「……頭冷えたか?」
その一言に、カイルは何も返さなかった。
返せないのか、返さないのかは分からない。
ただ、さっきまで感じていた殺気だけはもう無かった。
俺は小さく息を吐く。
身体中が痛い。
立っているだけで限界だった。
それでも、ここで終わらせる訳にはいかなかった。
「なぁ、一つだけ聞いていいか」
カイルは黙ったまま俺を見返してくる。
「レオンのこと、本当に尊敬してんだよな」
一瞬だけ、その目が揺れたように見えた。
「……当たり前だ」
掠れた声でカイルは続ける。
「俺の全ては、あの方から始まった」
「……そっか」
俺は静かに頷く。
だからこそ、どうしても分からない事があった。
「じゃあさ」
少しだけ間を置いた。
これを聞くのは少々気が引けた。
「何でアイツら来なかったんだよ」
カイルの表情が止まる。
「……何?」
「レイナとガイだよ」
俺は真っ直ぐカイルを見据えた。
「お前、本当に正しいならさ、
何で二人とも、お前の隣にいなかった」
風が裏路地を吹き抜ける。
カイルは俯いた。
震える拳を見つめたまま、ようやく口を開いた。
「……俺が」
一瞬言葉が詰まる。
まるで自分の過ちを認めるかの様に。
「俺が……切り捨てた」
俺は息を呑んだ。
……やっぱり。
レイナは、ずっと分かっていたんだ。
だから最後まで止めようとしていた。
あいつは最後まで嘘をついていなかった。
ようやく——
俺はレイナを信じることができた。
「レイナには……もう仲間じゃないと言った」
苦しそうに言葉を続ける。
「ガイには……何も言わなかった」
握っている拳が震えていた。
「俺1人で止められると思った」
自嘲するように笑った。
そこで初めて俺は確信した。
“こいつは最初から、一人で全部終わらせるつもりだった”。
「……そうか」
俺は静かに頷く。
震える拳を見つめたまま、ようやく口を開く。
「……分からなかった」
その一言は、戦いが始まってから初めて見せた迷いだった。
「……考えもしなかった」
カイルは静かに語り始めた。
「レイナが何を思っていたのか——
ガイが何を伝えようとしていたのか——」
苦しそうに息を吐く。
「そんなこと……考えようともしなかった」
そう言ったカイルの目は、どこか遠くを見ていた。
まるで俺じゃなく、過去の自分へ語りかけているようだった。
「俺は——」
カイルの言葉が詰まる。
「俺が全部正しいって……そう言い聞かせていた」
カイルは拳を握り締める。
その姿からは、さっきまで俺を殺そうとしていた男の面影はもう無かった。
「そうでもしないと——
レオン様の死を……受け入れられなかった」
やがてカイルがゆっくり顔を上げる。
その瞳は少しだけ潤んでいる様だった。
「……紅葉凛馬」
その目で俺を見た。
「俺は……間違っていたのか?」
俺は少しだけ目を閉じる。
どんな顔されようと、答えは決まっていた。
「……ああ」
静かに頷く。
「お前は間違ってるよ」
カイルは何も言わない。ただ目線を逸らした。
俺は構わず続けた。
「レオンを大切に思う気持ちは間違ってない。
レオンの死が受け入れられなかったのも分かる」
俺は一歩だけ近付く。カイルもやっと目が合う。
「でも、もっと仲間を信用するべきだった」
真っ直ぐ目を見る。
「レイナもガイも——
きっとお前を止めようとしたんじゃない」
一呼吸置いてから、言葉を続ける。
「お前を、最後まで信じたかったんだろ」
カイルの肩が僅かに震える。
きっと本質を突いたのだろう。
「……でもさ——」
俺は少し笑った。
「お前、俺に少し似てるよ」
カイルが目を見開く。
「え……?」
「全部一人で抱え込もうとして、
自分だけで何とかしようとして、
勝手に答え出して——」
「結局、周りが見えなくなる」
俺は少しだけ目を伏せた。
「……殺しちまった俺が言うことじゃないんだけどさ」
「俺は——
生きてほしかったんだよ」
カイルの目が見開かれる。
「……は?」
そして俺は、あの日が脳裏を過る——
最後まで気高く、最後まで王であり続けた男。
「アイツさ、最後に俺へ言ったんだよ」
カイルがゆっくり目を細める。
「『お前は、この世界を更新する者だ』って」
静かな裏路地に、その言葉だけが響く。
「だから俺は」
拳を握る。
「レオンが命懸けで託した未来を——
お前みたいに、一人で終わらせようとしてる奴を見過ごしたくない」
真っ直ぐカイルを見る。
「レオンが本当に望んでたのは、
きっとそんな未来じゃない」
カイルの瞳が大きく揺れる。
「何故だ……
何故あの方が……」
信じられないものを見るように俺を見つめる。
「お前は……
世界を壊す者じゃなかったのか……!」
俺は小さくため息を吐いた。
「だからしねぇって……」
何度目か分からないその言葉を口にする。
「俺はレオンが俺に託してくれた使命を守りたい」
あの日の最後、獅子王レオンは俺に未来を託した。
