BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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獅子王レオンは、結論に辿り着く。
守り続けた均衡。失った未来。そして、掴めなかった想い。
彼が出した答えとは?



64話 紫苑

夜風が、静かに校門を吹き抜けていた。戦いはほとんど終わっていた。

地面には無数の傷跡。血の匂い。倒れた実働隊。そして――

立ったまま動かない獅子王レオン。呼吸は浅い。脇腹の深傷から血が流れ続けている。

それでも、倒れない。

凛馬は双剣を下ろしたまま、警戒を解かなかった。

「……まだやるか」

問いではなく、確認だった。だがレオンは答えない。ただ、空を見上げていた。

夜空は静かで、戦場とは思えないほど穏やかだった。

その時――

風が揺れた。焚き火の匂いがした気がした。

「……相変わらず、無茶するね」

懐かしい声。レオンの視界の端に、少女が立っていた。長い髪。狼耳。少し困ったような笑顔。シオンだった。

当然、誰にも見えていない。レオンだけが、静かに呟く。

「……遅いぞ」

シオンが笑う。

「そっちが頑張りすぎなんだよ」

軽い声。戦場に似合わない声。昔と同じだった。

凛馬は眉をわずかに寄せる。

(誰に言ってる?)

その時――

視界の端で、白い何かが揺れた気がした。風に溶けるような、長い髪。風に揺れた白い残像は、敵意ではなく、ただ優しかった。

一瞬だけ、凛馬と目が合った――気がした。

だが次の瞬間には、何もない。

「……?」

胸の奥が、わずかに温かくなる。戦場に似つかわしくない、柔らかい感覚。

(……誰だ)

名も知らないはずなのに、なぜか“安心した”。

アオが小さく息を呑む。

「……凛馬」

レオンの目が、もう凛馬を見ていない。どこか遠くを見ている。戦う目じゃない。帰ろうとしている。

凛馬はゆっくり双剣を下ろす。

「……もう、終わりだな」

凛馬は小さく呟いた。アオが凛馬の袖を掴む。

「……うん」

少しだけ間を置いて、続ける。

「ちゃんと、終われそう」

凛馬がわずかに横目で見る。アオは微笑んでいる。

「……誰かが、支えてくれてるみたい」

その言葉に、凛馬の胸の奥がまた静かに温まる。

二人とも理解している。これは勝敗の瞬間じゃない。

“役目が終わる瞬間”だと。

 

「まだ戦ってるんだね」

「……均衡を守るためだ」

即答だった。だがシオンは首を傾げる。

「ほんとに?」

レオンは黙る。

視線の先には――凛馬とアオ。互いを支えるように立つ二人。

シオンが小さく息を吐く。

「ねえレオン」

静かに言う。

「大事なもの傷つけてまで守る均衡って、かっこいい?」

レオンの眉が、ほんのわずかに動いた。

「……合理だ」

短い返答だった。シオンは苦笑する。

「合理でもさ、ダサいことってあるんだよ」

一瞬、焚き火の音が蘇る。レオンはほんの一瞬、目を伏せる。

「……王は、格好で戦わん」

その声は、前よりも低かった。シオンは首を振る。

「私なら怒るよ」

レオンの喉がわずかに鳴る。

「……知っている」

その一言で、鉄拳が少しだけ崩れる。

「今、時間戻せたらって思った?」

胸の奥がわずかに軋んだ。

瓦礫の村。血。あの日の事が去来する。

「……思わん」

そう答えながらも、声はわずかに揺れていた。

シオンは怒らず、ただ炎を見るような目で続ける。

「違う未来だったかなって、考えたでしょ」

レオンは否定しなかった。

「でもさ」

シオンが笑う。

「もう後戻りできないよ、私たち」

優しい声だった。責める響きは一切ない。

「だったらね」

凛馬を見る。

「掴み損なった未来、迎えに行けばいいじゃん」

その言葉が、静かに胸へ落ちた。レオンの視線が揺れる。

目の前の少年。守るために壊れかけながら、それでも誰かの隣に立っている存在。

(……違うのか)

混血は均衡を壊す存在。そう信じてきた。

だが――

均衡とは、止まることではなかったのではないか。更新され続けるものだったのではないか。

シオンが静かに言う。

「私、間違ってなかった?」

レオンの喉がわずかに鳴る。長い沈黙の後。

「……ああ」

初めて認めた。

「お前は……正しかった」

シオンが安心したように笑う。

「よかった」

一歩、風が強くなる。

「ねえ、またどこかで会える気がするでしょ?」

その姿が、少しずつ風に溶けていく。

「もういいんだよ、レオン」

最後に優しくそう言った。焚き火の音が消え、幻は静かに消えた。

 

