獣界の異邦人   作:ruemtrnmdxxx

89 / 90
希望の名は

 「……頭冷えたか?」

 

 その一言に、カイルは何も返さなかった。

 

 返せないのか、返さないのかは分からない。

 

 ただ、さっきまで感じていた殺気だけはもう無かった。

 

 俺は小さく息を吐く。

 身体中が痛い。

 立っているだけで限界だった。

 

 それでも、ここで終わらせる訳にはいかなかった。

 

 「なぁ、一つだけ聞いていいか」

 

 カイルは黙ったまま俺を見返してくる。

 

 「レオンのこと、本当に尊敬してんだよな」

 

 一瞬だけ、その目が揺れたように見えた。

 

 「……当たり前だ」

 

 掠れた声でカイルは続ける。

 

 「俺の全ては、あの方から始まった」

 

 「……そっか」

 

 俺は静かに頷く。

 だからこそ、どうしても分からない事があった。

 

 「じゃあさ」

 

 少しだけ間を置いた。

 これを聞くのは少々気が引けた。

 

 「何でアイツら来なかったんだよ」

 

 カイルの表情が止まる。

 

 「……何?」

 

 「レイナとガイだよ」

 

 俺は真っ直ぐカイルを見据えた。

 

 「お前、本当に正しいならさ、

 何で二人とも、お前の隣にいなかった」

 

 風が裏路地を吹き抜ける。

 

 カイルは俯いた。

 震える拳を見つめたまま、ようやく口を開いた。

 

 「……俺が」

 

 一瞬言葉が詰まる。

 まるで自分の過ちを認めるかの様に。

 

 「俺が……切り捨てた」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……やっぱり。

 

 レイナは、ずっと分かっていたんだ。

 だから最後まで止めようとしていた。

 

 あいつは最後まで嘘をついていなかった。

 

 ようやく——

 俺はレイナを信じることができた。

 

 「レイナには……もう仲間じゃないと言った」

 

 苦しそうに言葉を続ける。

 

「ガイには……何も言わなかった」

 

 握っている拳が震えていた。

 

「俺1人で止められると思った」

 

 自嘲するように笑った。

 

 そこで初めて俺は確信した。

 

 “こいつは最初から、一人で全部終わらせるつもりだった”。

 

「……そうか」

 

 俺は静かに頷く。

 

 

 震える拳を見つめたまま、ようやく口を開く。

 

 「……分からなかった」

 

 その一言は、戦いが始まってから初めて見せた迷いだった。

 

 「……考えもしなかった」

 

 カイルは静かに語り始めた。

 

 「レイナが何を思っていたのか——

 ガイが何を伝えようとしていたのか——」

 

 苦しそうに息を吐く。

 

 「そんなこと……考えようともしなかった」

 

 そう言ったカイルの目は、どこか遠くを見ていた。

 

 まるで俺じゃなく、過去の自分へ語りかけているようだった。

 

 「俺は——」

 

 カイルの言葉が詰まる。

 

 「俺が全部正しいって……そう言い聞かせていた」

 

 カイルは拳を握り締める。

 

 その姿からは、さっきまで俺を殺そうとしていた男の面影はもう無かった。

 

 「そうでもしないと——

 レオン様の死を……受け入れられなかった」

 

 やがてカイルがゆっくり顔を上げる。

 その瞳は少しだけ潤んでいる様だった。

 

 「……紅葉凛馬」

 

 その目で俺を見た。

 

「俺は……間違っていたのか?」

 

 俺は少しだけ目を閉じる。

 どんな顔されようと、答えは決まっていた。

 

「……ああ」

 

 静かに頷く。

 

「お前は間違ってるよ」

 

 カイルは何も言わない。ただ目線を逸らした。

 俺は構わず続けた。

 

「レオンを大切に思う気持ちは間違ってない。

 レオンの死が受け入れられなかったのも分かる」

 

 俺は一歩だけ近付く。カイルもやっと目が合う。

 

「でも、もっと仲間を信用するべきだった」

 

真っ直ぐ目を見る。

 

「レイナもガイも——

 きっとお前を止めようとしたんじゃない」

 

 一呼吸置いてから、言葉を続ける。

 

