ニズカーサの最深部に当たる幾つかの区画。その一つで、影が暗闇の中を頻りに動いていた。
だが、暗闇の中ではあるものの、その動きに覚束ない様子は見当たらない。
「どれだろ、これかな?」
『肯定。後はそのスイッチを押すだけです』
「ポチっとな」
壁に備え付けられたパネルを外すと、レオナがボタンを叩いていった。
すると、彼女が立っているフロア内に、天井に埋め込まれていた照明から白い光が満ちていく。
それと同時に周囲から聞こえ始めた唸りは、眠り続けていた遺跡の目覚めの胎動だろうか。
「あー、ちょっと眩しいかも……これだから暗い場所の探索は。でもこれでようやく電気が回ってくれたのかな?」
『肯定。何らかの設備が動き始めたと思われる駆動音を検知』
「それにしても……こうして発電機が無事に動くくらいに残っていたりするんだから凄いね」
『老朽化した非常電源という事は念頭に。どうやら基地内全てに供給出来ているとは行かないようです。ですが長居をするのでなければ特に問題はないかと』
それを証明する様に、点いた灯りは暗闇の全てを晴らす程に行き届いているわけではない。
何かの稼働する様な音はあちこちから響いて来るものの、その殆どに何処か調子の悪そうな不快な物が混ざっていた。
だがそれも仕方が無い事だろう。むしろ、大破壊という終末が訪れても尚、再び動くだけの力が残されていた事だけでも喜ばしいと言うべきだ。
再び動き出した発電機がその役目を終える前に、レオナは奥へと進んでいく。
目的のポイントへ近付くにつれ、その周囲にも変化が現れていた。
今までレオナが通ってきた辺りは、地震、あるいは空爆による振動等、何かしらの影響があったのを思わせている。壁や床の表層が剥離し、基礎が剥き出しになった場所も見受けられていた。
しかし彼女が今居る場所に限って言えば、色あせてはいるものの、それでも綺麗な白色が延々と続いている。
恐らくはこの辺りが重要度の高い区画なのだと、素人目にも理解できる程だった。
『前方右手。一機確認』
静かに告げられる電子の声。その言葉通り、レオナの瞳に強調された輪郭が映る。
ニズカーサの中で散々が見かけてきた警備ロボットだ。
だが、相手が彼女の目の前に姿を現わしている訳ではない。
十数メートル先、ミラのハッキングで得た情報からその位置を把握された機体が、網膜内のナノマシンを通して見えているのだ。
(う~ん……確かゲームとかでこういうのあったっけ。あれは遠くまで離れると映らなくなったけど、実際に目にすると不思議な感じ。目だけに)
電脳の補助に慣れて来た頃、そんな風に思いながら息を潜め様子を覗っていく。
既に地の底に遺された機械人形のスペックも動きも見切っていたが、それでも油断するほどレオナは慢心していなかった。
『偽装コードを送りますか? 巡回ルートを変更させれば無力化も不要です』
「……この際だから全部潰しながら行く。後ろから襲われる方が嫌だし」
『了解。ですが残弾にはご注意を』
「分かってるってば、ポーチ軽くなってるし」
気楽な調子のレオナだったが、その目と表情からは緩みが消え、代わりに鋭さと力強い物が増していく。
獲物を前にした猛獣の様なそれ。一瞬の溜めを作ると、一気に飛び出していった。
青い閃光が瞬く間に駆け抜ける。
僅かな音に気付いた土星三号──警備ロボットが振り向こうとするも、それよりも速く相手の肩へと飛び移るレオナ。
そして"荒鷲"をその頭部へと突きつけると、刹那の連射音。
内に備わる制御ユニットを正確に吹き飛ばせば、あまりにもあっけない幕切れが訪れる。
ただの一声も上げられなかった警備ロボットは、その長い役目を終えていった。
「他にはいないね。……にしてもここまで見かけないとなると本格的に怪しいなぁ、あの女」
