6人で歩いて帰る途中、凛馬がミケの袖を軽く引っ張った。
「ミケ、少し話がある。二人で」
「え?二人で話?どうしたのにゃ?」
ミケが首を傾げる。赤い猫耳がぴょこんと動いた。
「あ、じゃあ僕たちは先に帰ってるね!」
アオが気を利かせて手を振る。
「あら〜?凛馬とミケ、何か秘密の話〜?」
コハクがニヤニヤしながら見る。
「……行くぞ、お前ら。邪魔するな」
ヒョウカが他の3人を促す。その表情は少しだけ硬かった。
「では、私たちはお先に失礼します」
ミナが会釈し、4人はその場を離れていった。
二人は近くの公園のベンチに座った。夕日が、二人を柔らかく照らしている。
「それで、凛馬?話って何にゃ?なんか深刻そうな顔してるけど……大丈夫にゃ?」
ミケが覗き込む。赤い瞳には、まっすぐな心配があった。
「もしかして……お昼一人になりたいって言ったのと関係あるにゃ?」
ミケが手を握る。その手はいつも通り温かい。
「凛馬は私の大切な家族だにゃ。何でも話して?ミケお姉ちゃんが聞いてあげるから!」
その言い方があまりにも“いつものミケ”で、凛馬の胸が逆に苦しくなった。
ここで嘘をつけば、きっと守れる。でも――それはもうできなかった。
凛馬は、静かに全部を話し始めた。研究所のこと。新しい存在だと言われたこと。そして――アオへの気持ち。
言葉にするたび、心臓が重く鳴った。
ミケは黙って聞いていた。夕日が沈みかけ、影が長く伸びる。やがて、小さく息を吐いた。
「……凛馬。アオのこと、好きなんだにゃ」
その声には、驚きと、少しの寂しさが混ざっていた。
「……じゃあ、私は?私のこと、凛馬はどう思ってるにゃ?」
「……は?」
問いはまっすぐすぎて、凛馬は一瞬言葉を失った。
ミケは少し俯き、静かに続けた。
「ねえ、凛馬。覚えてるにゃ?人間だった頃、誰とも上手く話せなくて、ずっと下向いて歩いてたの」
小さく笑う。
「私、その後ろ姿見るの、すごく嫌だったにゃ。放っておいたら、どこか行っちゃいそうで」
指先が少し強くなる。
「だから、隣にいようって決めたの。家族なら、離れないでいられると思ったから」
凛馬の胸が、徐々に、静かに締め付けられる。
「私は……凛馬のこと、家族だと思ってた。でも……最近、それだけじゃないって気づいたにゃ」
頬が少し赤い。耳が震えている。
「いや、気づいちゃったんだにゃ」
その声は震えていた。
――やめてくれ、と心のどこかが叫んだ。
その続きを聞いた瞬間、“家族”だった場所が、違う意味に変わってしまう気がした。
失いたくないのに、逃げ場がなくなる予感だけが、はっきりしていた。
「凛馬が、誰かの名前で笑った時……胸が苦しくなったの。家族なのに、なんでこんな気持ちになるんだろって……ずっと分からないふりしてた」
夕日が、ミケの横顔を染める。
「家族でいれば、ずっと一緒にいられるって思ってた」
ミケの声が再び揺れる。
「でもね……それじゃ、足りなくなっちゃったにゃ……」
そして――
「私も……凛馬のことが好きなんだにゃ。家族としてじゃなくて……一人の男の子として……」
その一言が、胸の奥を強く打った。ミケは“帰る場所”だった。その存在が、今ここで恋をしている。
「でも……凛馬は、アオが好きなんだよね……?」
ミケが膝を抱える。
「……ねえ、凛馬」
顔を上げる。
「家族じゃなくても……私、隣にいちゃダメにゃ?」
その触れられた手が震えていた。
「私、幸せにしたいって思ってた。ずっと。でもそれは……家族じゃなくて……もっと特別な……」
言葉が崩れる。
「……ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったにゃ」
ミケの涙が落ちた。その瞬間――
凛馬の中で、何かが音を立てて割れた。誤魔化してきた均衡が、完全に崩れてしまった。
「……ミケ、違う、そうじゃなくて……」
喉が詰まる。言葉の続きを言えば、誰かを選ぶことになる。誰かを失うことになる。
その恐怖が先に来た。体が、先に動いていた。息が吸えなかった。胸が痛いのに、理由を考える余裕もなかった。
「あ……凛馬……!?」
呼び声が遠ざかる。視界から世界が流れる。心臓がうるさいほど鳴っていた。
「……やっぱり……私が余計なこと言ったから……」
ミケはその場で泣き崩れた。赤い耳を伏せて、声を殺して。
夕日だけが、何も知らないみたいに静かに沈んでいった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
均衡が完全に壊れました。守りたかった関係はもう元には戻りません。