ポスアポ世界のお気楽TS娘   作:あるぺん

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15話 怪しげな依頼 1

 

 荒れた大地を一台の戦車が進む。錆の目立つボディにかつての白を忍ばせながら、鉄の牙を備えて一路南に駆けていく。

 荷台の上では、金糸を靡かせる美女が流れる風と熱を肌に感じながら寛いでいた。

 耳こそ尖っていないものの、その姿はかつてこの型に付けられていた名を思い起こさせる。

 

「んー、たまには人の運転に任せるのもいいかも」

 

『経緯を考えれば呑気に言う事では無いのですが』

 

「まぁそうなんだけどさ。でもこういうのも悪くないって」

 

 荷台の上で機関銃と電脳の供を従えるレオナは、見る物の目を奪うであろう姿に緩みを浮かばせている。

 だが、その眼光はどこまでも鋭く、そして油断なく荒野を見据えていた。

 

「レオナさーん、どの辺まで送ればいいんでしたっけー?」

 

 運転席から聞こえてくるのは年若い少年の声。

 レオナが教鞭を振るった二人、その片割れのリクだ。

 

「そうだねー……うん、この辺で降ろしてくれればいいよ。後は歩いて行けると思うから」

 

「この辺って……砂しかないわよ?」

 

 少年の隣、助手席に腰掛けるもう一人の片割れであるルゥが疑わしげに問いかけた。

 その言葉通り、周囲に見えるのは二人の駆る戦車──武装トラックの轍から立ち上る砂煙と、遠巻きに小さくポツポツ見える遺跡らしき影のみ。

 それ以外には何もないと言ってもよく、町はおろかモンスターの姿すら見られないほどであった。

 

「いいのいいの、アタシの仕事だから二人には言えない事だってあるしね。とにかく大丈夫」

 

「ならいいんだけど……」

 

「本当にいいんですか? 帰りはどうするんです?」

 

 車から飛び降りたレオナに心配そうな声が掛けられたものの、その表情は至っていつも通りと言うべきか、どこか余裕すら感じられるものであった。

 

「平気平気。ターマの町も見えてるしこの程度ならどうにでもなるでしょ」

 

「見えてるって……殆ど点ですよ?」

 

 彼らが振り返った方向には、ターマの町のシルエットが小さく米粒の様に映っている。

 それを見止めたリクは思わず呆れ混じりに答え、その隣でもまた苦笑いを浮かべていた。

 

「大丈夫だって、世の中には何も分かんないのに辿り着いた人間だっているんだから。でも心配してくれてありがと」

 

「……それじゃあ僕たち行きますけど、本当に気をつけてくださいね?」

 

「あんまり無茶しないでよ?」

 

「まだお尻青い癖にいっちょ前に言ってくるじゃん。そっちこそ死なないようにね」

 

「……そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」

 

「そうそう、その調子。じゃあね二人とも」

 

 レオナが二人を送り出すと、リクたちも自分たちの依頼を果たしに荒野の先へと向かい始めた。

 その背を見送るとレオナが懐を漁っていき、小さな地図を取り出していく。

 

「ここにある物を持ってきて、か。今更だけど変な話だよね、宝探しかっての。お金に目がくらんじゃったかなぁ……」

 

『遺跡漁りと貴女の金銭感覚、どちらも元々そうだと思われます』

 

「それは否定はしないけどさぁ……でもしょうがないじゃん、バイク直すのだってタダじゃないんだし」

 

『渡る世界は金ばかり』

 

「鬼でしょそれ」

 

 気落ちを表す様に溜息を吐くと、落ちる息の先にあった地図へと目を落としていく。

 それは彼女に宛てられた、ある人物からの依頼を果たす為であった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ターマの町には宿屋が幾つかある。

 旧時代のビル跡やトレーラーのコンテナを利用した物に、或いは掘っ立て小屋と呼ぶべき粗雑な建物までにも宿と銘打った物まで様々だ。

 そのどれもが町の人間から旅人まで、多くの人間を迎え入れている。

 

 その一つに、レオナが常の住処としている宿があった。

 しかしその中身と言えば、仕切りすら無い三等室に、家族やチームを組んだハンター同士が泊まる、僅かに仕切られた程度の二等室。

 そして役目を果たさぬ家電やボロボロのインテリアで彩られた、シャワー完備の個室である一等室と云った物だった。

 レオナが泊まっているのが一等室であるのは言うまでも無い。

 そんな高級な──この荒廃した世界ではという枕詞は付くが──宿の一室に水音が響いていた。

 

