翌日、俺は目が覚めた。
眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
……妙に明るい。
嫌な予感がした。
俺は勢いよく身体を起こす。
「……っ!」
窓の外を見た瞬間、頭が真っ白になった。
「やばっ!!」
完全に寝坊した。
今まで施設で寝坊なんてしたら終わりだった。
殴られるし、飯は抜き。
そのまま一日中訓練だ
身体が勝手に動く。
「レイナ!! ガイ!! 起きろ!!」
隣の部屋へ飛び込み、二人を叩き起こす。
「ふぁ……?」
「んぁ……?」
「寝坊した!!」
その一言で二人も飛び起きた。
「うそっ!?」
「やべぇ!!」
三人で慌てて部屋を飛び出す。
階段を駆け下り、息を切らしながらリビングへ飛び込んだ。
すると——
「……おはよう?」
レオン様が新聞を読みながら、少し驚いた顔をしていた。
「お、おはようございます……?」
思わず間の抜けた返事になる。
隣ではシオンさんがフライパンを持ったまま振り返る。
「あ、おはよー!」
昨日見た通りの、明るい笑顔だった。
……あれ?
三人で顔を見合わせる。
誰も怒っていないのか?
シオンさんが首を傾げる。
「どうしたの?」
ガイが恐る恐る聞く。
「その……寝坊しました」
「うん」
「……怒らないんですか?」
その瞬間だった——
レオン様とシオンさんが顔を見合わせる。
「あはははっ!」
二人同時に笑い出した。
「え……?」
三人とも固まる。
そしてレオン様は笑いながら立ち上がる。
「寝坊くらい誰でもするよ」
シオンさんも苦笑しながら頷く。
「疲れてたんでしょ?
ちゃんと眠れたなら、それでいいじゃん」
三人とも言葉が出なかった。
怒られない。
それどころか肯定されてしまった。
そんな経験、一度も無かった。
「ほらほら〜」
シオンさんが手招きする。
「ご飯できてるよ!」
テーブルを見るとそこには——
焼きたてのパンに湯気の立つスープ。
卵料理にサラダまで並んでいた。
「冷めちゃう前に食べな!」
ガイが固まったまま呟く。
「……俺達の分?」
「もちろん!」
シオンさんは笑った。
「育ち盛りが三人もいるんだから、おかわり込みでね!」
レオン様が笑いながら椅子を引く。
「遠慮しなくていいんだぞ?
それじゃ、いただきます」
俺達は、ぎこちなく席へ座った。
そして温かいスープを一口飲む。
その瞬間だった——
「……うま!?」
思わず声が漏れた。
施設で食べていた物とは何もかも違う。
温かくて、優しい。
そんな味だった。
レオン様は俺達の様子を見て、静かに微笑む。
「これからは——
朝くらい、ゆっくり食べような」
俺はスプーンを握ったまま動けなかった。
施設では、生きるための食事だった。
でも、この家では違う。
みんなで笑って食べるための食事だった。
――家族って、こういうものなのか?
その時の俺は、初めてそう思った。
◇◇◇
そして食事を終えると、レオン様は立ち上がった。
「さてと——」
椅子を引き、剣をシオンにポイ、と放った。
「私達は仕事に行ってくる」
シオンさんも鏡を見ながら笑う。
「今日はちょっと帰り遅くなるかも!」
ガイが首を傾げる。
「仕事って何するの?」
レオン様は苦笑した。
「国を守る仕事だよ」
その一言だけ残し、2人は玄関へ向かう。
「あ、そうそう!」
何かを思い出したように指を鳴らす。
「テレビも自由に見ていいからね!
