(…………なに……が?)
暗闇の中、赤色が明滅している。
朦朧とした意識でレオナの耳に聞こえてくるのは、相棒の声ではない純粋な警告音。
そして、音だけでは足りぬだろうと、寝ぼけている主に知らしめる為にこれでもかと多種多様な情報が視界を埋め尽くしていた。
『──きて、起きてください。目を覚まして。レオナ、レオナ……!』
「ん……んんっ? あれ、ミラ?」
『覚醒を確認、バイタルチェック。身体の損耗は活動許容値内ですが、速やかな治療と休息が必要です」
「アタシどうして……ああそっか、足がもつれちゃって……痛たたた」
レオナが自力で体を起こすと己の無事を確認していく。
どうにか生存している事を実感すると、すぐさま頭の中を整理していった。
「……どれくらい寝てた?」
『十秒程です』
「もっと経ってるかと思ったけど……こういうのって不思議なもんだね……」
『転倒した瞬間、頭部が体の影にあったお陰で奇跡的に無事でした。あの時バリアスーツを見つけていて本当に良かった事と思います。ですがこのままでは非常に危険です』
「なる……ってなにこれ? スーツの色が……」
自身の体を見ながらレオナが呟いた。
その視線が捉えたのは、自身の身を守ってきた青色ではなく、いつの間に脱色したのか色の無い乳白色のスーツ。
ツンと触ってみれば、いつもであれば返していた不思議な弾力が失われていた。
『回答。バリアスーツの耐久限界により機能喪失。スーツ自体は損壊していない為、材質である特殊ポリマーが自動に修復を行いますが、数日はかかるでしょう。それまでは生身とほぼ変わりありませんので注意を』
「……なんとかダウンかな? それともスーツがオシャレになったかな?」
『オシャカになったでは?』
「そういうジョークっていうか、まぁ、あったの、昔……アタタ」
軽口を叩くレオナだったが、すぐさま痛みに呻きだす。
全身の痛みは大砲に撃たれた事だけではなく、衝撃で吹き飛ばされた際に体中を打ちつけたのだろう。
痛みに堪えながら、それでも現状を把握する為にミラへと確認を続けていく。
「あいつ……バッタは?」
『恐らく保管庫の外で待ち構えていると思われます。気絶している間に追撃が来なかったのは予測通りだったのかと。不幸中の幸いでした」
時折響く足音に、レオナが僅かに眉を顰めていく。
「なんか暗いんだけど、ここ何処?」
『保管庫奥にあった別室です。もう一発が壁に当たり、開けられた穴へ貴女が吹き飛ばされました』
「……運が良いのか悪いのか。どうせなら不発弾とか、弾が180度向きを変えてくれるみたいな奇跡でも起きればいいのに……あ~、しんどい」
『十分奇跡的と言ってよろしいかと』
「真後ろで爆発して生きてればそうかも知れないけどさ」
確かに大きな怪我は負っていない。しかし、それでも無傷で済んだとはいえなかった。
立ち上がろうにも強かに打ちつけられた痛みで上手く動けず、その場で体を捩る事すらも辛そうな有様だ。
視界へと送られる身体の状態は、体内に散らばるナノマシンがほんの僅かに回復させている事をレオナに知らせている。
だが、それはあくまでも自然治癒の範疇。天然自然の人体からすれば驚異的なスピードではあっても、それでも即座に全快するという物ではなかった。
動くにはもう少し休憩がいる。だがそれだけで逃げ切れるだろうか。
レオナがそう考え込んだ時、電子の手に寄って思考の海から引きずり出されていく。
『そうではありません。貴女の目でも周囲を確認して見てください』
「……周り? 一体なにが──」
ミラの言葉を受けて暗がりの中を見渡せば、信じられぬ物がレオナの目に映りこんでくる。
痛みと疲労でぼやけていた思考が、一気に覚醒していく程であった。
「あっはは……こりゃ確かに奇跡的だ。外の壁に砲弾当たったんでしょ? よく誘爆しなかったね」
なぜなら、彼女が吹き飛ばされてきた室内には、壁にずらりと武器が立て掛けられていたのだから。
