BEAST BLOOD   作:ruemtrnmdxxx

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止まっていた歯車が再び動き始める。そして、レイナは仲間へ報告へ行くのだった。


85話 袂を分かつ

夕暮れの公園。レイナと凛馬達が話していた。

 

“もう時間がないかもしれない”その言葉だけが静かな公園に残った。

 

「時間がないって、どういうことだ?」

 

レイナは少しだけ視線を落とした。答えるか迷うように。

 

だが、すぐに小さく息を吐く。

 

「獅堂カイルはね……」

 

ミケが首を傾げた。

 

「さっきからその人の話ばっかりにゃ」

 

レイナは苦笑した。

 

「そうね」

 

そして空を見上げる。夕陽はもうほとんど沈みかけていた。

 

「でも仕方ないの」

 

その声はどこか諦めにも似ていた。

 

「私は誰よりもカイルを知っているから」

 

凛馬は黙って聞いている。レイナは続けた。

 

「彼は真っ直ぐなの。不器用なくらい」

 

風が吹く。白い髪が揺れた。

 

「一度信じたものは最後まで信じる、一度決めたことは最後までやり遂げる人よ」

 

ミケが耳を動かす。

 

「頑固ってことにゃ?」

 

「ええ」

 

即答だった。

 

「厄介なぐらいにね」

 

その表情が少しだけ曇る。

 

「だからこそ、今の彼は危ない」

 

凛馬の表情が変わる。レイナは静かに言った。

 

「もし彼が私と同じ結論に辿り着いたとしても、きっと止まらない」

 

レイナは“2人”ではなく、“凛馬”を見た。

 

「自分の目で見て、自分の拳で答えを出そうとする」

 

その言葉に凛馬は察した。

 

「つまり……」

 

レイナは頷く。

 

「あなたと戦わない限り、カイルは前へ進めないと思う」

 

ミケの尻尾がゆっくり揺れた。凛馬は空を見上げる。

 

夕陽はもうほとんど消えていた。レイナはそんな二人を見ながら小さく呟く。

 

「だから急がないといけない」

 

その声はどこか焦っていた。

 

しばらく誰も言葉を返さなかった。やがて、凛馬が小さく息を吐く。

 

「分かった」

 

レイナが顔を上げる。凛馬は腕を組んだ。

 

「正直、まだ全部信じた訳じゃない。でも——」

 

少しだけ視線を逸らす。

 

「放っとくのも違う気がする」

 

ミケも頷いた。

 

「カイルも騙されてるなら……可哀想にゃ」

 

レイナは何も言わない。ただ静かに聞いている。

 

凛馬は続けた。

 

「こっちでもアオ達にも話す。だから——」

 

レイナを見る。

 

「お前はお前で動け」

 

風が吹く。レイナの白い髪が揺れた。

 

「……そう」

 

小さく頷く。

 

「私も一度カイルと話してみる」

 

その声には迷いがなかった。ミケの耳がぴくりと動く。

 

「大丈夫にゃ?」

 

レイナが目を瞬かせる。

 

「今言ったら、本当に危ないんじゃないかにゃ?」

 

ミケは少し心配そうだった。レイナは少しだけ考える。

 

そして、ほんの少しだけ笑った。

 

「大丈夫よ」

 

静かな笑みだった。

 

「昔からアイツの扱いは慣れてるもの」

 

ミケは納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。

 

レイナは二人を見る。

 

「今日はありがとう」

 

凛馬は肩をすくめた。

 

「まだ礼を言われる筋合いはない」

 

「そうだったわね」

 

レイナが苦笑する。そして、ゆっくり踵を返した。

 

「……どうか、死なないで」

 

夕暮れの道を歩いていく。白い髪が風に揺れる。その背中を見送りながら。

 

凛馬は小さく呟いた。

 

「……ノクス機関」

 

胸に残った違和感が消えたわけじゃない。だが、二人とも最初に感じた敵意はもう無かった。

 

沈みゆく夕陽の中、それぞれが答えを探すために歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

夜。ノクス機関の施設を前に、レイナは一人立ち止まっていた。

 

見慣れたはずの景色。何度も帰ってきた場所。それなのに——

 

今日は妙に遠く感じる。

 

「……」

 

小さく息を吐く。胸の奥が重かった。

 

頭の中では既に答えが出ている。だが、それを口にするということは、ノクス機関の全てを否定する気もした。

 

レイナは目を閉じる。ゆっくり息を吸い、そして吐く。

 

