その姿に、獅子王レオンは過去を重ねた。そして、何かが揺れ動く。
ミケの喉が締まる。呼吸が途切れる。
ミケの意識が途切れようとした――その瞬間。
レオンの指先に、違和感が走った。締め付けていた手が急に軽くなった様に。
いや――感覚が消えた。遅れて、血が噴き出した。
レオンの手首から先が、地面へ落ちていた。
「……?」
理解より先に、赤い物が横を通り過ぎる。いつ動いたのか、誰も見ていない。
片手に握られた剣が、静かに血を滴らせている。
ミケの身体が落ちる前に、凛馬の腕が支えた。
「……下がって」
感情のない声。ミケが震える。
その声は――誰も知らないものだった。凛馬はただ前を見る。
実働隊が一斉に動いた。
「かこ――」
最後まで言う前に、凛馬が踏み込む。
次の瞬間——ザン。ザシュ。ザッ。
三つの音が、時間差で鳴る。男たちの喉元に細い赤線が走り、一拍遅れて血が噴き上がる。
さらに一歩踏み込み、低く滑る斬撃を繰り出す。
アキレス腱が断たれ、数人が同時に崩れ落ちた。たった一呼吸の間に戦闘は終わっていた。
コハクの声が震える。
「……りん、ま……?」
凛馬は振り向かない。
敵がまだ動く。倒れていた一人がナイフを抜く。
次の瞬間――
「消えろ」
凛馬は幹部の顔面を掴み、地面へ叩きつける。
幹部達は完全に沈黙した。
校門前に立つのは、レオンと凛馬。血が静かに滴る。
レオンは自分の手首を見下ろした。そして理解する。
「……そうか」
黄金の瞳が細まる。
「そこまで行くか」
凛馬は答えない。呼吸すら乱れていない。ただ、そこに立っていた。
レオンが構える。
「行くぞ」
レオンが踏み込む。鉄拳が一直線に振り抜かれる。
凛馬は迎撃しない。その場でしゃがんだ。鉄拳が頭上を裂く。
次の瞬間――凛馬は地面を掴んで斜めに跳ねた。
そしてレオンの肩を踏み台にして背後へ飛ぶ。
「ガラ空き」
ザシュ。
首筋を浅く裂き、血が散る。だが凛馬は止まらない。着地と同時に片方の剣を地面へ突き刺す。その柄を蹴り、反動で身体を回転させ、レオンの脇腹へ薙ぐ。
ガキィン!!
鉄拳が剣を弾く。だが凛馬は“弾かれる”前提だった。衝撃を利用し、後方へ飛び、空中で剣を投げる。だがそれをレオンが払う。
しかしその瞬間――凛馬はもう懐にいた。
「……!」
顎に拳を叩きつけた。骨が軋む音が辺りに響く。
「くそっ……!」
レオンが肘で薙ぎ払う。だが凛馬は関節を捻りながら体を潜り込ませる。
そして――噛みつくように腹に短距離刺突。
ザシュッ。
深くはないが、確実に傷つけていた。
レオンの呼吸が重くなる。
(読めない)
直線を使わない。視線を誘導する。足を踏み鳴らす。それをレオンが目で追う。
その刹那——凛馬は逆方向にいた。
同時に足払い。レオンの重心が崩れたその瞬間。
凛馬は折れた剣を拾い、投げた。それはレオンの脇腹の傷へ突き刺さる。
さらに踏み込み、刺さった剣を足で押し込む。
刃が深く沈み、血が噴く。
「がはぁっ!!」
レオンの反撃の拳が凛馬の肩を打つ。骨が鳴る。
だが凛馬は眉ひとつ動かさなかった。
拳を“受けながら”前へ進む。
額がレオンの胸へ叩きつけられる。鈍い音が響く。再び体勢が崩れた。
凛馬はそのまま剣を構え、刃を滑らせた。
喉元一センチ手前まで迫った時、レオンが肘で弾き飛ばす。
二人が離れる。血が地面を染める。レオンの全身が確実に削られている。
凛馬は息をしていないかのように静かだった。
瞳が深く赤い。底のない色だった。
「……戦場が、歩いている様だな」
凛馬は答えない。地面に転がった剣を足で跳ね上げて、空中で掴む。
今度は真正面から踏み込んだ。鉄拳と刃が正面衝突。
ギャリィィン!!