よくよく見れば、衝撃で倒れたラックからは幾つもの銃火器が転がっていて、銃本体どころか弾薬まで散乱している。
まるでおもちゃ箱の中身を根こそぎひっくり返したような様相。
これで弾の一つも誘爆していなかったのだから、正しく奇跡的な出来事だった。
『正規の武器庫や補給所とは違うようですが、装備の保管室となっていたようです』
「なんにしても色々ありそうだし、素手で殴りに行かなくてもいいのはありがたいかな、って…………あーーーっ!?」
思わぬ幸運に感謝するレオナ。
しかし次の瞬間、彼女の口からは、幸運の絶頂から奈落の底に落とされた様な悲痛な叫びが発せられていた。
「アタシの髪が焦げてるーっ!? もしかしてさっきの砲撃のせい!?」
周囲に目をやった時に気付いたのだろう。
彼女なりにも手を入れていたつもりの金の髪。その毛先部分が僅かにではあったが焦げ付いていた。
まるで猫の髭が炙られた様に、くるん、と縮れている。
『命に比べたら軽微な損害です。毛先の縮れ程度であれば直ぐに直る程度の物で、そもそも貴女の普段の生活からすれば同程度の──』
「そうかもしれないけど今のアタシには命と同じくらい大事なの! あんの虫野郎ぉ……!」
この状況ではあまりにも場違いな悲鳴だった。
しかし、ゆとりを保とうとする精神がレオナの元へ帰還した結果とも言えよう。
「……ぶっ殺す! 散々好き勝手やってくれて……もう絶対に許さない!!」
怒りが湧けば気力も戻ると云う物。
気力と心のゆとりが戻れば冷静さも舞い戻ると云うもので、寧ろこの精神こそが、彼女にとっての最後にして最強の武器なのかもしれない。
何はともあれやる気になったレオナ。
未だ回復しきらない中、手元に落ちていた"荒鷲"をしまうと周囲を物色し始めていった。
もっとも、その目には只ならぬ怒気を纏っていたが。
「ハンドガン、サブマシンガン、アサルトライフル……駄目、こんな豆鉄砲じゃ意味がない」
旧時代に使われたのであろう銃火器の山。状態が良い物に悪い物と様々だ。
ハンターであれば思わず小躍りしてしまいそうな宝の山であったが、今はそんな価値はどうでもいいと目を鋭くさせるレオナ。
今の彼女が求める物は、金ではなく命。そして忌々しい相手を鎧ごと貫き吹き飛ばせる獲物であった。
『バズーカを発見。ですが弾頭は無し』
「ちぇっ、使えるかと思ったんだけど……でも今は無くてよかったのかもね。他に何かあのバッタに対して効果があるようなのは、っと……ん? あれって……」
未だ保管室の外に陣取っているだろう相手に気付かれぬ様、レオナがそっと壁に近づいていく。
壁に備えつけられたラックに立て掛けられたまま、静かに眠るそれ。
撫でる手元が仄かに煌めき、瞳にも僅かなチラつきを見せた後、やがて確信を持ったような力強さを全身に纏っていく。
雌獅子の口元が、不敵に三日月を模っていった。
◇◇◇
大きな足音を立てながら、巨大で奇妙なバッタ──キャノンホッパーが保管庫の奥に居るだろう獲物を待ち構えていた。
その眼や動きに、感情や思考の類は感じられない。
人ではなくモンスター。それも元が昆虫から変異したのであれば不思議ではないのかも知れなかった。
しかし、それでも何かしらの衝動があるのも、生き物であればまた当然の事だろう。
それを何ら籠める事もなく、ただ身体を動かしている様は、まるでプログラム通りにしか動かない機械の様でもあった。
その様子からは、きっと何日でも何ヶ月でも、何年、何十年だろうと獲物を待ち続けるのではないかと思えてしまう程だ。
だが次の瞬間、僅かに捉えた影を見つけ、その巨躯が大きく揺れ動いていく。
足を曲げて衝撃に備える姿勢は、これまでレオナとの戦いで繰り出し続けてきた砲撃の報せ。
無感情な眼に獲物を映すと、二つの砲身が一気に火を吹いた。
続けざまに放たれた轟音がニズカーサ内を満たし、その衝撃が空気を震わせる。
一瞬の空白。
放たれた砲弾が獲物──レオナの元へ向かおうとした次の瞬間。
──ズガアアアァン!
