笑える時間が増えるほど、言えない気持ちが残り、誰かが“気づかないふり”を始めてしまう。
翌日。
ミケとはすでに朝は顔を合わせていたはずなのに、教室で改めて向けられる視線に、凛馬は少しだけくすぐったさを覚えた。
席に着くと、ミケが振り返る。
「おはようにゃ、凛馬。今日ちゃんと早起きできた?」
「できたできた。子供扱いするなって」
「だって入院明けでしょ〜?」
軽口のやり取りに、自然と笑いがこぼれる。以前なら当たり前だったはずの会話が、今はどこか懐かしく感じられた。
「……ノート、昨日の続きやるぞ」
ヒョウカが後ろからプリントを差し出す。
「あ、ありがとう」
「礼はいい。ちゃんと写せ」
ぶっきらぼうな口調だったが、その声音は柔らかい。
「分からないところあったら……あとで教えるね……」
アオが小さく言う。顔はノートに向けたままだった。
「私も手伝うよ〜。まあ凛馬なら平気そうだけど〜」
コハクが椅子を揺らしながら笑う。
「皆さん、授業前ですよ。準備してください」
ミナがいつもの調子で注意した。
その光景を見ながら、凛馬はふっと息を吐いた。
以前と同じようにノートを回し合い、何気なく言葉を交わす。
――ああ、これだ。
胸の奥に、静かな安心が広がる。
もしかしたら、本当にもう大丈夫なのかもしれない。
そう思った自分に、少しだけ驚いた。
放課後。
「ねえ、このまま帰るのも早くにゃい?」
ミケが鞄を背負いながら言う。
「じゃあコンビニ寄っていかない?新作アイス出てたらしいよ〜」
コハクの提案に、自然と全員が頷いた。
6人で並んで歩く帰り道。夕方の風は少し冷たく、それでも心地よかった。
他愛のない話をしながら笑い合う。誰かが冗談を言い、誰かがツッコミを入れる。そのリズムが、少しずつ戻ってきている。
以前と同じ。
――少なくとも、そう見えた。
アイスを選びながら、ミケがふと呟く。
「……なんか、こうやってると普通って感じするにゃね」
「……普通、か」
凛馬は小さく繰り返した。
“普通”。特別でもなく、守られる存在でもなく、誰かに気を遣わせる必要もない時間。
ただ一緒に歩いて、笑って、帰るだけの――
当たり前の日常。
それが、今の凛馬にとっては、何よりも嬉しい言葉だった。誰も恋の話をしなかった。
それが偶然なのか、それとも皆が選んだ沈黙なのか、凛馬には分からなかった。
けれど、その時間は確かに心地よかった。
――このまま、友達として。それでもいいのかもしれない。
「凛馬、溶けてるぞ」
「え?あ、ほんとだ」
ヒョウカの指摘に慌ててアイスをかじると、皆が笑った。
笑い声の中で、ミケは一瞬だけ距離を詰めかけて、すぐに気づいたように歩幅を合わせ直す。
コハクはからかう言葉を飲み込み、代わりに空を見上げた。
ミナは少し後ろを歩き、皆を見守る位置に立っていた。
誰も何も言わない。それでも、同じ方向へ歩いていた。
やがて分かれ道に差しかかる。
「じゃあまた明日!」
ヒョウカとコハクが手を振り、反対側の道へ曲がっていく。
ミナも軽く会釈をして、その後を追った。
残ったのは、凛馬とミケ、そしてアオだった。
「じゃ、私たちも帰ろっか。凛馬」
「そうだな」
三人で歩き出す。夕焼けに伸びる影が、ゆっくりと揺れていた。
しばらく歩いたところで、アオが足を止める。
「あ……私、こっちだから」
「あぁ……そうにゃね」
「……わかった。また明日」
そう言って笑ったあと、アオは少しだけその場に立ち尽くしてから、背を向けた。
夕焼けの中で、その背中だけが少し遠く感じられた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、一番近いはずの距離が、ある意味いちばん遠くなります。