砂塵舞い上がる荒廃の大地を、レオナは一人歩き続ける。
既に昼を回っており、雲一つ無い空から照りつける日射しの下で陽炎が立ち昇っていた。
「地図の通りだとこのまま真っ直ぐ行けばある筈なんだけど……」
『警告。西寄りへ進んでいます。リクたちと別れた地点から推測する限りでは真南へ移動するのが最適です』
「あれ? いつのまにか少し横に行ってんだ」
『横ではなく西です。方角を平面上に捉えるのは良い傾向ではありません』
「いいじゃん別に。アタシの中じゃ北は上だし、南は下なの」
ついでに右は東で左は西、回転式って見難いんだよね、と暴論を言い放つ主に、音なき声が嘆息を吐いていく。
しかし当の本人はどこ吹く風。ただ前を見据えて歩き続けた。
レオナの視界の端に方角が示される。網膜を介したミラのサポートだ。
彼女が頭を周囲にやれば、その通りにコンパスの方角も変化していく。
それに倣い迷うことなく進んで行けば、時折現れるモンスターを蹴散らし、いくつかの廃墟を踏破し、目的地──ニズカーサ基地があるらしき場所へと足を踏み入れていた。
「ふむふむ……地図の通りだと多分この辺なんだけど……」
『見渡す限りの砂と土です』
「嘘とも思えないんだけどなぁ……アタシを引き摺りだすならこんな手間かけなくてもいくらでも場所があるだろうし」
『肯定。付け加えるならば現状そうされる理由が見当たりません。貴女が特別に禍根を残してきた事例はゼロと思われます』
「潰す相手は選んできたしね。レイダーとかレイダーとか、レイダー擬きのハンターとか。それでも恨みを買ってないとまでは言わないけど」
『そうであれば、今すぐ襲われていない事が不自然です』
「だよね。アタシなら絶対今やってる」
レオナの周囲には文字通り何もない。彼女の先に広がるのは、朽ちる事も無く佇む岩場と乾いた大地。
身を伏せる事は出来ないにしろ、逃げる"足"の無い相手に仕掛けるには絶好の場所だ。
ならば、と視線だけで辺りを見回していくが、小さな丘や建物らしき残骸が僅かに顔を覗かせるだけで、アイリーンの言っていた基地らしき遺跡はどこにも見当たらなかった。
「うーん……それでも在るとしたら……地下?」
レオナの顔が地面へと向けられる。
そこに有るのは当然砂と乾いた土だったが、その先にある物を見通そうとしている様だ。
『推測。過去に受けた攻撃あるいは地盤沈下等で、一帯が砂の中へ埋没した可能性は否定できません。また、元々地下施設として存在している可能性も有ります』
「……なるほど。仕方ない、少しこの辺歩き回ってみよう。ミラも適宜スキャンよろしく。向いて欲しい所あったら言ってね」
『地盤の厚さとなるとあまり効果は期待できませんが』
「それでもアタシがただ見てるだけよりはずっとマシでしょ」
ゆっくりと歩き、時折足を止めては砂地を確認していくレオナ。その後ろ姿は砂漠に落ちた針を探している様でもあった。
太陽の下で汗がにじみ始める中、何度も足が止まった先で、ミラからのスキャンデータがレオナの目の前に広げられていく。
そして何度目かの静止。
その時、彼女が立つ砂の下──数メートル程先に、土や岩とも違う反応があった。
更に確かめていく一人と一機。
すると、そこにあったのはコンクリートと金属と思しき反応。大まかな形状から推測できる限りでは、緩やかな坂と扉と出入り口らしき部分が含まれていた。
「これ、そうかな?」
『推測。地下搬入口と思われます。埋もれている砂を掻き分ければ通行は可能になるでしょう』
「いやいや無理だって。流石に手でやるのは限度があるってば」
思わず呆れるレオナ。
いくら肉体が強化されていても、彼女の身体に付いている手足は二本に二足。あくまで人間の範疇である。決して人間ショベルカーにも、人間発電所にもなってはいなかった。
もし砂をかき分け掘り進めたとしても、数日の内に到達できるかどうかは怪しい所だ。
加えて、捨てた砂がまた風で浚われ掘ったばかりの所に戻ってしまえば、疲労以上に無力感が身を苛ませるのは想像に難くないだろう。
「……あの女も掘ったりなんかした訳じゃないと思うんだ。掘り返したり埋めた跡って暫く残ってたりするでしょ?」
『肯定。周囲に重機、あるいはスコップ等の痕跡は無し。年単位の保証は出来ませんが、数ヶ月程度ならば周囲の様子からある程度推測できる筈です』
「となると、どこかの別の出入り口を見つけてたかな?」
大まかに基地があるらしい辺りを推測すると、更に周囲を捜索していくレオナ。
少なくとも、砂を掘り返すよりは幾分か可能性がありそうだった。
