BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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レイナはアオ達との接触報告を行う。だが、その報告には僅かな違和感があった。
それぞれの思惑が交錯する中、レイナは一つの決断を下す。


83話 霧隠れ

薄暗い部屋だった。

 

壁一面に並ぶモニター。映し出されているのは、一人の少年だった。

 

紅葉凛馬。能力測定の記録、学園での日常、戦闘映像。そして、レオンとの戦い。

 

様々な映像が次々と流れていく。

 

その前に立つのは、獅堂カイルだった。そして、その隣には神城コクヨウ。

 

黒い瞳が静かにモニターを見つめている。

 

「見ろ」

 

低い声が響く。モニターの中で、凛馬が仲間達と笑っていた。

 

ミケと話し、アオと肩を並べて歩いている。

 

コハクに振り回される、どこにでもいるような学生の日常。

 

だが、コクヨウは鼻で笑った。

 

「騙されるな」

 

映像が切り替わる。今度は戦闘記録。

 

構成員の喉を切る凛馬。レオンの手首を切り落とした凛馬。そして、傷だらけになりながら前へ出る凛馬。

 

「こんなものは、偽善者だ」

 

コクヨウが言う。

 

「綺麗事を並べる」

 

映像がまた変わる。獣人達に囲まれる凛馬、仲間達に支えられる凛馬。

 

「そして」

 

コクヨウの声が少しだけ低くなった。

 

「全てを奪ってゆく……」

 

カイルは黙って見ていた。拳が少しずつ握られていく。

 

「いつかはお前の故郷も、お前の家族も……」

 

コクヨウはモニターを見つめたまま言う。

 

「全ての元凶は紅葉凛馬だ」

 

カイルの視線はモニターから離れない。画面の向こうで笑っている凛馬。その笑顔が妙に気に入らなかった。

 

その時、部屋の扉が開く。

 

「失礼します」

 

聞き慣れた声。2人が振り向く。そこに立っていたのはレイナだった。

 

長い白髪に、冷静な表情。いつも通りだった。

 

「帰ったか」

 

レイナは短く答える。

 

「報告に参りました」

 

「話せ」

 

レイナは一度頷いた。

 

「対象との接触に成功しました。対象の実力確認も終了しています」

 

コクヨウは静かに聞いている。

 

カイルも耳を傾けた。

 

「結果は?」

 

レイナはほんの僅かに沈黙する。誰も気付かないほどの間。

 

だが——カイルだけは何故か気になった。そして、レイナは答える。

 

「放置でいいでしょう」

 

静かな声だった。

 

「計画への影響もありません」

 

コクヨウは少しだけ目を細めた。だが何も言わない。

 

「そうか」

 

ただそれだけだった。

 

「ご苦労」

 

「それでは、失礼します」

 

レイナは一礼し、そのまま部屋を出ていく。

 

扉が閉まる。再び静寂が訪れた。

 

コクヨウは何も言わない。モニターの中では再び凛馬が笑っている。

 

カイルはその映像を見た。そして、ふと立ち上がる。

 

「どこへ行く」

 

コクヨウが聞いた。カイルは振り返らない。

 

「少し」

 

短く答え、そのまま部屋を出た。

 

「……甘いな」

 

カイルが出ていった後、小さく呟いた。

 

誰に向けた言葉だったのか。それは誰にも分からない。コクヨウはゆっくりと立ち上がる。

 

そしてモニターへ近付いた。映し出されているのは凛馬の顔。その笑顔を見て、コクヨウは僅かに目を細めた。

 

「レイナ」

 

静かな声だった。

 

「お前もか」

 

怒りも、失望もない。ただ事実を確認するような声音。

 

レイナが嘘を吐いたことも、評価を偽ったことも、その理由までコクヨウは最初から理解していた。

 

だからこそ何も言わなかった。モニターへ手を伸ばす。

 

指先が凛馬の顔に重なる。

 

「……醜い」

 

その声だけは、今までと少し違う気がした。

 