レオンの膝がわずかに揺れる。だが倒れない。

「……終わりだな」

レオンはゆっくり視線を向けた。黄金の瞳は、もう戦士の目ではなかった。静かで穏やかだった。

「紅葉凛馬」

低く呼んだ。

「お前は……均衡を壊す者ではない」

一呼吸。

「更新する者だ」

その言葉は、判決のようでもあり、継承のようでもあった。

凛馬は何も言わない。ただ真っ直ぐ見返す。レオンが続ける。

「もう……後戻りは、できんな」

夜空を見上げる。

「ならば進め」

視線を凛馬へ戻す。

「迎えに行け」

何を、とは言わない。だが伝わった。

凛馬は少しだけ目を伏せ――そして答える。

「……ああ」

短い返事だった。

「ちゃんと連れていく」

風が止まった気がした。凛馬は続ける。

「誰も置いていかない世界にする」

ほんのわずか、間が空いた。

「……そこにいた人も、そう願ってるんだろ」

静かな声だった。その瞬間——

レオンの背後で、風が揺れる。

誰にも見えない場所で、長い髪の少女が、ほんの少しだけ微笑んだ。

レオンの瞳が、わずかに見開かれる。驚きでも警戒でもない。理解だった。

そして。ふっと、小さく笑った。

それは戦場で一度も見せなかった、ただの男の笑みだった。

「……そうか」

静かな声だった。レオンの身体がわずかに揺れる。それでも倒れない。

その時、レオンの視界が揺れた。

 

光。柔らかな鐘の音。紫の花びらが舞っている。

「ほらレオン!こっち向いて!」

弾んだ声。振り向くと、そこにシオンがいた。白い衣装。少し照れたように笑っている。

「どう?」

くるりと回る。

「似合ってる?」

レオンは、ほんの一瞬だけ目を見開く。そして――

小さく、笑った。戦場で一度も見せたことのない笑み。

「……似合ってるよ」

短い言葉だった。だがシオンは、嬉しそうに笑う。

「でしょ?」

その瞬間――

風が吹き、花びらが舞い上がる。光が静かに消え、そして弾けた。

 

「思い出話は……その時にしよう」

レオンが立ったまま、空を見上げる。

夜風が吹く。その足元に、いつのまにか小さな紫の花びらが一枚、風に運ばれて落ちた。

誰も気づかない。ただ凛馬だけが、ふと視線を落とす。

レオンの唇がわずかに動く。

「……忘れん」

小さな声。

「遠くに行ってもな」

一拍、ほんのわずかに息を吸った。

「……君を忘れた日は、なかった」

遠くで、笑い声が聞こえた気がした。

レオンの胸が、ゆっくり一度だけ上下した。それが最後だった。

そのまま――

風が吹き、花びらが揺れる。

獅子王レオンの瞳から、静かに光が消えた。立ったまま、動かなくなる。

その姿勢は、最期まで崩れなかった。まるでまだ世界を見守っているかのように。

 

誰もすぐには動けなかった。風だけが、静かに校門を抜ける。

ミケが小さく呟く。

「……終わった、にゃ?」

返事はない。立ったまま動かない獅子王の姿だけが、夜に溶け込んでいる。

コハクが一歩前へ出る。

「……本当に、終わったんだよね……?」

声は強がっているが、震えていた。ヒョウカは目を閉じ、短く息を吐く。

「……ああ」

低く言う。

「王は、退いた」

その言葉が空気を確定させた。

――その時。遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

「こっちです!!」

ミナの声。制服の裾を乱しながら駆け込んでくる。その後ろに警察官たち。

ライトが照らされる。一人の警察官が、立ったままのレオンを見て足を止めた。

「……なんだ、あれは」

別の警官が近づく。そして言葉を失う。背筋を伸ばしたまま、空を見上げる獅子王。血は流れている。だが崩れていない。

「……立ったまま……?」

誰かが小さく呟く。誰もすぐに触れられない。王の最期に、無意識で一歩引いてしまう。

ヒョウカが静かに言う。

「触るな」

警官が視線を向ける。

「……その人は、最後まで王だった」

風が吹き、レオンのマントが遅れて地面へ落ちる。それが合図だった。

一人の警官がゆっくり脈を確認する。

「……呼吸、なし」

王は、本当に退場した。

その光景を見届けた凛馬の視界が、ぐらりと揺れる。ミケが気づく。

「……凛馬?」

凛馬は立ったまま、レオンを見つめている。だが足元に、ぽたりと血が落ちる。明らかに血を流しすぎていた。

コハクの顔色が変わる。

「ちょ、待って……アンタやばくない?」

凛馬は小さく笑う。

「……大丈夫だ」

言葉とは裏腹に、膝が震えている。アオが駆け寄る。

「凛馬、座って!」

凛馬は首を振る。

「……まだ、立ってたい」

凛馬はレオンを見つめたまま、小さく拳を握る。

「あ〜……強かったな」

悔しさでも、憎しみでもない。純粋な敬意だった。

「最後まで、立ってたんだ。戦士としての礼儀だ——」

その言葉が終わる前に、視界が暗転する。全身の力が抜ける。アオが咄嗟に抱き止める。

「凛馬!!」

凛馬の身体は完全に力を失っていた。意識が落ちる寸前、かすかに呟く。

「……いつか迎えに行くからな」

誰に向けたかは分からない。そのまま、崩れ落ちる。

警察官が慌てる。

「救急を!」

ミナが駆け寄る。ミケの尻尾が震える。ヒョウカが歯を食いしばる。

夜空だけが、何事もなかったように広がっていた。

戦いは終わった。だが――

風は止まらなかった。

 

 




三章最後まで読んでくださりありがとうございます!
王は、最後に“答え”へ辿り着きました。その想いは、確かに、誰かへ引き継がれています。
獅子王という名に相応しい、立派な最期でした。
「紫苑」という言葉に込めた意味も、感じてもらえたら嬉しいです。
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