足で踏み、手で探る事およそ数時間。
日射しが傾くかどうかの瀬戸際で、岩場の影に隠されていた出入り口──恐らくは緊急時に使用する非常ハッチと思わしき場所を発見していた。
『痕跡有り。恐らくここをアイリーンが発見、使用したと思われます』
「地下……まさか下水だったりしないよね?」
レオナがブルっと体を震わせた。
思い起こすのはかつてのネズミの群れか、それとも汚泥の臭いか。
どちらにしろ、彼女にとって良い思い出ではないのだけは確かな様だ。
『臭気から下水の可能性は否定できます。ですがアイリーンの言を信じるのであれば、モンスターと警備ロボットが存在しているのは間違いないでしょう』
「警備ロボットねぇ……ミラ、何かデータ残ってる?」
相棒に問いかける声に、警戒といくらかの期待が乗っていた。
レオナの生きた時代──正確には元の人間が生きた時代では、ロボットは僅かに実用化され始めた程度の物。
彼女の記憶の中には、どちらかと言えば空想の産物のイメージの方が強かった。
『回答。いくつかのデータがあります。新星公社製の土星シリーズ、ピース&バレット社製の
「……当然って言えば当然かも知れないけど、随分物騒だね」
レオナの視界へ投射されたARインターフェースに、いくつかの戦闘、警備ロボットの情報と姿が映っていく。
それを流し見していくと、艶やかな唇から何とも言えぬ心持ちが漏れていた。
両腕に機関銃を装備した物に、大口径な銃と云うよりも砲と云うべき物を肩に乗せたタイプ。果ては何を警備するんだとばかりに大型化や重武装した物まで。
期待していた当の本人が、思わず乾いた笑みを浮かべずには居られないような代物だらけだったのだ。
「こんな物作ってるから大破壊だなんてのが起きたんじゃない?」
白い奴か首輪でも付いてるのがありそう、と零すレオナ。
『否定。これらが直接の原因にはなっていないでしょう。ですが技術及び軍拡競争が遠因になっている点は否定できず、結果的にその発展が被害の規模を増加させた可能性は高いかと』
「最後は核の炎だか、地球ぶっこわしなんとかのせいなんだろうけどね。どっちにしてもアタシはこれからこういうのとやり合う可能性が高いわけだ」
モンスターやレイダーとは別の脅威が存在しているだろう事に、金の雌獅子が身体を震わせていく。
武者震いなのか、身の危険を前にした恐れなのか、将又その両方なのか。
本人ですら分からぬ内に飲み込んでいた。
「ま、何にせよ行くしかないか。怖くて仕方ないんならそもそも来てないんだし」
ハッチに手をかけると、そのまま渾身の力で引き上げていく。
長らく動かされていなかった為か、それとも砂地に埋没していた影響か。
鈍い音を立てながら少しずつ開き、最後に大きな開放音を残しながら暗い闇へ繋がる口を開けていった。
◇◇◇
地下へ繋がる長い梯子を降りた先は、光の無い通路だった。
薄暗い空間に、コツコツと乾いた靴音が響いていく。
時折かすかに聞こえてくる唸る様な音は、生き残っている施設の胎動か、それとも地の底に潜む異形の嘶きか。
光量は歩くには不十分であったがレオナの強化された体には障害とはならず、明かりも持たぬまま迷いのない足取りで暗闇の中を進んでいく。
その手には
しかし、幸いと言ってよいのか、肩透かしと云うべきなのか。
その機会が訪れる事のないまま足音だけが響く中で、レオナたちが何かに反応する。
「……ん~? 何か部屋っぽい?」
『肯定。反響音から前方に開けた空間が確認できます。より一層の警戒を』
「オッケー、その為に色々買ってきたんだしね。これで敵もお宝も見つからなかったら色んな意味で大損だよ」
『市場で会った
「全部半額で買えてれば完璧だったんだけどね」
声を潜めながらも気楽な調子は変わらない。それこそ平和だった時代の買い物帰りの様に、スキップでも始めそうな程だ。
だが、胸や腰の装備から見え隠れするマガジン等が、とうに過ぎ去った穏やかな世界ではないと思い知らせている。
(さて、鬼が出るか蛇がでるか……)
道の終わり──扉が近づくのと同時に、レオナの体が油断なく半身に構えられていく。
いつ飛び出していっても不思議ではない。それを示すように、彼女の視線はジッとその先を見つめたまま。
扉の上部には非常用の避難路を意味する表示。この先が目的地であろう事は誰に聞くまでもなく明らかだった。
ミラの簡易スキャンで向こう側に何も待ち構えて居ないのを確認すると、静かに、そして慎重に扉が開けられていく。
