BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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均衡を守り続けてきた王。その信念は、赤き少年とその隣に立つ存在によって揺らぐ。
そしてレオンは初めて、“均衡の意味”を問い直した。



63話 揺らぐ均衡

戦争は終わりを迎えていた。崩れた城壁の影。瓦礫の中で、獅子族の王は横たわっていた。

黄金の鬣は血で濡れ、かつての威厳は静かに崩れている。

それでも、その瞳だけはまだ消えていなかった。

「……レオン」

低く、掠れた声で呼ぶ。

若き獅子は膝をつく。血と煙の匂いが、肺に刺さる。

「均衡を守れ」

王の手が、レオンの腕を掴む。その力は、驚くほど強かった。

「血が混ざれば……争いは終わらぬ」

言葉の間に、血が零れる。

「境界が曖昧になれば、欲が膨らむ。力は暴れ、秩序は崩れる」

咳き込みながらも、王は目を逸らさない。

「お前は強い。だが強さだけでは足りぬ。境界を守る者になれ」

その手が、ゆっくりと緩む。遠くで炎が崩れ落ちる音がした。レオンは何も言わなかった。

ただ、瓦礫の上に落ちた王のマントを拾い上げる。血と灰で重く、冷たかった。

その時――風が吹いた。

遠くで、シオンの笑い声が幻のように蘇る。

“牙が違うだけで、殺し合うの変じゃない?”

若いレオンの胸が、わずかに揺れる。

もしあの言葉を選べば、もし融合を選べば。

また、シオンのように境界で迷い、傷つき、踏み潰される者が生まれるかもしれない。

王の言葉とシオンの言葉。レオンはその境界に立たされた。

レオンは静かにマントを肩に掛ける。王位よりこの選択の方がずっと重かった。

「……境界は、守らねばならん」

怒りではない。愛でもない。ただ、責任だけがそこにあった。

その日から――

レオンは戦士ではなく、王になった。

 

数十年後。近代化された議会室。

若い官僚が言う。

「混血の市民権を正式に認めます」

「能力研究も推進する」

スクリーンに映る資料。混血兵士の採用案がそこにはあった。

レオンは沈黙している。

「獅子王殿、異論は?」

低く、空気を裂くように言う。

「混血は均衡を崩す」

官僚は首を振る。

「時代は融合です。戦争は終わりました」

レオンの目が細まる。

「まだ終わっていない」

誰も理解しない。若い世代には、シオンの涙を知らない。

「あなたの戦いは、もう必要ありません」

その一言で、レオンはゆっくり立ち上がった。軍章を外し、机に置く。

「……そうか」

怒りはない。絶望もない。ただ、静かな確信。

「私は、古い時代の獣のようだ」

振り返らず、去る。廊下の窓から差す光が長い影を作る。

その影は、孤独だった。だが迷いはない。彼は裏切ったのではない。時代に置いていかれただけだ。

 

廊下は静かだった。議会室の扉が閉まる音が、やけに軽く響く。レオンは振り返らない。

長い廊下を歩く。足音は一定だ。迷いはない。

窓の外では、混血政策を歓迎する群衆の声が微かに聞こえる。

歓声。拍手。未来への期待。その音が、レオンにとって遠かった。

レオンの背後で、もう一つ足音が重なった。若い軍人だった。獅子族の青年。

「……獅子王様」

呼び止める声は、緊張で震えている。レオンは歩みを止めない。

「私は、あなたの考えが正しいと思います」

足音がもう一つ増える。さらにもう一つ。

振り返らないまま、レオンは気配を読む。獅子族だけではない。犬族。狐族。

そして――狼族の血を引く者もいた。

全員若い世代だ。戦争を直接は知らないが、その影を知る者たち。

「融合は……早すぎます」

「混血を軍に入れるなど……」

「均衡が崩れれば、また争いが……」

言葉が重なる。

レオンはようやく足を止め、振り返る。彼らはレオンをまっすぐ見ている。

期待ではない。依存でもない。“指針”を求める目だった。

レオンの黄金の瞳が、静かに彼らを射抜く。

「私についてくるな」

低く、はっきりと言う。

「これは私の選択だ」

レオンの脳裏に、瓦礫の中で泣いていた子供たちがよぎる。

そして——血に濡れ、笑っていたシオン。

(……私は一人で守れると思っていた)

