夕暮れの公園。レイナと凛馬達が話していた。
“もう時間がないかもしれない”その言葉だけが静かな公園に残った。
「時間がないって、どういうことだ?」
レイナは少しだけ視線を落とした。答えるか迷うように。
だが、すぐに小さく息を吐く。
「獅堂カイルはね……」
ミケが首を傾げた。
「さっきからその人の話ばっかりにゃ」
レイナは苦笑した。
「そうね」
そして空を見上げる。夕陽はもうほとんど沈みかけていた。
「でも仕方ないの」
その声はどこか諦めにも似ていた。
「私は誰よりもカイルを知っているから」
凛馬は黙って聞いている。レイナは続けた。
「彼は真っ直ぐなの。不器用なくらい」
風が吹く。白い髪が揺れた。
「一度信じたものは最後まで信じる、一度決めたことは最後までやり遂げる人よ」
ミケが耳を動かす。
「頑固ってことにゃ?」
「ええ」
即答だった。
「厄介なぐらいにね」
その表情が少しだけ曇る。
「だからこそ、今の彼は危ない」
凛馬の表情が変わる。レイナは静かに言った。
「もし彼が私と同じ結論に辿り着いたとしても、きっと止まらない」
レイナは“2人”ではなく、“凛馬”を見た。
「自分の目で見て、自分の拳で答えを出そうとする」
その言葉に凛馬は察した。
「つまり……」
レイナは頷く。
「あなたと戦わない限り、カイルは前へ進めないと思う」
ミケの尻尾がゆっくり揺れた。凛馬は空を見上げる。
夕陽はもうほとんど消えていた。レイナはそんな二人を見ながら小さく呟く。
「だから急がないといけない」
その声はどこか焦っていた。
しばらく誰も言葉を返さなかった。やがて、凛馬が小さく息を吐く。
「分かった」
レイナが顔を上げる。凛馬は腕を組んだ。
「正直、まだ全部信じた訳じゃない。でも——」
少しだけ視線を逸らす。
「放っとくのも違う気がする」
ミケも頷いた。
「カイルも騙されてるなら……可哀想にゃ」
レイナは何も言わない。ただ静かに聞いている。
凛馬は続けた。
「こっちでもアオ達にも話す。だから——」
レイナを見る。
「お前はお前で動け」
風が吹く。レイナの白い髪が揺れた。
「……そう」
小さく頷く。
「私も一度カイルと話してみる」
その声には迷いがなかった。ミケの耳がぴくりと動く。
「大丈夫にゃ?」
レイナが目を瞬かせる。
「今言ったら、本当に危ないんじゃないかにゃ?」
ミケは少し心配そうだった。レイナは少しだけ考える。
そして、ほんの少しだけ笑った。
「大丈夫よ」
静かな笑みだった。
「昔からアイツの扱いは慣れてるもの」
ミケは納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。
レイナは二人を見る。
「今日はありがとう」
凛馬は肩をすくめた。
「まだ礼を言われる筋合いはない」
「そうだったわね」
レイナが苦笑する。そして、ゆっくり踵を返した。
「……どうか、死なないで」
夕暮れの道を歩いていく。白い髪が風に揺れる。その背中を見送りながら。
凛馬は小さく呟いた。
「……ノクス機関」
胸に残った違和感が消えたわけじゃない。だが、二人とも最初に感じた敵意はもう無かった。
沈みゆく夕陽の中、それぞれが答えを探すために歩き出していた。
夜。ノクス機関の施設を前に、レイナは一人立ち止まっていた。
見慣れたはずの景色。何度も帰ってきた場所。それなのに——
今日は妙に遠く感じる。
「……」
小さく息を吐く。胸の奥が重かった。
頭の中では既に答えが出ている。だが、それを口にするということは、ノクス機関の全てを否定する気もした。
レイナは目を閉じる。ゆっくり息を吸い、そして吐く。
胸の奥の迷いごと吐き出すように。
「……よし」