「お前を、最後まで信じたかったんだろ」

 

 カイルの肩が僅かに震える。

 きっと本質を突いたのだろう。

 

「……でもさ——」

 

 俺は少し笑った。

 

「お前、俺に少し似てるよ」

 

 カイルが目を見開く。

 

「え……?」

 

「全部一人で抱え込もうとして、

 自分だけで何とかしようとして、

 勝手に答え出して——」

 

「結局、周りが見えなくなる」

 

 俺は少しだけ目を伏せた。

 

「……殺しちまった俺が言うことじゃないんだけどさ」

 

「俺は——

 生きてほしかったんだよ」

 

 カイルの目が見開かれる。

 

 「……は?」

 

 そして俺は、あの日が脳裏を過る——

 

 最後まで気高く、最後まで王であり続けた男。

 

 「アイツさ、最後に俺へ言ったんだよ」

 

 カイルがゆっくり目を細める。

 

「『お前は、この世界を更新する者だ』って」

 

 静かな裏路地に、その言葉だけが響く。

 

「だから俺は」

 

 拳を握る。

 

「レオンが命懸けで託した未来を——

 お前みたいに、一人で終わらせようとしてる奴を見過ごしたくない」

 

 真っ直ぐカイルを見る。

 

「レオンが本当に望んでたのは、

 きっとそんな未来じゃない」

 

カイルの瞳が大きく揺れる。

 

「何故だ……

 何故あの方が……」

 

 信じられないものを見るように俺を見つめる。

 

「お前は……

 世界を壊す者じゃなかったのか……!」

 

 俺は小さくため息を吐いた。

 

「だからしねぇって……」

 

 何度目か分からないその言葉を口にする。

 

「俺はレオンが俺に託してくれた使命を守りたい」

 

 あの日の最後、獅子王レオンは俺に未来を託した。

 だったら、その想いまで無駄にはしたくない。

 

「だから、お前と争ってる暇なんかねぇんだよ」

 

 カイルは息を呑む。

 

「俺には——」

 

 脳裏に浮かぶアオの笑顔。

 

 そしてミケの騒がしい声。

 コハクの呆れ顔。

 ヒョウカの不器用な優しさ。

 ミナの穏やかな笑み。

 ツキノの無邪気な笑顔。

 

 みんなの姿が浮かんだ。

 

「みんなが——

 笑ってられる世界にしたいだけなんだ」

 

 静かな言葉だった。

 でも、それが俺の答えだった。

 

 カイルは何も言わない。

 ただ俺を見つめていた。

 

 その瞳から、さっきまでの殺意はもう消えていた。

 

 代わりに浮かんでいたのは——迷い。

 

「……笑ってられる世界、か」

 

 カイルが小さく呟く。

 何かを思い出したように、瞳が大きく揺れる。

 

「……そうだ。あの時も」

 

 ゆっくりと空を見上げる。

 

「レオン様は……そう笑っていた」

 

 夕焼けを見つめるその横顔は、もう戦士ではなかった。

 

 一人の青年の顔だった。

 

 そして、カイルは静かに口を開く。

 

「あの日、俺は——」

 

 

         ◇◇◇

 

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。

 忘れたくても忘れられない。

 

 あれが、俺の全ての始まりだった。

 

 15年前、俺達は南区の孤児院で暮らしていた。

 

 両親の顔は、もう覚えていない。

 物心ついた頃には、レイナもガイも俺も、家族と呼べる存在は互いしかいなかった。

 

 その孤児院は、普通の孤児院じゃない。

 当時の政府直属の戦士育成施設。

 

 生きるためには戦うしかない。

 子どもだろうが関係なかった。

 

 朝から晩まで剣を握り、拳を振るい、倒れても立たされる。

 

 泣けば怒鳴られた。

 弱ければ飯も減らされた。

 

 それが当たり前だった。

 

 そんな毎日の中でも、俺達三人だけはいつも一緒だった。

 

 レイナとガイ。

 そして俺。

 

 血は繋がっていない。

 それでも、互いだけが家族だった。

 

 そんなある日——

施設が珍しく騒がしくなった。

 

「今日は政府のお偉いさんが来るらしいぞ」

 

 誰かがそう呟く。

 俺たちは興味無かった。

 

