ギィィィィン!!
金属同士がぶつかり合う。火花が散る。
凛馬の双剣とカイルの刀が正面から激突した。
「っ!!」
凛馬が歯を食いしばる。拳だけでも異常な重さだったが——
刀を握った瞬間、圧力が別物になった。カイルはそのまま力任せに押し込む。
凛馬は身体を捻り、横へ流した、その瞬間だった。
「なっ!?」
なんとカイルの左拳が飛んできた。
ドゴッ!!
拳が頬へ直撃した。凛馬の身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩き付けられる寸前、双剣を地面へ突き刺し強引に止まった。
「刀だけじゃねぇのか……!?」
血を吐き捨てる。カイルは刀を肩へ担いだ。
「戦場でそんな甘い考えをしているのか?」
次の瞬間、消えた——
ドンッ!!
アスファルトが砕ける音が遅れて聞こえた。凛馬は反射で双剣を交差した。
(まずい!)
ギィン!!
カイルの刀が目の前にあった。
「速っ……!」
押し返そうとしたその瞬間、再び拳が襲う。
ドゴォッ!!
今度はみぞおちを直撃した。
「がはっ!!」
肺の空気が抜ける。凛馬は後ろへ吹き飛ばされた。
カイルは追撃する。斬撃の隙間に拳が混ざる。
「どうした、紅葉凛馬」
剣士でも、格闘家でもない。二つを同時に扱う異常な戦闘スタイル。
凛馬でさえ読めなかった。
「チッ!」
双剣で受ける。だが次に来るのが剣なのか拳なのか分からない。
今の凛馬には見てから対応するしかなかった。
(どうする……?)
双剣で攻めても、距離を取っても、どれも決め手に欠ける。
どっちが来るのか、それすら読めない。しかも、ただ読めないだけじゃない。
カイル自身が戦いながら変化している。拳を振るう度に、刀を振るう度に動きが研ぎ澄まされている。
(このままじゃ……)
じわりと嫌な汗が流れる。攻撃は見えている。
だが、その先が見えない。一手先でさえ完全に霧に包まれていた。
(なら一回距離を――)
そう考えたその瞬間だった——
ドォン!!
アスファルトが砕ける。
「――っ!?」
気付いた時には、カイルが目の前にいた。考えていた一瞬を狙われた。
(しまっ――)
反応が半拍遅れる。
「戦闘中に考え事か?」
カイルの肘が一直線に迫る。
「甘いんだよ!!」
ドゴッ!!
「がっ――!!」
顔面が横へ弾かれる。視界が白く染まった。
脳が揺れ、足元がふらつく。今までの攻撃とは比べ物にならないほど綺麗に入った。
その隙にカイルが踏み込む。
「終わりだ」
刀が振り下ろされるが、視界がまだ揺れている。身体が言うことを聞かなかった。
(やばい――)
本能だけで身体を動かした。
「くそっ!!」
凛馬は咄嗟に横へ転がった。アスファルトが真っ二つに割れる。
「冗談だろ……」
凛馬が立ち上がりながら笑う。
(刀の威力じゃねぇだろ)
「随分かっこいい戦い方だな」
カイルは静かに剣を構えた。
「俺は軍人だ、勝てばいい」
そして再び地面を蹴る。
ドンッ!!
「それがお前のした事だ」
凛馬も飛び出した。
「だからやってねぇって!!」
双剣が閃く。刀が唸る。
だが合間に拳、蹴りが飛ぶ。夕暮れの裏路地は既に戦場だった。
だが、凛馬は気付いていた。
(やっぱ読めねぇや)
拳と刀、二つあるからもそうだが——
カイル自身が迷っている。怒りも信念も、全部を抱えたまま戦っている。
だから軌道が読めない。予測できない。
「来い混血!!」
カイルが叫ぶ。
「お前が正しいなら証明してみろ!!」
凛馬も双剣を構える。
「そっちこそ!!」
再び二人が激突した。
ギィィィィンッ――!!!!
再び刃がぶつかる。だが直ぐに凛馬は後ろへ跳び、荒い呼吸を整えた。
(よく見極めろ……)
身体中が痛い。腹も腕悲鳴をあげていた。まともな場所を探す方が難しかった。
カイルは歩いてくる。彼に焦りはない。余裕すらあった。
「どうした?」
凛馬は返事をしない。ただ目の前の男を見ていた。
(粗を探せ……)
「期待外れだな」
カイルは鼻で笑い、深く沈みこんだ。
「レオン様を討った男がこの程度とは」
(……来る!)
ドンッ!!
本当に再び踏み込んできた。凛馬の目が僅かに細くなった。
(……あれ)
そして、違和感に気づく。
カイルの動きは変わらず速いし、重い。
それなのに、何かが違う——
ギィン!!
