廃墟と化した工場の敷地内。真昼の光が、錆びた鉄骨を白く照らしていた。
凛馬が、約束の場所に現れる。
その瞬間――
凛馬の全身から凄まじい怒気と覇気が溢れ出した。虹色の耳が鋭く立ち、尻尾が激しく揺れる。
その瞳は、恐ろしいほど鋭かった。
「アオを返せ」
たった一言、そう言った。その声には、圧倒的な威圧が込められていた。
周囲に待機していた純血主義者の構成員たちが、一斉に怯える。
「ひ……!」
「な、なんだこの圧力……!」
十人以上いた構成員たちが、覇気に押され後ずさる。
その時――
「ほう……来たか、紅葉凛馬」
虎族の幹部が奥から現れた。隣には鷹族の幹部と蛇族の幹部。
「約束通り、一人で来たようね」
「ふふふ……いい覚悟だ」
そして――
工場の奥から、椅子に縛られたアオが引きずり出された。
「凛馬……!」
足は縄で固定され、腕も背もたれに強く縛られている。
服はところどころ汚れ、髪は乱れていた。頬にはうっすらと赤い跡が残っている。
「ほら、英雄様のお姫様だ」
蛇族の男が笑う。
アオが顔を上げる。息が荒い。それでも、幹部達を睨み返していた。
「しぶとい子ねぇ」
鷹族の女性が肩をすくめる。
「仲間のことを聞いても、何も喋らなかったんだぞ?」
虎族が鼻で笑う。
「紅葉ミケ、金城コハク、黒瀬ヒョウカ、兎原ミナ……」
名前を並べる。
「どこにいる? どんな能力だ?と 何度聞いても――」
虎族がアオの顎を掴む。
「口を割らなかった」
アオは顔を背ける。唇を噛む。
「……言うわけ、ないでしょ」
声は震えていた。怖くないわけじゃない。
「……みんなは、関係ないもん」
蛇族が笑う。
「強情だなぁ。もう少しやったら泣いてたと思うが?」
次の瞬間。虎族の幹部の蹴りが、アオの腹にめり込んだ。
「きゃっ…!」
椅子ごと倒れる。
「やめろ…!」
凛馬の声が低く震える。虎族が笑う。
「どうした? 助けに来たんだろう?」
髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「……来ちゃ、だめ……凛馬……」
その言葉で、凛馬の中で何かが爆ぜた。
「――やめろォォォッ!!」
凛馬の咆哮が工場に響いた。凄まじい覇気が爆発する。
衝撃波のような圧力が広がり、構成員たちは再び怯む。
「ぐあっ!?」「な、なんだこの力…!」
その隙を見て、凛馬が踏み込みんだ。構成員を次々と叩き伏せる。
バキッ!ドカッ!ガッ!
それは戦いとは呼べなかった。誰も凛馬に触れられていなかった。
だが――
「今だ!」
三幹部が同時に動いた。
背後から刺突。上空から蹴撃。正面から拳。
ドゴォッ!!
凛馬の身体が地面へ叩きつけられた。コンクリートが砕ける。
「凛馬!!」
アオが叫ぶ。そして虎族が鼻で笑う。
「所詮はガキだな」
凛馬が立ち上がろうとする。
その時——虎族が再びアオを蹴り飛ばした。
「っ……!」
声を押し殺す。悲鳴を上げなかった。歯を食いしばり、ただ耐える。
――泣かなかった。
蛇族が肩をすくめる。
「おいおい、あんまりやるなよ」
鷹族が冷笑する。
「これ以上やったら本当に死んじゃうわよ?」
わざとらしい声。
「助けに来た英雄様が、間に合わなかったってことになるじゃない」
アオが苦しそうに息をする。
「……凛馬……」
その姿を見た瞬間——
世界の音が消えた。怒りが消える。悲しみも消える。焦りも消える。
虹色だった瞳が、ゆっくりと色を失っていく。
次の瞬間——
深い赤が滲んだ。血のような赤。怒りというより、危険信号のような色だった。
そして、凛馬はゆっくり立ち上がる。頬から血が流れていた。
「……やめろ」
声に温度がない。一歩前に出る。
「これ以上やったら」
もう一歩。
「どうなっても知らないからな」
次の瞬間――
凛馬の姿が消えた。
ドガァァッ!!
