文明が滅びた爪痕も色濃く残る荒野。
砂と瓦礫に埋もれた世界の道なき道を、砂塵を上げながら一台の
その車は兵器として命を吹き込まれた物ではなく、遥か昔、人々を運んでいた小型のバスを戦闘用に改装された車両だった。それを示すように側面の窓ガラスは取り払われ、代わりに取り付けられた鉄板や機銃が武骨な外観を作り出している。
そんな過酷な世界を駆ける事を求められた車の中では、下卑たと言うにふさわしい会話が繰り広げられていた。
「へへへ……流れもんのトレーダーにしちゃ珍しいくれえの上玉だ」
「こんな美味そうな女、いつ以来だ?」
「三ヶ月くらいじゃねえか? あの時もい~い女だった。抵抗してた割りにいざヤっちまえば素直だったなぁ」
「そうだそうだ、
下劣に笑う男たちは、いずれも体にボロ布を纏った、山賊の類を思わせる身なりと人相をした連中ばかり。
彼らは皆、レイダーと呼ばれる荒野の賊徒だ。
「ひっ! いやっ……」
そんな連中に囚われたのは、まだ幼いな面影が消えきらない少女。
荒野を行き交う
しかし、今の彼女は恐怖に酷く怯え、その美貌を台無しにしてしまっている。
「いい声じゃねえか、アジトに着いたらもっとその可愛い声で鳴いてくれよ」
頭目と思しき男が少女に向かって宣言する。まるで確定した未来だと言う様に。
彼女にとっては悪夢と言える瞬間。しかし、男たちにとっては最高の瞬間であった。
なにせ久々の上等な獲物なのだ、下卑た欲望を満足させるのにこれ以上のものはないだろう。
主菜を楽しむ前の前菜の様に、少女を言葉で甚振りだす男たち。
「や……やめて……助けてくださいっ……」
「そう言われて助ける奴なんかいねえわな!」
「安心しな! いい所に連れてってやるからよ!」
「ギャハハハッ!」
装甲バスの車内に少女の悲痛な叫びが木霊し、男たちの醜悪な笑い声がそれに重なる。
何ともおぞましい光景がそこには広がっていた。
だが、その声をかき消す様にして、彼らの装甲バスとは別のエンジン音が辺りから響いてくる。
「頭ァ! 三時の方角から一台!」
運転手である男が前を見据えながら叫んだ。
すると、ハンドルを握る男以外の全てがその方向を一瞥する。
覗き窓から遠目に見える地平線に、ポツンと舞い上がる土煙。
一人の例外もなく、彼らはそれを目にしていた。
「チッ、これからって時に……進路はそのままだ! てめえら、あれを迎え撃つぞ!」
「へいっ!」
賊の長が立ち上がりながら、舌打ちと共にそう叫ぶ。
そのまま彼らは銃座へと着き、照準器越しに見やると、巻き上げる砂塵に隠れながら接近してくる敵へと強く引き金を引いていった。
「死ねやぁ!」
機銃から連続する炸裂音。周囲に耳をつんざくような激しい轟音が響いていき、その音に紛れるようにして悲鳴があがる。
それは天井に取り付けられた機銃を操っていた部下の断末魔。
頭部に一発、脳漿が飛び散る一撃を喰らい即死していた。
「こっ……の、ボンクラがぁ! 野郎を殺してから死ねってんだ!」
そんな悲痛な様を、男は忌々しげに吐き捨てた。しかし機銃のハンドルから手は離さない。
連続する破裂音と途切れ途切れの轟音。
銃火を交えながら二台の距離が縮まると、やがて頭目の眼に敵の姿が映った。
「はぁ!? ただのバイクだと!? 舐めやがってぇ!!」
それは男たちの乗る装甲バスよりも、ずっと小柄で華奢な二輪バイク。
追加の装甲も機銃などの武装も見えず、車輪の駆動部に簡易的な鉄板が付けられている以外はただのバイクであった。
どうみても無謀とも思える襲撃。そんな相手がいったい何故仕掛けてきたのか。
男が訝しんだ瞬間、バイクを駆る者の顔を見て息を呑んだ。
「女、だと……!?」
バイクを操縦していたのは、長い金髪の若い女だった。