『肯定。ですが事前にその旨は忠告していました』
「アタシだって怪しいのは最初から承知の上だって」
『食欲と物欲で釣られていた様にも見えましたが』
「……まぁ、それは否定しないけど」
ミラとの情報を擦り合わせながら、レオナは意識を思考に傾ける。
その大半を占めているのは、このニズカーサについての事だった。
遺された警備ロボットとの戦いは既に倒した数は20体を超え、一度の探索で相手どるにしては中々な頭数である。
とはいえ、ニズカーサの規模を考えればそれ自体は不思議ではないだろう。
だが居るとされていた筈のモンスターの姿をとんと見かける事はなく、警備ロボットに排除されたのかと思えば、その痕跡すら見かける事がなかった。
それだけならばまだ良かったが、レオナがニズカーサに来ることになった理由──依頼者であるアイリーンは、確かにモンスターが居ると口にしていた。
あれはまるで確信がある様な言い草だったと、レオナは思い返していく。
勿論、たまたまという事も考えられた。アイリーンがこのニズカーサに目を付けた時には、確かにモンスターが生息していたのかもしれない。
だがそうだと仮定すると、今度はその痕跡が何処にも無いという矛盾。
この地の底に巣食っていたのであれば、警備ロボットの戦闘記録なり、死体や腐敗して分解された跡が残っている筈なのにだ。
レオナの脳裏に様々な疑念が渦巻いていた。
(地上に居るから、世界のどこにでも居るから口を滑らした? 違う、そんな口振りじゃなかった。それにあの感じだと基地の場所だけ知ってたとも思えない……あれだけ色々確信した様子で話を持ってきたんだから。何者か知らないけど本当に気をつけた方がいいかな?)
レオナがそこまで考えるも、これ以上は推察のしようがないと頭を振っていった。
彼女が立つのは未だ地の底、見えざる手が忍び寄っているかも知れない遺構の中だ。
用心を重ねるのは好ましい事であるが、それも過ぎれば悪手となる。少年たちに伝えた経験が、今度は自分自身に返っていた。
そしてある程度割り切っておかなければと、胸を満たしていた気持ちを入れ替えていく。
いざとなれば、全てぶち壊しその報いを受けさせてやればいい、と。
「さ、次に行こっと」
レオナが再び前へと足を進めていく。
警戒しながら先へと行けば、そこは幾分開けた空間。電源が復旧されたからだろうか今までと比べても明るさが段違いの室内は、多数の機器と端末が立ち並ぶ管制室のようだった。
『室内に敵影無し。推奨、コンソールへのアクセス』
「はいはい、ペタっとな。何かデータが取れればいいけど……」
室内に数多く並んだ端末。
その殆どに埃が積もり、壊れているのか、うんともすんとも言ってこない。
だが数機だけ生きている端末を目敏く見つけたレオナは、そのひとつに近付き手を触れていく。
彼女の手を介してのミラによるハッキングが開始され、アクティブになった機器が稼働音を鳴らして目覚めていった。
「あんまり形変わってないんだね。もっとこう……未来的な感じになってるかと思ったのに」
『と、言いますと?』
「アタシの目に映ってる奴みたいに、投影されたホログラムとか空間に浮いたパネルを使ってるみたいな、そういうSFっぽい感じ」
説明の為か、空中で何かを触るような手振りをしていくレオナ。
そんな事をしなくても彼女の中の相棒には伝わっているのだが、そこは彼女なりの拘りがあるのだろう。
『回答。過去にARインターフェースへの統一も図られました。ですが入力操作の誤りの多発や、物理的接触による心理的な面が優先され、多くは今の貴女の様な視界に投影されるだけに留まる事となりました』
「あらら、所詮人は人って事か。でもボタンとか画面は押せてないと不安なのは分かるかなぁ」