蛇族の幹部が吹き飛ぶ。
「なっ!?」
背後に凛馬。
「遅い」
バキィッ!!
鷹族の側頭部を蹴り抜く。毒針を掴み、握り潰す。
2人は声も出せずに意識を失った。
残るは―—虎族のみ。
虎族の幹部がゆっくり拳を構える。
「……なるほど。少しみくびっていた様だ。」
虎族の幹部が地面を蹴る。一瞬で距離を詰め、重い拳が振り下ろされる。
――だが。
それは空を切った。
「……?」
凛馬が消えていた。幹部は思考を巡らせる。
『横に移動したのか?いや、違う……上か!』
その予測通り、凛馬は鉄骨の上に立っていた。
次の瞬間、凛馬は鉄骨から飛び、回転しながら踵を落とす。
ドォン!!
虎族が腕で受け止めるが、地面が陥没する。
「チィッ!」
わかっていても、完全には防げなかった。
反撃の拳。しかし凛馬は身体を捻り、地面を蹴って跳躍。
壁を走る。天井を蹴る。軌道が読めない。
「なんだその動きは……!」
凛馬は答えない。無表情だった。
死角から肘打ちを繰り出す。
ドガッ!!
虎族が数歩よろめく。だがすぐに踏み込み反撃する。
それでも凛馬はその拳を足場にして跳び越え、背後へ着地する
「遅いんだよ」
バキィッ!!
回し蹴りが炸裂。虎族の巨体が吹き飛ぶ。鉄骨をへし折りながら転がる。
それでも虎族の幹部は立ち上がる。
「……化け物が……!」
再び突進。今度は本気の連撃。拳、肘、膝と凄まじい猛攻。
凛馬は最小限の動きで避け続ける。髪が少し揺れる。
そして——拳を掴んだ。
「終わりだ」
そのまま凛馬は、幹部の体を投げ捨てた。
ゴガァァッ!!
虎族の幹部が空中を回転し、地面へ叩きつけられる。衝撃が地面を震わせる。砕けた破片が舞い上がる。
――その光景を、アオはただ黙って見ていた。
息ができなかった。凛馬の動きが、もう目で追えてない。
速いとか、強いとか、そんな次元じゃなかった。
(……凛馬……?)
胸が締め付けられる。正直、怖かった。一緒に笑っていた少年が、まるで別の存在みたいだった。
でも――
ほんの一瞬、視線が合った気がした。虹色の瞳がこちらを向く。
その奥に消えそうなほど小さく、知っている凛馬がいた。
(……大丈夫)
アオは震える手を握りしめる。
(凛馬は……私を守ろうとしてるだけ)
涙が滲んだ。怖いのに。それでも。目を逸らせなかった。
幹部が起き上がろうとした瞬間。影が落ちた。
凛馬が見下ろしている。
「ひ……っ……!」
初めて恐怖が浮かぶ。
「や、やめろ……!」
凛馬が首を傾ける。
「……なんだその顔」
低い声。
「俺が悪者みたいだろうが」
次の瞬間。
ドゴンッ!!