体を滑り込ませたレオナの目に映ったのは、高い天井と開けた周囲。かつては戦車やトレーラーでも行き交っていたのだろう広さは、地下にあると考えるには想像以上の物であった。
その一方で、そこにあるのが朽ち果てた文明の跡だと言うのも変わりはない。
何十年、何百年放置されてきたのだろうか。何かの機材や車の残骸が、瓦礫と共に大量に転がっている。
そんな中をゆっくりと動く影があった。
全長1.5メートル程のそれは、人を模した上半身に小回りの利くタイヤが付いた下半身のロボット。二本の腕の先は鉛玉を撃ちだす為の銃口になっている。
それがゆっくりゆっくりと、主無き廃墟の中を徘徊していた。
レオナもすぐに気付き、物陰に隠れながら観察を続けていく。
「間違いなく警備用だよね。……まさかあの腕で来客を迎えるコンパニオンロボットじゃないでしょ」
『データ照合、該当有り。新星公社製、土星三号。民間警備用に作られてはいますが、軍事転用も可能なタイプです』
「……戦いになると思う?」
『肯定。侵入者は我々の方です』
「だよねー……働き者だね、あれも」
様子を見る限りでは、そのロボットが役目を放棄した様子はどこにも見られなかった。
荒れた遺構の中をただ一人ゆっくりと動く様は、一つの職人芸として、美学さえ感じる程だ。
かつての主の為、在りし日を守ろうとしているかの様でもあった。
「問題は機械の装甲を撃ち抜けるかだけど……」
『当該機に軍事転用された際の特徴は見受けられません。警備用のままであれば、"荒鷲"の弾でも十分に撃ち抜けます。軍事転用された後や軍用の戦闘ロボットになると装甲も戦車並みになるので難がありますが』
「なるほど。でも出来れば戦いたくないかなぁ……弾勿体ないし」
警戒しながらも懐事情に嘆くレオナ。どこか気楽な様子に変わりはない。
だが、本人からすれば至極重要な問題だった。
どれだけ敵が居るか分からない以上、弾薬を節約するに越したことはない。ましてや補給の望めない場所での戦闘は、弾薬をどれだけ温存できるかに掛かっていると言ってもいい。
かと言って安価で弾数も多く用意できる小口径の物では、相手次第では豆鉄砲になってしまう。
愛銃の手の馴染みから考えても、レオナは決め手に欠ける物には頼りたくなかったのだ。
こればかりは高い安いとだけで決められる様な事ではないだろう。
文字通り、命を預ける武器なのだから。
「仕方ない、どうにか迂回して──」
『警告。別の物音を検知。タイヤの装甲音から、同系統の物が二台接近中』
「無理かぁ~」
ミラの警告通り、奥から二台の警備ロボットが現れた。先の物と同様に、主無き場所を守るため巡回をしている。
三体が同じ場所を同じ方向に行くという事もなく、偶然か、はたまたその様にプログラムされているのか、互いが互いの死角を潰すような位置取りを始めていった。
幸いな事にレオナはまだ見つかっていない。
しかし、それがいつまで持つとも限らず、このままでは時間だけが無駄に過ぎていく事だろう。
「……やるしかないかな」
スライドを引きコッキングすると、その体に程よく緊張が走っていく。
昂りすぎず、されど興り過ぎず。いつどんな形へと行けるように緩やかな力に満ちていた。
しかしそこに待ったをかける声。
『少しお待ちを。警備ロボットからなんらかの通信を検知」
「通信? ここインターネット生きてるの?」
『一部肯定。汎ネットワークではなく、内部ネットワークと無線によるデータのやり取りと推測されます。機体間で警備ルーチンや連携の相互確認を行っている物かと』
「厄介だなあ、もう」
電脳から告げられた情報に、口を尖らせながらぼやいていく。
だが、ミラの言葉はそれだけではなかった。
『提案。ネットワークへの進入』
「……できるの?」
『私の機能に端末やネットワークへのアクセスが可能な事をお忘れでしょうか?』
「すっかり忘れてた。だってこの3年で殆ど機会なかったし……バイク運転できるだけじゃなかったんだ」
『機会が訪れなかったのは貴女の探索場所など結果的な物にすぎません。そして私も決済用の端末を覗けるだけではありません』
「でもどうやって? まさかノーガードで通信してる訳ないだろうし、イントラとかならもっと大変じゃない?」
『通信を行っているのであれば可能性は十分にあります』
少しお待ちを、という言葉を最後に電脳からの言葉が途切れ、辺りに静寂が満ちていく。
時折それを破る様に機械人形の駆動音が響いていた。
途切れ途切れに鈍く錆びた様な音が混じっているのは、長い間手を入れられていなかったからだろうか。それはどこか悲痛な叫びの様でもあった。