分厚いゴーグルで覆われ詳しい目鼻立ちは分からなかったが、それでも男が息を呑む程度に惹き付ける物がその女にはあった。ともすれば捕まえたばかり獲物よりも。いや、今までの獲物よりも遥かに、と確信できる程に。
次の瞬間、
「おいっ! そのままブチ当てろ! 殺すなよ!」
「マジですか頭!?」
「んな無茶な!?」
何か良からぬ考えを閃いたのか、ハンドルを握る部下にバイクへ体当たりするよう告げる。しかし、運転席の部下は即座に否と応えた。あまりにも無理があり過ぎたからだった。
体当たりする事自体は容易いが、この質量差では転ばせるだけでもバイクも女もただでは済みそうにない。相当上手くやらねば、相手がただの肉塊になるだけに違いなかった。
「俺様に喧嘩売るなんて舐めくさった女は! とっ捕まえて! 犯して! バラして売っぱらうんだよ! いいからとっととやりやがれ!!」
男の言葉に、車内に居た部下たちは、どっ、と笑い声をあげた。
それまでの欲を満足させる相手が一人増える事を期待しているのか、その声は下卑ていながらも心底愉しげである。
「どうなっても知りやせんぜ!」
命令の為か、あるいは欲望の為か。
運転席に居た男も覚悟を決め、後ろから聞こえる声につられてハンドルを細かく切っていった。
◇◇◇
装甲バスの動きを、バイクを駆る女も即座に察知していく。
『敵影に動き有り。予測、体当たり。回避を推奨します』
すると風に靡く金糸から覗く耳に、その"内側"から機械と思しき抑揚のない低い声が入ってきた。
「見れば分かるって。操縦お願いね」
『了解』
女が機銃の掃射を躱しながら一言返すと、再び機械音が流れる。
そして次の瞬間、あろう事か彼女はハンドルを手放していた。
戦闘をしながら高速で走る二輪、しかも荒れた土と砂の道だ。通常であれば即座にコントロールを失っている事だろう。だがしかし、バイクは空のハンドルと前輪を細かく動かしては、まるでお手本の様な綺麗な制動で、敵の銃撃を避けながら直進を続けていった。
(狙いはタイヤ……肘と足を固定。この子から振り落とされない様にしてっと)
まるで見えない何かの操り人形の様に、バイクは彼女の手から離れたまま、しかし彼女の意志に追従する様に動いていく。
それに合わせて構えられたのは、太陽の光を反射し銀色に光る大口径の自動拳銃。とてもではないが、女の細腕で扱える代物には見えなかった。
だがしかし、構えられた銃口も、足だけで支える体も、狙いをつける目も、そのどれもが一切ブレる事なく標的を捕らえている。
女の指に反応する引き金。
轟音が一つ鳴り響き、硝煙の香りと共に薬きょうが彼方へ流れていく。
放たれた鉛弾が正確無比に装甲バスの前輪へ吸いこまれていき、二台が交わるよりも早く、そのタイヤとシャフトを撃ち貫いていった。
「ナーイスショット!」
『ジャックポットだったのでは?』
「何だっていいでしょ、気分なんだから」
バイクに跨ったまま、片手に握った銃をくるくると弄びながら女は上機嫌そうに言う。
そんな彼女に対して呆れたような声で、低い機械音が応えていた。
『対象、転倒までおよそ十秒』
「前に回すよ。敵の位置、マーキングよろしく」
『了解』
女がバイクを再び駆り出すと、一気に加速して先へと進んでいく。
そして車輪を破壊された装甲バスは、数秒もしない内にコントロールを失っていった。
大口径の機銃にも耐え得るはずの特殊繊維は銃声と共にあっけなく破裂し、荒れた大地を走る為に補強されたはずの車軸までもが砕かれている。
車体は大きく傾き、運転席の男は必死になって暴れ馬を制御するものの、
「駄目だ、ハンドルがとられ──!?」
「おわぁああっ!?」
「なんだってんだクソがぁッ!」
「きゃあああああっ!?」
その努力も実を結ぶことはなく、どうにか大事故は免れたものの、バスは荒れ果てた地面へと強かに横腹を打ち据えてしまっていた。