凛馬の足が、虎族の頭を思い切り踏み抜いた。
コンクリートが砕ける。衝撃で地面が揺れた。
虎族の幹部は、そのまま完全に意識を失った。
凛馬はゆっくりと足を下ろす。呼吸は荒かった。
瞳はまだ――赤い。その奥に、感情はない。
拳がわずかに震える。
もう一撃、入れようとしたその時――
「凛馬!!」
アオの声が、工場に響いた。凛馬の身体が止まる。
「凛馬……もう、いいよ……」
その声は震えていた。それでも必死に呼ぶ。
「凛馬、戻ってきて……」
赤い瞳が、わずかに揺れた。
焦点が合う。ゆっくりと視線がアオに向く。その瞬間、息が詰まった。
「……アオ……?」
赤が、滲むように消えていく。虹色が戻った。
その瞬間、呼吸が乱れる。身体の力が抜け落ちた。
アオが涙をこぼしながら笑った。
「……ありがとう」
その一言で、凛馬の意識がはっきりと戻った。
世界の音が一気に戻る。
「……っ」
凛馬はすぐに駆け寄った。震える手で縄を解く。
指がうまく動かなかった。
「ごめん……遅れて……」
縄が外れた、次の瞬間——
アオが倒れ込むように凛馬へ抱きついた。
「凛馬……!」
強く、強く。離れないように。
「凛馬……怖かった……!」
凛馬も反射的に抱きしめ返す。
「もう大丈夫だ……もう大丈夫……」
何度も繰り返す。自分に言い聞かせるように。
「俺も……怖かったよ」
アオの肩が震えている。凛馬の腕も、わずかに震えていた。
「離さないで……」
しばらく、誰も動かなかった。
戦いの音が消えた工場に、二人の呼吸だけが残っていた。
その時――
「凛馬ーー!!」
工場の入口から声が響いた。ミケ、コハク、ヒョウカ、ミナが駆け込んでくる。
「ミケ……お前ら来たのか」
目の前の光景に、四人は凍りついた。
倒れた構成員。砕けたコンクリート。へし折れた鉄骨。
そして――
中心で抱き合う二人。
「……なに、これ……」
コハクが呟く。
「こんなに……」
ミナの声が震える。
ヒョウカは黙ったまま、凛馬を見つめていた。
その瞳は、ほんの一瞬だけ――
赤の残滓を見た気がした。
(……今の、なんだ?)
だが凛馬は、いつもの虹色の瞳に戻っていた。
ミケが一歩踏み出す。
「凛馬」
優しい声。凛馬が振り向く。
「……アオ、無事だにゃ?」
「ああ……大丈夫だ」
「そっか」
ミケは小さく笑った。それから、周囲を見渡す。
「……でもやりすぎにゃ」
けれどその声に責める色はない。
「助けたんだよね。よくやったにゃ」
ミケが凛馬の頭を撫でる。凛馬はわずかに視線を落とした。
「……ああ」
ヒョウカが静かに近づく。
「お前、怪我は?」
「まぁ……大丈夫だ。すぐ治るさ」
「……そうか」
短く返事した。だが視線は外さなかった。少しだけ何かを確かめるように。
その時——
「よう、凛馬。えらい派手にやったな」
工場の入口から別の声。灰谷リョウがゆっくり歩いてくる。後ろには警察官たち。
「ヒョウカちゃんから連絡もろうてな。急いで来たんや」
周囲を見渡し、口笛を短く吹いた。
「……幹部クラスまとめてか。ほんま無茶しよる」
警察官たちが倒れた幹部を拘束し始める。
冷たい視線が一瞬、凛馬へ向けられる。感謝でも非難でもない。
“管理対象”を見る目。
凛馬の肩がわずかに揺れる。
「ま、今日はようやった。けどな」
灰谷は小声で凛馬に囁く。
「やりすぎはあかんで、気ぃつけや」
凛馬は小さく頷く。
「……はい」
救急車のサイレンが近づいてくる。日常の音が戻り始める。
だが工場の空気は、まだどこか張り詰めたままだった。
凛馬の手を握りながら、アオは思った。
今日、自分を守ったその力が、どれほど危ういものだったのかを。
――それは、優しさの形をした蹂躙だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
凛馬の力は圧倒的でした。ですが同時に危うさも見えましたね。
次回、凛馬はアオにつきっきりで看病する様です。