双剣と刀がぶつかる。その後に拳。また退いて激突。
(同じだ)
凛馬は気付く。攻撃の順番も、踏み込みも全部が少しずつ単調になっている。
カイル自身は恐らく気付いていない。圧倒しているから、勝っていると思っているから無意識に雑になっている。
「終わりだ!!」
カイルが叫ぶ。だが凛馬はカイルの目をじっと見た。
(やっぱこいつ……)
刀を振り下ろす。だが凛馬は半歩だけ横へ動いた。
ドゴォォン!!
地面が砕ける。
(調子乗ってんな)
次に拳が飛んできた。だが凛馬には分かっていた。
凛馬は身体を沈める。拳が頭上を通り過ぎる。カイルの目が僅かに見開いた。
「何?」
今まで避けられなかった攻撃を初めて避けられた。
凛馬は笑う。
「お前——」
双剣を構える。
「調子乗るタイプだろ」
カイルの眉がぴくりと動いた。
「……何?」
低い声だった。凛馬は肩を竦める。
「俺お前の図星つくの上手いらしいな」
その瞬間だった——
ドンッ!!
カイルが地面を砕きながら踏み込む。
「黙れッ!!」
刀が振り下ろされる。だが——
凛馬は再び半歩だけ動いた。刃が空を切る。
「っ!?」
次の瞬間、双剣が閃く。
ザシュッ。
カイルの腕が裂け、血がまう。ほんの僅かな傷だが確かに当たった。
カイルの目が細くなる。再び踏み込む。
ドンッ!!
拳と刀の怒涛の連撃。だが凛馬は避け続けた。
(急に避けやすいな)
そしてその合間に双剣を入れる。
ザシュッ。
今度は肩、太腿、全身に確かに傷をつけていく。
傷はどれも致命傷には程遠い。それでも確実に増えていた。
カイルの顔から余裕が消え始めた。
「チッ……!」
舌打ちが漏れる。凛馬は血を拭いながら笑った。
「分かりやすいな」
カイルが睨む。
「何がだ」
「怒ると全部顔に出てるぜ」
カイルの瞳に確かな怒りが宿る。
「消えろ!!」
ドンッ!!
再び突撃するが、避けられる。
そしてまた一つ傷が増える。
カイルは強い。だが怒りに任せているせいで、攻撃がどんどん単調になっていた。
レイナが言っていた事は本当だった。今のカイルはまさにその通りだった。
一方——
カイルも気付いていた。
さっきまで圧倒していたはずなのに攻撃が届かない。
避けられ、削られる。焦りが胸の奥で膨らんでいく。
「紅葉凛馬ァ!!」
怒号と共に踏み込み、そして今までで一番重い横薙ぎを飛ばした。
今までで一番分かりやすい一撃だった。凛馬の目が細くなる。
「ほらな」
凛馬が呟く。そして——
今度は自分から前へ出た。刀の下へ潜り込む。カイルの瞳が見開かれる。
「っ!?」
全力で横薙ぎをしたせいで、大きな隙を晒してしまった。
(取った)
凛馬は地面を蹴った。
そして——
双剣が閃く。
ザンッ——!!
鮮血が舞った。カイルの脇腹が大きく裂ける。
今までとは違う、明らかな深手だった。
そして初めてカイルの身体が大きく揺れた。
「終わりだ」
凛馬が再び踏み込む。ここで決める。そう思ったが——
カイルの瞳はまだ死んでいなかった。むしろ、笑っているように見えた。
「……そうか」
低い声だった。
「見切ったつもりか」
凛馬は構わず踏み込む。今度こそ終わらせる。
その瞬間だった——
ガシッ!!
「っ!?」
右手首を掴まれた。完全に予想外だった。
そして次の瞬間——
ミシッ!!
嫌な音が響く。
「なっ……!?」
凛馬の右手から双剣が離れる。カイルが強引に一本を奪い取った。
凛馬の目が見開かれる。その手にあった双剣が片方がない。
一瞬で戦い方が変わる。焦りが走った。
(しまった……!)
今までずっと双剣だった。一本失うだけで全てが狂った。
カイルは奪った双剣を見た。そして笑った。
「ようやく引っ掛かったな」
凛馬の背筋が凍る。
「……何?」
カイルは脇腹から流れる血を気にも留めない。
「気付いていないと思ったか」
静かな声だった。
「俺が焦っていたように見えたか?」
凛馬の顔色が変わる。その瞬間——
全てを察してしまう。
怒りも、焦りも、単調な攻撃も、全部——
「まさか……」
カイルは鼻で笑う。
「お前は人を読むのが得意らしいな」
凛馬が目を見開く。
「まじか……」
そしてカイルは——
なんと刀を捨てた。
カラン。
夕陽に照らされながら。刀が地面へ転がる。
凛馬は完全に固まった。理解が追い付かなかった。
カイルは拳を握り、そして双剣の片方を構えた。
凛馬の本能が警鐘を鳴らす。
(マジでやばいぞ……)
「お前……」
カイルはゆっくり口元を歪めた。
「俺が刀しか使えないと思ったか?」
ドンッ!!
