その裏で、救い出されたアオは凛馬の“温もり”に触れていた。
暗く広い部屋。窓から見える夜景が静かに輝いていた。
一人の男が椅子に座り、報告書を読んでいた。
「…幹部が全滅。実働部隊も壊滅…か」
低く、威厳に満ちた声。金色の瞳が細められる。
「申し訳ございません。紅葉凛馬の戦闘力は予想を遥かに――」
「違う」
報告役の言葉を遮る。静かな声だった。だが部屋の空気が凍る。
「敗因は戦力差ではない」
報告書を机へ置く。
「誘拐などという愚策を選んだ時点で、勝敗は決まっていた」
部下が息を呑む。
「弱者は人質を取る。強者は正面から奪い取るものだ」
その男――獅子王レオンが立ち上がる。
「誇りを掲げながら、誇りを捨てた」
金色の瞳が冷たく光る。
「残存幹部は全員解任だ」
「えっ……!?」
「我が名を使う資格はない。組織は——もはや俺1人で十分だ」
静かに告げる。怒鳴る様な圧はなかった。だが絶対だった。
「純血の誇りは、恐怖で従わせる組織ではない」
窓の外を見つめる。
「……紅葉凛馬」
わずかに口元が上がる。
「久しく現れなかったな。本物が」
振り返る。
「私が、直接動く」
部屋の空気が震えた。
「お前の力――この目で確かめさせてもらおう」
病院を出たころには、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
「本当に大丈夫か?」
「うん……平気だよ」
そう言った直後、アオの足元が少しよろめく。凛馬がとっさに支える。
「ほら、無理するな」
「ちょっと疲れただけ……」
言葉とは裏腹に、呼吸は浅い。
凛馬は一瞬だけ迷い――しゃがんだ。
「乗って」
「え?」
「帰り道、まだあるから」
「で、でも……」
「いいから」
そう言って。凛馬は半ば強引にアオを抱いた。
少しだけ躊躇したあと、アオはそっと腕を回した。
凛馬の背中は、驚くほど広くて、温かかった。
「……重くない?」
「うん。本当に乗ってるかわかんないぐらい」
アオは小さく笑う。
「強がり」
「強いんだよ、俺は」
そう言って歩き出した。静かな住宅街。
アオは凛馬の肩に顔を預けた。鼓動が聞こえる。
「……来てくれて、ほんとによかった」
その声は小さかった。凛馬は少しだけ歩幅をゆるめた。
「当たり前だ」
しばらくしてから、家の前に着いた。
勢いよく玄関が開いた。
「アオ!!」
母親が飛び出してくる。そして目に入る光景。娘を背負った少年。母は一瞬、言葉を失う。
次の瞬間――
「……よかった」
その一言に、すべてが詰まっていた。
玄関に静かな安心が広がった。アオが少し眠そうに目を細める。
それを見て、凛馬が口を開いた。
「……あの」
母が顔を上げる。
「今日は、俺がアオを見てます」
「え?」
「まだ精神的に不安定だと思うので。夜もそばにいます」
母は凛馬を見つめる。その目は、値踏みではなく――確認だった。
そして、ふっと柔らかく笑う。
「……お願いしてもいい?」
「はい」
「アオ、よかったわね」
「うん……」
少し照れながら頷く。母は安心したように肩の力を抜いた。
「じゃあ私は夕飯の準備してくるわ。凛馬くん、遠慮しないでね」
「ありがとうございます」
アオが小さく呟く。
「……凛馬、ほんとにいいの?」
「当たり前だろ」
「えへへ……」
その笑顔は、少しだけいつものアオに戻っていた。
夜。
アオの部屋には、柔らかな明かりだけが灯っていた。窓の外では街の光が静かに揺れている。
ベッドの上で、アオは毛布に包まり横になっていた。
その隣の椅子に、凛馬が座っている。
「……凛馬。起きてる?」
「起きてるよ」
すぐに返事が返る。それにアオは少し安心したように息を吐いた。
「……ごめんね。今日ずっと付き合わせちゃって」
「迷惑なんかじゃないよ」
凛馬は静かに言う。
「アオが無事でよかった。それだけだ」
アオの視線が、少し揺れる。
「……怖かった」
ぽつりと零れる。
「閉じ込められてる間、ずっと考えてたの。凛馬、来てくれるかなって……」
指先が震える。凛馬は何も言わず、そっと手を握った。冷えていた手が、ゆっくり温もりを取り戻していく。
「もう大丈夫だ。俺がそばにいる」
「……うん」
少し沈黙。時計の音だけが響く。
そして――
「ねえ、凛馬」
「ん?」
「目、閉じるの……ちょっと怖いかも」
凛馬の胸が、わずかに痛む。
「寝るまでここにいる」
「……ほんと?」
「ああ」
アオは安心したように目を細めた。無意識に、凛馬の手をぎゅっと握り直す。離したら、またいなくなる気がして。
凛馬は気づいていたが、何も言わない。ただ、指を包み込むように握り返した。
「ミケたち、明日来るって」
「……そっか」
アオが小さく笑う。
「みんな優しいね」
「ああ。俺たちは一人じゃないからな」
アオは静かに頷いた。しばらくして、眠気が訪れる。
「……凛馬」
「ん?」
「来てくれて、ありがとう」
その言葉に、凛馬は少しだけ目を細めた。そっと身を乗り出し、額に軽く口づける。
「安心しておやすみ」
「……うん」
アオはゆっくり目を閉じた。呼吸が少しずつ穏やかになっていく。
だが——
しばらくして、アオの肩が小さく震えた。眉が苦しそうに寄る。
「……や……」
かすかな寝言。夢を見ているようだ。
凛馬は何も言わず、握る手の力だけを少し強くした。すると、震えが少しずつ収まっていった。
凛馬は静かに息を吐く。どれだけ強くなっても。敵を倒せても。この震えを消してやることはできない。
それでも――そばにいることはできる。
凛馬は椅子にもたれ、アオの寝顔を見つめた。穏やかな顔だった。
その温度を確かめるように、手を握り続ける。戦いの疲労が、遅れて身体を襲う。瞼が重くなる。
「……もう二度と……」
言葉は途中で途切れた。凛馬は手を握ったまま、静かに眠りに落ちた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
レオンがついに始動しました。今後に要注目です!
次回、アオの家に全員大集合します。