と、砲音に負けぬ雷鳴が轟いた。
高速で飛来した何かが砲弾を貫くと初速を失わぬままキャノンホッパーの横を突き抜け、装甲諸共、片側の足を削っていく。
直後、弾ける砲弾。
保管室の中を爆風と熱が満たし、その全てを飲み込む様に炎の腕が広げられた。
「痛っっったぁぁぁぁい!!?」
『警告。本来であればプロテクターの耐衝撃性能を前提としている物です。スーツの機能が停止している今、射撃の反動に十分注意を』
炎の向こう、保管室の奥から大きく響いた女の喚き。それに呼応するのは潜み佐ける電脳の声。
別室の中から、レオナが揺らめく炎の中へと姿を見せていた。
だがそこに映るシルエットは、どこか先程までとは違っている。
「よ~~っく分かった。心じゃなくて体で嫌という程分からせられた。でもさ──」
半ば抱えるようにして握ったそれを、炎の先に佇む憎き異形へと突きつけていく。
「いいもの見つけちゃった♪」
勝ち誇る様な笑みと共に向けられたそれは、銃と呼ぶにはあまりに長く大仰に過ぎた。
そこらのスナイパーライフルの倍はあるだろう長い銃身に、一体何を撃つ心算なのだろうという広い銃口。そしてそれを支える様にして大型化したストックやグリップに付属の諸々。
対戦車、対物ライフルと言われた物よりも更に一回りな大きな、もはや砲と言うべき鉄塊だった。
『武器へアクセス、データ取得完了。新星公社製対装甲ライフル、MRS-X800"
「オッケー。どっちにしろ今はそう何発も撃てる感じじゃないし……次で決める!」
決意を込めた言葉と共に、レオナが一気に駆け出した。"月読"のサイズを物ともせず、軽々と抱えたまま距離を縮めて行く。
強烈な一撃を脚部にも受けたせいか、キャノンホッパーはどうにか体勢を整えようとたたらを踏んでいる。しかし、その眼がレオナを見据えると、今度こそ止めと言わんばかりに砲門が突き出された。
そして放たれる一発の砲弾。
鉄の塊が彼女に向かって飛んでいき、その頭上を通り過ぎて行った。
「ちょっと足元悪いだけで情けないね! そんなコントロールじゃプロになれないよ!」
意地と怒りと歓喜。
多くの色が交じり合った声を上げ、アドレナリンがキマりにキマった顔のまま、レオナが体勢を崩したキャノンホッパーを飛び越していく。
そこには先までの追いつめられていた焦燥ではなく、獲物を狩り終えた者にしか持ち得ない勝利の確信が浮かべられていた。
大砲と装甲が生えた異形の背を勢いのまま滑っていくと、飛び越えた勢いのままに宙へ放り出されるレオナ。
背後を取った瞬間、天地をひっくり返したまま"月読"を構え直していく。
モンスターと銃口、そしてレオナの眼が一直線に結ばれた。
──カチッ。
静かに、そして正確なタイミングで引かれるトリガー。
"月読"から
レオナが更に飛距離を伸ばしながら反動を利用し軽やかに着地するのと同時、弾丸はキャノンホッパーの体を一直線に穿ち、その先までも貫通していった。
「
『ジャックポット』
致命的な一撃を受け、重低音と共に煙の中へキャノンホッパーがその体を沈めていく。
発砲、砲撃、そして爆発。
