獣界の異邦人   作:ruemtrnmdxxx

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4話 破廉恥ッ!!

一緒にお風呂に入ろうと提案したミケの一言に、凛馬の思考が止まった。

 

「……は?」

 

数秒遅れて理解が追いつく。

 

「いやいやいやいや!!」

 

凛馬は勢いよく立ち上がった。

 

「なんで一緒に入るんだよ!?」

 

「にゃ?」

 

逆にミケが驚いた顔をする。

 

「ペットのお風呂は飼い主が入れるものにゃ?」

 

「そこがおかしいって言ってんだよ!!」

 

凛馬はふと想像してしまう。お風呂でミケに体を洗われる自分の姿を。

 

「男女が一緒に風呂入るなんて……破廉恥ッ!!!」

 

「え?」

 

今度はミケだけじゃない。その場の全員が固まった。

 

「……男女?」

 

アオが聞く。本当に分からない顔をしていた。

 

「お前達はペットと飼い主だろう……」

 

ヒョウカが当然かのように言う。

 

(ヒョウカ!お前もか!)

 

「恥ずかしくてたまんねぇわ!!」

 

凛馬は思わず大きい声を出してしまう。

 

「にゃあ……」

 

ミケは少し考え込む。

 

「つまり凛馬の世界だと、人間は人間同士でお風呂入らないにゃ?」

 

「普通入らない!!」

 

「家族でも?」

 

「小さい頃だけ!!」

 

「へぇ〜……」

 

コハクが面白そうに目を細める。

 

「人間って意外と繊細なのね〜」

 

「普通だ!!」

 

「でも凛馬くん嫌がってるなら無理にしなくても……」

 

ミナがフォローする。

 

「にゃ〜……」

 

凛馬は助けを求めるように4人を見た。

 

(頼む……誰か言ってくれ……これおかしいですよって言ってくれ……!)

 

まずミナ、真っ先に目が合う。だが——

 

「まぁ……文化の違いですからねぇ……?」

 

視線を逸らした。ミナには裏切られた。

 

次にアオと目が合う。

 

「僕はミケと入っていいと思うよ!」

 

純粋に裏切られた。この純粋な気持ちをこれほど恨んだことはないだろう。

 

次にコハク。まぁ結果は——

 

「入っちゃえよー面白いし!」

 

最悪の回答だった。そして最後の希望、ヒョウカ。

 

(頼む……!)

 

ヒョウカは数秒考え――

 

「……別に減るもんじゃないだろう」

 

4つの希望は虚しくも砕かれた。凛馬は天を仰いだ。最初から味方なんて居なかったんだ。

 

そして、ミケはうるうるした目で凛馬を見つめている。

 

「凛馬……嫌かにゃ……?」

 

耳がしゅんと垂れる。

 

「私……ちゃんと綺麗にしてあげたいだけなのに……」

 

「うっ……」

 

何故か罪悪感が押し寄せる。無慈悲な追撃に凛馬は立つ瀬が無くなった。

 

「まぁまぁ、後は二人で決めなさいな〜」

 

コハクが立ち上がる。

 

「あ、もう帰る?」

 

アオが聞く。

 

「流石に他人の家で長居もねぇ〜」

 

それは善意でもあったが、何か他の考えがあるようにも見えた。

 

「……そうだな」

 

ヒョウカも席を立った。

 

「お、お邪魔しました……」

 

ミナも頭を下げる。そして玄関へ向かう四人。

 

「お母さんにご馳走様って言っといて〜!」

 

「学校で会おうね!」

 

「……じゃあな。また飯を食いに来るぞ」

 

「おやすみなさい」

 

四人はそう言い残し、家を後にした。

 

 

 

 

 

 

そして、静かになったリビング。残ったのは凛馬とミケだけだった。

 

「で?」

 

コハク達がいなくなった途端。ミケがじりっと距離を詰めた。

 

「一緒に入るにゃ?」

 

「まだ諦めてなかったのかよ!?」

 

だが――

 

(ちょっと待てよ……)

 

別の自分が顔を出した。

 

(女の子と風呂入るんだぜ?)