『機械と人体──ここでは脳や神経への直接接続による脳波入力等も考案されましたが、こちらは研究段階で中止され、その後、別の物へと発展しています』
「そんな物まであったんだ。こわっ……」
思わずといった様子で、レオナが自分の頭に触れていく。
過ぎた未来は想像するよりも奇なりと言うべきか、その顔色はどこか青い。
しかしすぐさま返される電子の声。
『発展した物は貴女と同様の機能ですが』
「アタシ!?」
『肯定。以前お話したことがあると思いますが、過度な人体改造は人格への影響等大きな問題となり、機械と脳の直接接続も研究段階で同様の問題が起きました。そこで改善案として補助プログラムによるクッションと、それ等が外部へ介入できるインプラントを入れる事で解決が図られたのです。つまり今の貴女と私の様に』
「……なるほど、言われてみればそっか。でもさ、なんで改造しすぎで性格がおかしくなるんだろ」
『データ更新中の為、回答できる範囲の中でと前置きさせて頂きますが、先程の言葉通り、人は人でしか居られなかったと研究報告に纏められています』
「人でしか居られない……」
レオナの視界の中、ハッキングの進捗を伝えるバーがゆっくりと動いている。
唾を飲みこむ音が静かに響いた。
『過度な改造──この場合は四肢等の移植や増設ですが、機械腕や義肢を外部プログラムに依って動かす程度であればともかく、余剰分を増設し神経と繋いだ場合、脳に多大な負荷が掛かる事になったのです。所謂、多指及び多肢症で動かせる生物にそれが無いのは元々生まれ持った形だからでしょう。また、以前の本人から大きく逸脱した姿は、自己の認識を容易に危うくしたとの報告も多数上げられています』
周囲の静寂を破る事のない、淡々とした言葉が続いていく。
『脳との接続も同様だったのでしょう。記憶や人格を抽出する事は可能になっても脳その物は進化していません。人が電気信号を自意識下で自在に制御する事は出来ず、処理能力ですら電子の世界に追い付く事は人の意識だけでは不可能でした。例え翼や車輪を後から足した所で、それを正しく制御できるだけのメモリもプログラムも人体には無かったのです。それが過剰且つ慢性的なストレスとなり精神へと悪影響を及ぼしたのだと、人は人でしか居られなかったとの結論に繋がりました。そのラインを見極めた結果の一つが、人を逸脱しない中での強化。つまり貴女の身体の様な例です』
「ふーん……」
レオナが自分の手を見つめる。そこにあるのは確かに生身の身体、人間の物だ。
しかし、本来であれば生物としては歪な成り立ち。そして人ならざる部分も確かにある。
だが、その全てが彼女の支えだった。
今の身体が無ければ自分が生まれる事はなく、とうに砂の上で死んでいたに違いないと何度も思い知らされている、と。
『そしてそれが私を含めた支援AIが作られた理由です。かつては粗悪なチャットボットでしか無かった我々の先祖を高度に昇華させ、人と機械のクッション、マンマシンインタフェースの一つとしたのです』
「なるほどね。ま、待ち時間の暇つぶしにはなったかな」
そしてそんな小難しい事はどうでもいいと、どこか投げ捨てる様な涼やかな音。
青い瞳の中、投影されたプログレスバーが終点に達していた。
『データの取得、及びデータベースの更新に成功。インゴットが保管されていると思われる倉庫区画を発見、ロックも解放しました。その他、大破壊の直前と思われるデータもいくつか発見できていますが」
「最後のは別にどうでもいいよ」
電脳の声を遮る様に、レオナの口から強い決意のこもった言葉が告げられる。
その目に迷いは無く、進む先をしっかりと定める力があった。
レオナの脳裏に一つの思い出が浮かび上がっていく。
それはいつかの朝焼け。まだ彼女が荒野に馴染む前の事だ。