胸の奥の迷いごと吐き出すように。

 

「……よし」

 

小さく呟く。

 

そして扉へ手を伸ばした。もう後戻りはできなかった。

 

 

 

アジトの治療室。消毒液の匂いが漂う静かな部屋だった。

 

ベッドの上では、一人の男が不機嫌そうな顔で天井を見上げている。

 

全身包帯だらけで、右腕には固定具。額にも包帯。

 

「……いてぇ」

 

その男は、鷹城ガイだった。

 

「起きてたのね」

 

レイナが入ってくる。ガイは顔だけ向けた。

 

「おう」

 

少しだけ笑う。

 

「なんか久々だな」

 

「死んだと思ってた」

 

「ひでぇな!?」

 

即座に返ってきた。レイナは少しだけ肩をすくめる。

 

「半分冗談よ」

 

「お前なぁ……」

 

ガイが呆れたように笑う。だが、すぐにその表情が変わった。

 

レイナの様子がおかしい。長い付き合いだからこそ、違和感に気づいた。

 

「で?」

 

ガイが聞いた。

 

「何があった」

 

レイナは少し黙る。

 

「お前がそんな顔してる時は大体ろくでもねぇ話だろ」

 

レイナは苦笑する。 

 

「そういうところは相変わらずね」

 

「まぁ、早く言えよ」

 

少し黙った後、レイナはゆっくり口を開いた。

 

「今日」

 

ガイの目が向く。

 

「紅葉凛馬に会ってきた」

 

治療室の空気が止まった。

 

「……ほう?」

 

ガイが固まる。そして少し考える。

 

「はぁ!?」

 

声が響いた。

 

「どういうこった!?」

 

レイナは冷静だった。

 

「会って話しただけ」

 

「話しただけで済む相手か!?」

 

「まぁ……」

 

「済んでねぇな!?」

 

その反応にガイは逆に黙る。

 

冗談ではない。本気だ。だからこそ嫌な予感がした。

 

「……何があったんだ?」

 

今度は真面目な声だった。レイナは椅子へ腰掛ける。

 

そして、静かに話し始めた。

 

凛馬との会話。レオンの真実。龍族のこと。そして、神城コクヨウの事も。

 

一つも隠さず、全て話した。

 

ガイは最初こそ口を挟んだ。だが、話が進むにつれて言葉が減っていく。

 

レイナもそれに気付いていた。

 

やがて全てを話し終える。治療室に静寂が落ちた。

 

ガイは何も言わない。腕を組み、天井を見ていた。 

 

「……マジかよ」

 

低い声だった。レイナは答えない。ガイは苦い顔をする。 

 

「頭が追い付かねぇ」

 

額を押さえる。傷が痛むのか顔をしかめた。

 

「つまり、俺達はずっと嘘聞かされてたってことか?」

 

レイナは静かに頷く。

 

「少なくとも私はそう思う」

 

 

 

ガイは黙る。否定したかったが、出来なかった。レイナは嘘を吐いていないことぐらい分かる。

 

神城コクヨウという男に違和感が無かった訳ではなかった。

 

「……チッ」

 

舌打ちが漏れる。

 

「面倒くせぇな」

 

本音だった。レイナは小さく息を吐く。

 

「まだ終わってない」

 

ガイが顔を上げる。レイナの瞳は真剣だった。

 

「カイルにも……話さなきゃ」

 

その言葉に、ガイの表情が僅かに曇った。

 

レイナは続ける。

 

「このままじゃ絶対に止まらない」

 

 ガイは深くため息を吐く。

 

「……あー」

 

頭を掻く。

 

「嫌な予感しかしねぇな」

 

レイナは小さく頷く。

 

「私もよ」

 

静かな返事。だがその表情に迷いはなかった。

 

ガイはそれを見てため息を吐く。

 

「で?どうする」

 

レイナは立ち上がった。椅子が小さく音を立てる。

 

「決まってる」

 

そう言って扉へ向かう。

 

「今からカイルに話してくる」

 

治療室の空気が一瞬止まった。ガイが眉をひそめる。

 

「今からか?」

 

「今しかない」

 

レイナは振り返らない。

 

「もう時間がない」

 

ガイはしばらく黙った。そして——

 

「……気をつけろよ」

 

レイナの足が止まる。

 

「……ありがと」

 

レイナは小さく笑う。

 

そして。

 

「行ってくる」

 

そのまま治療室を後にした。残されたガイは天井を見上げる。

 

