BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

38 / 83
凛馬が戻ったあと、六人の関係は「元通り」に見えて、どこか噛み合わないまま進んでいく。
笑える時間が増えるほど、言えない気持ちが残り、誰かが“気づかないふり”を始めてしまう。


38話 いつもの距離

翌日。

ミケとはすでに朝は顔を合わせていたはずなのに、教室で改めて向けられる視線に、凛馬は少しだけくすぐったさを覚えた。

席に着くと、ミケが振り返る。

「おはようにゃ、凛馬。今日ちゃんと早起きできた?」

「できたできた。子供扱いするなって」

「だって入院明けでしょ〜?」

軽口のやり取りに、自然と笑いがこぼれる。以前なら当たり前だったはずの会話が、今はどこか懐かしく感じられた。

「……ノート、昨日の続きやるぞ」

ヒョウカが後ろからプリントを差し出す。

「あ、ありがとう」

「礼はいい。ちゃんと写せ」

ぶっきらぼうな口調だったが、その声音は柔らかい。

「分からないところあったら……あとで教えるね……」

アオが小さく言う。顔はノートに向けたままだった。

「私も手伝うよ〜。まあ凛馬なら平気そうだけど〜」

コハクが椅子を揺らしながら笑う。

「皆さん、授業前ですよ。準備してください」

ミナがいつもの調子で注意した。

その光景を見ながら、凛馬はふっと息を吐いた。

以前と同じようにノートを回し合い、何気なく言葉を交わす。

――ああ、これだ。

胸の奥に、静かな安心が広がる。

もしかしたら、本当にもう大丈夫なのかもしれない。

そう思った自分に、少しだけ驚いた。

 

放課後。

「ねえ、このまま帰るのも早くにゃい?」

ミケが鞄を背負いながら言う。

「じゃあコンビニ寄っていかない?新作アイス出てたらしいよ〜」

コハクの提案に、自然と全員が頷いた。

6人で並んで歩く帰り道。夕方の風は少し冷たく、それでも心地よかった。

他愛のない話をしながら笑い合う。誰かが冗談を言い、誰かがツッコミを入れる。そのリズムが、少しずつ戻ってきている。

以前と同じ。

――少なくとも、そう見えた。

アイスを選びながら、ミケがふと呟く。

「……なんか、こうやってると普通って感じするにゃね」

「……普通、か」

凛馬は小さく繰り返した。

“普通”。特別でもなく、守られる存在でもなく、誰かに気を遣わせる必要もない時間。

ただ一緒に歩いて、笑って、帰るだけの――

当たり前の日常。

それが、今の凛馬にとっては、何よりも嬉しい言葉だった。誰も恋の話をしなかった。

それが偶然なのか、それとも皆が選んだ沈黙なのか、凛馬には分からなかった。

けれど、その時間は確かに心地よかった。

――このまま、友達として。それでもいいのかもしれない。

「凛馬、溶けてるぞ」

「え?あ、ほんとだ」

ヒョウカの指摘に慌ててアイスをかじると、皆が笑った。

笑い声の中で、ミケは一瞬だけ距離を詰めかけて、すぐに気づいたように歩幅を合わせ直す。

コハクはからかう言葉を飲み込み、代わりに空を見上げた。

ミナは少し後ろを歩き、皆を見守る位置に立っていた。

誰も何も言わない。それでも、同じ方向へ歩いていた。

やがて分かれ道に差しかかる。

「じゃあまた明日!」

ヒョウカとコハクが手を振り、反対側の道へ曲がっていく。

ミナも軽く会釈をして、その後を追った。

残ったのは、凛馬とミケ、そしてアオだった。

「じゃ、私たちも帰ろっか。凛馬」

「そうだな」

三人で歩き出す。夕焼けに伸びる影が、ゆっくりと揺れていた。

しばらく歩いたところで、アオが足を止める。

「あ……私、こっちだから」

「あぁ……そうにゃね」

「……わかった。また明日」

そう言って笑ったあと、アオは少しだけその場に立ち尽くしてから、背を向けた。

夕焼けの中で、その背中だけが少し遠く感じられた。

 




最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、一番近いはずの距離が、ある意味いちばん遠くなります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。