5話
翌朝、ミケの目覚まし時計が鳴り響く。
「にゃあ……凛馬!起きるにゃ!」
凛馬も目を覚ます。
(起きたら元の世界に……)
辺りを見回すと、昨夜と同じ光景だった。
(……そんなわけないよな)
するとミケが駆け寄ってくる。
「凛馬!今日は首輪買いに行くにゃよ!」
「あぁ〜……お金は大丈夫なのか?俺が払——」
そう言ってポケットに手を伸ばすが、違和感に気づく。何か足りない。
「……そういえば俺……財布は?」
「……にゃ!?」
2人はことの重大さに気づいた。急いで部屋を探してみる。
「……無い!!」
凛馬の顔が青ざめる。ミケが申し訳なさそうにする。
「ごめんにゃ……財布は本当に知らないにゃ……」
凛馬が膝から崩れ落ちる。
「俺の……金……」
きっと転移した時に落としたのだろう……凛馬は朝からテンション下がるのであった。
「……何してんのよあんたら」
2人が振り向くと、エプロン姿の母親が立っていた。
「あっ、お母さん……」
ミケが気まずそうに耳を伏せる。
「凛馬の財布が無いにゃ……」
「財布?」
母親は首を傾げた。
「俺の全財産……」
凛馬は遠い目をした。
「でもそのお金、こっちで使えるの?」
母親が不意にそう言った。
「……え?」
「可能性はあるわよ?」
その言葉に凛馬は固まった。よく考えればそうだ。人間がいないのに人間の通貨なんて使えるわけがなかった。
「……じゃあ探す意味なかった?」
「無かったわね」
「無かったね!」
いつの間にかアオみたいな返事をするミケに、凛馬はさらに肩を落とした。
「大丈夫にゃ!」
ミケが勢いよく肩を叩く。
「ペットはお金持たなくていいにゃ!」
「全然大丈夫じゃねぇよ!!」
「ご飯も服も私が買うにゃ!」
「それもそれでやだ!」
母親はそんな二人を見て苦笑する。
「はいはい。とりあえず朝ご飯食べなさい」
そして少しだけ優しい声で続けた。
「お金の心配は後でいいわ。今は生きる方が先でしょ?」
その言葉に、凛馬は少しだけ力が抜けた。
「……そうですね」
「よし!」
ミケが元気よく拳を上げる。
「じゃあ朝ご飯食べたら首輪買いに行くにゃ!」
「結局それは確定なんだな……」
凛馬は頭を抱えた。この世界で1人で生き抜くのは無理だと確信した。
朝食を済ませた二人は玄関へ向かう。
「行ってきまーす!!」
ミケが元気よく言う。凛馬をそれに続いて言う。
「あ、行ってきます」
母親はそんな2人を、元気に送り出した。
「行ってらっしゃい!2人とも頑張ってね」
(なんかすっかり息子みたいだな……)
誰が送り出してくれるこの感じが、凛馬にとって何故かむず痒かった。
外を出ると、高層ビルが立ち並び、獣耳や尻尾を揺らしながら行き交う人々だらけだった。その街並みはまるで日本の大都市の様だった。
(すげぇ都会だ……!)
昨日より少しだけ落ち着いて見られるようになったが、それでも異様な光景だった。
「えっ……あれって……」
「……人間?」
偶に凛馬を変な目で見る人が居たが、2人はそれに気づいていないふりをして歩みを進めた。
しばらくして——
「着いたにゃ!」
ミケが立ち止まる。その大きな建物には、
『ペットショップもふもふ』と書かれていた。
「本当に来たのか……」
凛馬は遠い目をした。
「当然にゃ!」
ミケは胸を張る。
「首輪ここでいいのかわかんにゃいけど……」
「なかったら俺死ぬ?」
「……多分大丈夫にゃ!」
「多分かよ……」
そして店に入ると、店員が二人を見て固まった。
「い、いらっしゃいませ……って」
店員は目を見開く。
「人間!?」
周囲の客も一斉に振り返った。ざわざわと店内が騒がしくなる。
「本物……?」
「初めて見た……」
「写真撮っていい?」
「ダメにゃ!」
ミケが凛馬の前に立つ。
「凛馬は私のペットにゃ!」
「その言い方やめろ!」
店員は慌てて奥へ引っ込んだ。人間が訪れるなんて今までなかった。
しばらくして、店長らしき人が首輪を何本も持ってきた。
「こちらが首輪になります!」
カラフルで様々な首輪が並ぶ。それをみて凛馬は血の気が引く。
「本当にこれつけるのか……」
「人間用なんて作ってなくて……すみません」
凛馬は慌てる。
「あーいや全然!大丈夫です!」
(ほらちょっと気まずくなっただろ!!)