地面が砕けた。
「っ!?」
さっきまでとは比べ物にならないほどの速さでこちらは突進してくる。
そして、ナイフ、拳、蹴り。全部が一瞬で飛んでくる。
「ぐっ!」
咄嗟に残った片刃で受ける。だが間に合わない。
ドゴッ!!
まず拳が腹へ入る。それだけ肺の空気が抜けた。
「がっ……!」
(なんだコイツ……!)
さっきまで読めていた。確かに読めていたはずなのに——
全部ひっくり返された。動きがまるで別人の様だった。
その直後——
ザシュッ!!
ナイフで肩が裂ける。
(嘘だろ……)
間髪入れずに肘。
ドゴッ!!
再び視界が揺れる。そして膝が入る。
ドゴォッ!!
凛馬の身体が衝撃で浮く。反撃しようとするが間髪入れず攻撃がくる。
(ここまで計算してたのか……!?)
ナイフを避けても拳、そこへ膝、更には蹴り。全部が繋がっている癖に、全部が速く致命的だ。
「ぐあっ!!」
ドゴッ!!
頬を殴られ——
ザシュッ!!
太腿が裂け——
ドゴォッ!!
みぞおちへ拳が入る。息をする間もなかった。
(なん……で……)
完全に予想外だった。刀と拳のカイルじゃない。
本当はナイフと拳のカイルだった。
本当の殺し合いが今になって始まった気がした。
「終わりだ!!」
カイルの声が聞こえる。
次の瞬間——
ドゴォォォンッ!!!
渾身の拳が凛馬の顔面へ突き刺さった。凛馬の身体が吹き飛ぶ。
何メートルもの先の壁が砕け、瓦礫が崩れ落ちる。
そして凛馬は初めて理解した。
今までの刀と拳ですら、カイルは本気ではなかった。
「はぁ……はぁ……」
立とうとするが足に力が入らない。
呼吸も上手く出来ない。身体中が痛い。どこもかしこもズタボロだった。
「……くそ」
双剣を支えにしようとして膝をつくが——
片方が無かった。
「は……」
思わず乾いた笑いが漏れた。
本当に、全部やられた。力で負けた訳じゃない。戦いそのものに負けた。
カイルがゆっくり歩いてくる。もう止められない。身体が動かない。
カイルは凛馬を見下ろした。
「それで守ると、皆に言ったのか?」
低い声だった。凛馬は顔を上げる。
「……」
言葉も出なかった。カイルは続ける。
「仲間を?」
一歩ずつ近付いてくる。
「居場所を……」
静かな声だった。だがその言葉は刃より鋭かった。
カイルは凛馬を見下ろしたまま言う。
「笑わせるな!!」
凛馬の瞳が揺れる。皆の顔が頭を過った。
だがカイルは容赦なく続ける。
「そんな力で!!」
拳を握る。
「そんな覚悟で!!」
その瞳は真っ直ぐだった。本気でそう思っているからこそ残酷だった。
「誰が守れる!!」
凛馬の身体が震える。怒りなのか悔しさなのか自分でも分からなかった。
守るために戦うと誓ったのに。何も出来なかった。
「ッ……」
意識が沈んでいく。冷たく、深い場所へ落ちていく。
(……違う)
小さな声。
(こんなはずじゃ……)
身体はもう動かない。視界が黒く染まっていく。
カイルの姿も、やがて何も見えなくなる。
そして、完全に意識が途切れた。
――ドクン。
心臓が鳴る。闇の底、誰もいないはずの場所に“それ”は一人立っていた。
赤い瞳に、白い髪の毛。そして、凛馬と同じ顔。
『……そうか』
“それ”は感情の無い声だった。怒りも、悲しみもなかった。
“それ”は静かに顔を上げる。そして、小さく呟いた。
『守れなかったか』
その言葉に凛馬の身体が震える。そんなこと一番分かっているのは自分だった。
だからこそ、聞きたくなかった。
“それ”は静かに歩き出した。凛馬の横を通り過ぎる。
「……やめろ」
嫌な予感がした。今からこいつが何をするのか分かってしまった。
だから、絶対に止めなければいけない。
だが、身体はボロボロだった。“それ”は振り返りもしない。
「おい!!」
凛馬が叫ぶ。
「やめろ!!行くな!!」
初めて。“それ”の足が少しだけ止まった。
『……安心しろ』
感情の無い声だった。
『死にはしない』
凛馬の背筋が凍る。
「違う!!そうじゃねぇ!!」
“それ”静かに目を閉じる。
『なら、どうする』
赤い瞳が開く。凛馬は言葉を失う。実際何も出来なかった。負けた。守れなかった。
何も言い返せなかった。”それ”静かに前を向く。
『後は俺がやる』
ドクン。
心臓が鳴る。凛馬が手を伸ばす。
「待て——」
届かない。視界に赤が広がる。視る世界が軋んだ。そして——
意識は完全に赤へ呑み込まれた。
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