 

一瞬思考が止まった。いや、渋滞している。

 

(いやいやいや!!相手は女の子だぞ!?)

 

(いや、だからこそだろ!?)

 

(だから違うって!!)

 

頭の中の天使と悪魔が喧嘩し始めた。

 

ふとミケを見てみる。うるうるとした目がなんか可愛く思えてきた。

 

(……ほら、可愛い子と風呂入れるんだぜ?)

 

(俺は今ペットとして風呂に入れられようとしてるんだぞ!?)

 

(でも女の子と――)

 

(……)

 

そして、凛馬は静かに立ち上がった。

 

「……分かった」

 

「にゃ?」

 

「入る!」

 

ミケの耳がぴんと立つ。

 

「本当にかにゃ!?」

 

「どうせ俺に拒否権なんて無いんだろ!?」

 

もうヤケクソだった。

 

「入りますよ!!入ればいいんだろ!!」

 

「おお〜成長したにゃ!」

 

ミケが嬉しそうに尻尾を振る。

 

(……女の子と風呂だし)

 

再び小さく心の悪魔が顔を出した。

 

「ん?」

 

「なんでもない!!」

 

 

凛馬も服を脱ぎ始めるが、凛馬は目をずっと逸らしている。

 

「にゃ?なんで目をそらすにゃ?」

 

ミケが不思議そうに首を傾げながら、凛馬の様子を観察する。猫耳がピクピクと動き、しっぽが揺れている。

 

「もしかして……恥ずかしいにゃ?」

 

図星だった。凛馬はさらに顔を赤らめる。

 

(そりゃあそうだろ!!)

 

「にゃは、可愛いにゃ〜でも、ペットなんだから飼い主の体くらい見ても平気にゃ!」

 

ミケが凛馬の顔を両手で掴み、自分の方を向かせようとする。至近距離でミケの赤い瞳と視線が合う。

 

「それより、怪我とか病気してないか心配にゃ」

 

ミケが凛馬の腕や背中を触りながら観察し始める。

 

(うわ〜……なんてこったァ)

 

獣人特有の鋭い感覚で、細かい部分まで確認しているようだ。

 

「ん〜、特に問題なさそうにゃ。じゃあお風呂入るにゃ!」

 

ミケが浴室のドアを開け、湯気が一気に広がる。湯船には適温のお湯が張られていた。

 

(あ、お風呂も普通なんだな)

 

「さ、入るにゃ!背中洗ってあげるから、先に座って待ってるにゃ」

 

 凛馬が突然話を切り出す。

 

「ミケ、元の世界への帰り方って知ってるか?」

 

その質問を聞いた瞬間、ミケの表情が少し曇る。

 

「正直に言うにゃ、私たち獣人も人間の世界のことはほとんど知らないにゃ」

 

無慈悲な返答が帰ってきた。凛馬の顔が強ばる。

 

「人間なんて伝説でしかないからにゃ〜……力になれなくて申し訳ないにゃ」

 

ミケが申し訳なさそうに耳を垂らす。

 

「でも!学校の図書館とか、博物館に行けば何か情報があるかもしれないにゃ!明日、みんなで調べてみるにゃ!」

 

ミケが前向きに提案する。そして、ボディソープを手に取りながら凛馬の背中に手を伸ばす。

 

「それまでは、私がちゃんと面倒見るにゃ。だから……安心してにゃ?」

 

ミケの手が優しく凛馬の背中を洗い始める。器用な指先が丁寧に泡立てながら動く。

 

(何だこの感覚……)

 

「あ、背中けっこう広いんだね……にゃふふ」

 

「でも……俺が元の世界に帰るのを手伝ってくれるのか?」

 

その質問に、ミケは少し驚いた顔をする。

 

「当然にゃ、凛馬が元の世界に帰りたいなら、私も全力で手伝うにゃ!」

 

