コクヨウの冷徹な思想、揺れ始めるカイル、そして“敵かどうか”を見極めようとするレイナ。
一方その頃、アオとミナは誰にも秘密で何かを……?
ノクス機関本部。
重い鉄の扉が、ゆっくりと開いた。担架が運び込まれる。
その上に横たわっているのは——
鷹城ガイだった。体は血に濡れ、意識はない。
「……ッ、ぐ……」
微かに喉が鳴る。
床にぽたり、と赤い雫が落ちた。
運んでいた医療班の一人が焦った声を上げる。
「出血が止まってない!」
「早く処置室へ!」
担架が慌ただしく運ばれていく。
だが、その横を歩くカイルだけは無言だった。
その目だけが、静かに揺れている。
「……ガイがやられたのか」
低く呟いたのは、神代コクヨウだった。
担架の横に立つ男が答える。
獅堂カイル。
「龍族の女だ。氷を……操っていた」
コクヨウが目を細める。
担架の上のガイを見下ろした。
「龍族の女……か」
少し考えるように目を閉じる。
「やはり、私の予想は正しかったか」
そして小さく呟いた。
「……それほどまでに、洗脳が深いか」
カイルの眉がわずかに動く。
コクヨウは淡々と続けた。
「龍族ほどの存在が、混血の盾になるなど有り得ん」
机を軽く指で叩く。
「なら、もう戻らん」
そして、カイルを見る。
「殺せ」
部屋の空気が止まる。
カイルが眉をひそめた。
「……殺すのか」
コクヨウは淡々としていた。
「あれは完全に“向こう側”だ」
視線が冷たく細まる。
「排除に値する」
だがカイルは、すぐには返事をしなかった。拳がわずかに握られている。
「……理解できない」
コクヨウが目を向ける。カイルの声は低かった。
「俺達が潰すべきなのは、“混血”だ。なら、何故周囲まで狙う」
空気が少し張り詰める。カイルが続ける。
「森下アオも、兎原ミナも……ただ支えているだけだろう」
レイナの目がわずかに動く。カイルは視線を逸らさない。
「俺の狙いは最初から混血だけだ」
そして——
コクヨウが立ち上がった。
「甘いな、カイル」
その目に冷たい光が宿る。
「支える者がいるから、奴は立てる」
ゆっくりと近づく。
「守る者がいるから、奴は強くなる」
低い声が部屋に響く。
「なら、先に脚を折るのが“筋”だろう」
カイルは何も言わなかった。ただ、小さく答える。
「……了解」
だがその拳は、まだわずかに握られていた。
コクヨウが椅子に座り、背を預ける。そしてレイナを見た。
「霧崎」
レイナが視線を上げる。
「森下アオと兎原ミナの件はどうなっている」
レイナがタブレットをモニターへ繋げた。
「はい、情報は集まっています」
画面が点灯する。そこには地図が表示された。
学校。住宅街。いくつもの赤いライン。無数の行動記録。
コクヨウが目を細める。
「ほう」
レイナは淡々と説明した。
「行動パターンは意外と単純でした」
画面にアオとミナの写真が表示される。
「特にこの二人は、帰宅ルートがほぼ固定です」
住宅街の一本道。
「コンビニ、公園、バス停」
レイナの指が地図をなぞる。
「基本は七人で固まって行動しています。ですが——」
画面が切り替わる。人気のないコンテナ港。
「最近、帰宅前に寄り道をしている」
「寄り道だと?」
レイナは頷いた。
「場所はここ」
地図が拡大される。
「同じ時間、ほぼ毎日ですね」
静かな声。
「ここで初めて、二人きりになります」
カイルが口を開いた。
「……何をしている」
「……訓練でしょう」
モニターに映像が映る。
盾を構えるアオ。銃を向けるミナ。
パンッ、と銃声。
そして、ガンッ!と盾が弾丸を弾く。
コクヨウが静かに笑った。
「なるほど」
レイナは続ける。
「互いを鍛え合っているようです」
画面が切り替わる。
アオが盾を構える。ミナが撃つ。また防ぐ。
何度も、何度も。
レイナの目が細くなる。
「信頼関係は、想像以上に強いですね」
カイルが静かに呟く。
「……支柱」
コクヨウが頷いた。
「折る価値がある」
その時。
レイナが静かに口を開いた。
「ですが」
視線が集まる。レイナの目は冷たかった。
「まだ断定は出来ません」
コクヨウが目を細める。
「何?」
レイナはモニターを見る。
アオとミナ。二人の姿。
「本当に“敵”なのか」
静かな声だった。
「私はまだ、自分の目で確かめたい」
コクヨウが小さく笑った。
「いいだろう」
背を預ける。
「なら見極めろ」
レイナが静かに頷いた。
「了解」
そしてタブレットを閉じる。