火花が散り、凛馬が弾かれる。だが空中で体を捻る。
落下中に背後へ斬撃を繰り出す。レオンがギリギリで避ける。
凛馬は再び地面を蹴り、飛び上がった。脳天への一撃。
レオンが片腕で受ける。鉄と刃が火を散らす。その勢いで地面が砕ける。
その時、凛馬が低く呟いた。
「死ね」
そして、勢いが強くなる。レオンが踏み込んだその瞬間——
凛馬は後退ではなく横回転を選んだ。レオンの視界から凛馬が消える。
ザシュ。
レオンの背中に、深い傷が刻まれた。レオンの背中から血が溢れる。
明らかにお互い血を流しすぎていた。身体がわずかに揺れた。だが倒れない。
黄金の瞳が凛馬を見る。評価し、計算する視線。
――のはずだった。
凛馬は追撃しなかった。ただ静かに立っていた。血を滴らせたまま。
一歩ずつ歩く。
靴底が地面を擦る音だけが響いた。
距離はまだあるのに、レオンの呼吸がわずかに乱れた。
(……来る)
理由が分からない。隙だらけなのに――
身体が勝手に構えを取っていた。戦場で何度も生き延びた本能が告げる。
“理解不能の危険”。
レオンが顔を上げると、赤い瞳がこちらを見ていた。
怒りではない。殺意でもない。もっと深い空虚。
その瞬間——レオンは初めて思った。
(……これは)
喉が僅かに鳴る。
(止めねばならない)
ゆっくりと構え、鉄拳を握る。残った全ての力を込める。
「……終わらせる」
低くそう言った。
その瞬間——地面が爆ぜる。空気が爆発した様な踏み込み。
鉄拳が一直線に凛馬の顔面へ向かう。逃げ場はない。
凛馬は――動かなかった。一歩も退かなかった。
鉄拳が、凛馬の額にめり込む。
ドォォォン!!
衝撃波が校門を震わせる。額が裂け、血が流れる。
それでも――
凛馬は眉ひとつ動かさずに至近距離でレオンを見上げる。
拳が止まっている。凛馬の手が、レオンの拳掴んでいた。
その距離。その目。その覚悟。
レオンの視界が、揺れる。
――砂煙。焦げた空。血の匂い。
「レオン、前」
軽い声。背中合わせの少女。混血の獣人。
長い髪が戦場の風に揺れる。額を裂きながら、笑っていた。
「王様、顔怖いって!」
敵の砲撃が迫る。退けば部隊が崩れる距離。少女は、退かずに真正面から受けた。
額が裂けても、立っていた。
「痛いけどさ。守れたならいいじゃん」
視界が現在へ戻る。目の前の少年。
額から血を流しながら、一歩も退かない。
赤い瞳。同じ場所。同じ覚悟。レオンの胸の奥で、名前が蘇る。
(……シオン)
あの時、シオンは――
最後の瞬間も、守るものと、戦場の合理の間で迷わなかった。
(あの時も、お前は——)
目の前の少年とシオンが重なる。迷いがなかった。壊れることすら、選択している。
凛馬が低く言う。
「邪魔」
冷たく言い放つ。
鉄拳を握る力が、さらに強くなる。黄金の瞳が、初めて明確に揺れた。
(この速度で変わる個体は――)
止めねばならない。力でなく。時間でなく。今この瞬間に。
レオンは、拳を引いた。ゆっくりと。
二人の間に、空間が生まれる。その空間を作ったのは――
レオンだった。
ヒョウカが息を呑む。コハクの肩が震える。ミケが凛馬を見つめる。凛馬は止まらない。
赤い瞳のまま、静かに歩いてくる。
夜が完全に降りる。
王の胸に、微かな感情が走る。懐かしさ。警戒。
そして――後悔。
(……二度と、同じ過ちは繰り返さない)
黄金の瞳が細まる。王が、初めて“距離を取った”。
赤と黄金が夜に対峙する。シオンの面影が、完全に重なったまま。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
レオンの中に去来した人物、“シオン”。彼女は一体……?
次回、レオンの過去が明らかになります。