だったら、その想いまで無駄にはしたくない。
「だから、お前と争ってる暇なんかねぇんだよ」
カイルは息を呑む。
「俺には——」
脳裏に浮かぶアオの笑顔。
そしてミケの騒がしい声。
コハクの呆れ顔。
ヒョウカの不器用な優しさ。
ミナの穏やかな笑み。
ツキノの無邪気な笑顔。
みんなの姿が浮かんだ。
「みんなが——
笑ってられる世界にしたいだけなんだ」
静かな言葉だった。
でも、それが俺の答えだった。
カイルは何も言わない。
ただ俺を見つめていた。
その瞳から、さっきまでの殺意はもう消えていた。
代わりに浮かんでいたのは——迷い。
「……笑ってられる世界、か」
カイルが小さく呟く。
何かを思い出したように、瞳が大きく揺れる。
「……そうだ。あの時も」
ゆっくりと空を見上げる。
「レオン様は……そう笑っていた」
夕焼けを見つめるその横顔は、もう戦士ではなかった。
一人の青年の顔だった。
そして、カイルは静かに口を開く。
「あの日、俺は——」
◇◇◇
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
忘れたくても忘れられない。
あれが、俺の全ての始まりだった。
15年前、俺達は南区の孤児院で暮らしていた。
両親の顔は、もう覚えていない。
物心ついた頃には、レイナもガイも俺も、家族と呼べる存在は互いしかいなかった。
その孤児院は、普通の孤児院じゃない。
当時の政府直属の戦士育成施設。
生きるためには戦うしかない。
子どもだろうが関係なかった。
朝から晩まで剣を握り、拳を振るい、倒れても立たされる。
泣けば怒鳴られた。
弱ければ飯も減らされた。
それが当たり前だった。
そんな毎日の中でも、俺達三人だけはいつも一緒だった。
レイナとガイ。
そして俺。
血は繋がっていない。
それでも、互いだけが家族だった。
そんなある日——
施設が珍しく騒がしくなった。
「今日は政府のお偉いさんが来るらしいぞ」
誰かがそう呟く。
俺たちは興味無かった。
どうせまた、使えそうな子どもを品定めしに来るだけだと思っていたからだ。
……でもその日は違った。
俺達の前に現れたのは——
一人の金髪の青年と。
白い髪を揺らした、一人の女性だった。
この二人との出会いが——
俺達三人の人生を、大きく変えることになる。
「整列!!」
施設長の怒鳴り声が響く。
子ども達が慌てて並ぶ。
「本日は特別なお客様がお見えになった!!」
重々しい扉が開く。
そこから入ってきたのは——
一人の金髪の青年と、
白髪の女性だった。
青年は柔らかく笑う。
「初めまして。獅子王レオンだ」
続いて白髪の女性も一歩前へ出た。
「鳳シオン、今日はよろしくね!」
子ども達は一斉に頭を下げる。
だが、俺達だけは動かなかった。
頭を下げる理由なんて無かった。
どうせまた、汚ねぇ大人だろ。
そう思っていた。
施設長が顔を真っ赤にする。
「カイル!! レイナ!! ガイ!!
頭を下げろッ!!」
その瞬間だった——
「構いませんよ」
レオン様が施設長を制した。
「え……?」
「怒鳴らなくて結構」
レオン様は笑ったまま俺達の前まで歩いてくる。
そして——
俺達と同じ目線になるよう、ゆっくりしゃがんだ。
「さっきの訓練、全部見てたよ」
三人とも少しだけ目を見開く。
「いい動きだった」
その一言に、思わず耳を疑った。
褒められるのは、初めてだった。
レオン様は俺を見る。
「君、施設長に怒られていた子を庇っていたね」
心臓が跳ねた。
「自分が殴られながら——
他の子達に逃げろって叫んでた」
全部見られていた様だ。
俺は目を逸らした。
「……別に」
レオン様は小さく笑った。
「優しい子なんだな」
その言葉が、胸の奥へ真っ直ぐ刺さった。
次に視線はレイナへ向く。
「君は戦ってるようで、ずっと周りを見てた」
シオンさんが嬉しそうに頷く。
「誰が困ってるか誰が危ないか。
全部見えてたじゃん」
レイナが驚いたように目を丸くする。
「みんなが安心して動けてたのは……
君のおかげだね!」
そう言ってシオンさんはレイナを撫でた。
レイナは何も言えず、小さく俯いた。
最後にガイを見る。
レオン様は思わず吹き出した。
俺たちの中で1番泥だらけで、1番傷が多かった。
「君は元気だな、暴れ過ぎだけど」
ガイが慌てる。
「やっぱりダメだった!?」
「いや——」
レオン様は笑った。
「その勢いは才能だ。
きっと誰より頼もしい戦士になる」
ガイの尻尾が勢いよく揺れた。
レオン様はもう一度、俺達三人を見渡した。
「強さは後から身に付く。でも——」
少しだけ真剣な表情になる。
「人を想う心や、仲間を信じる心は——
教えて身に付くものじゃない」
静かに笑う。
「三人とも、ちゃんと芯を持ってる」
レオン様は俺達三人を見渡した。
そして、柔らかく笑う。
「どうだ?