ミラの起床音によって目覚めさせられたレオナは、寝ぼけ眼でそれを目にしていた。今や廃墟と成り果てたビルの間から薄闇を消し去る様に朝日が射し、空が蒼く輝いていく光景を。
それをただ綺麗な物だと感慨にふけっていた。何が綺麗なのかと問われれば、今を生きている瞬間がそこに見えた気がしたからだと、彼女は答える。
己が新たに生まれる事になった経緯も、死んでしまった自分だった者とそれに連なる物事も、全ては過去の物。
感謝と郷愁に浸ることはあれど、それでも今を歩まなければならなかった。
「さっきも言ったでしょ、100年だろうが1万と2000年前だろうが関係ないって。この荒れた世界で大して意味ないだろうし、もう起こっちゃった事が無くなりもしない。アタシだけで今更世界を元に戻せる訳でも無いんだから今を生きるだけ。そんな昔話はお婆ちゃんになった頃に子供に聞かせる事にするかな」
『では私もそのつもりで』
「ねぇミラ、それだとまず外に喋れるようなスピーカーとか探す必要ない? アタシの頭の中で読み聞かせされても困るんだけど?」
用を済ませた端末を切り離せば、レオナの小気味いい足音が再び響いていく。
目的の物を見つけ、愛車を直す為に再び荒野へ戻らねばならない。
過去に浸っている暇はないのだからと、決意を秘めて。
◇◇◇
「ようやく着いたけど……ここから探すの? ……だっる、帰ってシャワー浴びたい、美味しいご飯食べたい」
レオナが辿り着いたのは、ニズカーサ内で奥まった場所に位置する保管庫。しかし、大仰な扉の先を見て辟易としていた。
室内には何列にも渡り並んでいたのだろう崩れたラック。そしてそこに収まっていたのだろう朽ちかけ、或いは錆びたコンテナの群れ。傍らのダンボールか何かの滓は、時の流れに逆らえなかった跡だろうか。
そのどれもがかつての様に整然とした姿はなく、放棄され今に至るまでにあった事象の結果、見るも無残な姿に成り果てている。
過去にここで働いていた人類が見れば、今のレオナの様に絶望したであろう光景だ。
この中から目的の物を探せというのだから、誰であろうと堪らない事であった。
『推奨、地道な探索。此処まで来たのであれば後少し。嘆いていても始まりません。レッツポジティブシンキング』
そして彼女の耳に届いたのは、気分が上がる調子と抑揚の一切ない低音の語り掛けだった。
「うん……分かる、分かるよ? でもせめてもうちょっとポジティブになる感じに言ってくれない?」
『キャピキャピとはしゃぐ様に言った方がお好みだったでしょうか』
「どこでそんな言葉覚えたの……でもそれはそれでやだなぁ」
肩を落としてしまっているが、ミラの言う通り、地道にいくのが正論である事は間違い無かった。
憂鬱な気持ちと共に大きく息を吐くと、頬を一叩きして気合を入れ直すレオナ。
手近な物から順に片付けていけばいずれ終わりが来る。最後の仕事、もう少しの辛抱だと己に言い聞かせて。
「これは……違う。こっちはなんだろ、保存食? 食べられるかなぁ……。これは駄目、朽ちてる」
積み上げられたコンテナを下ろし、さび付いた蓋を蹴り飛ばしながら中身へ手を伸ばして行く。
一つ開け、二つ開け、三つ四つと次の箱へ。
一体何の為に仕舞われていたのか、開けられたコンテナの中には様々な物が残っていた。
野戦服か何からしき繊維の断片、錆びた弾薬、保存用のパックが破れていたのだろう乾燥糧食等々。
これまでに見つかった物の殆どは使えそうにないものの、それこそ多種多様に溢れていた。
だがそれだけではなく、使えそうな物──有体に言えば金に換えられそうな物がちらほらと散見してもいる。
レーションの缶詰、ガスマスクに当時の医薬品。
生活雑貨の類も見つかる中で一際レオナの目を引いたのは──
