ポスアポ世界のお気楽TS娘   作:あるぺん

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3話 記憶1

 

 これは彼女が今でも見る夢。

 荒野に生きる女の始まり。

 

 

 

 電子音が一定のリズムを刻んでいく。

 非常用なのか、赤色灯の僅かな灯りとモニターのバックライトだけが、ぼんやりとした光を暗闇の中に与えていた。

 それだけを光源とするには暗すぎる場所だが、室内には他に明かりの類は見て取れず、そこに横たわる者にもそれを気にする意識はなかった。

 

 ベッドの上で死んだように眠る女。

 裸身に取り付けられたセンサーが、彼女の体が確かに生きている事を伝えていた。

 するとモニターに写されたバイタルが変化を起こし、その瞼がゆるやかに持ち上げられていく。

 

(……? ここは……あたし(おれ)はいったい……なんで……こんな暗いところにねて……)

 

 覚醒した意識は微睡みを残し、そして微睡みよりも更に深い混濁の中、自らの把握も出来ぬままゆっくりと起き上っては周囲を見回していった。

 

 暗い中で彼女の視界に映ったのは、朽ち始めが見られるものの、医療、若しくは研究の為の施設と思われる部屋。

 しかし、それ以上は何も分からない。

 霧がかかった様に思考が纏まらず、まるで何ヶ月も何年も眠り続けていたような有様であった。

 

(とりあえず……おりて、確かめないと……)

 

 ベッドを降り、立つ足がふらつくのを堪える女。

 頭から垂れる金糸が視界を掠めた事に、僅かな違和感を覚えていく。

 

 だがそれよりも強烈な物が拭い去っていった。

 彼女が歩き出そうとした最初の一歩。硬い床の感触ではなく柔らかな、何かの生き物を踏みつけた様な手ごたえを返してきていたからだ。

 

「ひっ……!?」

 

 反射的に足を引いた女の口から悲鳴が漏れる。

 視線を下ろした彼女の目に入ってきたのは、死んでからそう時間が経ってないと思われる、頭部に何かの装置を付けた男の死体だった。

 顔は床に伏してはっきりとはしない。名も知らなければ服装に見覚えもない。

 

 だがそれでも、何故か見覚えがあるような不思議な雰囲気をその死体から感じていた。

 それを確かめる為、恐る恐る死体を仰向けに転がしていく女。

 現れた顔を見た瞬間、彼女の中に衝撃が走っていった。

 

「そ……んな……()……あたし(おれ)……?」

 

 それは彼女のよく見知った顔。自分自身の顔だった。

 だがしかし、死体と彼女は男と女。遺伝子で似る事はあっても、同じと言う感想は万が一にも出てこないだろう。

 双子の兄か弟であればまだ納得は出来るかも知れないが、仮にそうだとすると、老けた黒髪の男と若い金髪の女では理屈が通らなくなってしまう。

 

 矛盾した物が脳裏を満たし、そしてそのどれもに思い当たる節があったのか、ますます彼女の思考を乱していく。

 混乱のまま無我夢中で周りに目を向けていく女。

 

 周囲にあるのは使われて久しいだろう古びた器具に、男の私物らしき僅かな物ばかり。

 先の疑問も解決されぬまま自身の置かれた状況に不安だけが膨れ、発狂でもしそうな程に彼女が混迷する最中(さなか)、今度はその瞳が大きく開かれた。

 

 

 Multiple-Intelligence Relay Assistant interface.

 Ready, booting up.

 

 

 視界に映る何かの文字。それと同時に起動を示す単語と多数の文字列が映し出される。

 驚いた彼女はすぐさま目の前に手を翳したものの、それが遮られるという事はなかった。

 まるで網膜に直接映しだされたかの様に文字が流れていくと、それが終わると同時に一つの音声が鳴り響いた。

 

『システム起動。これよりサポートを開始します』

 

 無感動に告げられるそれに、戸惑いながら女が問いかけていった。

 

「あんた……は?」

 

『人類及び搭載端末を補助し円滑な行動の為のサポートを行うプログラム。平たく言えばAIです』

 

「AI……? あんた、え? あ、ちょ、ちょっと待って、これどこから……」

 

