だがその裏で、凛馬の中に“何か”が芽生え始めていた。
朝。カーテンの隙間から差し込む光。
アオがゆっくり目を覚ます。
「……ん……」
見慣れた天井。自分の部屋だと理解するまで、数秒かかった。そして視線を横へ向ける。
「……凛馬?」
凛馬は椅子に座ったまま眠っていた。手を、ずっと握ったままで。
アオは小さく笑う。
「……ありがとう」
そっと指を握り返す。その温度が、確かにここにいる証だった。
その時——
ピンポーン。
「アオー!凛馬ー!来たにゃー!」
勢いよく玄関が開き、ミケが大きな紙袋を抱えて飛び込んできた。
「ちょ、ミケちゃん声大きいよ……」
アオが苦笑する。
「元気そうでよかったにゃ!」
後ろからコハク、ミナ、ヒョウカも入ってくる。
「差し入れ持ってきたよー!」
「病人にケーキ五個はどうかと思いますが……」
「糖分は元気出るからにゃ!」
空気は一気にわちゃわちゃする。部屋が賑やかになった。
凛馬はアオの横に座ったまま、少しだけ距離を詰める。
「寒くないか?」
「寒くないよ」
「水いるか?」
「さっき飲んだよ」
「毛布もう一枚――」
「凛馬。ママみたいにゃ」
ミケが即ツッコミを入れた。部屋が笑いに包まれる。
アオも小さく声を上げて笑った。その笑顔を見て、凛馬は少しだけ肩の力を抜く。
「過保護すぎだってー」
コハクが肘でつつく。
「昨日あれだけ暴れた人とは思えないね?」
「まぁ……暴れたけど……」
部屋が少し静かになる。ミケが空気を読まずに笑う。
「もはや独壇場だったにゃね」
凛馬は苦笑する。
「……だから、その言い方やめろって……」
強くはない。でも軽くもない声。
「笑い話にするようなもんじゃないから」
その一言で、場の空気がほんの少しだけ引き締まる。アオがそっと凛馬を見る。
「……でも、守ってくれたんだよ」
凛馬は少しだけ視線を逸らした。
「……ああ」
ヒョウカだけは、ずっと笑っていなかった。凛馬の視線が、一瞬だけ窓の外へ向く。
車のドアが閉まる音。遠くの物音。ほんの些細な音に、反応が速い。
(……警戒してる)
“戦闘後の兵士の様”とヒョウカは思った。
アオが立ち上がろうとして、少しふらついた。
「大丈夫?」
コハクが自然に腕を掴む。その瞬間――
凛馬の視線が跳ねた。空気が、わずかに張り詰める。
瞳の奥に、一瞬だけ赤が滲んだ。ヒョウカの目が細くなる。
(……今のは)
凛馬が一歩踏み出しかけて――止まる。
「……っ」
胸元を押さえた。数秒呼吸が乱れる。
そして——
「……いや、ちょっと待て」
自分で混乱した顔になる。
「なんだ今の……」
赤みが引き、いつもの瞳に戻る。ミケが首を傾げる。
「凛馬?どうしたにゃ?」
「いや……別に……」
言いかけて、コハクとアオの距離を見る。
数秒沈黙してから。勘違いを理解した。
そして——
「……あー……いや違う違う違う!」
急に焦り出した。部屋の全員がきょとんとする。
「今のそういうんじゃないからな!?」
「え、なにが?」
コハクがニヤッと笑う。
「いやだからその……取られるとかそういう話じゃなくて!」
ミケが吹き出す。
「嫉妬にゃ?」
「違う!……いや違わなくもないけどとにかく違う!!」
「どっちなのさ!」
部屋に笑いが広がる。
アオも思わず笑う。
「凛馬、顔真っ赤だよ」
「……うるさい」
凛馬は視線を逸らした。少し黙ってから、小さく呟く。
「……なんか、勝手に体が動きそうになっただけだ」
軽く言ったその一言。ヒョウカだけが反応した。
(……本能、か)
さっきの一瞬。あれは怒りでも嫉妬でもない。
守るための反射だった。
ヒョウカは何も言わず、視線を落とした。
夕方。みんなが帰る時間になる。
「無理すんなよ」
ヒョウカが凛馬にだけ聞こえる声で言う。
「……何の話だ」
「自覚ないなら、それが一番厄介だ」
凛馬は眉をひそめる。
「いや、何でもない」
ヒョウカはそれ以上言わなかった。ドアが閉まる。
部屋が静かになる。アオが小さく笑う。
「みんな、優しいね」
「ああ」
凛馬は頷く。その横顔を見ながら、ヒョウカの言葉が胸の奥に残る。
――その頃。高層ビルの最上階。窓の外には、夜景が広がっている。
「目標は?」
「確認しました。紅葉凛馬――暴走段階に入っています」
金色の瞳が、静かに細められる。
「やはりな」
獅子王レオンが立ち上がる。
「幹部は無能だったが……少年は違う」
わずかに口元が上がる。
「誇りを賭けるに値する相手だ」
夜景を背に、影が伸びる。
「準備を整えろ」
金色の瞳が、静かに光った。
平和と思えたその日常の裏で。確実に、何かが動き始めていた。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
ほのぼのした空気は良いですね。ですが凛馬の中では何かが引っかかっている様です。何事もないといいですが……
次回、レオン側に動きがありそうです。