「ん~、最高。あれだね、あの子が毎回毎回お風呂入ってる気持ちがよく分かるね。覗かれたくはないけど」

 

『マキノの事でしょうか?』

 

「違うって、大昔の話」

 

 浴室という名の狭いシャワーブースから聞こえてくるのは、上機嫌な鼻歌とレオナの涼やかな声。

 一糸纏わぬ姿で透明なヴェールを全身に纏うと、水を弾く白磁の肌がほんのりと朱を帯びていく。

 傷つかぬ様、柔らかく大切に身体を洗う後ろ姿は、荒野で銃を振り回し容赦のない暴を振るっているとは思えないたおやかさだ。

 

「濡れたシルクの様な金の髪。そこから流れる水が、艶とした白いうなじを伝っていく。垂れ落ちる雫が、その豊かな頂きから美しくもしなやかな肢体のラインをなぞるようにして流れ……」

 

『貴女は何を言っているのですか』

 

「ちょっとミラ、シャワー浴びてるからって水差さないでくれない? 折角いい感じにノッてるところだったんだからさぁ」

 

『ぶつぶつと独り言を言いながらシャワーを浴びているのは、端的に言って不気味です』

 

「なんだとぉ……」

 

 体を洗い終えたのか、水を止めながら文句を返していくレオナ。

 今の見た目だけでも文句無しに男が食いつきそうな姿であるのだが、如何せん台無しである。

 

「独り言じゃないの。いつかアタシがエッセイとか自伝でも書くときに使おうとしてるネタを考えてただけ。だから邪魔しないで」

 

『エッセイ』

 

 抑揚のない機械音が、どこか呆れた気配を漂わせている。

 

「そう、エッセイ。将来ハンターを辞めた時に本を書いて、荒廃した世界に文化の光を照らすってわけ。でもその為にはやっぱり目を惹くサービスシーンも必要でしょ? 折角こんな美人が出すんだからさ。どう? アタシの考え」

 

『ノーコメント。ですが印刷及び出版のしようがないのではないでしょうか。そもそも生き残った人類に読書を嗜む文化や余裕があるとも思えません』

 

「夢とロマンがあっていいと思うんだけどね」

 

『夢とロマンだけで食べていける時代ではないと思われます」

 

「……これだから機械は」

 

『これだから人間は』

 

 内容とは裏腹に仲睦まじげに交わされる言葉。そこには確かに絆が存在していた。

 旧時代、旧文明の英知同士がやる事ではなかったが。

 

「さて、と……さっぱりしたしご飯でも食べに行こうかな」

 

『推奨、髪の乾燥』

 

「めんどくさいからパス。どうせすぐ乾くし」

 

 バッサリと切り捨てた答えに、電脳の嘆息が重ねられる。

 

『美貌を自負にしている人間がするべき行いではありませんが」

 

「別に問題ないんだからいいでしょ? 最高だね、未来のボディ。女の子経験値が無いアタシでもノーメンテナンスで維持できるんだから」

 

 レオナの体は、生体端末と呼ばれる旧文明の技術によって生み出された物。強化人間、サイボーグ、アンドロイド、その他諸々に呼ばれる物が入り混じり生まれた、通常の人間よりも遥かに強靭な肉体だ。

 多少の傷や劣化であれば、摂取したたんぱく質などを元に投与されたナノマシンが再生させてしまう。翌日には何も瑕疵もなくベストコンディションに整えられてしまう程だ。

 また、不老とまでは行かないものの、身体能力のピークを発揮できる様に──或いは長く愉しめる様にと、老化のスピードも遅くされていた。

 

 深い森に住まう耳長か、宇宙の果ての戦闘民族もかくやと言った具合だった。

 

『端末の用途に落ち込んでいた本人の台詞とは思えません』

 

「あれだって確定じゃないでしょ。それに都合の悪い事は忘れた方がいいって誰かが言ってたからね。てことで出掛けよう。ついでにちょっとバイクで走ろうかな、最近乗れてなかったし」

 

『疑問。車両が必要なほど広い町ではありません。推奨、徒歩による散策。健康の為にも運動する事を勧めします』

 

「嫌ってほど運動してるじゃん。()()()()()()よりは間違いなく健康的な生活送ってると思うよ」

 

 命のやり取りや過酷な環境での生活を健康維持の目的と比べて良いのかはともかく、少なくとも贅肉よりは筋肉が付きそうなのがレオナの送る日々であった。

 

