プリンセス・プリンシパルSS ーこの時、このキャラは、こう思っていたのかもー 作:Sano / セイノ
いとも容易く御料車両の近衛たちを切り捨てた藤堂十兵衛は、その百人切りと呼ばれるに違わぬ力を見せつけた。そして彼は、新政府の要人である堀川公へと白刃を閃かせる。
その凶手の接近を許さなかったのは、矮躯《わいく《の少女ちせが投げた暗器であった。
それを弾いた十兵衛の僅かな隙に、ちせは腰の刀を抜きながら躍りかかる。
藤堂ちせ——佐賀藩の士である十兵衛にとっては愛娘《まなむすめ》であり、そして一番の弟子でもあった。幕末の動乱を終えても侍としてしか忠義できない不器用な己とは違い、彼女は新政府に刀を預けたのである。
(それは良い。きっとちせが正しく、己はただの旧時代の亡霊に過ぎないのであろう。だが、そうとしか生きられぬ……)
元をただせば、共に日本の未来を憂うもの同士のすれ違いなのかも知れない。
だが何とも皮肉なことに、それがまるでこの地に聳《そび》え立つ如何ともしがたい壁のように両者を裂いた結果の争いであった。
「十兵衛ぇぇぇ!」
眦《まなじり》を吊り上げながら、ちせが吼えた。
親子の打ち合った刃と、互いに交差した視線が火花を散らす。
体術を交えながらも、高速で交わされる剣戟には一部の隙も無い。
打ち込むべきところで鋭く刃を走らせ、そして腰を落として迫る斬撃をいなす。なぜならそれを彼女に教え込んだのは十兵衛自身であるからだ。
互いに定まったステップを踏んだ結果のように、嚙み合った刃同士が鍔迫り合った。
だが膂力に勝る男が競り合いを制して少女を力で押すと、ちせは軽やかに転回して飛び退る。
そしてまた、少女は疾駆し距離を一息に詰めて、切り掛かるのだった。
その動きは軽捷《けいしょう》の極み。矮躯を旋転させながらも前後左右から不規則に襲い掛かる少女の猛攻に、さしもの十兵衛も受けに回らざるを得ない。ついには研ぎ澄まされた鋭い一閃が彼の頭の笠を切り飛ばした。
(——ッく⁉)
これにはかろうじて見切った十兵衛も、驚愕の表情を浮かべる。
その意趣返しとばかりに男は絶え間ない剣戟を浴びせるが、ちせは車両の座席や壁を足場に跳んで軽やかに避けるのである。
肩で息をする少女から汗が滴り落ち、床に染みを作る。だがその視線を十兵衛を捉えて離さなかった。それを男を薄く笑んで見届けていた。
(……本当に強くなったな)
体を入れ替えながらも、高速で切り結ぶ両者の体を無数の火花が飾る。
血を求めて織り成される剣光の綾、それはまるで互いに速さを競い合うような刃の舞踏であった。あまりに血生臭いこれが、親子二人の最後のむつみ合いなのである。
思えば、剣術でしか語れぬ父であった。
だからこそ、娘も磨き上げた剣術を以て語り掛けてきているのであろうか——
——————————(回想)——————————
その時、十兵衛に去来していたのは娘との在りし日の思い出。
木刀を取り落として、わんわんと幼いちせが泣いている。それは彼女が手を父に打たれた痛み故であった。
十兵衛は娘に歩み寄って身をかがめた。
「鳴くな。痛みならとってやろう。痛いの痛いの、飛んでゆけ。痛いの痛いの、飛んでゆけ。どうだ?」
そう笑いかける十兵衛にちせも泣き止んで頷いたのである。
—————————(回想終わり)——————————
他愛もない、だが手放せない記憶。
それが男にとって刹那の意識の空白となった。
気づいた時には、遅きに失した。
ちせの裂帛の気合を込めた一撃が、十兵衛の刀を半ばから叩き折ったのである。
十兵衛は先の欠けた刀を振るい、少女も男の懐に入りながら突きを狙う。
——これが最後の一太刀になる。
零れた鮮血が床に花を咲かせた。
血が吹き出したのは、ちせの刃が穿った十兵衛の胸からであった。
僅かにちせの方が早かったのである。
「強くなったな……ちせ」
姿勢を傾《かし》がせながらも、十兵衛は懐のちせを頭を優しく撫でた。
己を貫いた致命の刃。
それはちせにとっても父殺しの痛みとなって、胸に穿たれた傷跡になるであろう。
そう思えばこそ、彼は娘のためのおまじないを心の中で唱えたのである。
(痛いの痛いの、飛んでゆけ。痛いの痛いの、飛んでゆけ——)
了