獣界の異邦人   作:ruemtrnmdxxx

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7話 弱者

国語の授業が終わった瞬間だった。

 

「ねぇねぇ!本当に人間なの!?」

 

「耳ないの!?尻尾は!?肉球は!?」

 

気付けば凛馬の机の周りには人だかりができていた。

 

犬、猫、虎、狐。様々な獣人達が興味津々な顔で凛馬を囲んでいる。

 

凛馬は椅子に座ったまま困惑していた。

 

「近い近い近い!」

 

「人間って全員弱いの?」

 

「失礼だな!」

 

「でも身体能力低いんでしょ?」

 

「知らねぇよ!」

 

質問は止まらない。さらに——

 

「彼女はいる?」

 

「いないよ?」

 

即答だった。

 

「彼氏は?」

 

「いねぇよ!?」

 

さ質問攻めは終わらない。凛馬はすでに少し疲れていた。

 

そんな中——

 

「にゃ!」

 

聞き慣れた声が響く。ミケが人混みをかき分けながら凛馬の前へ出る。

 

「凛馬は私のペットにゃ!」

 

胸を張って宣言した。

 

「だから違うって!」

 

「本当だにゃ!」

 

「違う!」

 

「ペットにゃ!」

 

周囲は完全に面白がっていた。

 

「仲良いなー……」

 

「飼い主とペットだもんね」

 

「だから違うって!」

 

凛馬が叫んだ瞬間――

 

教室の扉が開いた。その場の全員の動きが止まる。

 

そこに立っていたのはユズル先生……ではなかった。

 

二メートルを優に超える巨体。分厚い腕に鋭い眼光。熊族の教師だった。

 

「お前ら」

 

低い声が教室に響く。その瞬間、生徒達の背筋が一斉に伸びた。

 

「次は体育だ。グラウンドへ集合」

 

「「「はい!」」」

 

返事と同時に、生徒達は蜘蛛の子を散らすように教室を飛び出していく。

 

さっきまでの騒ぎが嘘のように静かになった。凛馬は思わず呟く。

 

「今度は誰だよ……」

 

「あ、ゴウガ先生にゃ」

 

ミケが当然のように答えた。

 

「体育担当にゃよ?」

 

「なんで国語の先生より怖いんだよ……」

 

凛馬が引きつった笑みを浮かべたその時だった。ゴウガ先生の視線がこちらへ向く。

 

「お前が人間か」

 

「え?」

 

ドスドスと重い足音を鳴らしながら近付いてくる。

 

近くで見るとさらに大きい。見上げないと顔を見れないレベルだった。

 

「紅葉凛馬だな」

 

「は、はい」

 

思わず敬語になる。ゴウガ先生は腕を組んだ。

 

「本当に参加するのか?」

 

「へ?」

 

「体育だ」

 

凛馬は一瞬意味が分からなかった。するとゴウガ先生は続ける。

 

「お前は人間だ」

 

「……はい」

 

「怪我するぞ」

 

教室が少し静かになる。まだ残っていた生徒達も聞いていた。

 

「無理に参加する必要はないんだぞ」

 

珍しく気遣うような口調だった。だが——

 

「参加するにゃ!」

 

ミケが即答した。

 

「お前じゃない」

 

「にゃ……」

 

即座に返される。教室に笑いが起きた。

 

凛馬は頭を掻く。正直、身体能力の差はなんとなく想像できる。

 

それでも――

 

「せっかく学校来たんだし」

 

ゴウガ先生を見る。

 

「やります」

 

数秒考えてから、ゴウガ先生は小さく鼻を鳴らした。

 

「そうか」

 

そして踵を返そうとしたその時だった——

 

「大丈夫だよ!」

 

元気な声が響く。アオだった。

 

「お父さん怖そうに見えるけど優しいから!」

 

教室が静まり返る。凛馬も固まった。

 

「……お父さん?」

 

アオはきょとんと首を傾げる。

 

「あれ?言ってなかったっけ?」

 

「待て待て待て……」

 

凛馬はゴウガ先生をもう一度見る。何度観ても熊そのものだった。

 

そしてアオを見る。どう見てもか弱な女の子だった。

 

「親子……?」

 

「親子だよ!」

 

アオは満面の笑みで答えた。

 

「マジで?」

 

「マジ!」

 

凛馬の脳が処理を拒否する。周囲の生徒達は慣れた様子だった。

 

「似てないよな」

 

「それ毎年言われてるよね」

 

「でも仲良いんだよなぁ」

 

そんな声が聞こえてくる。ゴウガ先生は小さくため息を吐いた。

 

「アオ」

 

「?」

 

「早く行け」

 

「はーい!」

 

元気よく返事をするアオ。その姿を見たゴウガ先生の表情が、一瞬だけ柔らかくなった気がした。

 

でも本当に一瞬だけだった。次の瞬間にはもういつもの怖い顔に戻っている。

 

「遅れるな」

 