「ハンドガンの弾にナイフ、その他諸々。おまけに状態は良好。弾は口径が違うけど……この調子なら他にも随分良い物が眠ってそうじゃない?」
武器弾薬の類だった。
『肯定。この保管庫はニズカーサ内において非常時の備蓄庫と推測。ですが目的の物は発見できませんでした』
「まだあるんだから気にしないで次、次。……でもこれだけあると持って帰るのが大変かな? 警備ロボットの残骸も多分売れるでしょ?」
『無事な装甲片や給弾されている弾薬も高値が付くのではないでしょうか。一番価値の高いCPUやセンサー類はほぼ破壊されていますが』
「アタシが悪いみたいに言わないでよ。壊してこなきゃここまで辿り着けなかったんだし」
ミラとの会話は続けながらも手は休めず、次のコンテナへと伸ばしていくレオナ。
その後も落胆と期待が交互に現れる中、宝の山の中からようやく目当ての物を探りだしたらしい。
重厚なケースの中に並ぶ、銀色の中に油膜や酸化とも違う微かな虹色を含んだ金属塊。
アイリーンに依頼されていたインゴットだった。
「ようやく御対面っと……ひい、ふう、みい……うん、全部ある」
『後は帰還し依頼達成です。お疲れさまです、と言いたい所ですが』
「帰るまでが遠足──じゃないお仕事だからね……頑張って歩くかぁ。重い物は置いていって、また今度来ようか」
『提案、協力者の募集。リクたちにも遺物の運搬を要請する事で時間と危険の削減になるかと』
「丁度よくトラック持ってるんだし悪くないかな? まだ見てないコンテナとか奥の方もあるし、これだけ物があれば分けたってお金に困る事も無いでしょ。むしろ富める者的には皆で分かち合った方がいいって感じ?」
『とらぬ狸の』
「皮算用。 分かってるけどこればっかりは仕方ないって、お宝の山なんだからさ」
退散する為か、レオナがコンテナの中にあったインゴットの入りのケースを持ち上げていく。
ずしりとした感触に思わず笑みをこぼし、そして、ふと思いだす様に呟いた。
「ねえミラ、これって何の金属とかって分かる?」
『回答不可。目測による判断ですが、該当する物は見つけられませんでした。恐らくは更新後のデータベースより更に後に発見された物かと』
「そっか。ま、何にせよアタシがどうこう使う物じゃないし──」
保管庫を後にし、道中抜けてきた大きなホール付近に近づいた時、レオナの耳に異変が届けられる。
此処に至るまで嫌と言うほど聞いた土星三号の駆動音ではなく、ズシンと重たい音。
まるで何かが爆発する様な音とその度にパラパラと落ちる埃が、遠い闇の向こうから何かが近付いてきているのを告げていた。
『警告。前方より大きな振動を検知。警備ロボットではない可能性、大。推奨、戦闘態勢への即時移行』
「こんな時に何だって言うの……!」
手にしていたケースを即座に投げ捨てると、そのまま"荒鷲"を手に取り迎え撃とうとするレオナ。
そして現れる影。視線の先、暗闇の向こうから大きな足音と共に現れたのは──。
「でっか! な、なにこれ!?」
10メートルをゆうに越す長い胴体に、天井付近まで届く体高は5~6メートル程だろうか。大きさに比例した太い胴体からは節足動物の様な足が6本生えている。
巨大ではあったが、ガラスホッパーの様なバッタ系のモンスターにも思えるそれ。
だがレオナの視線が一点に止まると、その目を疑っていた。
「あれって……まさか大砲!?」
長い胴体の先、丁度背中から頭部にかけて、まるで触覚代わりに二つの円筒状の突起が備わって──いや、生えていたのだ。
それはまさに彼女の言う通りの代物。
砲口からは殺意を感じさせる闇色が覗き、よく見れば大砲だけではなく、体の至る所にも装甲らしき鈍色の金属板が付いている。
まるで生体兵器か何かの様な、バッタと大砲とを融合させた奇怪な相手であった。