「奪われても、傷付いても、裏切られても」

 

映像の中の凛馬は笑っている。仲間達と肩を並べている。コクヨウには理解できなかった。

 

いや、理解したくなかったのかもしれない。

 

「何故そこまで獣人を信じられる」

 

答える者はいない。モニターだけが淡々と映像を流し続ける。

 

しばらくして、コクヨウは静かに笑った。それはどこまでも冷たい笑みだった。

 

「まあいい」

 

モニターから手を離す。

 

「いずれ分かる」

 

その瞳の奥に黒い感情が揺れる。

 

「お前も、アイツらも」

 

そして、コクヨウはモニターに映る凛馬“以外”を見つめた。

 

「全員な」

 

部屋の灯りが僅かに揺れる。

 

その瞬間だけ、コクヨウの表情は獣のように歪んで見えた。

 

だが次の瞬間には消えている。代わりに残ったのは孤独の静寂だけだった。

 

 

 

 

 

長い廊下。

 

レイナは一人で歩いていた。規則正しい足音だけが響く。

 

「待て」

 

強い声が飛んだ。レイナが立ち止まる。振り返ると——

 

そこにはカイルがいた。真っ直ぐこちらを見ている。

 

レイナは表情を変えない。

 

「……どうしたの?」

 

カイルは数歩近づく。そして——

 

「さっきの、嘘だろ」

 

開口一番だった。レイナは瞬き一つしない。

 

「何の話?」

 

「とぼけるな。問題ない訳がない」

 

レイナは黙っている。カイルは続けた。

 

「お前は戦ったんだろ、紅葉凛馬の仲間と」

 

声色に怒りが滲み出す。

 

「それで問題ないだ?」

 

廊下に声が響く。レイナの眉が僅かに動いた。

 

「俺を舐めるな」

 

カイルは睨む。

 

レイナは数秒だけ黙った。だがすぐに視線を逸らす。

 

「……この件は難しいわ」

 

「は?」

 

レイナは視線を逸らさない。

 

「私にも分からないことが多いから、今は答えられません」

 

カイルの声が強くなる。

 

「分からない?」

 

「戦ったんだろ!何が分からない」

 

レイナは少しだけ考えるように目を伏せた。

 

そして静かに答える。

 

「彼……いや、彼らが敵なのか、味方なのか。まだ判断できません」

 

カイルは即座に言い返した。

 

「そんなもの関係ない」

 

拳を握る。

 

「紅葉凛馬は敵だ!コクヨウ様もそう言っていた」

 

「俺達から『あの人』を奪った張本人だ!」

 

レイナは否定しない、ただ静かに聞いていた。

 

そして。

 

「カイル」

 

カイルが顔を上げる。レイナは振り返らずそのまま言った。

 

「あんたも気付いてるよね」

 

カイルの眉がひそめられる。

 

「何をだ」

 

レイナは少しだけ目を閉じた。そして——

 

「『奴』の胡散臭さに」

 

空気が変わる。カイルの目が見開かれた。

 

「……何?」

 

レイナは続ける。

 

「あんたは賢い。だからこそ分かるはず」

 

そしてレイナが振り向く。

 

「本当に全てが真実なのか?はたまた嘘なのか」

 

カイルは何も言い返せなかった。レイナはその沈黙を肯定とも否定とも受け取らなかった。

 

ただ静かに言葉を続ける。

 

「“無駄な犠牲を減らせ、真の敵を見極めろ”」

 

その言葉だけは、今までより少しだけ強かった。

 

「……あの人は、ずっとそう言ってたでしょ」

 

カイルは納得していない。それが表情だけで分かった。

 

「じゃあ、いつまで待てって言うんだ」

 

「私の結論を待って」

 

その声は珍しく強く、迷いはなかった。

 

カイルが目を細める。

 

「結論?」

 

レイナは頷く。

 

「あんたが行ったら彼らの怒りを買うだけ、軽率に行動はできないわ」

 

カイルは一歩前へ出る。

 

「それは……」

 

