「…すみません。この中で『
マトリフとフリーレン一行との邂逅より少し経ち。大陸魔法協会が3年に一度実施する「一級魔法使い選抜試験」、その第二試験日。
試験として前人未到、難攻不落のダンジョンの攻略を言い渡されたフリーレンとフェルンは現在、その最奥手前の大部屋にて何人かの受験者と会議を広げていた。
というのも、ある強大な魔物がダンジョンの踏破を阻んでいたのだ。
その名は「
本体に戦う力はないものの、縄張りに踏み込んだ人間の完璧な複製を作り出して戦わせる、神話上の魔物。
目的地である最奥へと続く扉は、その魔物に生み出された「フリーレンの複製体」によって守られていたのだ。
フェルンが声を上げたのは、フリーレンの複製体を倒すための作戦会議、その終わりぎわだった。
「なに、その…『
受験者の1人…ラオフェンの問いに、しん、と場が静まり返る。
彼女と同じように気になったのだろう面々が返答を期待する中、受験者の1人…リヒターが信じられないと言わんばかりに深いため息を吐く。
「本気で言ってるのか…?」
「えっ?」
「マトリフ式魔法の一つで、習得してる人も少ない魔法だからね。知らない子がいても不思議じゃないよ」
フリーレンがフォローを入れるも、何人からか呆れが滲んでいるのがわかる。
そんな中、呆れを見せなかった1人…デンケンが軽く解説し始めた。
「ざっくり言えば、しばらくの間、魔法を跳ね返す壁を張る魔法だ。魔力消費が激しいが、魔法使いしかいないこの場においては切り札になり得るだろうな」
「魔力消費を抑えて、一度だけ跳ね返す壁を張る魔法もあるよ。『
「ああー…。『
マトリフ式はその全てが広く普及しているとはまだまだ言い難い。
一度訪れ、思い浮かべた場所に少ない魔力で飛べる「
しかし、「
この場合だと、「
「話を戻しましょう。この中でどちらか使える人はいますか?」
フェルンが問うと、フリーレンと二級魔法使いをはじめとした面々が揃って手を上げた。
「『
「わたくしも…」
「ワシもだ。…いや、今手を挙げてる全員がそうだろうな。そもそも、『
受験者の1人…宮廷魔法使いのデンケンがたくわえた髭を撫で、唸る。
その様子が気になったのだろう、ラオフェンが、こてん、と首を傾げた。
「そんなに難しい魔法なの?」
「難しいというより、取り回しが悪いから覚える人が少ないんだよ。私も使えはするけど、デメリットの方が多いから覚えてから一回も使ったことないし…」
フェルンはそういうフリーレンに半目を向け、「フリーレン様が覚えてる魔法の何割がそうなんですか?」と呆れる。
フリーレンがそれにしょぼくれた顔をするのを尻目に、デンケンが「
「自分に来る魔法を全部跳ね返す。それはつまり、『回復や補助を目的とした魔法まで跳ね返してしまう』というわけだ。
『効果中に展開した防御魔法が跳ね返って、相手を守ってしまった』とか、『空を飛ぶ魔法が跳ね返って目の前の木が根ごとすっ飛んでった』なんて馬鹿らしい事例がいくつもある」
「あー…」
「そもそも物理でゴリ押ししてくる相手には効果がない。例えば、魔法で瓦礫を吹っ飛ばしたりとかされると普通に通る。
ゼンゼの魔法とかが良い例だね。相手の体にかかった魔法は反射できないから」
「使い勝手悪いなー…」
マトリフ式だけを使う相手ならなんとかなるやもしれないが、ここにはそんな奇特な魔法使いは存在しない。
マトリフ式を深く知らない面々が『
「んで、なんだってそんなこと聞いたんだ?まさか、複製体たちの足止めを『
「いえ、違います。魔法を跳ね返す手段がないと、『複製体の私』に対処できない可能性があります」
────コイツは威力があり過ぎるのが弱点だ。『
フェルンの脳裏にマトリフの忠告がよぎる。
想像もしたくない。だが、想定しないと勝ちはもぎ取れない。
フェルンは右手に『
「私は、『
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……どうして急に来たんだ、マトリフ」
「そりゃお互い様だろうぜ、ゼーリエ」
その頃、オイサーストにある魔法協会の庭園にて。
唐突に入ってきたマトリフを尻目に、花をただ見つめていた1人のエルフが深いため息を吐く。
彼女の名はゼーリエ。大陸魔法協会の創始者であり、「伝説の魔法使い」とまで言われるほどの大物。
マトリフはそんな大物相手にも臆せず、それどころか足蹴にするような態度でつらつらと語り始める。
「俺がちょいと魔法を見せてやったガキが試験を受けるって聞いたんでよ。応援ついでに買い出しに来てたら、お前の魔力を感知してな。そのシケたへちゃむくれヅラを拝みにきたわけさ」
「魔法を見せてやっただと…?