ミケが凛馬の肩に手を置き、優しく微笑む。しかし、その笑顔は少しぎこちなく見えた。

 

「でも……凛馬が帰っちゃったら寂しいけど、私は凛馬が幸せな方に行って欲しいにゃ……」

 

ミケの優しさに、凛馬の心が柔らかくなる。

 

(幸せな方……か)

 

そしてミケがシャンプーで凛馬の髪を洗い始める。器用な指先が頭皮を優しくマッサージする。

 

「……もしかしたら、凛馬がこの世界を気に入ってくれるかもしれないにゃ?」

 

その言葉に、凛馬の心臓が少し跳ねた。それが図星なのかは、まだ分からなかった。

 

ミケが少し照れながら、凛馬の髪を丁寧にすすぐ。温かいお湯が流れ落ち、湯気が二人を包む。

 

「ありがとな、ミケ。優しい人に拾われて良かった」

 

すると、ミケの手が急に震えた。

 

「にゃあああ!そんなこと言われたら……嬉しすぎて泣いちゃうにゃ!」

 

「!?」

 

ミケの目がうるうると潤み、耳がぺたんと垂れる。

 

(なんで泣いてんの!?)

 

獣人の感性は非常に豊かなようだ。するとミケが後ろから凛馬を抱きしめる。

 

(ッ!?)

 

「凛馬……ありがとうにゃ。私も、凛馬に出会えて良かったにゃ」

 

(いや、それよりもさ……)

 

凛馬はそれ以上考えるのをやめた。それ以上考えたらもう戻れない気がした。

 

ミケがしばらく抱きしめた後、顔を上げてニコニコと笑う。

 

そんな様子をミケの母親は遠くで聞いていた。

 

(あの子ったら……)

 

昔からそうだった。

 

怪我をした小さな魔獣を拾ってきたり、困っている子を放っておけなかったり。

 

今日拾ってきたのはまさかの人間。流石に驚いたけれど――。

 

『この子、一人なんだにゃ』

 

そう言った時のミケの顔を思い出す。本気で助けたいと思っている顔だった。

 

母親は小さく微笑む。

 

(しばらく賑やかになりそうね)

 

浴室の方から聞こえてくる声を聞きながら、静かに食器を片付け始めた。

 

 

 

 

 

それから2人はぎこちないながらも風呂を済ませた。

 

お風呂を上がった後、ミケの母親が用意してくれた部屋着に着替える。

 

ミケの部屋は猫の様なぬいぐるみやポスターで飾られ、可愛らしい雰囲気だった。

 

「今日は私のベッドで一緒に寝るにゃ!」

 

「またかよ……」

 

反射的にツッコんでしまった。だが——

 

「にゃ?」

 

「……いや、なんでもない」

 

ミケがベッドに潜り込み、凛馬にも隣に来るよう手招きする。

 

「ほら〜早くおいでにゃ〜」

 

部屋の明かりは少し落とされ、月明かりが窓から差し込んでいる。

 

「あ、そうだ!明日は朝早く起きて、首輪買いに行くにゃ」

 

ミケが凛馬の腕を掴み、自分の方に引き寄せる。

 

「それと学校も行こうにゃ!逃げちゃダメにゃ?」

 

ミケが凛馬に抱きつきながら、耳を凛馬の胸に当てる。心臓の音を確認するように、しっぽがゆっくりと揺れる。

 

(近いんだよさっきから……!)

 

「凛馬の心臓、ドキドキしてるにゃ・・・.にゃふふ」

 

本当に心臓がバクバクしていた。そんな様子をミケが小さく笑った。

 

やがてミケの呼吸が穏やかになり、小さな寝息が聞こえ始める。

 

(俺は寝れねぇよ……)

 

凛馬は天井を見上げた。帰れる保証はない。

 

明日は首輪を買いに行くし、学校にも行くらしい。何もかも意味が分からない。

 

それなのに、不思議と悪い気分ではなかった。

 

こうして凛馬の異世界での最初の夜は、更けていった。




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