「どれがいいにゃ?」
そんな凛馬を無視して、ミケは目を輝かせていた。
「好きなの選んでいいにゃ!」
「選びたく無いんだけど……」
「いいから早く!」
「……じゃあ黒――」
「ミケは赤がいいにゃ!」
「選ばせる気ねぇじゃねぇか!」
結局、凛馬の首には赤い首輪が付けられた。
カチャリと金具の音が響き、鈴が小さく鳴った。
「……」
凛馬は複雑な顔をする。
「にゃふふ」
対照的にミケは満面の笑みだった。
「似合ってるにゃ!」
首輪と凛馬を交互に見て、幸せそうに尻尾を振る。
「これで正式に私のペットにゃ!」
「やっぱり嫌だ……」
だが、その笑顔を見ると強く文句を言う気も失せてしまう。
「名札も出来ましたよ」
店員が差し出したプレートには、
『飼い主:紅葉ミケ』
と刻まれていた。
「待て」
「にゃ?」
「やっぱり手に持っとくだけじゃダメなのか」
ミケは首を傾げる。
「だって首輪にゃ?」
全く悪びれない。その純粋さに凛馬は頭を抱えた。
(あぁ……覚悟決めよ)
そう思った瞬間——
チリン、と首元の鈴が鳴った。
「……」
「にゃふふ」
ミケはとても嬉しそうだった。凛馬は遠い目をした。
「お会計は12,000ジューカになります」
店員がそう言った。ミケは慣れた様子でスマホを取り出す。
「高いけど凛馬のためにゃ!」
ピッ、と決済音が鳴る。それを見ていた凛馬は首を傾げた。
「……ジューカ」
「にゃ?」
「やっぱりお金から違った……」
その言葉にミケは財布を開いた。中には見たこともない紙幣と硬貨に、動物の紋章が刻まれている。
どれもこれも、凛馬の知らない貨幣だった。
「これがジューカにゃ」
「……」
凛馬はしばらく黙り込む。
昨日から分かっていた。ここは別世界だ。
獣人がいて、人間はいなくて、人間は首輪付ける。
それでもどこかで、夢かもしれないと思っていた。
その最後の希望が少しだけ消えた気がした。
「俺、本当に別の世界に来たんだな……」
ミケは何も言わなかった。ただ隣で、そっと凛馬の手を握った。
店を出た二人は、そのまま大学へ向かって歩き始めた。
首輪の鈴が歩くたびに小さく鳴る。
(慣れねぇ……)
凛馬は思わず首元を触った。そんな様子を見てミケが笑う。
「似合ってるにゃ〜」
「似合ってねーよ……」
「まあ私は嬉しいにゃ!」
即答だった。もう言い返す気もなかった。
歩いてる途中——
「あっ!ミケちゃんだ!」
通りの向こうから小さな獣人の子供が駆け寄ってきた。
「おはようにゃ!」
ミケはしゃがみ込み、自然に目線を合わせる。
「今日も元気そうだにゃ〜」
頭を撫でられた子供は嬉しそうに笑った。
「この人だれー?」
「私のペットにゃ!」
「やっぱペットか……」
子供は凛馬をじっと見つめる。
「へぇ〜」
そして手を振った。
「お兄ちゃんもおはよー!」
「あ、お、おはよう……」
子供は満足そうに去っていった。
さらに少し歩くと——
「紅葉さん、おはようございます!」
パン屋の店主らしき獣人が声をかける。
「おはようにゃ!」
「今日は随分珍しいペットを連れてますねぇ」
「昨日拾ったにゃ!」
「……」
ミケと店主は楽しそうに笑う。そんな様子を見ながら凛馬は思う。
(なんだろうな……)
誰にでも笑顔で話して、気付けば周りの人も笑っている。
昨日会ったばかりなのに分かる。ミケはきっと好かれる獣人なんだろうな、と。
そして大学の門が見え始めた頃。
「あ」
ミケが耳をぴくりと動かした。その先には——
見覚えのある金髪の狐耳。青緑の熊耳。白い兎耳。黒い豹耳。
「おーい!」
アオが大きく手を振る。
「凛馬くーん!」
「やっと来たわね〜」
コハクも笑う。ミナは少し安心したように胸を撫で下ろし。
ヒョウカは腕を組んだまま立っていた。
「……遅い」
凛馬は思わず苦笑した。
異世界二日目、今日も騒がしくなりそうだった。
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