獣界の異邦人   作:ruemtrnmdxxx

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9話 いらっしゃい

放課後、6人は凛馬が元の世界へ帰る方法を探していたが、見つからなかった。だが確かに得られるものはあったようだ。

 

「絶対見つけるにゃ!凛馬が帰る方法!」

 

その言葉に、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 

帰る方法を探してくれている。それが嬉しいはずなのに、少しだけ苦しかった。

 

「じゃあ、今日はここで解散ね」

 

コハクが立ち止まる。

 

「私はこっちだから」

 

「僕も帰るね!」

 

アオが元気よく手を振った。

 

「また明日!」

 

「はい。また明日です」

 

ミナも丁寧に頭を下げる。

 

「……じゃあな」

 

ヒョウカは短く言って、背を向けた。

 

「また明日」

 

凛馬が返すと、ヒョウカは振り向かずに片手だけ上げた。

 

(あっ……返してくれた)

 

それぞれが別の道へ歩いていく。ついさっきまで賑やかだったのに、人数が減るだけで急に静かになる。

 

残ったのは、凛馬とミケだけだった。

 

「……みんな、普通に帰るんだな」

 

凛馬がぽつりと呟く。

 

「にゃ?」

 

「いや、なんでもない」

 

家に帰る。それは当たり前のこと。でも今の自分には、それが少しだけ遠かった。

 

ミケはそんな凛馬の顔を見て、にこっと笑った。

 

「じゃあ凛馬も帰るにゃ!」

 

「どこに?」

 

「私の家にゃ!」

 

「いや、そんな当たり前みたいに言うなよ」

 

「当たり前にゃ!」

 

ミケは胸を張る。

 

「凛馬は今、私の家のペットにゃ!」

 

「だからペット扱いやめろ」

 

「にゃは!」

 

ミケは楽しそうに笑いながら、凛馬の手を引いた。

 

「今日はうちでご飯にゃ!」

 

「いや、悪いよ」

 

「悪くないにゃ!」

 

「いや、普通に迷惑だろ」

 

凛馬はまだ抵抗があるようだ。

 

「迷惑じゃないにゃ。お母さんも凛馬が来るの楽しみにしてるにゃ」

 

「……そうなのか?」

 

「そうにゃ!」

 

そう言われると、断りづらい。それに——

 

ぐぅぅぅぅ。

 

妙に大きな音が鳴った。

 

「……」

 

2人は顔を合わせる。正直なところ、腹は減っていた。

 

図書館で何時間も本を読んでいたせいで、思った以上に疲れている。

 

「……じゃあ、少しだけ」

 

「にゃは!決まりにゃ!」

 

ミケの尻尾が嬉しそうに揺れた。

 

 

 

 

しばらく歩くと、ミケの家が見えてきた。庭には小さな花壇があり、窓からは暖かい光が漏れている。

 

「ただいまにゃー!」

 

玄関を開けるなり、ミケが元気よく声を上げた。

 

すると奥から柔らかな声が返ってくる。

 

「おかえりなさい、ミケ」

 

現れたのは、ミケの母だった。穏やかな笑みを浮かべ、凛馬を見る。

 

「いらっしゃい、凛馬くん」

 

その言葉に、凛馬は少しだけ固まった。

 

“いらっしゃい。”

 

ただの挨拶なのに、妙に胸に残った。

 

「お、お邪魔します」

 

慌てて頭を下げる。

 

「ふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

 

ミケの母は優しく笑った。

 

「今日はたくさん作ったから、いっぱい食べてね」

 

「ありがとうございます」

 

「にゃ!お母さんのご飯はすごいにゃ!」

 

ミケが得意げに言う。

 

「そっか……楽しみだな」

 

凛馬がそう言うと、ミケは嬉しそうに笑った。

 

そして2人がリビングに入ると——

 

「うぉぉ……」

 

夕食は想像以上に豪華だった。

 

大皿に並んだ魔獣肉料理。温かいスープに焼き野菜。そして山盛りの白米。

 

「すげぇ……」

 

思わず声が漏れる。

 

「育ち盛りでしょう?」

 

ミケの母が微笑む。

 

「いや、育ち盛りって年でも……」

 

「凛馬はもっと食べるべきにゃ!」

 

ミケが皿に肉を乗せてくる。

 

「増やすな増やすな!」

 

「食べるにゃ!」

 

「食べるけど!」

 

無理やり口に運ばれる。だが——

 

肉汁が口の中に広がる。そして柔らかい。噛むたびに旨味が溢れ出してきた。

 

凛馬の動きが止まる。

 

(待て待て待て……)

 

もう一口。

 

(美味っ!!!)