 どうせまた、使えそうな子どもを品定めしに来るだけだと思っていたからだ。

 

 ……でもその日は違った。

 

 俺達の前に現れたのは——

 一人の金髪の青年と。

 白い髪を揺らした、一人の女性だった。

 

 この二人との出会いが——

 俺達三人の人生を、大きく変えることになる。

 

「整列!!」

 

 施設長の怒鳴り声が響く。

 

 子ども達が慌てて並ぶ。

 

「本日は特別なお客様がお見えになった!!」

 

 重々しい扉が開く。

 

 そこから入ってきたのは——

 一人の金髪の青年と、

 白髪の女性だった。

 

 青年は柔らかく笑う。

 

「初めまして。獅子王レオンだ」

 

 続いて白髪の女性も一歩前へ出た。

 

「鳳シオン、今日はよろしくね!」

 

 子ども達は一斉に頭を下げる。

 

 だが、俺達だけは動かなかった。

 頭を下げる理由なんて無かった。

 

 どうせまた、汚ねぇ大人だろ。

 そう思っていた。

 

 施設長が顔を真っ赤にする。

 

「カイル!! レイナ!! ガイ!!

 頭を下げろッ!!」

 

 その瞬間だった——

 

「構いませんよ」

 

 レオン様が施設長を制した。

 

「え……?」

 

「怒鳴らなくて結構」

 

 レオン様は笑ったまま俺達の前まで歩いてくる。

 

 そして——

 

 俺達と同じ目線になるよう、ゆっくりしゃがんだ。

 

「さっきの訓練、全部見てたよ」

 

 三人とも少しだけ目を見開く。

 

「いい動きだった」

 

 その一言に、思わず耳を疑った。

 褒められるのは、初めてだった。

 

 レオン様は俺を見る。

 

 「君、施設長に怒られていた子を庇っていたね」

 

 心臓が跳ねた。

 

「自分が殴られながら——

他の子達に逃げろって叫んでた」

 

 全部見られていた様だ。

 俺は目を逸らした。

 

「……別に」

 

 レオン様は小さく笑った。

 

「優しい子なんだな」

 

 その言葉が、胸の奥へ真っ直ぐ刺さった。

 次に視線はレイナへ向く。

 

「君は戦ってるようで、ずっと周りを見てた」

 

 シオンさんが嬉しそうに頷く。

 

「誰が困ってるか誰が危ないか。

 全部見えてたじゃん」

 

 レイナが驚いたように目を丸くする。

 

「みんなが安心して動けてたのは……

 君のおかげだね!」

 

 そう言ってシオンさんはレイナを撫でた。

 レイナは何も言えず、小さく俯いた。

 

 最後にガイを見る。

 レオン様は思わず吹き出した。

 

 俺たちの中で1番泥だらけで、1番傷が多かった。

 

「君は元気だな、暴れ過ぎだけど」

 

 ガイが慌てる。

 

「やっぱりダメだった!?」

 

「いや——」

 

 レオン様は笑った。

 

「その勢いは才能だ。

 きっと誰より頼もしい戦士になる」

 

 ガイの尻尾が勢いよく揺れた。

 

 レオン様はもう一度、俺達三人を見渡した。

 

「強さは後から身に付く。でも——」

 

 少しだけ真剣な表情になる。

 

「人を想う心や、仲間を信じる心は——

 教えて身に付くものじゃない」

 

 静かに笑う。

 

「三人とも、ちゃんと芯を持ってる」

 

レオン様は俺達三人を見渡した。

 

 そして、柔らかく笑う。

 

「どうだ?

 俺と一緒に来ないか」

 

 三人とも目を見開いた。

 何を言われたのか、一瞬理解できなかった。

 

「俺は強い戦士が欲しいんじゃない」

 

 レオン様は静かに続ける。

 

「誰かを想える奴と、一緒に歩きたい」

 

 俺達を真っ直ぐ見つめる。

 

「三人とも——

 俺達の家族にならないか」

 

 その言葉を聞いた瞬間だった——

 

 施設長が慌てて前へ出る。

 

「ですがレオン様!」

 

 慌てた声だった。

 

「この三人は問題児です!」

 

 施設長は俺達を指差した。

 

「命令は聞かない!