横転した車が激しく砂埃を舞い上げる中、乗り合わせた人間の怒号だけが虚しく響いていく。
「しっかり運転しやがれこのグズ!!」
「ど下手くそが!」
「いててて……だから無茶いわんで──」
ガォンッ、と再び耳を聾せんばかりの音が鳴った。
それは装甲車の一足を奪った物と同様の銃声で、拳銃が鳴らすには大袈裟な程の轟音。
運転手の男は、それが先程の女が放った銃弾であると知らぬまま、頭の中身を撒き散らしていった。
「おわっ!?」
「外からだ!」
暗い車内へと、割れたフロントガラスから入ってくる硝煙と死の匂い。
気づいた男たちが一斉に慌てるものの、一体どう狙っているのか、正確無比の射撃が次々と彼らの命を奪っていく。
「ちっくしょうあのアマァ! ブッ殺してやる!!」
手下への憐憫ではなく、己の計画が狂った事への怒りを上げた頭目が勢いよく車の外へ飛び出していった。
だがそこにはバイクに乗っていた女が拳銃を構え、静かに待ち構えていた。
女はゴーグル越しに一瞥するなり、一撃を見舞わせていく。
発射された50口径の銃弾は男の脳天へと吸い込まれる様に直撃し、声にならない最後の呻きも銃声でかき消され、脳漿をぶち撒けながら息絶えていった。
そして女は、そのまま残りの手下たちも次々に肉塊へと姿を変えていく。
金の髪を風に靡かせ、白磁の肌を青い戦闘用のボディスーツに覆い隠していて尚、はち切れんばかりの肢体を見せつける美しい女。
それがレイダーたちが最後に見た光景であった。
『対象の殲滅を確認』
「オッケー、これで終わりっと。ちょっと無茶しちゃったけど頼まれてた子……大丈夫かな?」
足を止める為とはいえ、強く地面へと叩きつけられた車の惨状に一抹の不安を覚えただろうか。
金髪の女が気だるげな息を漏らしつつ、車の中に足を踏み入れていく。
だが程なくして、彼女は目的の人物の無事をその視界に収める事が出来ていた。
「…………ぅ……」
「生きてはいるか。ねえ大丈夫? ……ミラ、ちょっと診て」
『出血、無し。脈拍、上昇。呼吸、正常。たんなる気絶と判断します』
「そっか、よかった」
少女は気絶したままだったが、どうやら幸運にも大きな外傷は負わずに済んだらしい。
ミラと呼ばれた機械音声の診断に女が安堵すると、少女の体を揺すり起こそうとしていった。
「うっ、うぅん……あれ、わたし……?」
「お? 起きた起きた」
少女は目を瞬かせつつ、ゆっくりと上体を起きあげた。
そんな彼女に、金髪の女は優しく語りかけながら手助けすると、ようやく自分が置かれた境遇が分かった少女は、怯えることなく問い掛ける。
「あなたが、助けてくれたんですか?」
「少し荒っぽくなってごめんね。でも無事ならよかった。さあ、帰ろっか」
「帰る……」
「そっ、帰るの。ほら、こっちに手出して」
金髪の女は、安心させるよう優しく微笑みかけてから少女を拘束している手錠を破壊すると、共にバイクへと向かっていく。
そして少女は恐る恐る口を開き、
「あの、助けて頂いて本当にありがとうございました。でもあなたは一体……」
少女がそう尋ねたのは、彼女とその家族が寄る辺もなく荒野を流離う旅のトレーダーだからだ。
町に居る時であればともかく、荒野で攫われた時を思い起こせば、誰かに助けを請えるような余地は無かったのだろう。
そんな様子に、金髪の女が悪戯っぽく笑いながら答えていく。
「アタシはレオナ、ただのハンターよ。助けたのは偶々あなたのお爺さんに頼まれて、ね。ほら乗って」
「は……はい!」
「それじゃ、飛ばすからしっかり掴まっててよ」
レオナと名乗った女が少女を乗せると、少女の家族が待つ場所を目指し、荒野を駆け抜けていった。
現れた時と同じ様に、砂塵をその背に置き去りながら。