BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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限界が近い凛馬。仲間の想いと自分の感情の間で揺れる中、ただ一人にだけ本音を打ち明ける。


31話 なんでもないよ

測定終わりの昼下がり。六人は街を歩いていた。

買い物帰りの人々、笑い声、カフェの香り。穏やかな空気が流れているはずなのに――凛馬の心だけが、どこか取り残されていた。

「凛馬、大丈夫にゃ?なんか疲れてない?」

ミケが手を握る。その温かさが、少しだけ現実へ引き戻す。

「お昼、食べに行こうよ!凛馬の好きなもの、なんでも奢るから!」

アオが明るく笑う。

「あ〜、それいいね〜!凛馬、何食べたい?」

コハクが身を乗り出す。

「……お前、本当に大丈夫か?無理してないか?」

ヒョウカが静かに覗き込む。その黒い瞳には、はっきりと心配が浮かんでいた。研究施設で向けられた視線が、まだ背中に残っている気がする。

――新しい存在。その言葉が、頭から離れなかった。

人間でもない。獣人でもない。では、自分は何なのか。

そして――皆への想い。

答えが出ないまま、胸の奥だけが重く沈んでいく。

「皆、心配ありがとう。ちょっと疲れただけ。……先行ってて。一人になりたい」

空気が止まった。

「え……?凛馬、一人で休むの……?」

ミケの耳がしおれる。

「凛馬……僕たち、一緒にいちゃダメ……?」

アオの声は、本気で不安だった。

「凛馬〜……私たち、うるさかった?」

コハクが珍しく視線を落とす。

「……そうか。なら無理はするな」

ヒョウカが肩を軽く叩く。

「何かあったら連絡してくださいね」

ミナが静かに言った。

「凛馬……嫌いになっちゃった……?」

アオのその一言に、胸がちくりと痛んだ。

「……行くぞ、お前ら。凛馬が休みたいって言ってるんだ」

ヒョウカが皆を促す。五人の背中が遠ざかっていく。

ミケは何度も振り返り、アオは小さく手を振り、

コハクは無理に笑い、ヒョウカは一度だけ振り返り、ミナは最後まで心配そうに見ていた。

 

――そして。凛馬は一人、ベンチに腰を下ろした。休日の公園は賑やかだった。子供の笑い声。犬の鳴き声。遠くの噴水の音。

なのに、自分の周りだけ音が遠い。虹色の耳を風が撫でる。

手を見る。人間だった頃の手。今は獣人の特徴を持つ手。

『新しい存在』

灰谷の言葉が、何度も繰り返される。

アオの笑顔。ミナの優しさ。コハクの明るさ。ミケのまっすぐさ。ヒョウカの静かな強さ。全員が大切だ。

でも――選べない。

その時。足音が止まった。

――やっぱり、一人にはしてくれないか。

「……凛馬」

聞き慣れた声。顔を上げると、ヒョウカが立っていた。

「……一人にしろって言ったけどな。やっぱり放っとけなかった」

普段乱れない前髪が、少しだけ崩れていた。探してきたのだと、すぐ分かった。

「……話、聞くぞ」

ヒョウカが隣に座った。肩が触れる。

その瞬間――凛馬の中で、何かがすっと落ち着いた。ミケの手の温かさとも、アオの笑顔の柔らかさとも、コハクの距離の近さとも、ミナの優しさの丁寧さとも違う。

ヒョウカのそばは、静かだった。励ましも、慰めも、答えの押し付けもない。「どうするの?」と迫ってこない。「大丈夫だよ」と軽くまとめない。ただ、そこに座って、同じ景色を見ている。