だが違った。戦争は、一人では終わらなかった。

シオンも、一人では救えなかった。

静かに息を吐く。

「均衡は……個では守れん」

初めて、本音が零れる。青年たちが息を呑む。

「時代が変わるなら、力も形を変える必要がある」

レオンは空を見上げた。

「理念だけでは世界は動かん」

視線を落とす。黄金の瞳が、決定的に変わる。

王ではなく――指導者の目。

「ならば」

ゆっくり告げる。

「秩序を維持する“器”が必要だ」

風が吹き、尻尾が揺れた。

「私の意志ではない。世界が必要とするなら、組織を作る」

その言葉が、始まりだった。青年たちの背筋が伸びる。

「名は後で決めろ」

レオンは再び歩き出した。

「私は、均衡を守るだけだ」

その背後で、初めて統一された足音が鳴った。

この日。思想は“形”を持った。

後にそれは――純血の誇りと呼ばれる。

 

そして今——夜は完全に落ちていた。

校門前は、もはや戦場ではなく“跡地”だった。

倒れ伏す実働隊。血に濡れた地面。そして中央に立つのは、赤い瞳の凛馬。

その視線の先に――獅子王レオン。

「……来い」

その声は低く、小さかった。凛馬が視界から消える。その瞬間、金属が裂ける音。

ギィン!!

レオンの鉄拳が弾く。それでも凛馬は止まらない。踏み込み、消え、背後へ回る。

ザシュッ!!

レオンの肩口が裂ける。振り向きざまの裏拳を放つ。

ドォン!!

凛馬は受けても退かない。そのまま刃を滑らせる。

ザンッ!!

脇腹に、深い一線。血が落ちる。レオンの呼吸が明確に乱れた。

(……重い)

肺が焼ける。視界の端が暗い。

先ほど叩き込んだ全身全霊の拳――あれで、身体の芯を削り切っていた。

(やはり読めん)

動きが直線ではない。殺意が純粋すぎる。凛馬の口が開く。

「死ね」

淡々とした声だった。その言葉に、レオンの胸の奥がざわつく。

焚き火の夜。

“レオンは強いから、私は隣で違うことするよ”

一瞬だけ、思考が遅れる。その刹那——

ザシュッ。

頬を裂く刃。血が落ちる。レオンは踏み込み直す。鉄拳を振り抜く。

ドォォン!!

地面が砕けるほどの威力。だが、凛馬はもういない。

(遅い……)

拳の軌道が僅かに甘い。足が一瞬、踏み込み切れない。

凛馬は跳ね、空中で身体を捻る。双剣が十字を描く。

ザンッ!!

胸元に深い傷。息が白く漏れる。

(迷うな)

王の声が内側で響く。

(均衡を守れ)

だが別の声が重なる。

“牙が違うだけで、殺し合うのって変じゃない?”

心臓が一拍、遅れる。その遅れが、身体に出る。

刃が迫る。

レオンは迎撃する。だが――

拳が、ほんの僅かに遅れた。

ギィンッ!!

辛うじて弾く。だが衝撃に腕が痺れる。凛馬の刃が腕を裂き、血が舞う。

目の前を見ると、赤い瞳がそこにあった。

「……均衡だの守るだの」

剣先をレオンに向ける。

「結局壊してるだけだろうが」

その言葉が落ちた瞬間、レオンの瞳が揺れた。

(壊している……?)