10秒、また10秒と、命を懸ける場では短くも長い間。
このまま待ち続けるべきかとレオナが少し痺れを切らした頃、脳内に潜む相棒からいつもの様に低い音声が届けられる。
『お待たせしました。30秒後、突破してください』
「突破? あそこまで走り抜けろって事?」
疑問と共に目が向けられたのは、暗闇の中に広がる奥へと続く道。
『肯定。一時的な割り込み命令を追加しました。搬入口間際まで移動しますのでその間に突破を』
「やるじゃん。アタシのお姑さんじゃなかったんだ」
『否定。小言を言う事になっているのは貴女の生活態度のせいと思われます。推奨、節制及び生活態度の見直し』
「褒めたと思ったらこれだよもう」
身を潜め、声を潜めながらも止まない応酬。
そんな中、巡回を続けていた三機のロボットがあらぬ方へと移動していく。
そして閉じられた壁の先へと向かい、かつての役目を果たそうとする。
「てて、停シシて──さイ、イ。この、ニズズ、カーさサさ基地は──」
途切れ、掠れ、壊れた音声が、暗い廃虚の中で虚しく鳴る。
レオナはそれが何かと理解する前に地を蹴り、足音の残響も残さず影の様に走り去っていった。
何事かを呟き続ける警備ロボットたちはそれを認識出来ない。
今の彼らは見えもしない幻影を追い、与えられた偽りの役目をこなしているのだ。
既に滅んでしまった、かつての主の為に。
「お仕事熱心だね、あっちも褒めてあげたいかも」
格納庫か駐車場だったのだろう場所を通り抜け、再び暗い通路へ入った後、誰にも知られる事ない機械に対して少しばかりの敬意と憐憫が送られる。
だが、レオナにとってそれは心を割き続ける様な事ではない。
警備ロボットたちの事も直ぐに過去の物となっていた。
「それでミラ、さっきは何したの?」
彼女にとって最も重要なのは
それは自己中心的とも言えたし、この世界を生きていく上で培わなければいけない判断とも言えた。
『機体間ネットワークへ接続を行い、偽装した命令コードを送り込みました。基地全体のネットワークではないので、あくまでもあの三台のみが対象でしたが』
「へぇー、でもどうやって? 通信するにしたってアンテナとかブルーなんとかみたいなのが必要じゃん。 あんたがアタシの"通帳"覗き見してる時って、確か触ってないと駄目だったでしょ?」
レオナが言った通帳とは、彼女がギルドで使う端末の事だ。
現代の技術力でどうにか作られている、クレジットのやりとりのみに用いられる旧文明の名残。
そしてその言葉通り、ミラはその端末に無線接続出来ていない。レオナが使用する際、手や指のナノマシンから
それがレオナの知る限りのミラの情報アクセスであり、ハッキングであった。
しかし先程の一幕は違った。彼女が想像していたような、正に"ハッキング"だったのだ。
今までの認識を覆された事に驚く主に、相棒の人工知能は何てことは無かった様に告げていく。
「確かに機械やコンピューターへの無線接続には送受信共にアクセスポイントが必要です。今回であれば受信側が先程の機体ですが、送信側も元々すぐ近くに存在していました」
「どこに? 基地のワイファイでも飛んでたの? こんな世界で?」
「否定。貴女からです」
「はぁ?」
電脳から返って来たのは、あまりに突拍子がなく予想外な言葉。
レオナの口からは呆気に取られた声しか出ていなかった。
『自分の体の事を忘れていないでしょうか。貴女は──』
「人造人間に強化人間にアンドロイドにサイボーグでしょ? 知ってるって、嫌でも人間やめかけのスペック体感してるんだから」
『その体──生体端末が製造された際、ナノマシンを始めとした各種インプラントも埋め込まれています。私の入っている副電脳もその一つです。そしてその中には無線通信用のデバイスも含まれています』
「えぇ~…………アタシっていつの間にか5G人間になってたの……」
「そんな古い規格ではありませんが、貴女がアクセスポイントになっているという認識に間違いはありません」
まさか自分から三本のアンテナが立っているなど思いもよらなかったのか、呆気に取られるレオナ。
そしてそのまま視線を動かす事なく、頭部を探り始めた。
「アルミホイル巻いた方がいいかな?」
「その程度で完全に遮断される様な物ではありません」
「そういうジョークだってば」
いつものように軽口を叩けば、また一人通路へと踏み出し更に奥を目指していく。
闇の先にあるのは、朽ち果てて尚眠り続ける物言わぬ過去。
遺跡となったニズカーサの底は、未だ深淵へと繋がり続けていた。