BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

61 / 82
赤に染まる凛馬は、もはや“戦場そのもの”だった。
その姿に、獅子王レオンは過去を重ねた。そして、何かが揺れ動く。


61話 空虚の審判

ミケの喉が締まる。呼吸が途切れる。

ミケの意識が途切れようとした――その瞬間。

レオンの指先に、違和感が走った。締め付けていた手が急に軽くなった様に。

いや――感覚が消えた。遅れて、血が噴き出した。

レオンの手首から先が、地面へ落ちていた。

「……?」

理解より先に、赤い物が横を通り過ぎる。いつ動いたのか、誰も見ていない。

片手に握られた剣が、静かに血を滴らせている。

ミケの身体が落ちる前に、凛馬の腕が支えた。

「……下がって」

感情のない声。ミケが震える。

その声は――誰も知らないものだった。凛馬はただ前を見る。

実働隊が一斉に動いた。

「かこ――」

最後まで言う前に、凛馬が踏み込む。

次の瞬間——ザン。ザシュ。ザッ。

三つの音が、時間差で鳴る。男たちの喉元に細い赤線が走り、一拍遅れて血が噴き上がる。

さらに一歩踏み込み、低く滑る斬撃を繰り出す。

アキレス腱が断たれ、数人が同時に崩れ落ちた。たった一呼吸の間に戦闘は終わっていた。

コハクの声が震える。

「……りん、ま……?」

凛馬は振り向かない。

敵がまだ動く。倒れていた一人がナイフを抜く。

次の瞬間――

「消えろ」

凛馬は幹部の顔面を掴み、地面へ叩きつける。

幹部達は完全に沈黙した。

校門前に立つのは、レオンと凛馬。血が静かに滴る。

レオンは自分の手首を見下ろした。そして理解する。

「……そうか」

黄金の瞳が細まる。

「そこまで行くか」

凛馬は答えない。呼吸すら乱れていない。ただ、そこに立っていた。

レオンが構える。

「行くぞ」

レオンが踏み込む。鉄拳が一直線に振り抜かれる。

凛馬は迎撃しない。その場でしゃがんだ。鉄拳が頭上を裂く。

次の瞬間――凛馬は地面を掴んで斜めに跳ねた。

そしてレオンの肩を踏み台にして背後へ飛ぶ。

「ガラ空き」

ザシュ。

首筋を浅く裂き、血が散る。だが凛馬は止まらない。着地と同時に片方の剣を地面へ突き刺す。その柄を蹴り、反動で身体を回転させ、レオンの脇腹へ薙ぐ。

ガキィン!!

鉄拳が剣を弾く。だが凛馬は“弾かれる”前提だった。衝撃を利用し、後方へ飛び、空中で剣を投げる。だがそれをレオンが払う。

しかしその瞬間――凛馬はもう懐にいた。

「……!」

顎に拳を叩きつけた。骨が軋む音が辺りに響く。

「くそっ……!」

レオンが肘で薙ぎ払う。だが凛馬は関節を捻りながら体を潜り込ませる。

そして――噛みつくように腹に短距離刺突。

ザシュッ。

深くはないが、確実に傷つけていた。

レオンの呼吸が重くなる。

(読めない)

直線を使わない。視線を誘導する。足を踏み鳴らす。それをレオンが目で追う。

その刹那——凛馬は逆方向にいた。

同時に足払い。レオンの重心が崩れたその瞬間。

凛馬は折れた剣を拾い、投げた。それはレオンの脇腹の傷へ突き刺さる。

さらに踏み込み、刺さった剣を足で押し込む。

刃が深く沈み、血が噴く。

「がはぁっ!!」

レオンの反撃の拳が凛馬の肩を打つ。骨が鳴る。

だが凛馬は眉ひとつ動かさなかった。

拳を“受けながら”前へ進む。

額がレオンの胸へ叩きつけられる。鈍い音が響く。再び体勢が崩れた。

凛馬はそのまま剣を構え、刃を滑らせた。

喉元一センチ手前まで迫った時、レオンが肘で弾き飛ばす。

二人が離れる。血が地面を染める。レオンの全身が確実に削られている。

凛馬は息をしていないかのように静かだった。

瞳が深く赤い。底のない色だった。

「……戦場が、歩いている様だな」

凛馬は答えない。地面に転がった剣を足で跳ね上げて、空中で掴む。

今度は真正面から踏み込んだ。鉄拳と刃が正面衝突。

ギャリィィン!!