俺と一緒に来ないか」
三人とも目を見開いた。
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
「俺は強い戦士が欲しいんじゃない」
レオン様は静かに続ける。
「誰かを想える奴と、一緒に歩きたい」
俺達を真っ直ぐ見つめる。
「三人とも——
俺達の家族にならないか」
その言葉を聞いた瞬間だった——
施設長が慌てて前へ出る。
「ですがレオン様!」
慌てた声だった。
「この三人は問題児です!」
施設長は俺達を指差した。
「命令は聞かない!
喧嘩ばかり!
協調性もない!」
俺たちの顔に怒りが宿る。
「特にカイルは反抗的で——
何度言っても言うことを聞きません!」
俺は歯を食いしばる。
やれるものなら、
今すぐにでも飛びついてボコボコにしたかった。
すると——
「……ふふっ」
レオン様が吹き出した。
施設長が固まる。
「れ、レオン様?」
レオン様は肩を震わせながら笑う。
「貴方は面白い人ですね」
施設長は愛想笑いを浮かべる。
「え、ええ……?」
「俺には——
誰より仲間思いな子達にしか見えませんけど」
施設長の笑顔が引きつる。
「い、いえ……それは――」
「それに……」
レオン様は穏やかな笑顔のまま続けた。
「この子達が問題児なら——
問題があるのは、この施設なんじゃないですか?」
空気が凍った。
「教育とは、人を潰すことじゃありません。
貴方は、それを履き違えている。」
施設長の顔色が一気に変わる。
「そ、それは……」
「さっきまでの威勢はどうしたんです?」
レオン様は笑っている。
なのに、誰も笑えなかった。
施設長は咳払いを一つした。
「この子達を引き取るなら、それ相応の金額を払っていただきます」
俺達は顔をしかめた。
結局、俺達は物なんだ。
だが、その時だった——
シオンさんが一歩前へ出る。
無言で、一枚の小切手を机へ置く。
施設長が目を見開いた。
「こ、これは……!」
金額を見た瞬間、顔色が変わる。
声も出なくなっていた。
シオンさんは静かに施設長を見る。
さっきまでの優しい笑顔は無い。
真っ直ぐ見据える瞳だけがそこにあった。
「これで足りますよね?」
施設長は何度も頷く。
「は、はい……もちろん……!」
シオンさんはゆっくり俺達の方を見る。
そしてもう一度、施設長へ視線を戻した。
「なら——」
静かな声だった。
だけど、その場で一番重い言葉だった。
「この子達に……
もう二度と、心ない言葉を向けないでください」
施設長は何も言えなかった。
ただ黙って頭を下げるしかなかった。
俺は、その横顔から目を離せなかった。
――こんな大人も、いるんだ。
生まれて初めて、そう思った。
レオン様は俺達へ手を差し伸べた。
「行こう」
俺達は顔を見合わせる。
まだ信じられなかった。
本当に、この場所を出られるのか。
恐る恐る、その手を取る。
その瞬間だった——
「……待って」
小さな声が聞こえた。
施設の子ども達が、柵の向こうから俺達を見ていた。
羨ましそうな目。
寂しそうな目。
諦めたような目。
レオン様は立ち止まった。
そしてゆっくり子ども達の方へ歩いていく。
「ごめん——」
優しく笑う。
「今日は全員を連れて行けない」
子ども達が俯く。
レオン様は続けた。
「でも約束する」
真っ直ぐ前を見据える。
「必ずまた来る——
君達も、この場所から出られるように」
「私たちが何とかするからね」
その声に嘘は一つも無かった。
少なくとも、俺達はそう信じた。
「だからもう少しだけ、待っていてくれ」
そう言って優しく微笑む。
誰も返事はしなかった。
俺はその光景を、ただ黙って見つめていた。
あの日——初めて思った。
この人なら、本当に世界を変えられるかもしれないと。
そして俺達は、その日からレオン様の元で暮らすことになった。
あの頃の俺達は、まだ知らなかった。
あの日々が二度と戻らない——
かけがえのない日々になることを。
最後までよんでくださりありがとうございます!
反応くださると励みになります!