昼休み。昼休みの屋上には、穏やかな笑い声が広がっていた。誰も恋の話をすることはなく、ただ他愛のない話題が続いていく。
それが、今の6人にとって一番自然な距離だった。
「ねえ、今度の週末うちでまた皆でご飯食べようにゃ!お母さんも喜ぶって!」
ミケが凛馬の袖を引っ張る。その仕草は、前の「家族」としての自然な親しみに戻っていた。赤い猫耳が嬉しそうにぴょこぴょこと揺れる。
「あはは、それいいね〜。私達も遊びに行っていいの?」
コハクが楽しそうに笑う。その金色の瞳には、友人としての温かさが宿っていた。
「まあ……たまには悪くないか」
ヒョウカが小さく笑う。その表情は、親友として凛馬を見守るような穏やかさがあった。
「ふふ、では私もお邪魔しましょうか。久しぶりに皆で集まるのも楽しそうですね」
ミナが優しく微笑む。その三つ編みが揺れ、眼鏡の奥の瞳には友情の温かさが溢れていた。
「……僕も……行きたいな……凛馬と……一緒に……」
アオが小さく呟く。その声は、他の4人とは少し違っていた。
一瞬だけ、空気が静かになった。
コハクが小さく瞬きをし、ミケは視線を逸らし、ミナは何も言わず微笑んだ。ヒョウカは一瞬だけアオを見た。けれど何も言わず、いつも通りの顔に戻った。
誰も、その言葉に触れなかった。
青緑色の尻尾が、そわそわと揺れている。その動きは、まだ落ち着かない感情を示していた。
アオの琥珀色の瞳が、凛馬をじっと見つめる。
その視線には――
友情以上の、何かが残っていた。
「あ……ごめん……変なこと言っちゃった……」
アオが慌てて視線を逸らし、頬を赤らめる。
「大丈夫にゃアオ!みんなで行けば楽しいにゃ!」
ミケがアオの肩を叩く。だがその視線は少しだけ心配そうだった。
「……アオ、無理すんなよ」
ヒョウカが短く言う。その言葉には、アオの気持ちを察したような響きがあった。
「そうそう〜。アオは素直でいいんだよ〜」
コハクが優しく微笑む。
「アオ……大丈夫ですか?」
ミナが心配そうにアオを見る。
――アオの気持ちはまだ、変わっていなかった。
他の4人が少しずつ「友情」へと気持ちを整理していく中で、アオだけはまだ、凛馬への「想い」を抱えていた。
放課後。昼休みの空気を引きずったまま、教室には穏やかなざわめきが残っていた。
「ねぇ皆。どこか寄って帰らない〜?」
「あ、いいね!久しぶりにみんなでどこか行きたいにゃ!」
ミケが目を輝かせる。
「……まあ、悪くないな」
ヒョウカも頷く。
「では、みんなで出かけましょうか」
ミナが微笑む。
アオが視線を逸らしたまま、小さく笑った。その笑顔が、少しだけ硬いことにヒョウカは気づいた。
一瞬だけ、ヒョウカの視線が止まる。何かを測るように、静かにアオを見る。
そして――
「先に行ってろ。俺はあとで合流する」
ヒョウカはそのまま歩き出した。
「じゃあカフェ行こ行こ!席取らないとにゃ!」
ミケが元気よく立ち上がる。
「限定パンケーキあるらしいよ〜!」
コハクも鞄を肩にかけた。
「楽しみですね」
ミナが微笑み、凛馬も頷く。
「アオ、行こう?」
凛馬に声をかけられ、アオは一瞬だけ迷った。
「……あ、僕も用事思い出した。先行ってて」
自分でも、少し不自然だと思う声だった。
「え、大丈夫?」
「うん、すぐ終わるから」
少しだけ無理に笑う。
「……じゃあ先カフェ行ってるにゃー!席取っとくね!」
ミケが手を振りながら階段を降りていく。
「アオ、早く来なよ〜!限定メニュー売り切れるかもよ?」
コハクが笑う。
「急がなくて大丈夫ですよ」
ミナが穏やかに微笑み、凛馬と並んで去っていった。
廊下には、夕方の光だけが残った。アオは鞄の紐を握ったまま立ち止まる。胸の奥が、少しだけ重い。
「……行かないのか」
振り返ると、ヒョウカが歩いてきていた。
「ヒョウカ……?みんな、先行ったよ?」
「知ってる」
ヒョウカは短く返事した。窓の外から運動部の声が遠く聞こえる。
「……僕、変かな」
ぽつりと零れた。
「みんな普通に戻ろうとしてるのに……僕だけ、まだ……」
それ以上言葉が続かなかった。ヒョウカは少しだけ視線を落とした。
「……前、俺もあった」
「え?」
「輪の中にいても、外にいる感じ」
それ以上は言わなかった。けれど、その声は少しだけ遠かった。
「ヒョウカ……」
夕陽が二人の影を長く伸ばす。ヒョウカが切り出す。
「自分だけ終わってないって顔してるぞ、お前」
アオが驚いた様に息を止める。
「見てりゃ分かる」
責めるでもなく、ただ事実を置くみたいにそう言った。
「……でも、迷惑だよね」
「誰がだよ」
その言葉は即答だった。
「少なくとも、あいつは違う」
凛馬の笑顔が浮かぶ。ヒョウカは壁から離れた。
「行くぞ。置いてかれる」
数歩歩いてから、振り返らずに言う。
「好きなら、好きでいろ」
ヒョウカの背中が角を曲がって見えなくなる。
廊下に一人残されたアオは、しばらく動けなかった。
胸の奥が、ゆっくりと熱を帯びていく。
怖い気持ちは、まだ消えていない。きっと傷つくかもしれない。
それでも――
凛馬の笑顔が浮かんだ。皆と笑っていた、あの穏やかな顔。
「……ちゃんと、伝えたい」
小さく呟く。誰に聞かせるでもない、自分への約束だった。
――もし、終わってしまったとしても。
アオは深く息を吸い、顔を上げる。そして歩き出した。
夕焼けの光が、その背中を長く照らしていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、抑え続けた感情が、静かに限界へと近づいていきます。