火花が散り、凛馬が弾かれる。だが空中で体を捻る。

落下中に背後へ斬撃を繰り出す。レオンがギリギリで避ける。

凛馬は再び地面を蹴り、飛び上がった。脳天への一撃。

レオンが片腕で受ける。鉄と刃が火を散らす。その勢いで地面が砕ける。

その時、凛馬が低く呟いた。

「死ね」

そして、勢いが強くなる。レオンが踏み込んだその瞬間——

凛馬は後退ではなく横回転を選んだ。レオンの視界から凛馬が消える。

ザシュ。

レオンの背中に、深い傷が刻まれた。レオンの背中から血が溢れる。

明らかにお互い血を流しすぎていた。身体がわずかに揺れた。だが倒れない。

黄金の瞳が凛馬を見る。評価し、計算する視線。

――のはずだった。

凛馬は追撃しなかった。ただ静かに立っていた。血を滴らせたまま。

一歩ずつ歩く。

靴底が地面を擦る音だけが響いた。

距離はまだあるのに、レオンの呼吸がわずかに乱れた。

(……来る)

理由が分からない。隙だらけなのに――

身体が勝手に構えを取っていた。戦場で何度も生き延びた本能が告げる。

“理解不能の危険”。

レオンが顔を上げると、赤い瞳がこちらを見ていた。

怒りではない。殺意でもない。もっと深い空虚。

その瞬間——レオンは初めて思った。

(……これは)

喉が僅かに鳴る。

(止めねばならない)

ゆっくりと構え、鉄拳を握る。残った全ての力を込める。

「……終わらせる」

低くそう言った。

その瞬間——地面が爆ぜる。空気が爆発した様な踏み込み。

鉄拳が一直線に凛馬の顔面へ向かう。逃げ場はない。

凛馬は――動かなかった。一歩も退かなかった。

鉄拳が、凛馬の額にめり込む。

ドォォォン!!

衝撃波が校門を震わせる。額が裂け、血が流れる。

それでも――

凛馬は眉ひとつ動かさずに至近距離でレオンを見上げる。

拳が止まっている。凛馬の手が、レオンの拳掴んでいた。

その距離。その目。その覚悟。

レオンの視界が、揺れる。

 

――砂煙。焦げた空。血の匂い。

「レオン、前」

軽い声。背中合わせの少女。混血の獣人。

長い髪が戦場の風に揺れる。額を裂きながら、笑っていた。

「王様、顔怖いって!」

敵の砲撃が迫る。退けば部隊が崩れる距離。少女は、退かずに真正面から受けた。

額が裂けても、立っていた。

「痛いけどさ。守れたならいいじゃん」

 

視界が現在へ戻る。目の前の少年。

額から血を流しながら、一歩も退かない。

赤い瞳。同じ場所。同じ覚悟。レオンの胸の奥で、名前が蘇る。

(……シオン)

あの時、シオンは――

最後の瞬間も、守るものと、戦場の合理の間で迷わなかった。

(あの時も、お前は——)

目の前の少年とシオンが重なる。迷いがなかった。壊れることすら、選択している。

凛馬が低く言う。

「邪魔」

冷たく言い放つ。

鉄拳を握る力が、さらに強くなる。黄金の瞳が、初めて明確に揺れた。

(この速度で変わる個体は――)

止めねばならない。力でなく。時間でなく。今この瞬間に。

レオンは、拳を引いた。ゆっくりと。

二人の間に、空間が生まれる。その空間を作ったのは――

レオンだった。

ヒョウカが息を呑む。コハクの肩が震える。ミケが凛馬を見つめる。凛馬は止まらない。

赤い瞳のまま、静かに歩いてくる。

夜が完全に降りる。

王の胸に、微かな感情が走る。懐かしさ。警戒。

そして――後悔。

(……二度と、同じ過ちは繰り返さない)

黄金の瞳が細まる。王が、初めて“距離を取った”。

赤と黄金が夜に対峙する。シオンの面影が、完全に重なったまま。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
レオンの中に去来した人物、“シオン”。彼女は一体……?
次回、レオンの過去が明らかになります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。