「ちょっとちょっと、なんなのこいつ!? これもモンスター!? それともロボット!?」
『不明。ですが敵対する意思の有無に関わらず危険な事に変わりないかと』
「そりゃそう──ヤバッ!」
声と同時に砲身から何かが放たれると、野生の感とでも云うべきか、その直前に飛びのいたレオナ。
続いて届く衝撃波。直後、彼女が居た場所へと砲弾が着弾し、粉塵を爆風と共に撒き散らしていく。
遮蔽物は殆ど見当たらない広いフロアである。咄嗟に飛んだお陰で無事だったものの、あと少しでも遅れていれば間違い無くその身に直撃していた筈だ。
そうなれば幾らレオナと云えども無事ではいられない。
バリアスーツにも衝撃や熱に耐えられる限界があれば、此処に来るまでの間にレオナの装備は十分に消耗していたのだから。
そしてそれは直撃でなくても同じ事だった。
届いた爆風のダメージは、着実にレオナの身体と纏った青き衣へと着実に蓄積していく。
「くそッ! 最後の最後に何なんだってのあんたは!」
常であれば、追い詰められてもどこかゆとりを持とうとするレオナ。
しかし、今はその顔からいつもの余裕は消え、吐き捨てた言葉には焦りの色だけが乗せられていた。
途切れ途切れに爆音が轟く中、"荒鷲"の咆哮が木霊する。
だが、放たれた銃弾は傷一つ負わせられていない。
敵の纏った装甲は戦車並みにあるのか、その表面に弾痕は付けども、貫いた様子は一切見受けられなかった。
「ったくもう! バカスカバカスカ撃ってきて!」
砲音に負けじとばかりにレオナが叫ぶと、再び銃声を響かせる。
効果が無いと分かるや否や、すぐに方針を修正して生体部分へと狙いをつけていった。
だがその巨体故か、それも倒せるまでには至らない。
敵の発射間隔が遅いのだけが救いではあったが、相手の攻撃を躱す度、爆風を掻い潜る度、少しづつレオナは追い詰められていく。
せめて通り抜けてしまえれば──足元にさえ潜り込めればと画策するも、彼女の目の前でそれは無駄な足掻きとばかりの光景が見せつけられる。
戦闘音を感知したのか、残っていた警備ロボットがその場へ集ってきていたのだ。
だがそれはレオナを襲いに来た訳ではなく、善意でレオナに加勢しようという事でもなく、彼らにとって別の侵入者であるのだろうモンスターへと襲い掛かる為だった。
しかし、それは何の意味も成さなかった。
放たれた銃撃は全て弾かれ、近寄った者から一台ずつその足と巨大な胴体で踏み潰されていく。
モンスターの動きが鈍重という事もない。
無策で近づけば、レオナも壊れたロボットたちの仲間入りをする事になるだろう。
(あれじゃ逃げるのは無理……でもどうすれば……)
再びの砲撃音。
返す刀を入れはするものの、それが現状を打破する事はなかった。
それでもどうにか避け続けては立ち向かっていくレオナ。
しかし、次第にその動きには粗が出始める。
活路を見出せぬ戦いの中、構えた銃からは轟音ではなく空虚な音が鳴り、マガジンを探っていた手は虚しく宙を掻く。
これまでの消耗が、ここぞという場面でレオナに降りかかっていた。
「弾まで──あっぶな!? いい加減にしろこの……えーっと、この……虫野郎!」
爆風の余波を浴びながらも、どうにかと言った様子で悪態をつくレオナ。
だがそんな主を余所に、電脳から声が届けられていた。
『モンスターの仮称を提案。キャノンホッパー』
「そのまんま! っていうかこんな時に何言ってんのあんた!?」
感じたくもない気配が背後まで忍び寄り、見たくもない星が見え始めた頃。
状況にそぐわぬ、ミラらしくない言葉が齎される。
レオナが砲音に負けぬ声で怒鳴り返すのも当然だった。
『では代替案を。バッ大砲というのは如何でしょうか』
「今度はダジャレ!? ちょっと本気で──」
