BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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買い出しの帰り道。何気ない日常の延長で、凛馬はついに「純血主義者」と名乗る者たちと接触する。


50話 接触

「あ!お茶切れちゃったにゃ!凛馬、買ってきてくれるにゃ?」

リビングからミケの声が飛んできた。

「オッケー、行ってくるよ」

凛馬は軽く手を振り、財布をポケットに入れる。

いつもと変わらない、なんでもない日常のやり取りだった。

「夕方だし、暗くなる前に帰ってくるにゃよ?」

ミケがキッチンから顔を出す。

その声はいつも通り明るい――

はずなのに、どこか少しだけ引っかかる響きがあった。

「大丈夫だって。すぐそこだし」

靴を履きながら笑う凛馬。ミケは少しだけ迷うように視線を揺らし、それから小さく言った。

「……なんか、分かんないけどさ」

「ん?」

「今日は、ちょっとだけ気をつけてね」

凛馬は一瞬きょとんとしたあと、苦笑した。

「なにそれ。母親みたい」

「家族だからにゃ!」

ミケは胸を張る。けれど、その赤い猫耳はわずかに揺れていた。

「……いってらっしゃい」

「いってきます」

凛馬は手を振り、玄関の扉を開ける。

――その時、なぜか背中に視線を感じた気がした。振り返ると、ミケがまだこちらを見ていた。

「どうした?」

「……ううん。なんでもないにゃ」

ミケは笑った。

だがその笑顔は、ほんの少しだけ――不安を隠しているようだった。

扉が閉まり、足音が遠ざかる。

そして、なんでもないはずの日常は、静かに終わりを迎えようとしていた。

 

凛馬は紅葉家からの買い出しを終え、買い物袋を両手に提げて帰路についていた。

夕暮れの商店街は人通りが少なく、シャッターの降り始めた店から柔らかな光が漏れている。

「……平和だよな」

小さく呟いた、その時――

「紅葉凛馬君だね?」

背後から低い声がかかった。

振り向くと――

黒いスーツの豹族の男。その隣に狼族の男。どちらも、明らかに一般人ではない空気を纏っていた。

「少し話がある。ついてきてもらおうか」

凛馬の虹色の耳がぴくりと動く。

――空気の揺れ、足音、呼吸。路地裏にさらに三つの気配。合計五人。全員、戦闘訓練経験者のようだ。

「……純血主義者、か?」

凛馬が静かに言う。

豹族の男が笑った。

「察しがいいな。我々は“純血の誇り”。」

「五種族混血の君は非常に価値がある。協力してもらいたい」

男たちはゆっくり距離を詰める。

「断ればどうなるか分かるだろう? 君の周囲には大切な人がいる。特に――熊族の少女、森下アオ。」

その名前が出た瞬間、空気が変わった。虹色の耳が鋭く立つ。瞳の温度が消えた。

「……アオの名前を出すな」

声が低く沈む。

路地裏から三人が現れ、完全に包囲した。

「さあ、大人しく――」

凛馬は買い物袋を静かに地面へ置いた。

「……警告したからな」

虹色の尻尾が、ゆっくり揺れる。

「俺の大切な人に触れるなら――容赦しないって」

 

五人が一斉に動いた。

その瞬間――

世界がスローになる。

踏み込み。リングの床。ミットを打つ音。

「もっと腰入れろ!」というトレーナーの声。

次の瞬間、現実へ戻る。

バキィッ!

狼族の男の顎へアッパーが炸裂した。

男は声も出せず倒れる。身体が自然に動く。回転。

――鏡張りのスタジオ。何度も失敗したターン。笑われながらも繰り返したステップ。

ドスッ!

肘打ちが狐族の脇腹へ沈む。

「がはっ……!」

凛馬は止まらない。リズムのように、呼吸のように動く。

踏み込みはボクシング。回転はダンス。

現実で無駄だと思っていた時間が、今すべて繋がっていた。

「なっ……速い!?」

地面を蹴る。豹族へ接近。

ゴッ!!

拳が腹部に突き刺さり、男が壁へ吹き飛ぶ。

残りの二人に恐怖が浮かぶ。

「こいつ……化け物――」

その言葉が終わる前に、

バキッ! ドカッ!

裏拳が左右同時に炸裂。

二人は崩れ落ちた。戦闘時間は一般にも満たなかった。

 

倒れた豹族の男が、かすれた声で笑った。

「……次は……あの熊族の女からだ……」

ドクン、と心臓が鳴る。その時、音が消えた。視界が暗く沈む。拳が、無意識に持ち上がる。

あと一歩。振り下ろせば終わる。骨が砕ける未来が見えた。

――その時。

「凛馬が嬉しそうだと嬉しいよ」

アオの声が蘇る。学食の光景。笑顔。握った手。

「……っ」

拳が止まった。数センチ手前で。荒く息を吐く。

「……違う」

その声は震えていた。

「俺は……守るために戦ってる」

ゆっくり拳を下ろす。視界の色が戻る。胸の奥で、危険な何かが静かに沈んだ。

凛馬は男たちを見下ろした。

「殺しはしない。安心しろ」

冷静な声。

「でも上に伝えろ。次、アオや親友を狙ったら――次はない」

豹族の男が呻く。

「……化け物め……」

凛馬は小さく息を吐いた。

「そうかもな。でも――」

買い物袋を拾い上げる。

「守れるなら、化け物でもいい」

路地裏を後にした。

現実では役に立たないと思っていたものほど、

この世界では誰かを守る力になっている。

あの時間がなければ、今の自分はいなかった。

 

自宅に着き、何事もなかったように玄関を開ける。

「ただいま」

「凛馬、お疲れ様にゃ!今日の夕飯はカレーにゃ!」

ミケが嬉しそうに鍋をかき混ぜている。スパイスの香りが部屋に広がり、いつも通りの温かい空気がそこにあった。

「楽しみだなぁ」

凛馬は笑って答える。

――本当に、いつも通りだった。

笑い声。湯気。食器の音。守りたかった日常が、目の前にある。

けれど、買い物袋を置いた手が、わずかに震えていることに、誰も気づかなかった。

路地裏での光景が、一瞬だけ脳裏をよぎる。倒れた男たち。向けられた殺意。アオの名前。

凛馬はそっと拳を握り、すぐに力を抜いた。

(……言わない)

心の中で静かに決める。

(まだ、言う必要はない)

ミケが振り返る。

「どうしたにゃ?」

「いや?なんでもない」

自然に笑う。

――嘘が、驚くほど簡単に出てきた。

「今日は早く寝るにゃよ?」

「分かってるって」

ミケは満足そうに頷き、また鍋へ向き直った。その背中を見ながら、凛馬は思う。

(絶対に――)

視線をリビングへ向ける。ここにいる家族。学校で笑っていた親友たち。夕焼けの中で笑った恋人。

(この日常には、触れさせない)

胸の奥で、静かに何かが変わる。

守ると決めた瞬間から、自分はもう――

同じ場所には立てないのかもしれない。

それでもいい、と凛馬は思った。

「……いただきますにゃ!」

ミケの明るい声が響く。凛馬はいつも通り席に座り、笑った。

その笑顔だけは、嘘じゃなかった。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
次回、静かな日常の裏で、組織が本格的に動き始めます。
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