均衡を守るために生きてきた。その為に戦争を終わらせた。世界を安定させてきた。はずなのに――

胸の奥で何かが軋む。

次の瞬間、レオンが踏み込んだ。自分の信念を貫き通す為に。

「……それでも、守らねばならん!」

地面が砕け、拳が振り下ろされる。だが――

凛馬は、もうそこにいなかった。もう懐に立っている。

「……遅い」

次の瞬間――

双剣が閃く。腹部に、深い横一文字。血が激しく舞う。明らかに命に届いていた。

レオンの身体が、わずかに揺れる。

吐き捨てるような声だった。レオンは拳を握ったまま動かなかった。

(……力が入らない)

いや――違う。

拳を振るう理由が、胸の奥で揺れている。均衡を守るために生きてきたはずの拳が、初めてその意味を問われていた。

その時――

「凛馬!!」

声が夜を裂いた。全員の動きが止まる。

その声の主は——

アオだった。息を切らし、震えながら立っている。

「やめて……!」

赤い瞳が、僅かに揺れた。

「戻って……」

凛馬の呼吸が乱れる。

「一人で全部背負わなくていい」

アオが一歩踏み出す。

「僕は、隣にいる」

その言葉に、レオンの視界が滲む。

 

炎の光が、波の音へ変わる。青い空。潮の匂い。眩しい光。砂浜を走る足音。

「レオン!ほら、早く!」

振り返った少女が笑う。波が弾け、白い飛沫が舞う。

「……転ぶなよ」

「その時は、レオンが受け止めてよ」

当然みたいに言う。レオンは小さく息を吐き、歩幅を少しだけ速めた。

並んで歩く影が、砂浜に伸びる。

「ねえ、次はどこ行く?」

「……次?」

「山でも街でもいいよ。いっぱい出かけようね」

少し考えてから、レオンは答える。

「……ああ」

短い返事だった。

「レオンの隣には、私がいるからね」

その声は穏やかだった。波が、二人の足元をさらう。

 

(……約束は、守れなかったな)

凛馬の赤の瞳が揺れる。刃が震える。

アオは迷わずそのまま凛馬へ駆け寄り――

強く、抱きしめた。

「お願いだから……」

その声は震えていた。逃げ場のない距離。凛馬の呼吸が乱れる。

斬るために上げていた腕が、行き場を失う。

「……俺は」

喉が震える。

「守りたかっただけだ」

赤い瞳が揺れる。

「殺したいわけじゃない」

アオは離さない。その温度が、現実を引き戻す。

凛馬の指が震える。そして――

ゆっくりと、恐る恐る、震える腕で抱き返した。

その瞬間——

カラン、と音が鳴る。刃が地面に落ちた。

赤が崩れ、瞳の色が静かに戻っていく。

凛馬の肩が小さく震えた。

まるで初めて、自分がどこにいるのか思い出したように。

そして呼吸が整う。

「もう終わりだ」

殺意は消えた。でも、覚悟は残っている。

レオンは動けなかった。目の前の光景を見ていた。

混血の少年。その隣に立つ存在。支配でも依存でもない対等な存在。

あの日、できなかった形。胸の奥が、崩れる。

“私は混血だから……どっちにもなれなかった……”

(違うのか?違ったのか?)

シオンは均衡を壊そうとしていたのではない。均衡を“更新”しようとしていた。

レオンの手が、僅かに震える。

凛馬がアオを背に立つ。もう瞳は赤くない。だが目に宿った信念は強い。

レオンの唇が、わずかに開いた。

「……シオン」

風が吹き、その名が夜に溶けた。レオンの黄金の瞳が揺れる。

そして、ゆっくりと凛馬とアオを見る。

混血の少年。その隣に立つ存在。支え合う形。守るために壊れず、壊れずに守ろうとする姿。

レオンの胸の奥で、何かが崩れ落ちた。

(……均衡は壊れるのではなく、変わるのか)

拳が、ゆっくりと下がる。

初めてレオンは王ではなく、一人の男の顔になった。

 




最後まで読んでくださりありがとうございます!
レオンの戦意と凛馬の殺意が消え、決着が付こうとしています。
そして、彼らの選択は、決して軽いものではありませんでした。その結末がどうなるのか、見届けていただけたら嬉しいです。
次回、三章最終回です。
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