お菓子も戸棚に入ってるし!」
そう言って手を振りながら二人は家を出て行った。
玄関の扉が静かに閉まる。
しばらく部屋は静まり返った。
「……」
ガイがぽつりと呟く。
「本当に、何者なんだよ……」
レイナも静かに頷く。
「でも……絶対いい人だと思う」
俺はソファへ腰を下ろした。
「テレビ見よーぜ!」
ガイが嬉しそうにリモコンを手に取る。
電源を入れると、様々な番組が流れ始めた。
三人で何となく眺めていると、不意に画面が切り替わる。
『速報です——』
落ち着いたアナウンサーの声が部屋に響いた。
三人同時にテレビを見る。
『現在、南部戦線では狼軍による大規模な侵攻が発生しています』
映像が映し出されると——
そこには炎や煙、崩れた建物。
そして兵士達が必死に戦っていた。
俺達は思わず息を呑む。
頭の奥に、嫌でも昔の記憶が蘇る。
燃え上がる街と血に染まった地面。
もう顔も思い出せない親。
昨日まで笑っていた友達。
誰も彼も、争いが奪っていった。
「……また」
レイナが小さく呟く。
その横顔はどこか寂しそうだった。
ガイも拳を握り締める。
「いつになったら終わるんだよ……」
その声には怒りよりも、諦めが滲んでいた。
俺は画面から目を離せなかった。
何年経っても変わらない。
誰かが泣いて、
誰かが死んで、
また誰かが大切なものを失っていく。
「……本当に」
気付けば口から零れていた。
「なんなんだよ」
すると——テレビにとある2人の影が映る。
『しかし、英雄の登場によって戦況は大きく変わっています』
画面に二枚の写真が映る。
『獅子王の王子、獅子王レオン』
『狼と獅子の婚活である、鳳シオン』
三人とも目を見開いた。
「ん……?」
ガイがテレビと玄関を交互に見る。
「さっき行ったよな……?」
レイナも小さく呟く。
「まさか……仕事って」
ニュースは続く。
『両名の活躍により、各地で発生していた狼軍の暴動は次々と鎮圧』
『現在も前線を押し上げており、民間人の避難も順調に進んでいます』
画面には、遠くから撮影された戦場の映像が映る。
紫色の一閃が戦場を駆け抜け、数十もの兵士が一瞬で倒れていく。
そして戦場の中心には、不動の王がいた。
映像は遠すぎて顔までは見えない。
それでも分かった——
あれが、レオン様とシオンさんなんだと。
『政府は引き続き、両名を中心に反攻作戦を継続すると発表しています』
ニュースが終わる。
部屋には静寂だけが残った。
俺達三人は、しばらく誰も口を開けなかった。
今朝まで、笑いながら朝食を囲んでいた二人が。
今この瞬間も、国の最前線で戦っている。
その事実だけが、胸に重く残っていた。
◇◇◇
その日の夕方。
玄関の扉が開いた。
「ただいまー!」
聞き慣れたシオンさんの声だった。
「お腹空いた……」
続いてレオン様も苦笑しながら靴を脱ぐ。
「今日は少し長かったな」
その姿を見た瞬間だった——
「レオン様!!」
俺は勢いよく立ち上がった。
レイナとガイも同時に駆け寄る。
「んん?」
シオンさんも目を丸くする。
「ど、どうしたのみんな?」
ガイが興奮したまま叫ぶ。
「ニュース見た!!
二人とも戦ってたよな!?」
レオン様とシオンさんは顔を見合わせる。
「見ちゃったか」
シオンさんは照れくさそうに頭をかく。
「テレビって早いねぇ」
俺は思わず声を上げた。
「何であんな危ないことを平然と——」
一瞬、部屋が静かになる。
レオン様は少しだけ驚いた顔をした。
そして、小さく笑う。
「心配してくれたのか?」
その笑顔に、俺は何も言えなくなった。
シオンさんも優しく笑う。
「ありがと。でもね——」
窓の外へ目を向ける。
「私達が行かなかったら、もっとたくさんの人が泣いてた」
その言葉は静かに、胸に響いた。
レオン様も続ける。
「まぁ何度戦場へ出ても、怖いものは怖い」
俺達は黙って聞いていた。
「それでも——」
レオン様は真っ直ぐ俺達を見る。
「守れる力があるなら、守るべき。
それだけだよ」
部屋が静まり返る。
誰も何も言えなかった。
俺達は、二人を交互に見ていた。
――本当に強い。
ただ戦えるからじゃない。
人を守るために、命を懸けて前へ立てる。
そんな二人が、眩しかった。
あの日からだった——
俺達三人が、本当の意味でレオン様とシオンさんに憧れるようになったのは。
◇◇◇
それから数日後。
俺達三人は庭へ集まっていた。
目の前には、木刀を手にしたシオン様と、腕を組むレオン様。
俺は深く頭を下げる。
「お願いします!」
レイナも続く。
「私達に稽古をつけてください!」
ガイは拳を握り締めた。
「俺達も強くなりたい!」
レオン様は少し驚いたように目を丸くした。
「……どうして?」
俺は迷わずに言った。
「貴方達の役に立ちたい、
俺達も守れる側になりたいんです」
シオンさんが小さく息を吐いた。
レオン様と目が合う。
二人とも少し困ったように笑っていた。
「……困ったな」
レオン様が頭をかく。
「君達を戦場へ出すつもりなんて、一度も無いんだが……」
三人とも固まる。
「え……?」
シオンさんも優しく微笑んだ。
「できることなら——普通の子どもとして、大人になってほしい」
シオンさんは少しだけ寂しそうに笑う。
「施設で、たくさん辛い思いをしてきたんでしょ?