何とも物騒な音に満ちていた基地の中に、ようやく静寂が戻っていた。
「……ざまあみろっての。あ~……疲れた、体めっちゃくちゃ痛い……」
『敵反応停止。お疲れさまです。これ以上長居する理由もありません、速やかな帰還を推奨』
「そうする……でも、その前にケース探さないと。あれ持ってかないとお金貰えないし……」
張り詰めた糸も解け、度重なる疲労と負傷のせいか、流石に堪えた様子のレオナ。
あのインゴットを探しに来たのだからと、半ば意地になりながら落とした辺りにまで行くと、こちらは苦労する事もなく見つけ直す事ができていた。
拾ったケースを確かめればこれまた奇跡的と云うべきか、中身も無事なまま。
片手にインゴット入りのケース。もう片方に巨大なライフル。
なんとも重たそうに両手で担ぐと、レオナがその場を後にしていく。
「とりあえずこれでバイク直せるから……後はアタシもバイクも元気になってからまた来よ……」
痛みと安堵で若干朦朧しながら、レオナが思いに馳せていった。
基地の中は既にその殆どが安全になっている。放置した所で新たに警備ロボットが補充される事もない。
もし他のハンターが訪れでもしたら目を付けていた物を掻っ攫われるかも知れないが、今まで誰も此処を見つけていなかったのであれば、こちらも暫くは大丈夫だろう。
最大の懸念はあの怪しげな女だったが、まさか掃除だけさせて掠め取る為にこんな手間をかけるとも思えない。
中身が全て欲しいのであれば、元よりインゴットではなく、基地内の掃除を頼めばいいのだから。
疲弊した頭へと喝を入れる為に、様々な事を脳裏に浮かべていくレオナ。
しかし、そんな彼女の背後から大きな音と振動が伝わってきていた。
「……何これ?」
警備ロボットでも、キャノンホッパーの物でもない音。
だが、それは明らかな異常事態であると直ぐに理解していく。
『警告。基地内で大きな爆発を確認。直ちに脱出を」
「はぁ!? なんでまた!?」
『不明。ですが爆発音は保管室の方から近づいています。キャノンホッパーが爆発したかこちらの射撃が保管庫内の何かに誘爆した可能性が高いかと」
「はぁぁ!? アタシの時はあれだけあって何にもなかったのに!?」
『奇跡は続かなかったという事でしょうか』
「ああもう……最っ悪!」
疑問と悪態を喚きながら、レオナが必死に駆けだした。
爆音が近づくのを感じながら通路を抜け、重くなる足を必死に動かし出口を目指していく。
やがて最初に訪れた駐車場らしき場所まで戻ると、閉ざされていた本来の入り口は大きく壊されており、やり過ごしたロボットの残骸が流れ込んだ砂の中に転がり落ちていた。
キャノンホッパーがいずこからか現れた際にこじ開けられてしまったのかもしれない。
だが、荷物を抱えたままであれば丁度いいと、レオナが外へ向かって走りだした次の瞬間──
全ての音が、一つの波に呑み込まれ消え失せていった。
◇◇◇
「ちょっとリク、本当に探す気なの?」
「そのつもりだけど」
夜の荒野を走る一台のトラックが、持ち主たる少年たちを乗せて砂塵を撒き上げながら進んでいく。
リクたちが居る場所は、レオナと別れたポイントの周辺。そこから南の方へとずれた辺りだった。
