BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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戦場で出会った少女、シオン。その優しさは、やがてレオンの人生そのものを変えていく。
そしてそれはひとつの思想へと繋がる。


62話 均衡の炎

砂煙が、空を覆っていた。

焼けた大地。崩れた防壁。遠くで獣の咆哮が重なる。

獅子族第一軍団は、前線を押し上げていた。

「右翼、突破しました!」

「押し込め。退くな」

低く指示を出す男――獅子王レオン。

まだ若いが、その背にはすでに“王”の気配があった。黄金の鬣が血に濡れ、拳には敵の血が乾き始めている。

敵は――狼族連合軍。

機動力に優れ、連携を得意とする部族。厄介なのは数ではない。統率だった。

「……妙だな」

レオンが呟く。

狼族の動きが異様に滑らかだった。個々ではなく、まるで一つの生き物のように動いている。

その時――

背後から風が走った。

「右、来るよ!」

軽い声。次の瞬間、レオンの死角へ飛び込んできた敵兵が弾き飛ばされた。

バキッ!

鋭い打撃。敵が地面へ転がる。

レオンが振り向く。そこに立っていたのは――

長い髪を風になびかせた少女だった。狼耳。だが、瞳は金色。レオンの目が細まる。

「……狼族か」

少女は剣を肩に担ぎ、にっと笑った。

「半分ね」

軽い調子だった。

「初めまして、獅子族の英雄さん」

戦場とは思えない声色。レオンは警戒を解かない。

「所属は」

「んー、どっちだろ」

少女は少し考える仕草をしてから言った。

「狼族生まれ、獅子族混じり。そう――」

胸を指差す。

「混血だよ。シオンっていうの」

まるで自己紹介でもするように笑う。周囲では戦闘が続いているのに、その場所だけ空気が違った。

レオンは無言で観察する。

足運び。呼吸。視線の動き。――強い。

しかも、戦場慣れしている。

「なぜ獅子側に立つ」

率直に問う。シオンは首を傾げた。

「立ってるわけじゃないよ」

そして剣を構え直す。

「どっちも死んでほしくないだけ」

次の瞬間、敵兵が突撃してくる。シオンが前へ出る。

狼の速さで踏み込み、獅子の力で斬り伏せる。無駄がない。だが――殺意が薄い。

急所を外し、戦闘不能だけを狙っている。レオンの眉がわずかに動いた。

「甘いな」

「あは!よく言われる!」

笑いながら敵をいなす。

「でもさ、王様」

振り返らず言う。

「全部倒したあとに誰も残ってなかったら、勝ちって言える?」

レオンは答えない。その問いは――

戦場に不要だった。それなのに、なぜか耳に残った。

シオンが軽く跳ねて、レオンの背中へ並ぶ。

「背中、任せていい?」

当然のように言う。

レオンは一瞬だけ迷い――

「好きにしろ」

短く答えた。シオンが笑う。

「了解、相棒さん」

その言葉が、後にレオンの人生を縛ることになると。この時、誰も知らなかった。

砂煙の向こうで、戦争はまだ続いていた。

 

夜の戦場は、昼より静かだった。遠くで燃える炎の音。時折響く砲声。その合間に、小さな焚き火が揺れていた。

レオンは岩に腰掛け、剣の刃を布で拭いている。

火の向こう側に、シオンが座っていた。靴を脱ぎ、膝を抱え、炎を見つめている。

「ねえ、レオン」

「なんだ」

「王様ってさ。ずっと一人で戦ってたの?」

レオンは手を止めない。

「国が必要だっただけだ」

「ふーん」

シオンは枝を火にくべた。炎が少し強くなる。

「私はさ、一人じゃ戦えないんだよね」

レオンが視線だけ向ける。

「弱いわけじゃないの。守りたいものが多いだけ」

炎が彼女の瞳に映る。

「獅子族も狼族も、どっちも怖がってるじゃん」

レオンは淡々と答える。

「戦場では区別が必要だ」

「うん、分かってる」

即答だった。

「でもさ、それを決めるのが戦争でしょ?」

少しだけ声が落ちる。

「戦争のルールで、生き方まで決めたくないんだよね」

風が吹く。火が揺れる。

レオンは黙ったまま聞いている。シオンは続けた。

「私、混血でよかったと思ってる」

その言葉に、レオンの手が止まる。

「どっちにも居場所がないって言われるけどさ」

少し笑う。

「だから両方に行けるんだよ」

焚き火の音だけが響く。

「牙が違うだけで、殺し合うのって変じゃない?」

レオンは短く答える。

「戦場では死ぬ考え方だ」

シオンは怒らない。ただ頷いた。

「うん。そうだよね」

そして、少しだけ前を向く。

「でもさ。誰かがやらないと、ずっと終わらないでしょ」

火の向こうから、まっすぐレオンを見る。

レオンは何も言えない。それを見てシオンが笑う。

「だから私がやるんだよ〜」

冗談みたいに軽く言った。でもそれは本心だった。

「レオンは強いからさ。私はその隣で、違うことするよ」

枝で火をつつきながら続ける。

「……違うこと?」

「うん。人を減らすんじゃなくて、残す役」

火が静かに揺れる。レオンは視線を落とした。

「理想論だ」

「知ってるよ」

シオンは即答した。

「でもね」

小さく笑う。

「レオンがいるなら、現実になる気がする」

その言葉に、レオンは答えられなかった。

「真ん中に立てる人が一番必要なんだから……」

焚き火が小さく弾ける。しばらくして、シオンが袋を差し出した。

「ほい、甘いよ」

「いらん」

「はい半分」

強引に渡される。レオンは受け取ってしまう。

甘さが口に広がる。戦場に似合わない味だった。

シオンが満足そうに笑う。

「ね、まだ世界悪くないでしょ」

レオンは火を見つめたまま言った。

「……生き残れ」

シオンは首を傾げる。

「命令?」

「いや、忠告だ」

シオンは笑った。

「じゃあ、レオンもね」

火が揺れる。その夜、焚き火は長く消えなかった。

 