 

さらにもう一口。

 

(あーこれあかん……)

 

もう箸が止まらない。

 

(五つ星レストランや……)

 

そこにご飯をかき込む。

 

(いや六つ星やわ)

 

そして、気付けば皿が空になっていた。

 

「……うまい」

 

その一言に、ミケの耳がぴんと立った。

 

「にゃ!今うまいって言ったにゃ!」

 

「言ったけど!」

 

「お母さん!凛馬がうまいって!」

 

「聞こえてるわよ!」

 

ミケの母が楽しそうに笑う。

 

「たくさん食べてね?」

 

その言葉に押されるように、凛馬は食べ続けた。

 

一杯目。二杯目。三杯目。気付けば、かなり食べていた。

 

「まだまだ行けるわよね?」

 

凛馬は茶碗を見る。そしてミケを見る。

 

ミケはキラキラと期待の眼差し。ミケの母親は断れないほどの優しい笑顔。

 

(断れる空気どこ……?)

 

「いただきます」

 

そして——

 

 

 

「苦しい……」

 

夕食後、凛馬はリビングのソファに沈み込んでいた。

 

「にゃはは!」

 

ミケが大笑いする。

 

「お腹ぱんぱんにゃ!」

 

「誰のせいだよ……」

 

「いっぱい食べた凛馬のせいにゃ!」

 

「それは……そうだな。」

 

ミケの母も苦笑しながら、お茶を置いてくれた。

 

「無理しなくていいのよ?」

 

「すみません……美味しかったので」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

その声が、とても柔らかかった。

 

凛馬は湯気の立つお茶を見つめる。茶柱が立っていた。

 

「あっ……茶柱」

 

「ほんとにゃ!凛馬ラッキーにゃ!」

 

そう言って背中をバシバシ叩く。だが不思議と痛くなかった。

 

温かい食事、柔らかい声、誰かが待っている家。

 

それが妙に現実味があった。だからこそ、少しだけ苦しかった。

 

 

 

 

夜。食器も片付き、リビングは静かになっていた。

 

テレビの音だけが小さく流れている。ミケの母親は台所で片付けをしている。

 

ミケは凛馬の隣へ座った。

 

「今日、楽しかったにゃ?」

 

「……ああ」

 

凛馬は素直に答えた。

 

「図書館も飯も楽しかった」

 

「本当に?」

 

「当たり前だよ」

 

そう言うと、ミケの表情がぱっと明るくなる。

 

「良かったにゃ」

 

しばらく沈黙が流れた。不思議と気まずくはなかった。

 

その静けさが、逆に心地よかった。

 

その時だった——

 

「なぁ、ミケ」

 

「にゃ?」

 

凛馬は少しだけ視線を落とす。ずっと胸の奥にあったことを言おうと思った。

 

「俺さ」

 

言葉が喉まで出る。元の世界のことも、自分のことも。

 

「元の世界ではさ――」

 

そこまで言って、凛馬は口を閉じた。

 

数秒の沈黙、テレビの音だけが流れている。

 

「……いや」

 

小さく首を振る。

 

「やっぱなんでもない」

 

ミケは凛馬をじっと見ていた。けれど、何も聞かなかった。

 

ただ少しだけ耳を伏せて、優しい声で言う。

 

「いつでも話したくなったら聞くにゃ」

 

「……」

 

「今じゃなくていいにゃ」

 

その言葉に、凛馬は何も返せなかった。追及されないことが、少しだけ嬉しかった。

 

無理に踏み込まれないことが、少しだけ救いだった。

 

「……そっか」

 

凛馬は小さく笑った。

 

「ありがとな」

 

「にゃ!」

 

ミケは嬉しそうに笑う。

 

その時、台所からミケの母の声が聞こえた。

 

「凛馬くん」

 

「はい?」

 

「ここでは無理しなくていいのよ」

 

凛馬は振り返る。ミケの母は、洗い終えた皿を拭きながら微笑んでいた。

 

「帰る方法は、きっとみんなで探せるわ」

 

「……はい」

 

「でも、それまでの間はちゃんと食べて、ちゃんと寝て、ちゃんと笑ってね」

 

その言葉は、当たり前のように差し出された優しさだった。

 

凛馬は少しだけ俯く。

 

「……はい」

 

それ以上は言えなかった。言えば、不意に何かがこぼれそうだった。

 

ミケはそんな凛馬の横顔を見て、少しだけ笑った。

 

「じゃあ今日はちゃんと寝るにゃ!」

 

「急だな!」

 

「健康第一にゃ!」

 

「なんだそれ」

 

「お母さんもよく言うにゃ!」

 

「ふふ、そうね?」

 

ミケの母も笑った。つられて凛馬も笑ってしまう。

 

リビングに、小さな笑い声が広がった。

 

窓の外には夜空が広がっている。帰る方法はまだ見つからない。自分のことも、まだ話せない。

 

それでも、この家は温かかった。不思議なくらい、居心地が良かった。

 

異世界2日目。今日だけは、少しだけ安心して眠れそうだった。

 

そして、明日が来るのを少しだけ楽しみにしている自分がいた。

 




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