 音に見当がつかないのか、またもや混乱する女。

 周囲にスピーカーの類は見当たらず、また壁内に埋め込まれていてもそれが無事な様にも見えなかった。

 まともな電源が通っているさえ怪しい有様なのだから当然だ。

 

 そしてその聞こえ方も、そういった機材を通して聞こえてくるのとも違っている。

 まるで鼓膜に──脳内に直接響かせているような奇妙な響きが聞こえていた。

 しかし、音声はそれを意に返さず更に彼女へ告げてくる。

 

『血圧、正常。心拍数、上昇。バイタルに問題は無し。意識の転送は成功したようです。連続性に問題はありますか? 違和感があれば速やかに申告を』

 

「うぇ……? いや、だからちょっと待──ッ!?」

 

 "連続性"という単語と共に、彼女の脳に感電した様な鋭い痛みが走った。

 それは瞬間的なものではあったが、それを起爆剤として彼女の中に何かの記憶が溢れていった。

 

「くぅ……あああああぁぁぁぁああぁッ!?」

 

 ほんの僅かな物に大きく脳を揺さぶられ、それでも倒れないよう踏みとどまった女。

 だが、それが収まりを見せる頃には、呆けたように口を開きつつ己が身に起こった事態をようやく理解する事になっていた。

 

(そう……だ、アタシは死にかけて……それで死にたくないって、最後にせめてって、頭の中を移し替えるなんて無謀な事して……そういえば確か……)

 

 今や自分とは違う誰かの事を思い起こす。

 死ぬ直前の事までは覚えておらず、どこまでが自分自身だったかを確かめる事はできそうになかったが、後事の為にメモを残していた、と震える足を動かしていく女。

 

 死体の傍らにあったそれを取ると、やや掠れた文字が書かれていた。

 胡乱気に、しかし一つも見逃さぬ様に目を通していく。

 

 

「もし()がこれを読んでるのなら、おそらく俺はこの世にはいないのだろう。もしかしたら別の誰かが此処に来たのかも知れないが、その時はこんな人間が居たと思ってくれ。できれば憶えてくれると嬉しい。何せ死ぬ時も一人だから寂しくてさ。

 さて、ここからは俺だと仮定して続ける。

 上手く目が覚めただろうか? 身体は動くだろうか? 頭に入ってる奴は上手く動作してるだろうか?

 付け焼刃で試そうとしてるから正直不安しかないけど、目が覚めたのならどうにか生きて欲しい。せめてもの悪あがきでこんな事までしたのだから。

 俺はこのシェルターで起こされてから数年、この時代の人間だって言う奴と一緒に過ごしてきた。だけどそいつも死んで、それから十数年くらいか? 何でこうなったのか分からないまま、遥か未来に一人取り残されちまった。

 残された物資でなんとか生きてこれたけど、身体の方は持たなかったみたいだ。心もだけどな。少し前から咳は止まらないし血も混じる。おまけに意識まで度々失う様になっちまった。

 そんな中で此処の資料や資材を漁って見つけたのが、意識の転送って方法だ。この時代、正確には今よりずっと前らしいんだけど、未来の技術って奴はそんな事までできるのかって驚いたよ。

 もっとも思考の保全だとか自己の連続性とか言うのがあるらしくて、別人にならない様にするにはその場で全部をやり切らなけりゃなんないって言うから、ほんと苦労した。それでも失敗するらしいし、これがおわるまでチェックしないといけ い だけ、 かし──」

 

 

 怪我か死病か、それとも寿命か。

 原因は分からないものの、手紙の途中からは殴り書きになり、書き手の血が滲んだせいか読める部分はそれ以上なかった。

 

「あぁ、そっか……」

 

 記されていた物を最後まで読み取るとぽつぽつと記憶の火が灯っていき、自分の物ではなかった様な記憶を、自らの物として認識していく。

 

 不思議と落ちついてきた思考。

 彼女は改めて自分自身、そして周囲を見直す余裕を得ていた。

 そして死んで横たわるかつての自分の目を閉じてやると、己の身にあっただろう事を追っていった。

 

「……結局、完全な成功じゃなかったって事かな。この死体が自分だって分かるけど、歯抜けになって思い出せない事が沢山あるし。シェルターで暮らしてた時の事も碌に思い出せない……その割にずっと昔の事はハッキリと覚えてるっていうのも変な感じだけど」