お前のことだ。どうせ『
どちらもマトリフ式の中では高度な魔法だが、彼女が望む境地には程遠いものだ。
この時期にオイサーストに訪れる魔法使いは多い。その道中でマトリフに出くわす魔法使いも、少なからず存在する。
女性にだらしない彼のことだ。女の魔法使いにせがまれて魔法を見せたことなど、星の数ほどあるだろう。
期待を見せない彼女に、マトリフはまるで悪戯の成功を確信した子供のような笑みを浮かべた。
「いんや。『
「………ほう?」
その名を聞き、目の色の変えるゼーリエ。
瞳が花からマトリフへと移り、先ほどよりも弾んだ声音で問いかける。
「で、そいつは使えたのか?」
「ああ。ちょっぴり特訓の様子を見てやったが、完璧に使えてたぜ」
「見せたのはどれくらい前だ?」
「2ヶ月くらい前だな。習得したのは、見せてから1ヶ月とだいぶ遅かった」
「お前の弟子と比べるな。十分に早い」
「20年かかったもんな、お前」
「うるさい。アレを1人で抑え込めるヤツがそうそういてたまるか」
そう吐き捨てるも、ゼーリエの顔には喜色が滲んでいた。
「まったく。お前の関わる魔法使いは揃って末恐ろしいな」
「そいつに関しては師匠が良かっただけだ。オレぁ、ちょいと刺激をくれてやっただけよ」
師匠が良かった。それを聞き、ゼーリエの顔が再び不機嫌を丸出しにしたものに変わる。
「…その師は、フリーレンか?」
「おう」
更に雰囲気が剣呑なものに変わった。
その複雑な心境を見抜いたのか、マトリフはそんな彼女の気分を逆撫でするように軽薄な声で続ける。
「それ込みでも、お前は確実に惚れるぜ。あんなセンスの塊、オレが弟子にしたかったくらいだ」
「…お前がそこまで言うとはな。それなら、弟子にしてやればよかったじゃないか」
「お前の弟子だったらまだ話す気もあったんだがな」と付け足し、ため息を吐くゼーリエ。
しかし、マトリフはそれに大きく顔を歪め、けっ、と吐き捨てた。
「バカ言え。素直で才能あふれる弟子なんざ、面倒見ててなんも面白かねぇよ」
「弟子にしたいと言ったじゃないか」
「それとこれとは別だ。センス云々の前に、人間性がオレの教育方針と合わねーのよ、あの嬢ちゃんは」
「その人間性とお前の教育方針が合ったから、『武器屋の冴えない息子』が、『大魔道士の後継者』になったわけか」
一瞬、マトリフの笑みに穏やかな感情が滲む。
が、彼はすぐさま元の軽薄そうな顔に戻り、「アイツは後継じゃねぇよ」と付け足した。
「お前はあの嬢ちゃんを弟子にしようとするだろうが…、やめといた方がいいぜ」
「何故だ?」
「こんな庭園で育った渡り鳥が、海を渡れるものかよ」
マトリフが辺りを見渡し、吐き捨てる。
ゼーリエはそれにため息で返したのち、笑みを浮かべた。
「やはりお前は弟子にしておきたかったな、マトリフ。我ながら惜しいことをした」
「70年前にも言ったはずだぜ、ゼーリエ」
マトリフは目元に指を当て、瞼を伸ばす。そのまま舌を突き出し、小馬鹿にするような声音で言い放った。
「イヤだね、バーカ」
マトリフ…二十歳の頃、ゼーリエに「弟子になれ」と誘われたが、「イヤだね、バーカ」と返した。現在、90歳を超えている。
マトリフの弟子…2人目の自称「大魔道士」。師匠に「
複製体フェルン…最強敵ユニット。最低でも『
マトリフ式魔法…またの名をドラクエの魔法。現在はコスパの良いものだけが広まっている。