「……頼むから暴れんなよ」

 

その願いが届くことは、多分無いだろう。そう思いながら深いため息を吐いた。

 

 

 

 

 

重い足取りだった。レイナは長い廊下を進む。

 

目的地は一つ。獅堂カイル。止めなければならない相手。そして一番話したくない相手でもあった。

 

やがて、一つの扉の前で立ち止まる。小さく息を吐く。

 

そして。

 

「入るわよ」

 

返事を待たず扉を開いた。部屋の中にはカイルがいた。

 

机に向かい、何かを見ていたらしい。だがレイナが入ってきた瞬間、その手が止まる。

 

先に口を開いたのはカイルだった。

 

「……奇遇だな」

 

静かな声だった。

 

「丁度話があった」

 

レイナは少しだけ眉をひそめる。カイルが立ち上がる。その目は真っ直ぐだった。

 

「今日」

 

低い声。

 

「どこ行ってた」

 

レイナは答えない。その沈黙だけで十分だった。

 

カイルの目が細くなる。

 

「答えろ」

 

空気が重くなる。レイナは逃げなかった。

 

「……凛馬達の所よ」

 

部屋の空気が凍り付く。カイルは何も言わない。

 

ただ、ゆっくり拳を握った。

 

「そうか」

 

その声だけは妙に静かだった。

 

「やっぱりな」

 

レイナは真っ直ぐカイルを見る。

 

「話を聞いて」

 

「聞く必要あるのか?」

 

即答だった。だがレイナは止まらない。

 

凛馬達とのことを再び全てを話した。

 

カイルは最後まで聞いた。一度も口を挟まず。そしてレイナが最後の言葉を口にする。

 

「私達は騙されていた」

 

その瞬間だった。

 

ドンッ!!!

 

机が吹き飛んだ。凄まじい音が部屋に響く。

 

レイナが目を見開く。カイルの拳が机に叩き込まれていた。木片が床へ散らばる。

 

「ふざけるな」

 

低い声だが、それは怒鳴り声より怖かった。

 

「今さらか?」

 

レイナは黙る。カイルは顔を上げる。

 

その目には怒りが宿っていた。今まで見たことがないほどに。

 

「今さら何を言うかと思えば……」

 

一歩前へ出る。

 

「レオン様は死んだんだぞ」

 

さらに一歩。

 

「故郷も失い、仲間も失った俺達に道を示した俺たちの王だ!」

 

声が震える。

 

「俺達は何のために戦ってきた」

 

レイナは答えられない。カイルは叫ぶ。

 

「気が狂ったか!!レイナ!!」

 

部屋の空気が揺れる。今まで抑えていた感情が全て溢れていた。

 

「全部嘘だって言いたいのか!?」

 

「違う!」

 

レイナが声を上げる。だが、カイルは止まらない。

 

「お前は」

 

その声に怒りが混じる。

 

「レオン様を殺した奴の味方をするんだな?」

 

レイナの表情が揺れた。カイルは続ける。

 

「お前がそこまで落ちぶれてるなんてな」

 

レイナは何も言わない。いや、言えなかった。

 

カイルは首を振る。失望したように、諦めたように。

 

「もういい」

 

レイナの目が見開かれる。カイルは背を向けた。

 

「話は終わりだ」

 

「カイル……」

 

「終わりだと言ったはずだ」

 

振り返らない。その背中だけで分かった。

“レイナの言葉は、もう何一つ届いていない”

 

「今決めた」

 

拳を握る。

 

「紅葉凛馬は、俺が殺す」

 

レイナの顔色が変わる。

 

「待って!」

 

「黙れ」

 

即答だった。

 

「お願い、止まって!」

 

初めてレイナが感情を露わにする。だが、カイルは振り返らない。

 

扉へ向かう。

 

「お前は、もう仲間でも何でもない」

 

その言葉に、レイナの心が酷く打つ。扉に手を掛ける。

 

「結果がどうであれ、俺はアイツと戦わなければならん」

 

扉が開く。レイナが一歩踏み出す。

 

「カイル……」

 

だが、止まらない。カイルはそのまま部屋を出て行った。

 

レイナはしばらく動けなかった。そして小さく目を閉じる。

 

「……」

 

言葉にできない喪失感が、静かな部屋に残った。

 

 




最後まで読んでくださりありがとうございます!
レイナが選んだ答えと、カイルが選べなかった答え。彼女にとっての最悪な状況になってしまった。
次回、カイルの手は徐々に伸びてゆきます。
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