そう言い残し、ゴウガ先生は教室を出ていった。凛馬はようやく息を吐く。

 

「めちゃくちゃ怖かった……」

 

「でも優しい先生にゃ、毎年怪我人出るから気にしてくれてるにゃ」

 

その言葉に凛馬は少しだけ驚いた。

 

見た目は怖いが、ちゃんと生徒を見ている先生らしい。

 

もっとも、その後獣人達の身体測定を見て、自分がとんでもない場所に来てしまったことを知るのだが――。

 

 

 

 

グラウンドへ向かう途中。男女で更衣室が分かれる場所までやって来た。

 

生徒達は慣れた様子でそれぞれ更衣室へ入っていく。

 

凛馬はそこで足を止めた。

 

「そういや……」

 

「にゃ?」

 

ミケが振り返る。

 

「俺、体操服とか持ってないんだけど」

 

すると、ミケの口元がゆっくり吊り上がった。

 

「ふっふっふっ」

 

その時凛馬に過ぎった未来は——

 

『凛馬はこれでも着てるにゃ!』

 

差し出されたのは、奇抜な色の半袖短パン。そしてそれで体育に参加する自分の姿。

 

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

ミケは鞄を開く。少しゴゾゴゾして――

 

「あったにゃ!」

 

得意げな声と共に取り出したのは真新しい体操服だった。

 

「……なんで持ってるんだ?」

 

「凛馬の分にゃ!」

 

「は?」

 

「凛馬なら参加してくれるって思ったにゃ!」

 

「え、いや俺は……」

 

「そう言うと思って持ってきたにゃ!」

 

「まだなんも言ってねぇよ!?」

 

近くにいたアオが吹き出した。

 

「ミケらしいね!」

 

「ミケったら用意周到!」

 

コハクも笑う。

 

「サイズまで準備してるんですね……」

 

ミナが苦笑しながら言った。

 

「計画的犯行だな」

 

ヒョウカが呟く。

 

(まぁ、体操服あるならやるか……)

 

 

 

 

 

 

グラウンドへ出た瞬間、凛馬は思わず足を止めた。

 

「広っ……」

 

そこは学校の運動場というより競技場だった。

 

何本も並ぶレーンに、巨大な投擲用のスペース。

 

人間界の学校とは比べ物にならない。

 

「今日は身体測定を行う」

 

ゴウガ先生が言った。

 

「最初は200メートル走だ」

 

「200!?」

 

思わず声が出る。周囲は当たり前の様な反応だ。

 

(驚いてるのは俺だけか!?)

 

「では名簿順に位置につけ」

 

(早いって!)

 

最初に並んだのは犬族の男子生徒だった。スタートラインに立つ姿は陸上選手のようだ。

 

「始め!」

 

その瞬間、地面が爆ぜた。

 

犬族の男子生徒は土煙を上げながら一瞬で加速する。

 

速いなんてものじゃない。もはや目で追えない気付けばゴールしていた。

 

「記録、6.3秒」

 

「……は?」

 

凛馬は固まった。

 

(200mを6秒……?)

 

続いてミケ。

 

「自己ベストにゃー!」

 

七秒台。凛馬は固唾を飲む。

 

そしてヒョウカ。

 

「前より遅いな」

 

それでも五秒台。1番遅くても十秒を切っていた。

 

「待て待て待て待て」

 

人間界の常識が音を立てて崩れていく。

 

「次、凛馬。走ってみろ」

 

「嫌な予感しかしねぇ……」

 

スタートラインへ立つ。

 

周囲の視線が集まった。人間の身体能力は、みんな興味津々らしい。

 

「始め!」

 

凛馬は全力で走った。だが長い。とにかく長い。

 

1周だけで、肺が苦しく、脚が重くなる。やっとの思いでゴールへ飛び込む。

 

「記録、32.7秒」

 

誰もすぐに喋らない。

 

「……え?」

 

「今ので全力?」

 

「怪我してるのか?」

 

「人間ってそんなに遅いの?」

 

ざわざわと声が広がる。

 

(俺が……おかしいのか!?)

 

凛馬は思わず叫んだ。

 

「いや普通だろ!?」

 

少なくとも人間界なら普通だった。

 

だがここは獣界だった。その後も結果は悲惨だった。

 

 

 

次は握力測定。周囲の生徒達は100超えが当たり前だった。中には200を超える者までいる。

 

(化け物なのか?)

 

だが凛馬の結果は――

 

50。その瞬間、周囲がざわついた。

 

(あぁ……)

 

 

 

続いて跳躍力。犬族も猫族も軽々と3メートルを超えていく。

 

中には5メートル近く跳ぶ生徒もいた。

 

(もう飛んでるだろそれ……)

 

しかし凛馬は1メートルにも届かない。結果は0.87メートルだった。

 

(……帰りてぇ)

 

 

 

 

そして反復運動。生徒達は100回を超えるのが当たり前だった。

 

(意味が分からん)

 

そんな数字が並ぶ中、凛馬は60回だった。

 

(……なんで俺だけ……)

 

勉強出来るし運動もどうせ行けるだろう。と思っていた自分を恨んだ。

 

(獣人怖っ!!!)