『冷静になって下さい。戦況は不利ですが焦っても勝機が遠ざかるのみ。いつもの余裕はどうしたのですか』
「──っ!」
本格的に怒気が混ざり始めた瞬間、息を飲んだレオナがその場から飛び退いた。
砲撃を避け、着弾で発生した瓦礫を盾として利用しながら、息を入れる為に後ろへ下がり物陰へと隠れていく。
「はぁ……はぁ……そうだね、アタシらしくないか」
『肯定。確かに敵は強大ですが、それでも絶対という言葉はあり得ません。彼我を比べれば既に死んでいてもおかしくない状況でも、貴女はその身一つで凌ぎ続けていたのですから』
「励ましよりも何か無いの? あのキャノンホッパーだかバッ大砲に出来る様な何かをさ」
『……』
「ちょっと無いの!? あぁもう、あのデカブツ……!」
悔しそうに地団駄を踏むが、どうしようもない事もまた事実だろう。
残弾も無く、目的の物も手放し何処へとも知れず。逃げようにも道はない。
だがそれでもいつもの調子が戻ってきたのか、あのバッタを倒すにはどうすれば、とレオナが頭の中をひっくり返して行く。
「……いっそ保管庫まで退いてみるか」
『提案。保管庫までの一時撤退』
二つの声が被せられていた。
思わぬ偶然に目を瞬いたのも束の間、レオナはその顔に再び戦意を漲らせて笑っていった。
「見てなかった所に何かあるかも知れないよね。っていうか、それくらいしか出来そうにないんだけど」
『肯定。武器庫とまでは行かなくとも、スモークグレネードの類があれば牽制からの撤退が可能となります。今も砲撃が来ない所を考慮すると、恐らく敵は目視による索敵のみ。この交戦距離で貴女に直撃を与えられていないのは予測射撃が不可能か、そもそもの射撃精度が悪いという証明です』
「アタシが滅茶苦茶頑張ったお陰じゃない? 弾が止まって見えてる気がしたくらいだよ?」
『それは恐らく極度の集中による物でしょう。貴女の尽力は否定しませんが、所謂加速装置の類は全て研究段階で失敗に終わっています』
「へぇ、そうなんだ。カチッて噛んでみたかったのにね」
一人遊びの様に相棒に返していくのは、いつもの軽快な口振り。
先の追い詰められた状況では出なかった、レオナらしい言葉が紡がれていき、それをミラが受け答えていく。
『まずは次の砲撃を回避する事を優先し、その後、全速力で保管庫へ後退。射線を切ってしまえば探索の間は安全が確保できるかと』
「それだってどうなるかは分かんないけどね。でもまぁ、今みたいにこっちを待ってくれてるのを期待するしかないか。……後は勇気とお願いなんとかだけってね」
レオナが二度三度と深呼吸をし、最後に深く深く息を吐き出していく。
それだけで早鳴る鼓動を整えると、物影から飛び出し、その身を戦いの中に躍らせていった。
そこを狙うように撃ちだされる一撃。
すぐさま飛び退き、どうにか躱したレオナが転がりつつも走り出せば、大きな足音が彼女の背後から追い掛けていく。
小刻みに三対の脚を動かし、射角を補正していくモンスター。その身が僅かに沈められたのは、発射の衝撃に備える為か、はたまた獲物へ飛びかかる為の異形の本能か。
どちらにせよ遠ざかるレオナを逃さないという意志だったのだろう。
放たれる一撃。響いた装薬の音は二回。
二つの砲門から放たれた鉄の暴威が、保管庫へと辿り着こうとするレオナの背中に迫り行く。
それを予測していたのか、直撃を避ける為に飛び込もうとして──
「──あれ?」
度重なる疲労からか、足をもつれさせたレオナ。
その直後、彼女の真後ろに一発目の砲弾が突き刺さっていた。
着弾。そして爆発。
床が抉られ熱を伴った衝撃波が舞い広がると、逆らう事も出来ずに吹き飛んでいく金の影。
そしてそれを追い越す様に、保管庫の奥へともう一発の砲弾が吸い込まれていった。