その圧倒的存在が、日常を踏み潰す。
夕暮れの学園。訓練室を出た一行は、静まり返った校舎を歩いていた。
「はぁ〜……疲れたにゃ……」
ミケが大きく伸びをする。
「明日絶対筋肉痛だよ〜これ」
コハクが肩を回す。
「けど、有意義だった」
ヒョウカが静かに言う。
「いい経験になりました」
ミナは満足そうに頷いた。
凛馬は少し前を歩きながら、双剣の感触を思い出していた。
隣には、仲間がいる。それだけで、心の重さが少し違った。
「今日はここまでやな。校門まで見送ったるわ」
校門が見えてきた、その時だった。
――灰谷の足が止まった。
「……?」
凛馬も立ち止まる。
風が、止んでいた。さっきまで聞こえていたはずの街の音が、妙に遠い。
灰谷の表情が変わる。冗談も、余裕もない。
ただ、静かに前を見ていた。
校門の前に、一人の男が立っていた。長い影を背負い、夕陽を背にしている。
黄金の瞳。揺るがない立ち姿。
まるで、そこだけ世界が違うようだった。ミケが無意識に凛馬の後ろへ下がる。
「……誰、にゃ?」
灰谷が、小さく呟いた。
「……まさか」
数秒の沈黙の後——
「……教科書でしか見たことないはずの男や」
凛馬が灰谷を見る。
「知りあい?ですか?」
灰谷は目を離さないまま答えた。
「政府の“戦争を終わらせた男”――」
男がゆっくり口を開く。
「……まだ現場に立っていたか、灰谷」
低く、落ち着いた声。灰谷が苦く笑う。
「引退したって聞いとったで。獅子王さん」
獅子王レオン。その名が空気を重くした。
レオンの視線が、凛馬へ向く。ただそれだけで、圧が変わる。
「紅葉凛馬だな」
確認するような声。
「……そうですけど」
レオンは小さく頷いた。
「少し、話をしに来ただけだ」
灰谷が一歩前へ出る。
「ここは学園や。用事あるなら正式に――」
レオンが静かに言った。
「理解している」
一歩、近づく。
「だから君を眠らせる」
「――なっ!?」
次の瞬間。灰谷の視界が揺れた。
音も衝撃もない。ただ距離が消えた様に見えた。
灰谷の身体が崩れ落ちた。
「灰谷先生!!」
ミケの声が響く。
だがレオンは振り返らない。ただ静かに言った。
「失礼する」
背後から数人の影が現れる。純血の誇りの幹部たち。
「対象以外を拘束します」
幹部が動こうとした瞬間、レオンの声が落ちた。
「傷は付けるな。彼女たちは戦士ではない」
幹部たちはミケたちを取り囲む。
乱暴ではないが、逃げられない力強さだった。
「ちょ、ちょっと離せにゃ!」
ミケの腕が強く掴まれる。骨に食い込むような力。振りほどこうとしても、びくともしない。
「放せって!!」
コハクが体を捻る。だが関節を押さえられ、力が抜け、呼吸が詰まる。
「……くっ」
ヒョウカが一瞬だけ踏み込みかける。だが喉元に触れた手で止められる。動けば折られる――
そう理解した。
ミナは目を細める。視線だけで状況を測るが、逃走経路はすでに潰されていた。
(完全に制圧されてる……)
四人とも、動けない。力の差が、はっきりと分かる形で突きつけられていた。
そして、凛馬の腕に冷たい感触が巻き付いた。鈍い銀色の鎖。空気が重くなる。
「……っ」
力が抜け、膝が落ちる。
レオンが言う。
「暴走個体制圧用の遺物だ。獣人因子を沈静化させる」
凛馬の呼吸が荒くなる。身体が重い。
「凛馬!!」
ミケの声。
幹部の手が、ミケの腕を強く掴む。
凛馬の目が細くなる。
「……離せ」
低い声で幹部達に言った。
だが誰も止まらない。幹部は任務通り拘束を続ける。
その瞬間——
「触るなっつってんだろ!!」
怒号が校門に響いた。空気が震える。
今まで聞いたことのない声だった。
怒りでも、威嚇でもない。恐怖に近い焦りだった。
「離せ!!」
鎖が軋む。
「そいつらは関係ねぇだろ!!」
呼吸が荒れる。
「俺に用があるなら――」
拳を握る。
「俺だけ見ろよ!!」
「凛馬、だめにゃ……!」
一瞬、音が消えた。次の瞬間——
バキンッ!!
鈍い破裂音。鎖が砕け散る。空気が震えた。
凛馬はそのまま踏み込み、拳を固く握った。
ドォンッ!!
レオンの頬に直撃する。レオンの身体が一歩だけ下がった。
血が、一滴。地面に落ちた。
全員が息を呑んだ。
レオンはゆっくりと頬に触れる。血を指で拭い、見下ろす。
怒りはない。驚きもない。ただ、評価するような目。
凛馬は拳を握ったまま、真っ直ぐ見据える。
「伝説だかなんだか知らねぇけどな」
一歩前へ。
「俺の仲間に手出すなら」
空気が張り詰める。
「容赦はしない」
静かに、低くそう言い放った。
「……仲間、か」
小さく呟く。そして、低く言った。
「いい拳だ」
レオンの黄金の瞳が、わずかに細まる。
「だが——やはり危険だな」
その瞬間――
レオンの口元が、わずかに笑った。
その言葉は、怒りではなく、確信だった。
倒れた灰谷。拘束された仲間。
そして対峙する二人。王と、選ばれた少年。
空気が、次の瞬間を待っている。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
ついに対峙した凛馬とレオン。そして拘束されたミケ達。戦いの火蓋が、切って落とされました。