小さく呟く。
そして扉へ手を伸ばした。もう後戻りはできなかった。
アジトの治療室。消毒液の匂いが漂う静かな部屋だった。
ベッドの上では、一人の男が不機嫌そうな顔で天井を見上げている。
全身包帯だらけで、右腕には固定具。額にも包帯。
「……いてぇ」
その男は、鷹城ガイだった。
「起きてたのね」
レイナが入ってくる。ガイは顔だけ向けた。
「おう」
少しだけ笑う。
「なんか久々だな」
「死んだと思ってた」
「ひでぇな!?」
即座に返ってきた。レイナは少しだけ肩をすくめる。
「半分冗談よ」
「お前なぁ……」
ガイが呆れたように笑う。だが、すぐにその表情が変わった。
レイナの様子がおかしい。長い付き合いだからこそ、違和感に気づいた。
「で?」
ガイが聞いた。
「何があった」
レイナは少し黙る。
「お前がそんな顔してる時は大体ろくでもねぇ話だろ」
レイナは苦笑する。
「そういうところは相変わらずね」
「まぁ、早く言えよ」
少し黙った後、レイナはゆっくり口を開いた。
「今日」
ガイの目が向く。
「紅葉凛馬に会ってきた」
治療室の空気が止まった。
「……ほう?」
ガイが固まる。そして少し考える。
「はぁ!?」
声が響いた。
「どういうこった!?」
レイナは冷静だった。
「会って話しただけ」
「話しただけで済む相手か!?」
「まぁ……」
「済んでねぇな!?」
その反応にガイは逆に黙る。
冗談ではない。本気だ。だからこそ嫌な予感がした。
「……何があったんだ?」
今度は真面目な声だった。レイナは椅子へ腰掛ける。
そして、静かに話し始めた。
凛馬との会話。レオンの真実。龍族のこと。そして、神城コクヨウの事も。
一つも隠さず、全て話した。
ガイは最初こそ口を挟んだ。だが、話が進むにつれて言葉が減っていく。
レイナもそれに気付いていた。
やがて全てを話し終える。治療室に静寂が落ちた。
ガイは何も言わない。腕を組み、天井を見ていた。
「……マジかよ」
低い声だった。レイナは答えない。ガイは苦い顔をする。
「頭が追い付かねぇ」
額を押さえる。傷が痛むのか顔をしかめた。
「つまり、俺達はずっと嘘聞かされてたってことか?」
レイナは静かに頷く。
「少なくとも私はそう思う」
ガイは黙る。否定したかったが、出来なかった。レイナは嘘を吐いていないことぐらい分かる。
神城コクヨウという男に違和感が無かった訳ではなかった。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
「面倒くせぇな」
本音だった。レイナは小さく息を吐く。
「まだ終わってない」
ガイが顔を上げる。レイナの瞳は真剣だった。
「カイルにも……話さなきゃ」
その言葉に、ガイの表情が僅かに曇った。
レイナは続ける。
「このままじゃ絶対に止まらない」
ガイは深くため息を吐く。
「……あー」
頭を掻く。
「嫌な予感しかしねぇな」
レイナは小さく頷く。
「私もよ」
静かな返事。だがその表情に迷いはなかった。
ガイはそれを見てため息を吐く。
「で?どうする」
レイナは立ち上がった。椅子が小さく音を立てる。
「決まってる」
そう言って扉へ向かう。
「今からカイルに話してくる」
治療室の空気が一瞬止まった。ガイが眉をひそめる。
「今からか?」
「今しかない」
レイナは振り返らない。
「もう時間がない」
ガイはしばらく黙った。そして——
「……気をつけろよ」
レイナの足が止まる。
「……ありがと」
レイナは小さく笑う。
そして。
「行ってくる」
そのまま治療室を後にした。残されたガイは天井を見上げる。
「……頼むから暴れんなよ」
その願いが届くことは、多分無いだろう。そう思いながら深いため息を吐いた。
