」

測定は続き――

「視力は狐族の1.5倍、聴力は猫族の2倍、嗅覚は……」

灰谷が資料を見直す。

「……あかんな。これ測定不能や。値ぶっ壊れとる」

ざわめきが広がる中、凛馬は自分の手を見下ろした。握った指先に、確かな力が宿っている感覚がある。

――本当に、もう人間じゃないんだ。

胸の奥がわずかに震えた。怖さと、少しだけの高揚が混ざっていた。

 

「最後に特殊能力やな。なんか変わった感覚あったりせぇへん?」

「いえ、特に……」

 

「ほな試してみよか。目ぇ閉じて、周りの気配感じてみてや」

凛馬が目を閉じる。――静かになる。

視界が消えたはずなのに、世界は消えなかった。

何かが“広がる”。空気の流れ。床を踏む重さ。体温の揺らぎ。鼓動のリズム。

姿ではない。音でもない。

それでも確かに――そこに“いる”と分かる。

ミケが左前。落ち着かない呼吸。アオが右前。少し前のめりな期待の気配。コハクが正面。楽しんでいる軽い重心。ヒョウカが左後。動かず、静かに見守る存在。ミナが右後。規則正しい呼吸。

位置が、輪郭として頭の中に浮かび上がった。まるで世界が立体図になったみたいに。

「分かるか?」

「……はい」

自分の声が、少し遠く聞こえた。

「ほな、わいの位置指してみ」

考えるより先に、腕が動いた。迷いはなかった。

凛馬はまっすぐ指差す。ざわめきが起きる。

灰谷が静かに息を吐いた。

「……完璧やな」

「凛馬君。君、“全方位索敵能力”持っとるわ。千人に一人レベルの能力や。正直、わいも実物見るん初めてやで」

「え…元人間なのに……?」

コハクが困惑する。

「……おかしい」

ヒョウカの眉が寄る。

「普通な、獣人化いうんは一種族の特性しか出ぇへん」

灰谷は続ける。

「せやけど君は違う。五種族全部がケンカせんと共存しとる」

少しだけ優しく笑った。

「つまりな――君は“例外”やない。“始まり”なんや。前も言うたやろ?」

――始まり。

その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。怖いはずなのに、不思議と拒絶感はなかった。誰かに否定される響きじゃなかったからだ。

「でも凛馬は凛馬だよ!」

アオが袖を握る。

「あなたはあなたです」

ミナが肩に手を置く。

「凛馬は凛馬だにゃ!!」

ミケが抱きつく。

「……なによ、その顔」

コハクが少し呆れたように笑った。

「私たちが一緒にいる理由に、そんなの関係ないわよ」

コハクが肩を軽く叩いた。

ヒョウカが一歩近づく。

「……お前は変わってない」

短く、それだけ言った。

「だから、怖がる必要はない」

その声は小さいのに、不思議なくらい真っ直ぐ胸に届いた。

その瞬間――胸がいっぱいになった。

さっきまで“測定される存在”だった自分が、今はただの凛馬として触れられている。能力も、種族も、意味も関係なく。

ただ――ここにいていいと言われた気がした。

言葉が出ない。理由も分からない。ただ、温かかった。

気づいた時には、涙が頬を伝っていた。

「凛馬、泣いてるにゃ!?」

「泣かないで……!」

「可愛いとこあるじゃない」

「……泣くな、バカ」

「私たちは一緒です」

五人の温度が重なった。孤独だったはずの心が、今は満たされていた。

「ありがとう……皆……」

「凛馬君。君はな、人間と獣人が一緒に生きられる可能性、そのものや」

灰谷は一度言葉を切った。資料を閉じ、ゆっくりと凛馬を見る。さっきまでの“研究対象を見る目”ではなかった。

少しだけ困ったように笑う。

「……まあ、なんや」

軽く頭を掻いた。

「さっきから“凛馬君”て呼んどるけどな」

研究員たちが不思議そうに顔を上げる。灰谷は肩の力を抜いて言った。

「もうええか。堅苦しいわ」

そして、まっすぐに視線を合わせる。

「――凛馬」

名前だけを呼んだ。それは確認でも、呼びかけでもなく。“個人”として認める響きだった。

その瞬間――ヒョウカだけが、わずかに目を細めた。

(……今の目)

さっきまでの研究者の視線じゃない。結果を見る目でも、興味でもない。

――守る側の目だった。

ヒョウカは何も言わない。ただ静かに灰谷を見つめ、そして小さく視線を逸らした。

(……この人、きっと――)

ヒョウカはそこで思考を止めた。言葉にすると、嫌な予感が形になってしまいそうだったから。

「けどな、無理だけはすんな。ええな?」

凛馬は一瞬、返事が遅れた。胸の奥が、妙に熱くなる。さっきまで“研究される側”だったはずなのに。

今は――守られている気がした。

「……はい」

自然と、そう答えていた。

「とりあえず君が君でおること。それが一番や」

(それでも――俺は、俺でいたい)

視線の先には、五人の大切な存在がいた。

 

測定室の扉が閉まり、六人の気配が完全に遠ざかる。静寂だけが残った。

研究員たちは結果データの整理を始めていたが、

灰谷は一人、窓際に立っていた。夕焼けがガラスに反射し、資料の文字を赤く染める。

『観察対象:五種族混血個体』

『経過観察任務:市政府特別指定』

灰谷はしばらくその文字を見つめ――小さく息を吐いた。

「……観察対象、か」

自嘲気味に笑う。ポケットから端末を取り出し、通信を開く。画面には政府直属機関のロゴが表示された。

『定期報告を要請します』

灰谷は入力欄を開き、指を止めた。今日の光景が頭をよぎる。

笑う少女たち。抱きつく猫族の少女。

「凛馬は凛馬だ」と言い切った声。

そして――名前を呼んだ瞬間の、あの少年の顔。

「……あんなもん、実験体ちゃうやろ」

小さく呟く。入力欄の文章をすべて消した。

代わりに、短く打ち込む。

『対象は安定。危険性なし。以降の詳細観察は縮小を提案』

と送信した後、灰谷は端末を閉じ静かに笑った。

「これでええ」

研究員の一人が戸惑った声を上げる。

「灰谷部長? 観察レベルを下げるんですか?」

灰谷は振り返らない。

「せや」

少しだけ間を置いて言った。

「わいはな、あいつを“見る側”やない――」

窓の外、夕焼けの向こうを見つめる。

「見守る側になるわ」

静かな決意だった。

「大人はな……子供が前向いて歩けるように、

後ろで支えるためにおるんや」

誰に聞かせるでもなく呟く。測定室の灯りが一つ、また一つ消えていく。

灰谷リョウは、その日初めて、研究者ではなく――ただの“大人”としてそこに立っていた。

その選択が、後に何を変えるのかも知らずに。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、強さと想いの重さが同時に押し寄せます。凛馬の心が徐々に…
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