――それが、怖いくらい安心できた。

凛馬は思い出す。研究施設で、あの言葉を浴びたとき。“新しい存在”。“希望”。“調和”。

誰も悪気はないのに、どんどん「役割」にされていく感覚。

その場で一番早く気づいていたのは、ヒョウカだった。

結果を見て笑ったのに、すぐ目が曇った。「本当に元人間か?」と疑ったのも、責めるためじゃない。“お前が、お前のままでいられるか”を、真っ先に気にしていた目だった。

ヒョウカは、言葉が少ない。でも、少ない分だけ、嘘が混ざらない。必要なことしか言わないから、言った言葉が軽くならない。

それに――ヒョウカは「同情」で寄り添ってこない。かわいそうだから守る、じゃない。不安だから慰める、でもない。

「お前が苦しいなら、聞く」それだけの距離で、隣にいる。

凛馬は、その距離を知っていた。誰かの期待に合わせて笑ってしまう癖。本音を言うほど、関係が壊れそうで黙る癖。

“皆が大切”と言いながら、誰も選べず自分だけ孤独になる癖。

凛馬は思わず視線を落とした。何も言われていないのに、心の奥を静かに触れられた気がした。

(この人なら、俺が一番言いたくないとこまで、否定せずに聞くよな)

そう思った瞬間、胸の奥の重さが、言葉に変わり始めた。

頭で考えるより先に、喉が開いた。

「俺さ……皆に囲まれてるのに、ずっと一人なんだ」

言葉が止まらない。

「特別な存在とか、新しい存在とか……そんな名前、欲しかったわけじゃない」

ヒョウカは何も言わない。ただ聞いている。

「アオも、ミナも、コハクも……」

言葉が一度途切れる。

「ヒョウカも、俺のこと想ってくれてる。でも……」

一瞬、息が詰まる。それでも続けた。

「それでも、アオのことだけは……」

名前を口にした瞬間、心臓が強く鳴った。

「会いたい理由も、そばにいたい理由も、説明できないのに。気づいたら、頭から離れなくて。大事だって言葉にするには、軽すぎて。でも、なんでもないって言うには……重すぎる」

風が二人の間を抜ける。

「……そうか。アオか」

ヒョウカは静かに笑った。

「まあ……アオは可愛いからな。無邪気で、優しくて、いつも笑ってる。お前が惹かれるのも分かる」

小さく笑う。その目だけが少し寂しそうだった。

「でも……凛馬。本当にそれでいいのか?アオだけじゃない。ミナも、コハクも、ミケも……みんな、お前が好きだ」

「お前がアオを選べば……他は傷つく」

「……」

「そして……私も傷つく。でも、それは覚悟してる」

ほんの少しだけ目を逸らす。ヒョウカは一瞬だけ迷うように指を止め、それから凛馬の手を握った。

「でもな。今のお前は孤独じゃない。焦るな。ゆっくり考えろ」

ヒョウカは一度だけ視線を落とした。言葉にしてしまえば、もう後戻りはできないと分かっているように。

ヒョウカは小指を差し出した。

「この話は秘密にする」

そして―― ヒョウカが小さく息を吸う音だけが、静かな公園に落ちた。

「……私は、お前が好きだ。これからも味方だ」

頬が少し赤かった。ヒョウカが立ち上がり、手を差し出す。

「戻るか?あいつら、心配してる」

凛馬はその手を取る。

「いくぞ。お前は独りじゃない」

休日の光の中、二人は歩き出した。

 

少し歩いたところで、凛馬はふと足を止めた。

「……ヒョウカ」

呼び止められ、ヒョウカが振り返る。

「さっきさ。なんで……ヒョウカには話せたんだろうって、考えてた」

風が静かに吹く。

「多分さ……ヒョウカは、答えを出そうとしないからだと思う」

ヒョウカは何も言わない。ただ続きを待っている。

「励まそうともしないし、無理に前向かせようともしない。でも……ちゃんと隣にいてくれる」

少し照れたように笑う。

「だから……これからも、悩んだ時はさ。相談してもいいか?」

ほんの少しだけ間が空いた。ヒョウカの目が、わずかに揺れる。

「……ああ。いくらでも聞く」

短い返事だった。でもそれで十分だった。

凛馬は小さく息を吐く。胸の中の重さが、少しだけ軽くなった気がした。

恋とは少し違う。

――そう言い聞かないと、怖かった。

でも確かに、失いたくない距離だった。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、感情が崩れます。隠していた想いは、もう止まらない様です…
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