 喧嘩ばかり!

 協調性もない!」

 

 俺たちの顔に怒りが宿る。

 

「特にカイルは反抗的で——

 何度言っても言うことを聞きません!」

 

 俺は歯を食いしばる。

 

 やれるものなら、

 今すぐにでも飛びついてボコボコにしたかった。

 

 すると——

 

「……ふふっ」

 

 レオン様が吹き出した。

 施設長が固まる。

 

「れ、レオン様?」

 

 レオン様は肩を震わせながら笑う。

 

「貴方は面白い人ですね」

 

 施設長は愛想笑いを浮かべる。

 

「え、ええ……?」

 

「俺には——

 誰より仲間思いな子達にしか見えませんけど」

 

 施設長の笑顔が引きつる。

 

「い、いえ……それは――」

 

「それに……」

 

 レオン様は穏やかな笑顔のまま続けた。

 

「この子達が問題児なら——

 問題があるのは、この施設なんじゃないですか?」

 

 空気が凍った。

 

「教育とは、人を潰すことじゃありません。

 貴方は、それを履き違えている。」

 

 施設長の顔色が一気に変わる。

 

「そ、それは……」

 

「さっきまでの威勢はどうしたんです?」

 

 レオン様は笑っている。

 なのに、誰も笑えなかった。

 

 施設長は咳払いを一つした。

 

「この子達を引き取るなら、それ相応の金額を払っていただきます」

 

 俺達は顔をしかめた。

 結局、俺達は物なんだ。

 

 だが、その時だった——

 

 シオンさんが一歩前へ出る。

 無言で、一枚の小切手を机へ置く。

 

 施設長が目を見開いた。

 

「こ、これは……!」

 

 金額を見た瞬間、顔色が変わる。

 声も出なくなっていた。

 

 シオンさんは静かに施設長を見る。

 さっきまでの優しい笑顔は無い。

 

 真っ直ぐ見据える瞳だけがそこにあった。

 

「これで足りますよね?」

 

 施設長は何度も頷く。

 

「は、はい……もちろん……!」

 

 シオンさんはゆっくり俺達の方を見る。

 そしてもう一度、施設長へ視線を戻した。

 

「なら——」

 

 静かな声だった。

 だけど、その場で一番重い言葉だった。

 

「この子達に……

 もう二度と、心ない言葉を向けないでください」

 

 施設長は何も言えなかった。

 ただ黙って頭を下げるしかなかった。

 

 俺は、その横顔から目を離せなかった。

 

 ――こんな大人も、いるんだ。

 生まれて初めて、そう思った。

 

 レオン様は俺達へ手を差し伸べた。

 

「行こう」

 

 俺達は顔を見合わせる。

 まだ信じられなかった。

 

 本当に、この場所を出られるのか。

 恐る恐る、その手を取る。

 

 その瞬間だった——

 

「……待って」

 

 小さな声が聞こえた。

 

 施設の子ども達が、柵の向こうから俺達を見ていた。

 

 羨ましそうな目。

 寂しそうな目。

 諦めたような目。

 

 レオン様は立ち止まった。

 そしてゆっくり子ども達の方へ歩いていく。

 

「ごめん——」

 

 優しく笑う。

 

「今日は全員を連れて行けない」

 

 子ども達が俯く。

 レオン様は続けた。

 

「でも約束する」

 

 真っ直ぐ前を見据える。

 

「必ずまた来る——

 君達も、この場所から出られるように」

 

「私たちが何とかするからね」

 

 その声に嘘は一つも無かった。

 少なくとも、俺達はそう信じた。

 

「だからもう少しだけ、待っていてくれ」

 

 そう言って優しく微笑む。

 誰も返事はしなかった。

 

 俺はその光景を、ただ黙って見つめていた。

 

 あの日——初めて思った。

 

 この人なら、本当に世界を変えられるかもしれないと。

 

 そして俺達は、その日からレオン様の元で暮らすことになった。

 

 あの頃の俺達は、まだ知らなかった。

 

 あの日々が二度と戻らない——

 かけがえのない日々になることを。




最後までよんでくださりありがとうございます!
反応くださると励みになります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。