BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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獅子王レオンとの戦いに決着がつき、凛馬は“均衡を更新する者”として歩み始めた。
世界は揺れたまま、次の時代へ進もうとしている。



66話 予感

教室の窓から、朝の光が差し込んでいた。

いつもと同じチャイム。いつもと同じ机。いつもと同じ、ざわめき。

――のはずだった。

凛馬は自分の席に座っている。だが、空気の流れが、ほんのわずかに違う。いつもと違う視線が凛馬を刺した。

前の席の女子が小声で囁く。

「ほんとに凛馬が……?」

「ニュースで見たよ」

斜め後ろから、別の声。

「英雄だろ?あの獅子王倒したの」

「でもさ……あの時、敵をボコボコにしたって……」

笑いも、賞賛も、距離も、全部混ざっている。

称賛する目。恐れる目。測る目。そのどれも何故か怖かった。

凛馬は黒板を見ているふりをする。ペンを持つ指が、わずかに震えていた。

「……紅葉?聞いてるか?」

教師の声に、はっと顔を上げる。

「あ、すみません」

教室に小さな笑いが起きる。その瞬間、胸の奥がざらついた。

――戻ってきたはずなのに。

何かが、まだ戦場に置き去りのままだ。

 

休み時間。アオが迷いなく隣に座る。

「今日、ちゃんと寝れた?」

いつもの柔らかい声だった。凛馬は少しだけ視線を逸らす。

「……まぁな」

嘘なのが丸見えだった。だがアオはそれを指摘しない。ただ、小さく言った。

「隣、いるから」

その言葉は大げさでも特別でもない。ただ、当たり前のようにそう言った。

凛馬は小さく息を吐いた。

「……ありがとな」

教室の窓から風が入り、カーテンが揺れる。

その時——

ほんの一瞬、凛馬の耳が微かに動いた。

誰も気づかないような気配。でも確かに、何かが空気を撫でた。

凛馬は無意識に窓の外を見る。

青空。穏やかな昼。何もない。それでも——

「……来る」

ぽつりと呟いた。アオが首を傾げる。

「なにが?」

凛馬は少し考え、首を振る。

「いや……なんでもない」

けれど、違う。あれは敵の気配でも、殺意でもない。それはもっと、静かなものだった。

 

凛馬は気持ちを整理できず、夜まで歩き回っていた。

辺りにはもう、夜の街灯が柔らかい円を地面に落としている。公園のブランコが風に揺れて、きぃ、と小さな音を立てた。

凛馬はベンチに腰掛け、両肘を膝に乗せている。

静かな場所だけど、胸の奥は静かじゃない。

あの夜の光景。赤い視界。拳の衝撃。

「死んじまえ」と吐き捨てた自分。

喉の奥が、わずかに軋む。凛馬は、拳を握る。

だが力が入らなかった。

その時——

「やっぱりここだった」

アオが隣に座る。

「アオ……」

少しの沈黙が流れる。そして、凛馬がぽつりと言う。

「今日さ、クラスのやつにちょっと距離取られてた」

軽く笑う。

「怖いってさ」

アオは何も言わない。すぐに否定もしない。ただ、隣にいる。

凛馬は続ける。

「今思い返すと、自分でもちょっと怖かったよ。仕方ないよな」

凛馬の胸にあの時の光景が去来した。

アオが静かに言う。

「それでも、僕はあの時の凛馬も知ってる」

凛馬が、わずかに視線を動かす。

「あんな状態になっても僕たちを守ろうとしてたでしょ」

それは凛馬にとって核心をつく言葉だった。

「怖いのと、悪いのは違うよ」

その言葉は、押しつけじゃない。事実みたいに、落ちる。

「……あいつもさ」

小さく呟く。

「守ろうとしてたのかな。やり方が、違っただけで」

「うん。きっとそうだよ。」

胸の奥にあった“何か”が、静かに崩れていく。怒りでもない。恐怖でもない。

ただ、固まっていたものが、溶けるようにほどけていく。

凛馬は、深く息を吸った。肺の奥まで夜が入る。

そして、吐き出したその息と一緒に、胸の奥の重さが、抜けていった。

あの戦いの音は、もう聞こえない。レオンの瞳も、赤い自分の視界も、今はほど遠い。

凛馬は空を見上げる。

「……もう、大丈夫だ」

誰に向けた言葉でもない。でも確かに、自分に向けた言葉だった。

凛馬が言う。

「守られてる気、しないか」

アオは少し考えて、笑う。

「ちゃんと、見てくれてる感じするね」

凛馬は小さく息を吐く。

「じゃあ、今度は俺たちの番かもな」

凛馬とアオは歩き出す。公園の街灯が、背中を照らす。

凛馬の足取りは、もう迷っていない。胸の奥は、静かだった。怒りも後悔ももうそこにはない。

残っているのは、“守る”という、選択。

凛馬は、ふと立ち止まる。振り返らずに、ただ小さく呟いた。

「……見てろよ」

誰に向けたのかは自分でも分からない。けれど、確かに届く気がした。

その瞬間——

見えない場所で、長い髪が、ほんの少し揺れた。ブランコが、きぃ、と小さく鳴る。

夜は静かに、更けていく。

 

――守る予感がする。

それは、恐怖の気配ではない。新しい物語が、始まる気配だった。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
四章プロローグでした。凛馬が感じたもっと静かなものとは何なのか。次回に期待です!
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