だからせめて、この家にいる間くらいは——」
一人ひとりの顔を見つめる。
「いっぱい笑って、ご飯食べて、遊んで——
そんな毎日を過ごしてほしい。」
その言葉に、誰も返事ができなかった。
俺達は戦うことしか知らない。
笑い方も、
遊び方も、
家族と過ごす時間も。
全部知らないまま生きてきた。
施設で教えられたのは、生き残る方法だけだった。
だから、「普通」が何なのかなんて——
俺達には分からなかった。
レオン様は苦笑する。
「でも——」
俺たち三人の目を見る。
その目は、誰一人揺らいでいなかったと思う。
強くなりたい。
誰かを守りたい。
その想いが伝われと、俺たちは眼差しを送っていた。
すると、レオン様は諦めたように笑った。
「その目で見られると弱いな」
シオンさんも吹き出す。
「あははっ! レオン、負けちゃったね」
「……よし、分かった」
レオン様は木刀を一本持ち上げる。
「戦い方じゃない。
まずは、人を守るための強さを教えよう」
そう言って、木刀を俺へ放った。
俺は慌てて受け取る。
「ありがとう……ございます!」
レオン様は静かに笑う。
「ただし——」
その笑顔のまま、空気だけが変わった。
「稽古は甘くしない」
その瞬間——
俺達三人の背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。
◇◇◇
それからの日々は、あっという間だった。
レオン様とシオンさんは国中を飛び回り、戦場へ赴き、人々を守っていた。
今思えば、2人は本当に忙しかったのだろう。
それでも——
仕事の合間を縫って、必ず俺達の稽古をつけてくれた。
担当は自然と分かれた。
俺とガイは、レオン様。
レイナは、シオンさん。
理由は、意外と単純だった——
「レオン、レイナちゃんは私が見るね」
シオンさんが笑って言う。
レオン様は苦笑した。
「ああ……その方がいいな」
俺が首を傾げると、シオンさんは肩をすくめた。
「この人ね〜力加減がちょっと苦手なの」
レオン様が苦笑いする。
「前に訓練用の木人を軽く叩いたら、跡形もなくなっちゃって」
「軽くじゃなかったよね?」
「……反省してる」
シオンさんは呆れたようにため息を吐く。
「だから、レイナちゃんは私担当!」
レイナも小さく頷いた。
そして——
地獄みたいな毎日が始まった。
朝から木刀を振り、倒れれば立たされ。
立ち上がれば、また木刀を構える。
ガイは毎日のように地面へ転がり。
俺も何度吹き飛ばされたか分からない。
それでも——
レオン様は一度も手を抜かなかった。
「守りたいなら」
拳を構える。
「まず、自分が立ち続けろ」
その言葉と共に、また俺は地面へ叩き伏せられた。
そして毎日、身体中が痛かった。
朝から何度も転ばされ、何度も立ち上がる。
それでも、レオン様とシオンさんは俺達一人ひとりをよく見ていた。
「カイル、お前は短剣も拳も使える」
俺は頷く。
「どっちかを選ぶ必要なんてない」
一歩踏み込む。
「両方極めろ、誰にも真似できないお前だけの戦い方になる」
その言葉が、俺の戦いの原点になった。
少し離れた場所では、シオンさんがレイナへ小さな玉を手渡していた。
「レイナちゃん。これ、ちょっと投げてごらん?」
レイナが恐る恐る投げる。
ポンッ——!!
白い煙が辺り一面へ広がった。
レイナが目を丸くする。
シオンさんは嬉しそうに笑った。
「周りをよく見られるレイナちゃんだからこそ、できる戦い方もあるよ」
その日から、レイナは様々な道具を使う訓練も始まった。
一方その頃——
「うおおおおお!!」
ガイは大声を上げながら一直線に突っ込んでいた。
「うりゃああああ!!」
ドゴォン!!
勢いのままレオン様へ突撃し、自分ごと吹き飛ぶ。
「いってぇぇぇ!!」
地面を転げ回るガイを見て、シオンさんが吹き出した。
「あはははっ!」
レオン様も苦笑する。
「ガイ……考えるのは苦手だろ?」
「うっ……」
図星だったんだろう。
「だったら、お前はそのままでいい」
ガイが顔を上げる。
「誰よりも真っ直ぐ前へ出ろ。誰よりも仲間を信じろ
お前の武器は、その真っ直ぐさだ」
ガイは満面の笑みを浮かべた。
「はいっ!!」
今思えば——
あの日もらった言葉が、そのまま俺達三人の戦い方になっていた。
そして稽古が終われば、シオンさんが笑いながら手当てをしてくれる。
レオン様はよく頑張ったと頭を撫でてくれた。
みんなで食卓を囲んで、他愛もない話をして笑い合う。
それが、当たり前になっていった。
気付けば、俺達は戦うためだけじゃなく、
この人達の笑顔を守りたいから強くなりたいと思うようになっていた。
あの頃に教わった剣も、
誰かを想う心も、
仲間を信じることも。
全部——あの人達に教わった。
だからこそ……今でも思う。
……あぁ。本当に、楽しかった。
そう、“あの日”が来るまでは——
俺達は、この幸せが終わるなんて思いもしなかった
最後まで読んでくださりありがとうございます!
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