声に怒りが混じる。

 

「俺は――」

 

「それが、今の私の答えなの」

 

それ以上は何も言わない。そして、踵を返す。

 

規則正しい足音が廊下に響いた。カイルはその背中を睨み続ける。

 

やがて姿が見えなくなっても。拳だけは握ったままだった。

 

「……チッ」

 

胸の奥に残った違和感は消えなかった。

 

レイナは嘘を吐いているようには見えなかった。だからこそ腹が立つ。

 

本当に分からないと思っているのだとしたら。それは、自分自身まで揺らがせる言葉だった。

 

カイルはゆっくりと顔を上げる。廊下の先には誰もいない。

 

それでも——

 

「紅葉凛馬……」

 

低い声が漏れる。

 

「お前は何なんだ」

 

答えの出ない苛立ちだけが、静かに胸の中へ残っていた。

 

 

 

カイルとの会話を終えたレイナは、一人で廊下を歩いていた。

 

規則正しい足音だけが静かな施設に響く。やがて窓の前で立ち止まる。

 

ガラスの向こうには夜の街が広がっていた。レイナはただ静かに夜景を見つめている。

 

脳裏に浮かぶのはこの前の戦場——

 

森下アオ。兎原ミナ。そして、殴られた感触。

 

戦った、確かに戦った。でも——

 

『私も、一緒ですから!!!』

 

『普通に学校行って!!皆で笑って!!仲良くしたかっただけなのに!!』

 

『こんなの……したくなかった……』

 

『……“希望”です』

 

彼女達の言葉をどれだけ思い返しても、“敵”という言葉がしっくり来ない。

 

「……なんなのよ」

 

小さく呟く。

 

コクヨウの言葉と、自分の見た現実。全てが噛み合わない。

 

だからこそ、自分自身の目が1番信用できる。

 

レイナは小さく息を吐いた。

 

「単身で敵地に乗り込む……って」

 

誰もいない廊下で呟く。

 

「私馬鹿なことを考えるわね」

 

口元が僅かに緩んだ。

 

もし失敗すればどうなるか考えなくても分かる。

 

ノクスからも追われるかもしれない。最悪の場合、その場で殺される可能性だってある。

 

レイナは静かに空を見上げた。

 

「死ぬかもしれないわね」

 

声は驚くほど落ち着いていた。

 

しばらく考え、そして——

 

「……遺書でも書こうかしら」

 

真顔で呟いた。

 

「カイルと、ガイにでも」

 

誰も、何も返事もない。自分で言った言葉に小さくため息を吐く。

 

(何1人で言ってんのよ)

 

レイナは苦笑した。

 

「だから嫌なのよ」

 

窓ガラスに映る自分を見る。

 

「こういう時、一緒に悩んでくれる人がいないのは」

 

その言葉は夜の中へ消えていった。だが、迷いはもうない。

 

レイナは窓から離れ、長い廊下の先へ向かって歩き出した。

 

誰かの命令でも、任務でもない。

 

“それでも私自身の答えを見つける”

 

その瞳には確かな意志が宿っていた。

 

昔の記憶が脳裏をよぎった。

 

数年前、レオンが自分を見ていた。

 

『レイナ、お前の目は、全てを見透かす』

 

『だからこそ誰かの言葉だけを信じるな。自分の目で見ろ』

 

そこで記憶は途切れる。レイナは小さく目を閉じた。

 

「……そうでしたね」

 

そして、静かに歩き出した。

 

もしコクヨウが正しいなら凛馬達は敵だ。もし凛馬達が正しかったなら、何かが違う。

 

ならば、自分で確かめるしかない。あの人がそう言った様に。

 

レイナは歩く。一歩、また一歩。

 

その足取りは静かだった。

 

だが確かに、“神城コクヨウの示した道”を歩いてはいなかった。




最後まで読んでくださりありがとうございます!
今回はレイナの視点の話でした。レイナだけは、真実に向かっていってる気がしますね。
そして次回、2度目の接触?
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