 

 そっちの方が大事だったのかなと、裸のまま女は続ける。

 ただし先程までの深刻な物とは別の、どこか呆れる様な色で。

 

「でもさぁ、こういうのってもっと大事に取っておかれる物なんじゃないの? 自分は誰だとか、この男の謎は、とかさぁ。開幕でアタシの謎終わってるじゃん。自分が何なのかって混乱しないで済むのはいいけども」

 

 深く深く溜め息を吐き、一呼吸置くと、女は顔をあげていった。

 

「まぁそれはいっか。死ぬか生きるかって瀬戸際だったんだろうし、出来るかどうかも分からなかったんだろうし。何よりそんな物があっても困るっていうか……自分への助けだったんだろうしね。でもこの口調はなに? アタシ、普通の男だったはずなんだけどなぁ……」

 

 口から出てくる声も言葉は、紛れもなく女性の物だった。

 それが自身の中に違和感を生んでいるらしく、女は頭を掻きながら顔を顰めていった。

 そんな彼女に向けて、再び声が話しかけてきた。

 

『推測。生体端末に搭載されていた基礎情報との干渉。相互に混線を起こした結果、変化が出ていると思われます。ですが言葉に齟齬があるだけで大きな問題は発生していません。生命活動に支障無し』

 

「そんな事を言われ……って、ちょっと待って。あんた誰? 何処から喋ってるの? さっきから耳元……っていうか頭の中に聞こえるみたいに」

 

 先ほどもあった音声への違和感に、彼女の中で疑問が浮かんだらしい。

 それに答えた声の主は、それまでとは違う抑揚を声に乗せていった。

 

『私は貴女に搭載された副電脳内にある独立型のプログラムです。個体識別番号はZN99865──』

 

「ちょちょちょ、ちょっとストップ!」

 

『…………』

 

焦る声に律儀に黙る声。

何とも言えぬ空気が周囲に漂っていく。

 

「搭載? 電脳? もしかしてアタシの頭の中って……こと?」

 

『肯定』

 

「つまりあれか? アタシはロボットだかアンドロイドって奴になって……?」

 

『一部肯定。あなたの身体は生体端末として作られた有機体です。ですが爪先から脳髄に至るまで全てが完全な人間と同一の物かつ強化された物ですので、より正確に言えばアンドロイドではなく強化人間に当たりま

す。無機物に該当する物は投与されたナノマシン、頭部内に装着された副電脳用のチップを含め幾つかありますが、これらは半有機体の人工物の為、狭義にはサイボーグの──』

 

「ストップストップ! だからそんな一気に言われても困る! っていうか、聞いといてなんだけどアタシは人間だ!」

 

「肯定。その認識でよろしいかと。人と機械の差異は知性がある事。我思う、ゆえに我あり。であるならばあなたは人間です」

 

「……分かったって。まぁ何でもいいや、あんまり深く考えても仕方なさそうだし。だって生まれっていうか、目覚めがこれだもんねえ」

 

 女が溜め息を吐いた後で、自身とその足元をみやる。

 

「アタシの事は一先ず置いておいて……どっちから聞こうかな。ん~、あんたの方にするか。さっきAIって言ってたっけ」

 

『肯定。私のプログラム名はMultiple-Intelligence Relay Assistant interface。所謂、拡張知能や人工知能として、貴女のサポートをするように設定されています』

 

「多重知能中継……なんか滅茶苦茶じゃない?」

 

『語感や機能の端的な表現を優先したと思われます』

 

「これもアタシ……っていうかこいつが?」

 

 直接響く言葉を耳にしながら、彼女は足で自分だった者をつついていく。

 

『一部肯定。私がインストールされている副電脳(チップ)は、元々その生体端末──貴女の身体に搭載される予定だった物です。それを()()が利用する際にこうして設定したようです』

 

「そっか。とりあえずあんたから離れられない訳だ、脳みそだもんね」

 

『正確には頭部内に接続された副電脳です』

 

「頭開かなきゃ取れないんだから同じでしょ」

 

 身も蓋もない言葉にそれ以上の返事はなかった。

 