「作戦準備は、もう出来ていますから」
夕方。
学校の門を出ると、オレンジ色の光が街を染めていた。
七人で並んで帰り道を歩く。ミケが大きく伸びをした。
「はぁ〜、今日も疲れたにゃー!」
ヒョウカが横目で見る。
「いつも疲れてるな」
「多忙なんだにゃ!」
コハクが何かを思い出したように言う。
「あれ?そういえば今日作戦会議ないの?」
アオが少し青ざめる。
「あっ……!」
だがツキノが余裕そうに言った。
「灰谷さんが言ってたべ?今日は収穫なしだから休みだって」
その瞬間、皆の顔が明るくなる。
「マジ!?ラッキー!」
凛馬が少し驚いた顔をする。
「へぇ、珍しいな」
「今日はゆっくり休むにゃー!」
いつもの帰り道。いつもの会話。
その時——
ミナがふとアオを見る。アオも視線を返す。そして、ほんの一瞬だけ小さく頷いた。
誰も気づかなかった。
だが、コハクだけがそれを見ていた。
「……?」
少しだけ首をかしげる。だが何も言わなかった。
(……まぁ気のせいだよね)
少し歩くと、分かれ道に差し掛かる。
アオが足を止めた。
「……僕、こっち」
ミナも続く。
「私もそっちです」
ミケが手を振る。
「あー!また明日にゃ!」
凛馬も小さく手を振った。
「アオ、気をつけろよ」
アオが少し笑う。
「うん、また明日」
ミナも軽く頭を下げた。
「お疲れさまでした」
二人は夕日の中へ歩き出す。
コハクがぽつりと言う。
「そういえばさ、最近あの二人よく一緒に帰ってない?」
「そういえば、そんな気もするな……」
「まぁ仲良いのはいい事にゃ!」
凛馬は少しだけ二人の背中を見ていた。
「……」
何かを考えるように。
(……なんだこの胸騒ぎ)
だが、何も言わず前を向いた。
(……気のせいだよな)
そして、歩き出す。
二つの影だけが、ゆっくり仲間たちから離れていった。
コンテナ港。海風が静かに吹いている。
ミナが銃を構える。アオは盾を持って立っていた。
盾の中心には、赤い丸い的。
ミナが少し困ったように言う。
「……本当に良いんですか?」
アオが少し照れたように笑った。
「……こっちの方が、ミナも狙いやすいかなって」
ミナが少し目を伏せる。
「……人を狙う感覚に、慣れたくないんです」
海風だけが吹く。
アオは少し考えてから、盾を構え直した。
「じゃあ、いつも通りみたいに盾を狙って」
ミナの目が揺れる。
「……え?」
「僕を動くマネキンとして捉えてみてよ」
アオが少しだけ視線を逸らす。
「……でも弾は怖いから」
少し間。
「痛くないやつで……」
ミナが一瞬ぽかんとする。そして思わず吹き出した。
「ふふっ……なんですかそれ」
アオが少し恥ずかしそうに言う。
「だ、だって怖いものは怖いし……」
ミナの表情が少し柔らかくなる。
「……分かりました」
ミナはポーチを開け、中から別の弾倉を取り出し、装填する。
「練習用のゴム弾です」
アオが少し安心した顔をする。
「……準備いいね」
ミナが少し笑い、銃を構える。
「ちゃんと痛くないように撃ちます」
アオが盾を構え直した。
「うん……お願い」
パンッ!!
乾いた音がコンテナ港に響く。
ガンッ!!
盾が弾を弾く。アオが少しだけ後ろへよろけた。
「わっ……!」
ミナが慌てる。
「だ、大丈夫ですか!?」
アオが盾の後ろから顔を出す。
「……ちょっとびっくりしただけ」
ミナが目を見開く。
「アオ……」
アオは少し笑った。
「実戦だと、もっと怖い物が飛んできそうだから」
ミナが小さく笑う。
「……分かりました」
再び銃を構える。
パンッ!!ガンッ!!
銃声と金属音が、静かな港へ響いた。
その頃——
コンテナの影。霧崎レイナが静かに立っていた。
スマホの画面には位置情報。アオとミナの位置が特定されていた。
その目が細くなる。
「……目標確認」
指先に細いワイヤーが光る。
レイナはゆっくり歩き出した。
迷路のようなコンテナの間に海風が静かに吹く。
レイナは小さく目を細めた。
(……混血の支柱)
静かな視線が二人へ向く。
(本当に、敵なのか——)
そして覚悟を決める。
(この目で確かめさせてもらうわ)
夜の海風が、静かに吹いた。
まるで——戦いの前触れのように。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
カイルとコクヨウの思想、そしてレイナが本当に何を見ようとしているのか。
次回、2人の前にレイナが現れます。