 何を食べるか、どの店に行くか。そんな呑気な事を考えながら着替えを済ませて宿を出ると、彼女の目に町の景色が映りこんできた。

 朽ちた建物の残骸とその残骸で身を寄せあい生きる人々。行き交う者同士が肩を擦り合わせては、その足を急がせている。

 時折聞こえる笑い声と、路地裏から小さく響いてくる苦悶。人を呼び込む喧噪に、どこかへ導こうとする甘い誘い。

 荒廃し変わり果てても尚、旧き時代と変わらない物がそこには在った。

 

 外の光景を後目に、トントン、と軽快な足取りで駐車場へ向かうレオナ。

 彼女同様、宿に泊まる人間たちの車がいくつか並ぶ中、静かに羽を休める自身の愛車に声を掛けていく。

 

「いい子にしてた? ごめんね、最近構ってあげられなくて」

 

 当然そこに返事はない。鉄の馬に意思があるわけもなく、また、それを模すことができる電脳も存在しなかった。

 だがレオナにとってこのバイクは、ミラに次いで大切な物でもあった。

 

『バイクになりきり返事をした方がよろしいでしょうか?』

 

「しないでいいってば。でもそのノリの良さは褒めてあげる」

 

『ありがとうございます』

 

 軽く砂を払いのけ愛馬に跨ると、慣れた手つきでキーを捻っていく。

 主の意思が伝わると心臓に火を入れられ、その鉄の鼓動を刻み始め──

 

「あれ?」

 

 ──なかった。

 

 常であればマフラーから勇ましい唸りを返す筈が、うんともすんとも言わぬまま。

 キュルキュルと機械仕掛けの心臓を動かそうとする音だけが虚しく響き、何度繰り返そうともエンジンに反応はない。

 

「え? 嘘でしょ!? この前まで動いてたじゃん! ちょっとしっかりしてってば!」

 

 人の営みが変わらぬ物であれば、こういう事態に陥った人間もまた変わらないのだろうか。

 ガチャガチャとキーを回し、何度アクセルを蹴ろうと、彼女の愛馬は一向に起きる気配を見せぬまま。

 心のどこかではきっと動かないのだろうと思いながらも、斜めの角度で叩いては、時折目を瞑って何かへ祈りつつも繰り返していくレオナ。

 終いには涙目になりながらバイクにすがり付くのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「こりゃ駄目じゃ、完全にイカれとる」

「そんなぁ~」

 

 ターマの町の一角。あちこちに欠落の見える整備工場に、悲痛な声と力ない嘆息が広がっていく。

 ここの主でもある、老整備士カマロの自宅兼作業場でバイクを見せていたレオナだが、出てきた言葉は残酷な物だった。

 その顔には心の内が隠す事無く浮かんでいる。

 

「ここが見えるか? この部品がお釈迦になっとる。これじゃいくらエンジンをかけようとしてもつきゃせんわい」

「嘘でしょ、こんな事になるなんて……」

 

 カマロが指差した先には割れてしまった部品が目についた。

 如何に構造に詳しくない者が見ようと、それが己が役割を放棄してしまっているのは明らかであった。

 

「……直らないの?」

 

「直すことは可能じゃ、こいつを交換すればいいだけだからの。ただ……部品がなぁ」

 

「……無いの?」

 

「無い。市場に出回ってるかは店やトレーダーに聞いてみるしかないのう」

 

「お爺ちゃんが作るとか……」

 

「無茶言うな嬢ちゃん。儂は整備士であっても技術者じゃないわい。板金を軽く打つくらいならともかくな」

 

「うぅ……」

 

 ガックリとうなだれるレオナ。よほどショックなのだろう。

 普段はどこか余裕があるのか、それとも楽観的な考え故か、あまり感情が揺れ動いている様子が見られない事を思えば相当に落ち込んでいるらしい。

 

 それもその筈で、ハンターにとって戦車は己の半身の様な物。

 戦力としても単純な足としても欠かせない物だった。使っていれば愛着だって当然湧く。

 徒歩で動く者も居るには居るのだが、それも金銭的な問題など、何かしらの理由で所持していないというだけだ。

 

「そんな情けない声出してどうする。駄目になったらその時と言っておったろうに」

 

「それはそれ、これはこれなの。愛車が駄目になって落ちこまない人間が居るわけないでしょ!」

 

「まぁ、そりゃそうじゃろうが」

 

 何とも言えなさそうにカマロがぼりぼりと頭を掻く。

 レオナも分かっている事だが、今の世では欲しいと思った物が手に入らないのはざら。

 彼女が使っている弾にしろ、カマロが使用する工具や部品にしろ同じ事であった。

 