 

 

 

 

結果は全て最下位。しかも、ぶっちぎりだった。

 

「人間って弱いんだな……」

 

凛馬は遠い目をしながら呟いた。

 

 

 

身体測定が終わると、ゴウガ先生が木刀を取り出した。

 

「続いて戦闘訓練を行うぞ」

 

生徒達の空気が変わる。さっきまでの和やかさが消えた。

 

凛馬は目を見開く。

 

「体育で戦闘訓練……!?」

 

「普通にゃ!」

 

「そうなのか……?」

 

人間界との違いに頭が痛くなる。ミケは首を傾げた。

 

「むしろ人間界はやらないのかにゃ?」

 

「やらねぇよ」

 

「にゃ〜……」

 

不思議そうな顔をする。

 

「最近、またナワバリ意識が強くなってるらしいにゃ」

 

「ナワバリ意識?」

 

「獣人同士の争い」

 

ミケの耳が少しだけ伏せられた。

 

「昔よりは減ったけど、最近また増えてきてるにゃ。だから去年くらいから学校でも戦闘訓練が追加されたにゃ」

 

「思ったより物騒だな……」

 

「でも安心するにゃ!」

 

ミケは胸を張った。

 

「この地区は平和だから、訓練もかなり緩いにゃ!」

 

「緩いのか?」

 

「うん!大丈夫にゃ!」

 

その直後、グラウンドの向こうで木刀が真っ二つになった。

 

「どこがだよ。」

 

凛馬は真顔で呟いた。

 

すると、ゴウガ先生は凛馬へ視線を向けた。

 

「凛馬は見学だ」

 

「え?」

 

「身体能力差がありすぎるだろう」

 

即答だった。

 

(まぁさっきの結果見ればな……)

 

でも少し傷ついた。事実なので何も言い返せないのが悲しさを助長する。

 

「遠くで見ておけ」

 

凛馬は観客席へ移動した。最初の試合はアオと先程の犬族の男子生徒。

 

「うへぇ〜お手柔らかにね……?」

 

「行くでー!アオちゃん!」

 

両者構える。

 

「では、始め!」

 

二人が同時に動く。

 

さっきの身体測定と同じく、とっても早かった。凛馬にはまともに見えない。

 

その瞬間だった——

 

『――右』

 

頭の中で声が聞こえた。

 

「……は?」

 

思わず眉をひそめる。すると、犬族の男子生徒が右へ回り込んだ。

 

アオが反応する。

 

『――遅い。左』

 

また声次の瞬間、アオが本当に左へ動く。

 

「え?」

 

凛馬は目を見開いた。偶然だろうか。

 

――木刀がアオの首元で止まった。

 

周囲が拍手する。だが凛馬は拍手どころではなかった。

 

(なんだ今の……)

 

「もー手加減してよー……」

 

「あははーすまんすまん!」

 

次の試合は、猫族と熊族。

 

『――下がれ』

 

そういえば猫族が下がる。

 

『――今だ』

 

そういえば踏み込む。頭の中に流れる声通りに試合が進んでゆく。

 

凛馬の背筋に寒気が走る。

 

(なんだこれ)

 

未来予知ではない。そんな感覚ではなかった。もっと自然な感じ。

 

まるで“戦い慣れた誰かが隣で指示を出している”ような。

 

凛馬は周囲を見回すが、誰もいない。

 

当然だ。声は頭の中から聞こえている。

 

(誰だよ……)

 

返事はない。試合は続く。

 

そして最後は、ヒョウカの試合だった。

 

相手は虎族の大男だった。周囲の空気が変わる。凛馬にもそれは分かった。

 

「黒瀬〜泣いても知らねぇぞ?」

 

「……来い」

 

そして試合が始まり、木刀がぶつかる。

 

今までよりも速く、鋭い。その時だった——

 

『――死ぬ』

 

「はっ!?」

 

凛馬は慌てて立ち上がった。今までの指示とは違う、“死ぬ”。ただそれだけの言葉だけが異様に重かった。

 

しかし次の瞬間、ヒョウカが木刀を弾き返す。

 

何事もなく試合は続く。周囲も熱狂している。

 

ただ、凛馬だけが青ざめていた。

 

(なんなんだよ……)

 

自分の頭がおかしくなったのかと思った。

 

そして何事もなく、戦闘訓練が終わり、生徒達が片付けを始める。

 

アオ達も楽しそうに話している。だが凛馬だけはどこか上の空だった。

 

その時、最後にもう一度だけ声が聞こえた。

 

『――生きろ』

 

凛馬の身体が僅かに震えた。

 

「……なんだったんだ」

 

答える者はいない。ただ夕焼けだけが静かに広がっていた。




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