どうやら受けた依頼の帰り際、ついでだからと送ってきた相手を迎える事にしたらしい。
「この辺りに居るかどうかなんて分かんないでしょ? そもそもレオナだって自分の事は自分でするって言ってたじゃない」
「それはまぁ……でも平気だって言ってたけど、やっぱり心配だし」
「あいつの事だから一丁前に~、とか言ってくるのがオチでしょ」
「あはは……」
幼馴染であり、大切な家族でもある少女から棘のある言葉を聞かされ、思わず苦笑いを浮かべるリク。
だが、それでもルゥの声色に言葉ほど刺々しい物はない。
どこか気安い雰囲気は、さながら姉を信頼し、且つ、放って置く位が丁度いいと見極めた妹の様でもあった。
「帰りのついでに見ていくだけだからいいじゃないか」
「でも……」
「ルゥだって、レオナさんに何かあったら心配だろ?」
「そ、そりゃまぁ、そうだけど……。でもこんな時間だし、今頃はターマまで歩いてるんじゃないの?」
「それなら途中で拾って上げればいいんじゃないかな? それより──」
リクが何かを言おうとした瞬間、彼らの前方、南の方角に小規模なキノコ雲が浮かび上がっていた。
それと同時に砂の下から突き上げる様な大きな揺れを感じ、すぐさまその場で車を停めていく。
「な、なに? 爆発!?」
「そうみたいだけど……びっくりしたぁ」
手榴弾とはまるで違う大規模な衝撃は、まだ若い二人の想像を超えていた。
一体何が爆発すればと驚きで揃って息を飲んでいると、ふと思い至ったのか、ルゥが青褪めていく。
「もしかして……レオナが何かやったとか……」
「いや、まさか……とは思うけど……」
「だ、だよね……?」
二人の脳裏に過ぎるのは、先に別れた女ハンターの姿。
今日は当人に
少々失礼かつ物騒な予感が脳裏に広がった二人は、不安と緊張からキノコ雲を見上げる表情も堅くしていた。
「……一応確かめにいって見ようか。何かあったのなら大変だし、何も無くても情報が売れるかもしれないし」
「うん……それもそうね。でも危なかったらすぐ逃げよう?」
「そこは忘れてないよ。いくらレオナさんが恩人でも、僕たちの命の方が大事──」
そして車を再び動かそうとした瞬間、今度は頭上から何かの叫びがドップラー効果と共に届けられる。
「そこどいてえええぇぇえぇぇ~~!!」
「えっ? うわぁ!?」
「何か落ち──ってレオナ!?」
聞こえてくる叫び声は、リクもルゥも何度となく聞き覚えがある物。
二人が同時に見上げた空には流れ星の如く、真っ直ぐに落ちてくる人影があった。
レオナである。
今度は基地の爆発を背に受けた彼女が、大きく吹き飛ばされていたのだ。
即座にアクセルを踏み込むと、その場を退避し、どうにか降ってくる人間との衝突を避けるリク。
それを見止めたレオナは、勢いのままに自由落下していった。
地面に叩きつけられるまで数秒もないだろう。
爆発からは奇跡的に生き延びられても、空を飛べない身では地面の染みになる事だけは避けられそうにない。
(やばいやばいやばい、このままじゃ本気で死ぬ! 本当か知らないけどあれをやってみるしか……!)