「はぁ~……仕方ない、暫くは歩いてやってくしかないかな」

 

「すまんのう。まぁ、儂の方でも出来るだけ早めに見つかるよう当たってみるわい」

 

「お願いお爺ちゃん。それでどれくらい掛かりそう?」

 

「今、簡単に手に入るか分からんと言ったじゃろうが」

 

「そっちじゃなくてお金。 無駄遣いしないように取っておかないと」

 

「ああ、成程……。確か前見かけた時の値段が……何万じゃったかな?」

 

 記憶の底を浚っていくカマロの呟き。

 そして、あぁ確か、と思い出されたそれを聞いた途端、レオナの顔色が一瞬にして青を通り越して白くなっていく。

 

「嘘でしょ!? 部品なのにオンボロ戦車くらいするの!?」

 

「別に儂が吹っ掛けとるわけじゃないわ。需要と供給っちゅう物があるんじゃ。新造品なんざ()()と見かけやせんからのう」

 

 嘆息するカマロに悪意や冗談の色は無い。

 本当にその値段なのだと言う事が、誰にでも察せられた。

 

「おまけにお前さんのバイクは旧時代の奴じゃろ? ニコイチしようにも、そもそも同系の物が見つからんときたもんだ。そりゃ時間もかかるし高く付くのが道理よ」

 

 今の時代で作られる戦車にも、付けられる値段の幅は当然ある。

 新入りから底辺ハンターが手を出せるような数千クレジットの物から、数万から数十万、あるいはそれ以上する様な、腕のあるハンターが乗りこなす物まで様々だ。

 

 その中でも高値で取引されるのが旧文明の遺物。レオナの愛車もその一つだ。

 バイク自体は当時のスポーツバイクだが、今の失われた技術力とはかけ離れている為、性能に見合う部品一つにも希少性が出てきてしまう。

 今もいくつか確保されている旧文明の生産プラントでは、本来であれば多種多様な物品を作る事が出来るものの、当然ながら万全の稼働とは行かない。

 おまけに材料や作る人間の手腕や目利きなどの理由で、新たに製造される物も当時とは随分と見劣りのする出来だった。

 

「じゃ、じゃあ適当に似た様な部品を付けちゃえば……。ほら! バイクだって基本の構造は似た様なもんでしょ? だったら……」

 

「お前さん、走ってる最中に分解(アクロバット)でもしたいのか?」

 

「したくないです……」

 

 いくら構造上似ていると言っても、そこに掛かる負荷等を考慮すればできる筈もない。

 ガワだけ似せた歯車を嵌めた所で、肝心の部分で噛み合いようが無いのは自明の理。そもそも動くかどうかさえ怪しくなってしまうだろう。

 そんな状態で動かそうとすれば、その場で車が寿命を迎えるだけで済めばまだマシという物。

 荒野を駆ける最中、あるいはモンスターやレイダーとの戦闘中に空中分解でもすれば、いくらレオナと言えど只では済みそうになかった。

 

「そうは言うが稼いでない訳じゃなかろうに。多少なら分割で待ってやってもいいぞ?」

 

「あいにくとそんな余裕ないんだよね……。殆どご飯と弾代に消えてるし」

 

『付け加えるのであれば、過剰な宿泊費とギャンブルマシーンへの出費が含まれます』

 

「ぐぬぬ……!」

 

 流石にこの場で電脳(チップ)の中の相棒とやりあう訳にはいかないのだろう。

 それでも視線だけは強く宙を睨むレオナであった。

 

「……分かった。とりあえずバイク預かってて貰える? 部品探しもお願い。直す気も払う気もちゃんとあるから」

 

「うむ、レオナの嬢ちゃんだからそこは心配しとらん。いつでもいいから無理だけはせんようにな」

 

「ありがと、お爺ちゃん。…………やっぱり、肩揉んだりちょっとサービスしたらタダにならない?」

 

 そもそもこんな事に引っかからぬ相手だからと、半ば甘える孫の様にしてふざけるレオナ。

 しかし、孫が道を誤まらぬ様にとバッサリ切り捨てられていく。

 

「阿呆、自分は大切にせんか」

 

「は~い……」

 

 憂鬱を背負ったままトボトボとレオナが出て行くと、カマロが静かに溜め息を漏らしつつ髭を撫でていく。

 人生何事も、出来る事と出来ない事はあるものだった。

 

 

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