「それで、あんた事は何て呼べばいい?」

 

『個体識別番号は──』

 

「長ったらしくて舌噛むから無し。名無しとかあんたって言うのも収まり悪いから無し。何か名前無いの? ポチとかタマとか」

 

『ありません』

 

「そっか。あ~……じゃあ、ミラっていうのはどうかな?」

 

 少し考えこんだ後に、そう提案した女は首をかしげて声の主へ聞く。

 

『由来をお聞きしても?』

 

「M、I、R、Aでミラ。アクロニム……いや、バクロニムだっけ? とにかく、こういうので良くあるでしょ?」

 

 キャブのモーメントがどうのこうのと呟く女だったが、しかし、それに対する返答はない。

 

『設定しました。今後はその様にお願いします。それでは貴女の事はなんとお呼びすれば?』

 

「あ、そう言えばそっか」

 

 自分だった男の名前は当然憶えている。

 しかし、それを名乗るというのも、今の彼女には違和感がある事だった。

 

 女の体に男の名前。己であって己じゃない物を自身に付ける矛盾。

 だが新たに付けようと思っても即座にこれという物は出てこず。だからといって、名無しのジェーン・ドゥでは困ってしまう。

 何か無いかと辺りを見回していると、彼女の目に一つの物が入ってきた。

 

「なにこれ? 箱……じゃないベッド?」

 

『貴女の身体が保管されていた培養槽です』

 

「あぁ、SFのポッド的な」

 

 2メートル程の、丁度彼女の体がすっぽりと入りそうな大きさの箱型の器材。

 そこに何かの感慨が湧く事はなかったが、ふとそこに刻まれた番号に気が付いた様だった。

 

「これって……」

 

『識別番号。その身体の物です』

 

「女王様のスパイじゃあるまいし……でもこれでいいか」

 

 そこに有ったのは、掠れて読めなくなったアルファベットと、割り振られた007という数字。

 

「ゼロ……レイ……レナ……う~ん、でも三桁だし……折角アタシの事なんだろうから無視はしたくないかなぁ」

 

『どうかしましたか?』

 

「考え中。レーナ……あっ、レオナ。ゼロじゃなくてオー。レイとオーとナナで、レオナ」

 

『安直ですね』

 

「安直上等。それにもっと安直な方は止めたんだからこれでいいの」

 

 乾いてくっ付きそうだし、と上機嫌に笑みを浮かべながら女──レオナが髪を払い立ち上がる。

 金髪碧眼の美女。どこか日本人の面影が有るような無いような顔にどこまでも自信を満ちた笑みを乗せたまま、その胸を張っていった。

 

「よっし! 名前も決まった。やる事は決まってないけど後は何とかなる!」

 

『疑問。楽天的すぎではないでしょうか?』

 

「心配性だねあんた……じゃないミラ。細かいことは気にしないの。それに気にしたって仕方ないでしょ? 頭こねくり回してたらどうにかなるものじゃないし、これが生き返るわけでも無いし」

 

 レオナが自分の頭をトントンと叩いては、床を指さしていく。

 

『提案、埋葬』

 

「したいけどパス。流石に死体を持ち運びたくないかな。別に良いの良いの、どうせアタシだったんだしこれくらい許してくれるって」

 

『賛成しかねます』

 

「本人の意思を優先しまーす。あ、でも一つだけ」

 

 しゃがみ込んだ彼女が、そのまま死体の頭をそっと撫でていった。

 

「お疲れさま。成功と失敗半々って感じみたいだけど、それでもありがとう。とりあえず頑張ってみるから」

 

 レオナなりの弔いのつもりなのか、労りと謝意と決別を込めた挨拶だった。

 それを最後に彼女は踵を返していく。自分に託された生の為に。

 

「それじゃあ……まずはここを出るとしますか」

 

『その前に服の着用を推奨します』

 

「え? あっ、そういえばそうだ。寒くないから忘れてたけどアタシ裸じゃん」

 

『現在、室温15℃前後を保っています。その体であれば、0℃から60℃までは問題なく活動できるよう設計されていますので違和感がなかったのだと思われます』

 

「へぇ~……じゃあまずは服からかな。何か残ってればいいんだけど……」

 

 

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