重い足取りだった。レイナは長い廊下を進む。
目的地は一つ。獅堂カイル。止めなければならない相手。そして一番話したくない相手でもあった。
やがて、一つの扉の前で立ち止まる。小さく息を吐く。
そして。
「入るわよ」
返事を待たず扉を開いた。部屋の中にはカイルがいた。
机に向かい、何かを見ていたらしい。だがレイナが入ってきた瞬間、その手が止まる。
先に口を開いたのはカイルだった。
「……奇遇だな」
静かな声だった。
「丁度話があった」
レイナは少しだけ眉をひそめる。カイルが立ち上がる。その目は真っ直ぐだった。
「今日」
低い声。
「どこ行ってた」
レイナは答えない。その沈黙だけで十分だった。
カイルの目が細くなる。
「答えろ」
空気が重くなる。レイナは逃げなかった。
「……凛馬達の所よ」
部屋の空気が凍り付く。カイルは何も言わない。
ただ、ゆっくり拳を握った。
「そうか」
その声だけは妙に静かだった。
「やっぱりな」
レイナは真っ直ぐカイルを見る。
「話を聞いて」
「聞く必要あるのか?」
即答だった。だがレイナは止まらない。
凛馬達とのことを再び全てを話した。
カイルは最後まで聞いた。一度も口を挟まず。そしてレイナが最後の言葉を口にする。
「私達は騙されていた」
その瞬間だった。
ドンッ!!!
机が吹き飛んだ。凄まじい音が部屋に響く。
レイナが目を見開く。カイルの拳が机に叩き込まれていた。木片が床へ散らばる。
「ふざけるな」
低い声だが、それは怒鳴り声より怖かった。
「今さらか?」
レイナは黙る。カイルは顔を上げる。
その目には怒りが宿っていた。今まで見たことがないほどに。
「今さら何を言うかと思えば……」
一歩前へ出る。
「レオン様は死んだんだぞ」
さらに一歩。
「故郷も失い、仲間も失った俺達に道を示した俺たちの王だ!」
声が震える。
「俺達は何のために戦ってきた」
レイナは答えられない。カイルは叫ぶ。
「気が狂ったか!!レイナ!!」
部屋の空気が揺れる。今まで抑えていた感情が全て溢れていた。
「全部嘘だって言いたいのか!?」
「違う!」
レイナが声を上げる。だが、カイルは止まらない。
「お前は」
その声に怒りが混じる。
「レオン様を殺した奴の味方をするんだな?」
レイナの表情が揺れた。カイルは続ける。
「お前がそこまで落ちぶれてるなんてな」
レイナは何も言わない。いや、言えなかった。
カイルは首を振る。失望したように、諦めたように。
「もういい」
レイナの目が見開かれる。カイルは背を向けた。
「話は終わりだ」
「カイル……」
「終わりだと言ったはずだ」
振り返らない。その背中だけで分かった。
“レイナの言葉は、もう何一つ届いていない”
「今決めた」
拳を握る。
「紅葉凛馬は、俺が殺す」
レイナの顔色が変わる。
「待って!」
「黙れ」
即答だった。
「お願い、止まって!」
初めてレイナが感情を露わにする。だが、カイルは振り返らない。
扉へ向かう。
「お前は、もう仲間でも何でもない」
その言葉に、レイナの心が酷く打つ。扉に手を掛ける。
「結果がどうであれ、俺はアイツと戦わなければならん」
扉が開く。レイナが一歩踏み出す。
「カイル……」
だが、止まらない。カイルはそのまま部屋を出て行った。
レイナはしばらく動けなかった。そして小さく目を閉じる。
「……」
言葉にできない喪失感が、静かな部屋に残った。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
レイナが選んだ答えと、カイルが選べなかった答え。彼女にとっての最悪な状況になってしまった。
次回、カイルの手は徐々に伸びてゆきます。