だが、レオナは極度の集中を発揮していた。ともすればモンスターと戦っていた時よりも鋭く。
スローモーションになった世界の中でどうにか体勢を整えると、重力に逆らう事無くそのまま落下していく。
そして足先、脛、腿と、衝撃を分散させながら横倒れに着地していき、どうにか落下エネルギーを殺していくレオナ。
落ちてきた勢いのままに転がって行けば辺りには大量の砂が舞い上がり、周囲は一気に砂埃に覆われていった。
直後、彼女を追うようにして落下してきた二つの飛来物。
ケースと"月読"が地表へと埋まっていくと、やがて奇妙な静寂が訪れる。
砂塵の舞う中、トラックから降りたリクたちが砂塵の中心へと呼びかけていく。
「レ、レオナさーん! 無事ですかーーっ!」
「ねぇ! 生きてるー!?」
人が空から降ってくるよもやの事態に混乱しているものの、どうにか近くまで駆け寄ると、その無事を確かめようとする。
やがて巻き上がっていた砂埃が落ち着き始め、その中心に倒れ込む様に座った影を認めた時には、二人の顔に一時の安堵が生まれていた。
「あっははは……生きてるよ~…………でも本気で死ぬかと思った。やってみるもんだね、何とか着地」
砂の中から現れたレオナがそう呟くと、恐らく、今日一番の深い息を吐いていた。
「レオナさん!」
「レオナ──ってちょっとあんたそれ……」
「ん? ちょっと色々あってね、遺跡探索してたら本当に散々でさ……そうだ、アタシの髪アフロになってたりしない? 大丈夫?」
近づいてきた二人へ返された笑みには、隠し切れぬ程に疲労がありありと浮かび上がっている。
事は済んだのだから話してもいいのだけど、とレオナが案じていると、二人からはまた違った声が上がっていた。
「か、髪ですか? えっと……その、髪よりも足が……」
「は? 足?」
「……痛くないの? それ……」
リクたちが恐る恐る口を開けば、受けた本人もそちらに目がいくと云う物。
見上げていた視線を下へ向ければ、そこに有るのは大半の人間は目にしたくはないさま。
素人ですら100%診断できる程、綺麗に折れている右足だった。
「……いっ……いっ……」
戦闘の興奮による脳内物質は既に失せている。
気付かない事で意識が行かなかった物には、確かな物を見た事で、脳の中心に居座られてしまう。
額に汗するのは、疲労や暑さともまた違う理由のそれ。
そして一拍置き。
「
ニズカーサの最期に負けないだろう絶叫が、夜の荒野へと木霊していった。
◇◇◇◇◇
数日後、ターマの一角にある食事処。レオナが依頼を受けた時に訪れていた店に一人の女が座っていた。
女は優美に黒髪を靡かせながら、訪れた人間の目を惹いている。
だがレストランでもある場所で何も注文しないせいか、店の人間からは胡乱気な視線が送られていた。
そんな彼女──アイリーン・ローズと名乗っていた女の元へ、別の女が近づいていく。
「よくよく考えたらさ、報告する為の場所決めてなかったなって、今更気付いたよね」
「ええ、片手落ちでしたわ。此処でしたら想像が付くと思ったので貴女が出発してから何日か来ていたのですが、お陰で店の人間に睨まれる様になってしまいました」
「なんか注文してあげればよかったじゃない。お金ならあるんでしょ?」
「要らない物を頼む程に豪奢なつもりではないので」
「ふ~ん、まぁいいや。すいませーん、コーヒーひとつ。合成品のでね」
テーブルを挟んで対面へと腰かける女ハンター。
その手慣れた様子にアイリーンが笑みを浮かべると、何かに気付いたのか指を差して問いかける。
「あら、お怪我でも?」
「そ、ちょっと足をポキっとやっちゃってね。でも頼まれた物はちゃんと持ってきたよ」
片手に松葉づえ代わりの鉄パイプ、もう片手に頑丈そうなケースを持ったレオナが席へ付いていけば、それだけで一つの絵になっていた。
あれだけ戦い、そして大怪我もしたせいか、彼女にしてはまだくたびれた様子である。
だがしかし、毛先が焦げた金髪も、髪の毛同様に彼女のトレードマークである青色のスーツも、今は普段の姿を取り戻しているようだ。