――そして翌日。

煙の匂いが、風に混じっていた。そこは、焼けた村だった。

建物は半分崩れ、火がまだ燻っている。

「……遅かったか」

レオンが周囲を見渡す。戦闘は既に終わっていた。倒れているのは獅子族兵。そして、狼族部隊の痕跡。静寂だけが残っていた。

その時――かすかな音。

「……っ……」

小さな泣き声。シオンの耳が先に動いた。

「子供だ」

迷いなく走り出す。

「待て、罠の可能性がある」

レオンの制止を聞かない。崩れた家屋の下。瓦礫の隙間から、小さな手が見えていた。狼族の子供だった。

煤だらけの顔。震える瞳。シオンが膝をつく。

「大丈夫、大丈夫だよ」

優しい声。

「もう怖くない」

瓦礫をどける。子供が怯えて後ずさる。

「……黄色い目……」

その言葉に、シオンは一瞬だけ止まった。

そして――笑った。

「ただのお姉さんだよ」

手を差し出す。子供は震えながらその手を取った。レオンは後ろから見ていた。

(なぜだ)

敵対種族だ。助ける合理性はない。

その時——遠くで銃声。レオンの視線が鋭くなる。

「追撃部隊だ。撤退するぞ」

だがシオンは立たない。子供を抱き上げ、周囲を見渡す。

「まだいる」

「何だと?」

瓦礫の奥。さらに小さな声。

二人目。三人目。地下室に隠れていた子供たちだった。

「……全員連れていく」

レオンの声が低くなる。

「不可能だ」

「できる。私なら」

「時間が足りない。優先順位を決めろ」

シオンは子供たちを見る。震えている。血の匂いの中で、必死に息をしている。

そして――

「じゃあ、決まってる。この子たちが最優先」

銃声が近づく。レオンは舌打ちした。

「囲まれるぞ」

「レオン」

名前を呼ばれる。まっすぐな目だった。

「少しだけ、時間ちょうだい」

その目を、レオンは知っていた。焚き火の前で見た、理想を語っていた時と同じ目。

レオンは背を向け、構えを取る。

「……三分だ」

シオンが笑う。

「十分だよ」

戦闘が始まった。レオンは入口に立つ。敵を殴る。飛ばす。倒す。だが数が多い。

背後で、シオンが子供を外へ逃がしている。

「走って!止まらないで!」

優しい声。戦場に似合わない声だった。

その瞬間——銃声が背後から鳴った。レオンの背筋が凍る。

振り向くと——シオンが立っていた。子供を庇うように。

心臓を撃たれていた。本来なら避けられた距離だった。だがシオンは動かなかった。

背後の子供を完全に覆うため、わずかに前へ出た。

「……シオン?」

彼女は倒れない。血を流しながら、子供の背を押す。

「行って」

笑っていた。でも泣きそうな顔だった。

「早く」

子供が走る。ようやく膝が崩れる。

レオンが駆け寄り、抱き止める。血が温かかった。

シオンの呼吸が浅くなる。レオンは血に濡れた身体を抱き寄せた。

「なぜ退かなかった」

シオンは小さく笑う。

「だって……子供だよ?」

「狼族とか関係ない……どっちも助けたいじゃん」

レオンの瞳が揺れる。

「それでは戦争は終わらない」

静かな否定だった。シオンは少し困った顔をした。

「うん。知ってる」

咳き込み、血が零れる。

「でもさ……どっちか消したら、きっとまた歪むよ」

その言葉に、レオンの思考が止まる。

「均衡ってさ」

震える手が、レオンの胸を掴む。

「片方が強すぎても壊れるけど、真ん中にいるものが消えても壊れるんだよ」

呼吸が乱れる。

「私は……混血だから……」

初めて、弱さが滲む。シオンから涙が零れた。

「どっちにも寄れない……」

シオンの声が掠れる。命の燈が消えようとしている。

「だから……支えられると思ったんだけどな……」

声が消えかける。

「……ごめん、レオン」

遠くで爆発。両軍が互いを撃ち始める。救ったはずの場所で、再び争いが始まる。

レオンは見る。均衡が崩れる瞬間を。

どちらも救おうとした結果、両方が戦い続ける世界を。

その瞬間——シオンの手が落ちた。

レオンは、しばらく動かなかった。腕の中の温もりが、ゆっくりと消えていく。

遠くでは獅子族と狼族が再び刃を交えている。守ったはずの命の先で、また誰かが倒れる。

炎が上がる。叫び声と、終わらない循環。

レオンの視線が、シオンの顔へ落ちた。穏やかな表情だった。

まるで――戦争など最初から存在しなかったかのように。

「……違う」

初めて、声が震えた。

「お前が間違っていた」

抱き寄せる力が強くなる。

「優しさでは、世界は止まらない」

血が指の隙間から落ちる。

「均衡は……守らねばならない」

ゆっくりと立ち上がる。黄金の瞳から、感情が消えていく。

「誰かが、境界を固定し続けなければ」

その瞬間。

王ではなく――“管理者”が生まれた。

「二度と、お前のようにはさせん」

静かに、レオンは決断した。

 




最後まで読んでくださりありがとうございます!
レオンの過去が明らかになりました。シオンの優しさが、彼を王にしました。
次回、凛馬とレオンの戦いに決着がつきそうです。
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