「はい、どーぞ。中身は無傷だよ」
「確かめてもよろしいかしら?」
「ケースは焦げてるけどまさかそっちにまで注文付けないでしょ?」
「ウフフ……それは勿論。それに──」
渡されたケースを開け、中身を確かめながら妖艶な女が微笑んでいく。
「そんな事をした後がどうなるか怖いですから。貴女が敵に対して躊躇ないのも当然存じていますもの」
「……ふん」
どこか不満がある様子を隠さず、レオナは鼻で鳴らしていった。
そこへ彼女の注文したコーヒーを運ばれてくるも、手は付けずにアイリーンと対峙したままでいる。その表情からは警戒の色も窺えた。
少しの間、店の喧噪とコーヒーから立ち上る湯気が二人の間を彩っていく。
やがて湯気が途切れるのを見計らったかの様に、
「依頼した物は確かに。こちらが報酬のクレジットです」
アイリーンがバッグを取りだすと、今度はレオナに確かめさせるように中身を見せていく。
中には入っていたのは200000クレジット分の硬貨。大小含め、文字通り山になりそうな硬貨がバッグ一杯に納められていた。
「あんたねぇ……これ確かめろっての? 面倒臭い事させるね、もう……」
「端末でやりとりするよりは現金の方が安心するかと思いまして」
「量を考えてよ、量を」
「紙幣があればもっと楽だったんでしょうけれど」
「…………まぁね」
ひい、ふう、みい、と手早く数えだしたレオナ。そしてそれを何処か興味深そうに見つめていくアイリーン。
金の雌獅子を突き刺す視線には、依頼を告げた時よりも更に強い意志、あるいは何かの確信めいた物が浮かんでいる様にも見えた。
店に訪れている客が入れ替わり頼んだコーヒーも冷めてしまった頃、ようやくレオナのカウントが終わる。
習いたての算数の授業じゃないんだから、と内心で盛大にぼやきつつも、約束通り支払われた報酬を受け取っていった。
「こっちも確かに。あ~あ、コーヒーが冷めちゃった。これじゃ本当に泥水になっちゃってるじゃん」
「あら、飲んでしまえばよろしかったのに」
「お金数えてる時にこんなの飲んだら、目の前が真っ暗になりそうだからね」
「ひどい台詞」
「事実でしょ」
「飲んだことがありませんから、コメントは差し控えますわ」
それで用件は済んだのだろうか、クスクスと笑いながらアイリーンが席を立つ。
その背を見送ると、レオナも残っていたコーヒーを口にしながら一息ついていった。
店にいちゃもんを付ける客でも居たのか、彼女の席と離れた場所から、怒号と共に何かが破壊される音が届けられる。
だが、それは気に留める程の事でもないと、レオナがもう一度コーヒーを啜ろうとした時、
『よろしかったのですか?』
「何が?」
電脳からの声を受け止めたレオナが、疑問と共に口の中へと苦味を送っていく。
『彼女──アイリーンを見過ごしても、という意味合いの質問です。あちらには何か裏がある可能性が多大に見受けられます』
「あんたね、アタシがムカついたら殺すとか言い出すような人間に見える?」
『報復は完遂する物と常々の言葉では』
「それはこっちが撃たれてからの話だってば」
整った顔に浮かぶのは、味わった苦味で作られた渋面。
それがコーヒー擬きのせいなのか、別の理由なのかは判別できない。
それでもレオナの口から何が吐きだされる事もなく、ゆっくりと味を堪能して行けば、その顔が更に顰められてから元に戻っていく。
「あっちが何かしたってハッキリしないんだから、今はスルーするしかないでしょ」
いくら怪しくてもね、と付け加えると、残りも一息で飲み干していった。
「うぁ~、にっが。……いくら昔のでもまともなコーヒーの方飲んでた方がいいね」
『否定。浪費の元』
「はいはい。でもお金は入ったんだから別にいいでしょ?」
『弾薬費、修理代、治療費等で大半は消える物と思われます』
「ついでに暫く安静にする間の生活費でもね」
松葉杖を突いて腰を上げるレオナ。
店の入口をくぐれば、目が眩むほどの太陽の日差し。
それが単なる眩い輝きか、あるいは未来に向けた希望か。
その瞳に何を映したのかは、本人のみぞ知る事であった。